この身を蝕む毒なのだ



千歳とそういう関係になってから、俺は酷く素行が悪くなってしまったようだと人に言われる。
確かに自分でもそう思う。今までの俺なら遅刻なんてしなかった。そして欠席なんて本当に具合が悪いとき、年に数回だけ。授業のサボりなんてとんでもない。
しかし、今はどうだ。遅刻欠席も増えた、サボりも同じく。
人は少なからず人に影響される生き物だ。それが恋人ならばなおさら。
影響されるというのならば、千歳の怠惰な生活が俺の影響を受けて少しは良くなる方向に動いてくれれば良かったのに、どうやら影響されてしまったのは俺だけらしい。
俺の素行が悪くなってしまったのは間違いなくこいつのせいだ。ああ間違いない。それ以外に無い。



いつものことながら、こいつの部屋の目覚まし時計はその役目を果たせていないなあと思う。
これだけ大きな音を立てているのに、それを仕掛けた本人は全く気づいていないようだ。
起きないのならもういっそ仕掛けて寝なければいいのに、とも思う。
意味をなさないその耳障りな騒音を止めて、代わりに俺が大声を出した。

「おい、こら!起きろや!」

大きく膨らんだ掛け布団を思い切り踏みつけてやると、ぐえ、とか言う低い声が漏れた。
声はしたものの、その中にいるでかい図体の馬鹿が出てくる気配は一向にない。
本当に仕方の無い奴だ。
はあと小さく息を吐いて、布団に手を掛け思いっきり引っぺがした。

「千歳、起きや」

掛け布団を千歳の足元あたりに簡単に畳んでおいてやる。
千歳の横に膝をついて、それでも目を閉じている千歳の頬をぺちぺちと叩いた。
1,2,3、と連続ではたいてやって、ようやく千歳はのろのろと目を開けた。

「ん…くら、おはよう」
「おはよう、ちゃうわ。お前今日もサボるつもりやったやろ」

言うと千歳は寝ぼけた目でふにゃりと笑う。図星か。

「ほら、しゃんとせえ、まずは体起こし」

言ってもう一度頭を軽くはたいてやると、しぶしぶという感じに体を起こした。
眠そうに目をこする千歳を横目に、ベランダに向かう。
干しっぱなしになっているシャツ。せめて取り込んでおけと思いながらそれを千歳のもとに持っていく。
アイロンも何もかけられていないくしゃくしゃなシャツだが仕方ない。
今日はこれで行かせて、今度はもう少し早く来てアイロンをかけてやろう。
そう思いながら千歳に差し出した。

「ほら、はよ着替え…、って」

が、千歳が掴んだのは制服ではなく俺の腕だった。
寝ぼけた面をしているくせに、掴む力はそれを思わせない。軽く掴まれているはずなのに振り払えない。

「くら」

にこりと緩く千歳が笑う。
ああ、やばい。この顔は。
背筋がさっと冷えたのが分かり、身を引く。が遅かった。
ぐいと手を引かれ、煎餅布団の中に引っ張り込まれる。

「っちょ、お前、っ」

生暖かい布団の上に組み敷かれて、千歳が上から俺の体を押さえ込む。
逃げる隙も与えてくれずに手も足も体もがっちりと千歳に捕らえられてしまった。今まで眠そうにしていた奴の行動とは思えない。

「今日は二人でサボらんね?」
「はっ?ふざけんなやお前」

俺の努力を粉々にするような千歳の言葉にきつい視線と言葉を返してやるも、全く効果は無いようだ。退いてくれる気配など微塵も感じられない。
長袖のシャツが千歳の手に押さえ込まれてくしゃりと音をたてる。皺になってしまいそうだ。俺のはお前のと違ってちゃんとアイロンをかけてきたのに。

「んー…今日はずっとだらだらしたい気分やったけん」
「したくてもしたくなくても今日は学校や」
「よかよか」
「良くな、っ…」

抗議の言葉は吸い付くようなキスで奪われた。
ろくに反論も出来なくなると、いきなり実力行使に移るのは止めて欲しいといつも思う。
この体格差では逆らうことも出来ない。それを知っていてやっているあたりこいつは性質が悪い。
押さえ込まれて、口まで奪われてしまってはもう千歳にされるがままだ。

「…っ、んん、っは」

酸素を奪いつくされて、ぼんやりと顔を上げると千歳の顔。

「ね?」

何が、ね?だ。
お願いするような口調にイラっとする。お願いじゃなくて強制のくせに。
にやけた面を張り倒してやりたくなる。
そんな顔で俺がほだされると思っているのが更に腹がたつ。
そう思ったけれど、じわじわとシャツの中に侵入してくる手を止められる自信はなかった。

「蔵」

耳元で囁かれる声に体が震える。
素肌を滑る湿った温度も体の奥をほてらせていく。
結局ほだされてしまうのだ俺は。千歳の思惑通りに。

諦めのため息を吐く。脱力した首筋に千歳の唇が落ちてくる。
遠くで一時間目の始まりを告げる鐘の音が聞こえた気がした。
これで何度目の無断遅刻だろうか。

ああくそ、やっぱりこいつのせいだ。
俺は再び大きなため息を吐いた。

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