連綿と続く(独占欲のはなし)



蒼月√ペアエンド後
性知識Cくらいのディミと家のあれこれで未経験なのに才能開花済フェリ
ブレーダッド×フラルダリウスは概念



「、っは、ん、ん……」
 無骨な指先が性器を擦り上げる感触にフェリクスは全身を震わせる。昔から触れるもの何でも壊してしまうあの指が、力加減を誤らぬよう最大限に気を遣って自分の一番敏感な箇所に触れているのだという事実だけでいつも思考が煮えそうになる。誰もが手を伸ばし憧れる彼の王の寵愛を今自分は一心に受けているのだと思うと、それだけで体が悦びに震えて達してしまいそうになる。堪らない。
「は、ぁ、フェリクス……」
 欲の色を隠そうともしない掠れた声で名前を呼ばれる。耳を食まれる。舌の這うぬるりとした感触に足の先まで震わせながら、フェリクスもディミトリの性器を包み込んでぐじゅぐじゅと扱く。とろとろと先走りを零すそれが、今にも破裂しそうなほどぱんぱんに熱を溜め込んだそれが酷く愛しかった。だからフェリクスは夢中で手を動かす。柔らかくもない抱き心地が良いとも言えない自分のこの体に興奮して昂ぶったその熱を、自分の手で吐き出させてやりたくて。
 すっかり覚えてしまったディミトリの弱いところを丹念に刺激して射精を促してやれば、負けじとばかりにディミトリも動きを激しくしてフェリクスを絶頂へと追い詰める。結局今回も先に根を上げたのはフェリクスの方で、ひくんと喉を反らせて全身を震わせた。
「あっ、あ、も、出るから、ッ」
「っは……、俺も、だから、このまま、っ」
「んく、んっ、は、んん……っ!」
 嬌声はキスで塞がれる。舌を吸われる感触に脳がとろけるような錯覚を覚えながらフェリクスはディミトリの手の中に熱を吐き出した。ややあってフェリクスもてのひらに濡れた感触を感じて、ディミトリも絶頂まで行き着いたことに幸福を覚える。
 お互いのてのひらから零れた白濁がお互いの下腹部を汚していくのをぼやけた視界の端で捉えながら、フェリクスは今宵の終わりを感じて幸福のさなかに一抹の寂しさを感じるのだった。これだけでは物足りないのに、と。

「……なあ、ディミトリ」
「ん? なんだ?」
 後始末もそこそこに、広い寝台の真ん中で気だるい体を寄せ合うのがフェリクスは好きだ。傷だらけでとても美しいとは言えないその汗ばんだ体に顔を埋めて心臓の音を聞くのが好きだ。そしてあやすように優しく髪を梳いてくるディミトリをそっと見上げるのが好きだ。
 首をゆっくりと持ち上げてディミトリを見上げれば、ディミトリは月に映える金の髪をゆらりと揺らして微笑む。その顔が好きだ。随分と幸せそうな顔をするようになったと思う。以前フェリクスが嫌った薄っぺらで貼り付けたようなものではなく、幸福が内側から自然と滲み出しているような。だからその顔が好きだ。
 そおっと手を伸ばしてその頬に触れると、ディミトリはくすぐったそうにはにかんだ。普段ならば釣られてフェリクスもこの愛しい王にしか見せない微笑みを返すところなのだけれど、今日だけはただじっとその顔を見つめながら至って真剣な口調で切り出した。
「お前女を抱いた経験は?」
「……、急にどうした」
 はにかんだ顔が一瞬固まって、唐突な問いに驚いたように片方の瞳をしぱしぱと瞬かせた。その言葉の意図を探ろうとしているのだろうか、困惑しきった表情でしばらくフェリクスの顔を見つめてきたけれど特にそんな深い意図はない。この問いには。
「あるのか?」
「……いや。閨教育なら多少は受けたがそれ以外で、と言われると特には無いな……」
 もごもごと歯切れ悪くそれだけ絞り出すと、ディミトリはなんとなくきまり悪そうにフェリクスの頭に顔をうずめてしまった。別に今更何を恥じることがあるのだろうかとも思うが、それはそれ、男の矜持というやつなのだろう。フェリクスとてろくに経験があるわけでもないのだから気にすることもないと思うのだが。
「なら、男を抱いた経験は?」
