泡沫



いつか来る終わりを分かりつつも割り切れないでいるランちゃんが好きです



万物は流転する。
明けない夜は無いし、終わらぬ冬も無い。時間は流れ、季節は移ろう。そこに人の意志が介在する余地などない。
ああそれでもこの夜が明けなければ良いのに、と、ぼんやり思う。船室の窓から見えるのは空の果てまで藍色に落ちた空。
その藍色とは正反対の真紅の髪にそっと触れながら、ランスロットはうわごとのようにぽつりと言葉を零した。

「俺がパーシヴァルの子どもを孕めたらよかったのに」

それは蚊の鳴くような微かな声。
別に聞いて欲しいつもりじゃなかった。そもそも口に出すつもりもなかった。勝手に溢れ出てしまっただけ。
ランスロットは内心「あ、しまった」と思ったけれど時既に遅し。この(吐息が触れるほどの) 距離でパーシヴァルに聞こえなかったはずもなく。
彼は一瞬目を丸くしたあと、それから怪訝そうな呆れたようなそれらが入り混じった顔でランスロットの瞳をじっと見つめると、いつになく優しい手つきでランスロットの頭を撫でた。

「…無理をさせすぎたか?もう今日は休むか?」
「はは、そうかも。でもその顔はなんか腹立つ」

パーシヴァルの反応に内心ほっとしつつ、パーシヴァルの頬をむに、と軽くつまんでやる。
このままただの睦言のひとつとして流してくれればいい。熱に浮かされた脳が勝手に紡いだただの戯言(だとでも思ってくれれば)。
だからなんでもないことのように微笑んで、愛しいぬくもりに抱かれながらこのまま眠ってしまおうと思った。の、だけれど。
「無理に笑おうとするな」というパーシヴァルの言葉。瞼をなぞって来る指に促されて仕方なく瞳を開ければ、そこには一転して真剣な表情のパーシヴァルがいて「逃げられなかったか」なんて心の中で軽く自嘲した(自分では上手く笑えているつもりだったのに)(ああそれでも彼ならきっと見抜いてしまうか)。

「…何故急にそんなことを言い出す」

先程の怪訝そうなそれではない、重く静かな声色で問われて言葉に詰まる。
何故、か。
問われると少し困る。
明確な答えがないから困っているわけではなく、自分の中でその答えが分かりきってしまっているから困っている。果たしてそれを伝えてしまっても良いものかと。
まっすぐにこちらを見つめてくるパーシヴァルの視線から逃れるように、ランスロットは視線を逡巡させる。

「…うーん、これだけ中に出されたら妊娠してもおかしくないかなって」
「………、ランスロット」
「冗談だよ」

本音をさらけ出すにはいつだってほんの少し勇気が要る。だからちょっとばかり馬鹿を言いたくなってしまうのを許してほしい。
ランスロットはパーシヴァルの胸にぴたりと顔を寄せる。鼓動の音がする。安心するのにどこか悲しい音。生きている証、けれど同時に時の不可逆を教えてくれる音。
生きている限り時間は流れる。止まってしまうのは死者だけだ。淀みなく流れる時間に逆らうことなど誰もできない。
だから怖いと思うのだ。過ぎゆく時間のその先には何がある?
脳裏に浮かぶのは甘く穏やかな日々の終わり。いつか必ず訪れるであろうその時。
一度浮上したその虚像はなかなか消えてなどくれなくて、ランスロットの心の奥深くに重く黒い感情を積み上げていく。

「…いつまでこうしていられるかなって、ちょっと思っただけだよ」
「…どういうことだ」

分かってほしくなくて、わざと暈して答えれば明確な答えを求める言葉が返ってくる。いつだってそうだ、この男は曖昧な答えを許してはくれない。
心の奥底に沈殿するこの濁った感情を全部吐き出させるつもりなのか(酷い男だな)なんて思いつつも、引き金を引いたのは自分の発言だ。自業自得。
仕方がないから出来るだけ感情を濾過して透明な言葉で問いかけに答える。