 一人で勝手に恥じ入っているディミトリはさておき本題に入る。ディミトリは「、は」と間抜けな声を漏らして顔を上げる。目を丸くしてきょとんとした顔をしていた。
 それから何を納得したのか知らないが、ふっと表情を緩めるとフェリクスの体を優しく抱き寄せて囁いた。
「……それこそ、お前以外にあるわけがないだろう」
 答える声は幸福にとろけていて酷く甘い。
 幸せそうに微笑むディミトリの顔をなんとなく白けた気持ちで見つめ返しながら、フェリクスは一人静かに確信を得る。
 ああなるほど、つまりこいつは男同士の性行為というものを根本的に理解していないのだ、と。

 ここのところ公務が立て込んでいたせいだろうか。ディミトリはそれから数分もしないうちにすうすうと安らかな寝息を立て始めた。フェリクスがそっとその頬に触れても起きる気配はない。幸せなことだと思う。こうして心をまるごと預けてもらえるのは。
 てのひらの温度に反応したのだろうか。眠ったままふにゃりと微笑むディミトリを見ながらフェリクスも小さく笑みを浮かべた。凛々しい顔は大人びているくせにこういう顔は妙に幼い。包み込むように撫でながら、フェリクスはつい先程のあの腑抜けた笑顔を思い出していた。
 果たしてあの問いにどこか微笑む要素などあっただろうか。もしや知らぬ過去の相手にでも嫉妬していると思われたのだろうか。フェリクスとしてはなんとなくそれは心外な気もしたが、ディミトリがそう勘違いしてそれを喜ぶのならいちいち訂正してやらずともいいか、と思った。
 生憎フェリクスとしては過去にディミトリが誰とどんな経験をしていようがそんなことはどうでもよかった。だって今隣にいるのは自分なのだ。ディミトリが今選んで一番傍にいることを許しているのはフェリクスだけなのだから、それだけでいい。
 フェリクスの意図は全く別のところにあった。男と経験があるのか否か、つまりそういった性行為のことを知っているのかどうか。フェリクスが知りたいのはそれだけだった。
 戦争が終わり想いが通じてから数節、今まで幾度も閨を共にした。唇を重ねて肌を触れ合わせて愛を囁きあった。ひとつの人生に与えられた全ての幸福をここで使い切ってしまうのではないか、と怖くなるほどの幸福を味わった。今までにないほどに心が満たされるのを感じた。
 しかし一方で満たされぬものもあった。いつまで経っても最後まで、体を繋げるところまで進む気配がない。やはり濡れもしない男の体など、と初めは思ったりもしたが、しかしそれを飽きずに求めてくるディミトリを見ているうちにそういう卑屈な思いは疑念へと変わった。もしやこの男は男を抱くという行為そのものを知らないのではないのかと。
 そして先程の問答に至る。頭に花でも咲いているかのようなあの反応を見るに、結論としては全く知らない、ということでいいのだろう。
 つまり麗しの我が王はこの戦乱に荒れた時代を経てなお、驚くほど清く穢れなく成長なされたのだ。賊による略奪や暴力がそこらじゅうに溢れたこの混沌とした世界を一人放浪するような生活を五年も続けていてなお性的に汚れることがなく生きてこられたなど、何か女神の加護でも受けているのではないかと思ってしまう。まあ本当にそんなものがあったとしたならディミトリの生きた道はもっと優しいものであったはずなので、フェリクスにとって何より大切なこの王を大して守ってもくれなかった女神を崇める気にはならないのだが。
 ディミトリの生きた苦しみを象徴するような潰れた右目。慈しむようにそれにそっと口付けて、フェリクスは未だ燻るままの熱を誤魔化しきれないまま目を閉じた。ああ、人間の欲望というものは際限なく肥大していくものらしい。生きているだけでよかった、想いを受け入れてもらえるだけでよかった、この身を求めてもらえるだけでよかった。けれど今はそれ以上が欲しい。
 正直なところフェリクスのそういう身勝手な欲望を押し付けてこの清らかな王を穢してしまって良いものかという葛藤はある。知らないことは知らないままでいいのかもしれないと思う気持ちもある。けれどあれだけでディミトリの性欲が満たされているとも思えないし(実際まだ足りない治まらないと甘えてくるディミトリのものを口でしてやったことも何度もある)、第一フェリクス自身が物足りないのだ。抱かれたい、この王の所有物だという証を奥深くまで刻まれたい。
 だってディミトリとは違いフェリクスは不本意ながら知っているのだ、男と男が繋がるための方法を。
 眠りに落ちるさなか、フェリクスはぼんやりと昔の記憶をたどる。士官学校に入るより前、閨の教育を受けた時に見せられた書物、あれは果たしてどこにしまってあったか。明日には一度領地に帰る予定だし、侍女たちに混じって屋敷の掃除でもしてみるか。そんなことを思いながらゆっくりと意識を手放した。



「今日は、俺がする」
 夜の帳が下りる頃、フェリクスは王の寝室を訪れた。既に人払いがされているのか、遠くにぽつんと護衛が見えるだけの静まり返った廊下。寝室の扉を控えめにノックすれば何の警戒もなく扉が開かれて腕を引かれた。それが誰かなんて考える必要すらないので引かれるままに足を踏み入れ、そして後ろ手で静かに鍵を閉める。
 名前を呼ぶより先に荒々しく口付けられて、酷く性急だな、と思ったけれど、彼をそうさせた自覚はあったので求められるままに舌や指先を絡めあった。
 誘ったのはフェリクスだった。領地に帰って数日もしないうちにフェリクスは再び王城へと蜻蛉返りしていた。王国西部、旧ファーガス公国の残存勢力が反乱を起こしたらしい。幸いにもその規模はとても小さかったらしく、フェリクスが王都につく頃には王城に控える兵だけで鎮圧を終えたあとだったが、酷く肝を冷やした。
 軍議を終えて他の家臣たちが下がったその折。「お前今夜は空いているのか」と、ひそやかに囁いたフェリクスの言葉にディミトリは一瞬驚いたような表情を見せた。しかしすぐにゆるりと微笑んで「……空けておく」とだけ答えた。同じように声をひそめ、フェリクスの手をそっと握って。囁く声も触れる手も明確な熱を孕んでいて、誘ったのはこちらなのに焦らされたような心地になった。未だ高い位置にある陽を恨めしく思った。
「ふ……、どうしたんだ? こんなに積極的なお前は珍しいな」
 いつものようにキスをしながらフェリクスの体を寝台に転がそうとするその手を掴んで、逆にフェリクスの方からディミトリの体を押し倒してやる。大した抵抗もなくディミトリは寝台に背中を預けると、フェリクスを見上げて小さく息を吐いて笑った。蒼い瞳は既に欲情しきってぎらぎらと光っている。星を散らした夜空より美しいその色が獣欲に乱れて不純な色に濁るその様をフェリクスは愛した。皆に愛される優しき王がただ自分にだけ向ける、その凶暴な獣の顔を。かつてフェリクスが忌み嫌ったそれとはまた違う、人の持つ根源の欲望。
「どうしたもこうしたも、お前のせいなんだがな……」
「? どういう意味だ?」
 いざ押し倒して乗り上げておいて、今から自分が行うことを考えると今更ながら気が引ける。けれど既にあれこれと準備を済ませてきた後だ、このままいつもと同じように触り合うだけで終わらせてしまえばフェリクスの努力が全て水の泡になってしまう。それは嫌だ。それに何より今夜こそと決意を固めてきたのに、ここで臆したら次もその次もまた同じようにずるずると逃げてしまうに違いない。
 フェリクスは夜着を緩くほどいて下衣を脱ぎ捨てる。それから大げさにひとつため息を吐くと、意を決したようにそっと自分の後孔へと指を滑らせた。
「フェリクス? なにを……」
「、っいいから……、少し、黙っていろ」
 ディミトリは目を見開いてフェリクスの顔とそれから指の這う先、フェリクスの白い足の付け根とを交互に見やる。最初は何をしているのか分からないような様子だったけれど、事前に塗り込んでおいた油がフェリクスの太ももを伝うのを視線で追いかけたのちようやく理解できたのかじわりと頬を染めた。まあ予想できていた反応だ。