「お前は王になるために生まれてきた人間だ。国を興して栄えさせてたくさんの人を幸せにして…、そしていずれは自分の子どもを後継者として育てる責務がある」

ああ自分は今ちゃんと悠揚たる言葉を紡げているだろうか。
顔を見たらきっと見せたくもない感情が溢れてしまうと思ったから、パーシヴァルの胸に顔をうずめたまま静かに呟く。
けれど肩を抱くパーシヴァルの手に力がこもったのを感じてしまって、不覚にも語尾が震えた。
パーシヴァルは敏い男だ。多分ランスロットが言いたいことの半分くらいはもう分かってしまったのだろう。
けれどそこで言葉を切ったところで結局洗いざらい吐くことになってしまうことなど分かりきっているから、ランスロットは言葉を続ける。

「俺にはそれが出来ないから」

濾過したはずの言葉から一抹の寂しさがにじみ出る。
愛し合うことは出来ても、そこに何かを残すことは出来ない。
どれだけ分かり合おうとどろどろになるまで溶け合おうと、結局何一つ確かな繋がりなど残せない他人同士のままなのだ。

「…でも、悲しいのはそんなことじゃなくて」

別に今更、自分の性を恨み嘆くことなんて。そんな感傷はとうの昔に捨てたものだ。
例え何を残すことが出来ずとも、ずっと傍で愛しい年月を重ねることが出来るのならばそれは酷く幸せなことなのだろう。
けれどそれは叶わない夢。パーシヴァルの追う理想の先に自分の席はどこにもない。そんなの仕方のないことだと理解はしている。
ただ悲しいのは、いつかパーシヴァルが永遠を誓う相手を選ぶこと。その相手との繋がりを残すこと。
―――それが、絶対に自分ではあり得ないこと。
それだけが本当に悲しい。いつかパーシヴァルと共に生涯を歩むことになるその誰かが羨ましくて、憎くて、心が淀む。
永遠など存在しない。彼が彼である限り、いつか道が違えるのはもう決まってしまっていること。
どれだけ甘い愛の言葉を重ねても、所詮は泡沫の夢。いつかは終わるひとときだけの淡いまぼろし。

「…ランスロット」

ぎし、とベッドの軋む音。隣にいたはずのパーシヴァルは今自分を組み敷いて何やら難しい顔でこちらを見下ろしている。
困惑だろうか戸惑いだろうか。いずれにせよそんな顔は見たくなかったのに。
パーシヴァルには自信に満ちたいつもの不敵な笑みが似合う。だからそんな顔なんてしてほしくなかったのに。
悪いのは引き金を引いた自分か、それとも答えを求めたパーシヴァルか。…今となってはもうどうでもいいことだけれど。
パーシヴァルはなんだか自嘲気味に口元を歪めて笑ってみせて(さっき無理に笑うなと言っていたのはそっちのくせに)、ランスロットの耳に唇を寄せた。

「お前が望むなら、理想も夢も何もかも全て捨ててやる、と言ったら?」

それは酷く甘美な誘い。儚く消え行く夢を現のものにしてしまう魔法の言葉。
思わず頷いてしまいたくなる。手を伸ばしてしまいたくなる。
でもね、分かってるんだよ。
ランスロットはくしゃりと顔を歪めて泣きそうな顔で笑った。

「そんなこと出来ないだろう?パーシヴァル」

ランスロットはパーシヴァルの頬を両手でそっと包んで、諭すように囁く。
パーシヴァルを甘く優しく突き放すために放った言葉。けれど同時にそれはランスロットの心にもざくざくと刺し傷を残していった。

「俺の好きなパーシヴァルは、そんな無責任な男じゃないから」

彼の望みは誰かたくさんの人の幸福のためにある。決して自分一人が独占していいものではないし、彼がそれを選ぶとも思えない。
しかしだからこそ、そういう彼だからこそランスロットはパーシヴァルを愛したのだ。
彼の抱く理想を気高いと思った。理想のためなら躊躇わない覚悟を、そして何もかも切り捨てる潔さを眩しいと思った。
その気高さを、眩しさを、ランスロットは愛した。
仮に彼が自分のためにそれら全てを捨てたとして、果たしてそれは本当に自分が愛したパーシヴァルだと言えるのだろうか?
…いや、その仮定すらきっと無意味だろう。だって彼は、捨てることなど出来ないのだから。
永久に愛して欲しいという願いは確かにあるのに、パーシヴァルがランスロットの愛する彼である限り、それは決して叶うことのない願い。
酷い矛盾だ。どうにもならない、どうしようもできない。泣きたくなる。