 じゅぐ、と溢れ出た油が卑猥な音を立てるたび酷くいたたまれない気持ちになりながらも、フェリクスはゆっくりとディミトリを受け入れる準備を進めていく。とはいえ先程湯浴みをした際に前もって入念にひらく用意をしておいたのだから、今フェリクスがしているのはどちらかというと心の準備に近いのだけれど。
 自分で黙れと言っておいて勝手だが、しかし沈黙の中に粘った音だけが響く状況に耐えられずフェリクスが口を開く。
「っ、は……男同士でする場合は、こちらの穴を使うのだと」
「そんなところに、その、挿れてしまっても大丈夫なものなのか?」
「……相応の準備をすれば」
「し、てきたのか?」
「……」
 ああやはりいたたまれない。フェリクスは再び口を閉ざす。けれど沈黙は肯定と同じだ。ディミトリの喉がごくんと鳴った。
 してきたに決まっている。ただひとえにディミトリと繋がりたいという一心だけで、閨の教育を受けた際に読まされた書物までわざわざ引っ張り出して読み込んできたのだ。
 貴族の家に生まれた跡取りは一定の年齢になると閨教育を受ける。その内容はまあどこの家も似たようなものであろう。
 けれどフラルダリウスの家ではその際、他の家には無い(とは言え他家の仔細な事情を知っているわけではないので断言することは出来ないが)特殊な教育を受ける。教育、と言っても家に受け継がれているという書物に目を通しておくように言われるだけで特別に何か指導を受けたりするわけではないけれど。
 その書物の内容というのが、ざっくばらんに言ってしまえば男同士での性行為の方法であった。書物というより指南書と言ったほうが近いだろうか。
 曰く、ブレーダッド家の跡継ぎ、つまり次代の王になる王子の初めての夜伽の相手はフラルダリウスに連なる女性が務めること。しかしどうしてもその王子に近しい世代の女児が生まれなかった場合に限り、次代のフラルダリウスを継ぐ男児がその責務を果たすこと、と。このような指南書が残されている目的として記されていたのはそんなところだった。
 フェリクスに閨の教育をしてくれた女性が言うには既に形骸化して久しい風習らしいが、受け継がれている役目として一応頭に入れておくこと、そしてその役目は秘匿すべきもの故決して口外してはならないことを同時に教わった。
 あの時、ディミトリと自分がそういう関係を持つことになるかもしれないという可能性を示されたとき、そういうものなのか、と大した嫌悪感も無くそれを受け入れたのはこの体に流れるフラルダリウスの血のせいなのか、それともあの時には既にディミトリに惹かれていたからなのか。今となってはもう分からない。
 けれどこうして想いを自覚してディミトリと肌を触れ合わせる悦びを知ったフェリクスが今思うのは、受け継がれているあのお役目とやらはもっと違う意味を孕んでいたのではないかということだ。
「痛くはない、のか?」
「……ない」
 フェリクスの顔を見上げるディミトリの顔は耳まで赤く染まっていたけれど、きっと自分も同じ顔をしているのだろうとフェリクスは思った。自分で始めたことのくせに羞恥で死んでしまえそうだった。見られている、ディミトリに。元々雄を受け入れるようには出来ていない器官を、ディミトリを受け入れるためだけにほぐして拡げて作り変えている。その浅ましい姿を見られている。
 けれどその羞恥すら何の抑止力にもならない。フェリクスはそっと視線を落とす。夜着を押し上げて存在を主張するディミトリの性器が視界に映っていよいよ思考が溶けそうになる。勃っている、自分の痴態でディミトリが興奮している。あれがもうすぐ自分の中に入ってくる。だからその羞恥すら悦びと期待に変わるのみで、何の抑止力にもならなかった。
 皆を愛し愛される王の寵愛をこれから自分は一身に受けるのだ。まだ他の誰も賜ったことのない欲をこの内側に受け入れるのだと思うと、それだけで気分が高揚して堪らなかった。
 王は誰のものにもならない。仮にこの身が女として生まれ、伴侶として契ることが出来ていたとしても、決して自分だけのものになりはしない。王は民のものだ。民全てに愛を注がねばならない存在だ。その愛を独占することなど出来はしない。
 それをフェリクスは痛いほど理解しているからこそ思う。決して自分ひとりのものになど出来ぬ王に対して恋慕の情を抱いた自分の祖が、ひとときだけでもその心を手に入れたいという願い、それがお役目というかたちで顕れて今の時代になっても遺されているのではないか、と。
「フェリクス……、その、俺にも触らせてくれ」
 恍惚とした気分でゆっくりと指を引き抜く。心の準備などと形容してはみたが、理性の箍が外れてしまえばそんなもの勝手に完了してしまっていた。
 熱に浮かされたような気分のままディミトリの夜着をほどきはじめる。と、未だひくひくと震える後孔に自分のそれではない指がそっと触れてきてフェリクスはびくんと肩を震わせた。
「っ別に、こんな、こと……、お前がする必要は、」
「必要、とかじゃなくて俺がしたいからさせてほしい。だめか?」
 入り口を優しく押されながら囁かれると、それだけで気持ちがよくて頭が馬鹿になってしまう。それ以上の抵抗する言葉がもう思い浮かばなくて、フェリクスは小さく首を横に振った。
 瞬間、視界が反転する。ディミトリに跨っていたはずの体は軽々と抱えられて寝台へと押し倒されていた。あっという間に形勢逆転。今日は俺がすると言っていたはずなのに。
 けれどそんな恨み言を言うような余裕なぞもう持ち合わせていない。膝裏を掴まれて遠慮もなしに大きく足を割り開かれても罵倒のひとつも返せない。そんな欲情しきった瞳で見つめられてはもう何も言えなくなる。
「ん、ぁ……、ん、んっ、」
「……思っていたより柔らかいんだな」
 確かめるように何度か窄まりに浅く指先を沈めたあと、肉の輪をくぐり抜けてディミトリの指が奥まで入ってくる。自分の指と大して変わらないはずなのになんだかやけに熱く感じて、指先で軽く内側を擦られるだけでめまいがするほど気持ちよかった。自分で油を塗り込んで拡げていた時は違和感と異物感ばかりで気が遠くなるような思いしかしなかったのに。触れる指が変わるだけでこんなにも。
 指を咥えこんでいるその縁をもう一本の指でなぞられてフェリクスの体がひくんと震える。また、はいってくる。ディミトリはわずかに躊躇するような気配を見せたけれど、フェリクスのそこが容易く二本目の指先も飲み込んでしまったものだから、そのままずるりと根本まで押し込んでしまった。
「っふ、……、ぁ、」
「、すごいな……」
 こぼした感嘆の言葉が何に対してなのかは知らないが、突っ込む気力も余力も無かった。おそるおそるといった様子で中で指を広げられて、その感触に背筋がぞくぞくと震える。自分のものが入るかどうかの目測でもしているのだろうか。ディミトリが何度も指を開いたり閉じたりするものだから、そのたびに内壁がやわく擦られて勝手に体が熱を上げていく。喉が震えて悲鳴のような声が漏れる。
 苦しいとか恥ずかしいとか思うより先に、もどかしいという気持ちで頭がいっぱいになる。奥がどうしようもなく疼く。もっと熱いもので埋めてほしい、苦しいくらいにここを満たしてほしい。
「でぃ、み……、も、いい、からっ、」
 急かす声すらあまく震えて情けない。まるでぐずつく子どもみたいな泣き声でディミトリの名を呼べば、小さく息を呑む音が聞こえた。濡れた指がずるりと引き抜かれてまた喉が鳴った。
「……わかった」
 低い声が鼓膜に落ちてきて脳が痺れる。情欲に支配されて理性が溶けかけている時の声。今はまだフェリクスしか知らないその声に独占欲が満たされていくのを感じる。今だけはこの王は自分のもの、自分だけのもの。