「…もう、喋るな」
「っん、ぅ…」

きっとパーシヴァルだってちゃんと分かっているのだろう。自分がそういう人間であること。それが不可能なこと。
だからランスロットの言葉に酷く苦しそうな顔をして、痛い真実を紡ぐその唇を無理やり塞いだのだろう(答えを求めたのはパーシヴァルのくせに)。
荒々しい口付けをランスロットは従順に受け入れる。息継ぎすらできないキスに呼吸が苦しくなってきて、けれどランスロットは貪られるまま己を差し出す(呼吸なんかよりも心のほうがずっと苦しい)。
ぴちゃぴちゃと響く水音と酸素不足の脳みそ。段々と意識が朦朧としてきたところでやっと唇が離された、と思ったら今度は肩のあたりを思い切り噛まれて思わず「ひ」と情けない声を上げた。パーシヴァルはそんなランスロットを無視して首筋やら鎖骨やらに同じことを繰り返す。歯を立てて、きつく吸って。
痕になるだろうな、とぼんやり思ったけれど止める気にはならなかった。好きにすればいいと思う。そうやって必死に残してくれた痕だってどうせそのうち消えてしまうのだから。

「ランスロット」

いつもよりトーンの低い声。呼応するかのように下腹のあたりがじんと疼いて、心より先に体がパーシヴァルを求める。
先程の性急なキスとは対照的に焦らすように内ももをゆっくりと撫でられて、けれど素直に焦らされる気は無いからゆるゆると自ら足を開いた。
すっかりパーシヴァルの性器を受け入れる場所と化した後孔が期待にひくひくと震える。その浅ましい姿をじっくり見られているのかと思うと多少の羞恥があったが、なんだか今はそんなのどうでもよかった。そんなことより早く触れてほしかった。

「さわって…」

わざと舌足らずな口調でねだれば、パーシヴァルの瞳に欲の色が灯る。
内ももを撫でていた指がそろりと足の付け根まで這ってきて、そのまま侵入される。痛みはない、圧迫感もない。だって先程まで散々パーシヴァルの性器を咥えこんでいた場所だ。
パーシヴァルもそれを分かっているから、遠慮なしに指を動かしてぷくりと浮いたしこりを何度も擦り上げる。その度に先ほどたっぷり吐き出されたパーシヴァルの精液がぐじゅぐじゅと卑猥な音を立てた。

「ん、んん…、は、あ、ぁ」

パーシヴァルの性器でがつがつ穿たれるのも好きだけれど、繊細な指先でじわじわと弱いところばかり責め立てられるのも好きだ。
前者が激しい荒波のような快楽なら、後者は穏やかなさざ波に揺られるような快楽。緩やかに絶頂に押し上げられていく感覚に脳がとろけそうになる。
もっと欲しい、もっともっと気持ちよくして。(理性なんて溶けてしまって)快楽を求める本能だけが残った体は、勝手に腰をゆらめかせて、パーシヴァルの指をきゅうと締め付けた。

「…こんな卑しい体になっておいて、お前は離れる時のことなど語るのだな」
「ぅ、あっ、ん、ぱーし、なに…?」
「なんでもない」
「っん!や、ぁ、あ、う」

パーシヴァルがぽつりと何か零したのが気になって聞き返すけれど、ぐ、と一際強く奥を擦られて思考が真っ白になった(パーシヴァルは、今、なんて)。考えようにも脳はすっかり思考を停止してしまっているから、早々に諦めた。
もう何も出ないくらいに熱を吐き出したはずの性器はすっかり頭を持ち上げて、熱の解放を今か今かと待ちながら震えている。

「一回イかせてやろうか?」
「ぁ、も、いい、から…、いれて」

ずるり、と指が引き抜かれる。質量を失った後孔が寂しげにぱくぱくとひくつくのがつらい。
快楽の余韻と期待に震える体をなんとか宥めて待っていたのに、いざパーシヴァルの熱い性器が押し当てられるとそれだけで体が歓喜に戦慄いた。
声は出さずに唇だけで「はやく」と急かすと窘めるように軽くキスをされる。瞼や頬にキスを落とされながら、入り口の感触を確かめるように性器の先端で後孔の入り口を刺激されて、それだけで目眩がするほど感じた。
ようやく与えられた「挿れるぞ」という短い確認に「ん」とだけ返して、パーシヴァルの首に腕を回す。