 ディミトリが夜着を脱ぎ捨てる。屹立したディミトリの性器がぼやけた視界の端に映って愛しさと期待に鼓動が早くなる。ぎし、と寝台が軋む。ディミトリの手がしっかりとフェリクスの腰を掴んで、熱を溜め込んだその性器をフェリクスの後孔にそっと押し当てる。ディミトリは一瞬だけ躊躇するような様子を見せたけれど、フェリクスの後孔が物欲しげにひくんと収縮したのを性器の先端で感じたのだろう。今更了解など取らずにゆっくりと腰を進めた。フェリクスもそれでよかった、いちいち聞かれずともこの体はずっとそれを求めていたのだから。
「っん……! あ、ぁ、ぅあ……、!」
 狭い入り口を押し開いてじわじわとディミトリの性器が中に侵入してくる。散々慣らされたあととはいえ、指とは比べものにならない固さと質量に息が詰まりそうになった。不覚にも苦しさに涙が滲んで、呻くような声が漏れた。必要以上にフェリクスのことを気遣う節のあるディミトリがここで止めてしまうのではないかと不安になったけれど、ディミトリは「すまない」とだけ小さく呟いてそのままフェリクスの中へと自分自身を埋め込んでいく。自制の鬼のような男が見せるその、自分の欲望に抗えずただ流される姿がひどく愛しかった。
 フェリクスは深くゆっくり呼吸をして、苦しさにこわばる体の力を意識して抜いていく。フェリクスの呼吸に合わせて少しずつディミトリのものが奥へ奥へと入ってくる。そうこうしているうちに下生えの触れる感触がして「あ」と思った。
「ぜんぶ、入った、な……」
 わずかに驚きの色を滲ませて、感慨深そうにディミトリが深く息を吐く。フェリクスも似たような気持ちで自分の下腹部にそっと手を当てる。今、ここにディミトリのものが入っているのか、ぜんぶ。いくら書物で知っていたとはいえそのための準備を整えてきたとはいえ、一切の不安が無かったと言えば嘘になる。自分の体は雄を受け入れるようには出来ていないのだ。だからこそこうして繋がっていることが嘘みたいに思えて、けれど嘘ではないのだというその現実に、その幸福に、なんだか泣き出してしまいそうなほど心が満たされていくのを感じた。
「ん、ん、ディミ、トリ……」
「フェリクス……」
 震える手を伸ばしてディミトリを呼ぶ。その手を捉えて、指を絡めて、ディミトリが上半身をゆっくりと倒してフェリクスの唇に自分のそれを重ねる。欲望のままにディミトリの唇を舐めて自分から舌を絡めれば、中に埋められているディミトリのものがそのたびにびくびくと反応して堪らなく気分がよかった。この王の欲のすべてを自分は今感じているのだ。
 フェリクスの舌先を吸いながらディミトリはたどたどしい動きで腰を揺さぶり始める。焦れて爛れた内壁が擦られる感触にフェリクスは背中を反らしてあまい声を上げた。キスのさなかだったせいで口の中に溜まっていた唾液が口の端から零れていく。拭う余裕などあるわけもない。
「っあ、あ、ぅ、……でぃ、み、とり、……っ、」
「は……、すまない、苦しいか?」
 ディミトリの問いにフェリクスはふるふると首を横に振る。苦しいか苦しくないかと言われたらディミトリの言う通り確かに苦しい。自分の内側から内臓を圧迫されているのだから当たり前だ。けれどそんな苦しみなんて些細なものに思えるくらい高揚していた、興奮していた。内壁がうごめいてディミトリのかたちを捉えるたびに理性が灼けて朽ちていく。気持ちがいい、もっと奥まで来てほしい。
「、もっと、……」
 フェリクスの意志とはほぼ無関係にそんな言葉が零れて、ディミトリは一瞬動きを止める。それから何か堪えるようにきゅっと眉を寄せて、繋ぐ指にわずかに力がこもった。
「……、フェリ、クス」
 ずる、と内壁を擦りながら性器が引き抜かれて、一気に奥まで貫かれる。全身がぶわっと熱くなって、反り返った喉からは悲鳴のような声が漏れた。もうそれ以上入らない、ずっと深い奥のところをぐりぐりと刺激されて、フェリクスの体はあっけなく絶頂へと押し上げられる。フェリクスの性器がどろりと白濁を吐き出すのを見下ろしながらもディミトリは更に奥を容赦なく抉った。