「あ、ぁ、っあ、んん…、っ!」

ぐずぐずに爛れた内壁をかき分けて、パーシヴァルの性器が一気に奥まで押し込まれる。
収まりのいいところまでパーシヴァルの性器がたどり着いて、軽くぐり、と中を撫でられただけで体に電流が走った。ぶわりと全身から汗が吹き出すような感じがして、ひくんと背筋が反る。
…今、多分軽くイった。挿れられただけで。明滅する視界と回らぬ思考。ふわふわと落ちていきそうな錯覚に陥って、堪らずパーシヴァルの体に縋り付く。
優しく髪を撫でてくる手に甘やかされてようやく平衡感覚を取り戻せば、緋色の目が獣みたいにぎらぎらと光っていて期待に喉が鳴った。
けれどそんな瞳をしているくせにパーシヴァルは頬やら首やらをゆるりと撫でてくるだけで一向に動こうとしない。

「う、ごかない、の?」
「どうしてやろうかと考えていたところだ。…お前は、」

「どうしてほしい?」耳元で囁かれて最奥がきゅうと疼く。どうしてほしいか、なんて、聞かずとも分かっているくせに。
「めちゃくちゃに、して」けれど快楽でとろけきった頭には皮肉も文句も何も浮かんでこなかったから、素直に自分の欲望をシンプルに伝えた。
瞬間、中に埋め込まれている質量が増した気がして腰がぴくんと跳ねる。パーシヴァルはその腰をしっかりと掴まえて、ランスロットの望みどおりがつがつと穿つように激しい抽送を開始した。

「っひ、あ、あっ、あ、あ、ぁ、」
「どこを、どうされたい?」
「あっ、おく、もっと、ひ、ぁ、あっ」

求めれば与えられる。だから欲しいままに求める。
ぎりぎりまで引き抜かれて、更に奥までぐん、と貫かれる度に全身が歓喜に打ち震えて脳が快楽に揺さぶられる。もうまともな思考なんてとっくに手放したあとだ。
きもちいい、と脳が叫んで、そのまま口から嬌声として漏れ出ていく。繋がっている箇所だけじゃなくて、触れる唇も撫でてくる手も何もかもが熱くて、きもちいい。

「は、ランスロット…」
「あっ、あ、う、きもち、い、ぱー、し、っ、」
「…今は、まだ、俺だけのものだ」

再び喉を噛まれて(でも今はそれすらも気持ちよくて)背中にびりびりと電流が走った。
相変わらず緋色の瞳はぎらぎらと光っていて、それには乱れる自分の姿だけがただ映っていて、ランスロットは脳が溶けそうなほどの多幸感を感じる。
ああ、その、目。
その、夢も理想も忘れてただ俺だけを求めるその姿が本当に好きなんだよ、ねえ。

「っ、ん、〜〜〜っあ…!」

瞑った瞼の裏に一筋の閃光が走る。ひかって、はじけて、収束する。
足先が何度もひくひくと震えて、性器のあたりがどろどろと濡れてきたのを感じて、ようやく自分が絶頂に至ったのを自覚しながらランスロットは力の入らぬ腕でパーシヴァルの体をきゅうと抱きしめる。
一瞬置いてどろりとした体液がお腹の中に広がっていくのを感じて、その感触に身を震わせながらもランスロットは縋り付く腕を緩めようとはしなかった。

「…ランスロット?」
「もう少し、このまま…、駄目か?」

パーシヴァルは首を縦にも横にも振らずに、しかしゆるりと弛緩していくランスロットの体を黙ったまま抱きしめた。
明言できるほどの理由なんて特にはない。そもそも明言しようとしたところで陳腐な言葉に成り果てるのは分かっていたから、ランスロットも何も語らずにただ抱擁だけを求めた。
ただ、今は少しだけ長く、こうしていたかった。



ああ、願わくは。
この藍色の世界が明けることなど、もう一生なければ良いのに。











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