「っひ、! っく、あぁ、んっ!」
「今回ばかりは、お前が悪いぞ……、っ」
「、あ、あっ、! はっ、ん、んっ、」
 誰が悪かろうがどうでもいい。今までに感じたことのない強い絶頂に思考をまるごと溶かされながらぼんやり思う。その間にもディミトリの性器が奥の疼くところをぐちゃぐちゃにかき回してくるものだからただ喘ぐことしか出来なくて、脳は快楽一色に塗りつぶされる。何も考えられない。フェリクスが誘ったことなのだから、もう全部自分のせいにしてくれていい。だからもっと求めてほしい、したいことを全部してほしい、ぶつけてほしい。
 激しく上下に揺さぶられるせいで視界がぐらぐらと揺れて定まらない。涙の膜で瞳が覆われているせいで景色がぼやける。けれどフェリクスはその中で必死にディミトリの顔を捉えて、その表情を見つめていた。ただひたすらにフェリクスのことを求める、王としてではない獣欲に溺れたただの男としてのディミトリの顔を見つめていた。これを独り占め出来る自分はなんと幸福な男なのだろうか。フェリクスは震える足をディミトリの背中に絡めて二度目の絶頂に全身を痺れさせながら、熱い迸りが中に吐き出されるのを歓喜に震えながら受け止めた。



「フェリクス……、その、体の方は、」
 存分に睦み合ったその翌朝、フェリクスは寝台から動けずにいた。いつものように隣で眠る主君より早く目を覚ましたまではよかったのだが、全身を襲う鈍い痛みと下半身の重い違和感のせいで起き上がることが出来なかったのだ。余計な世話を焼かれるのもなんだか癪だったのでさっさと寝台を抜け出して知らぬ振りをしようと思ったのだけれど、今までに経験のない怠さのせいでもぞもぞと無様に這うことしか出来ず。さっさとしないとディミトリが起きてしまう、と思った時には既に遅かった。静かに目を覚ましていたらしいディミトリの手にあっさりと捕まってしまう。
「別に……平気だ、これくらい」
「どう見ても平気ではないだろう……声も掠れてしまっている。……無理をさせてしまったな」
 そういう気遣いをされたくなかったからこっそり出ていこうと思ったのに。ディミトリの腕に抱かれてずるずると寝台の中心まで引き戻されながら思う。ただでさえ力では敵わないのに今の状態でまともな抵抗が出来るわけもないので、フェリクスは潔く諦めて再び横になった。
「無理も何も、したいと言ったのは俺なのだからお前が気にすることは何ひとつ無いだろうが」
「……それでもお前の体をこうしてしまったのは俺だからな。心配くらいはさせてくれ」
 気にするな、とこの男に言ったところで無駄か。元から何もかもに責を負いたがるような男だ。つまりそういう男だと分かっているのに弱みを見せた自分が甘かったのだな、と思ってフェリクスは反論するのを諦めた。せめてフェリクスが普段使用している客間まで移動してそこで休みたかったのだが、この様子だと多分言ったところで無駄だろう。それが許されている仲ではあるが、王の寝所にその主が起きたあとも転がっているのはなんとなく気が引けるのだが。
「とりあえず水を持ってくる。……ああ、体を拭うものと湯も必要だな。他に欲しいものは何かあるか」
「……おい、どこの世界に臣下の使い走りになる王がいる。そんな必要はない」
「必要、とかではなく俺がしたいだけだ。いいから待っていてくれ」
 また昨晩と同じようなことを言って、フェリクスが何か文句を言う前に素早くその唇を塞いでしまう。不器用だった猪が随分ずるくなったものだな、とやわいキスにほだされながらぼんやり思う。すっかり大人しくなったフェリクスを見てディミトリは満足そうに笑むと、先日脱ぎ散らした夜着を適当に着て寝室を出ていってしまった。もう朝だというのに夜着のまま城を歩き回るやつがいるか、と思ったけれど突っ込む余裕は無かった。
 程なくして何やら色々抱えたディミトリが部屋に帰ってくる。恐らく侍女たちが既に準備して待っていたのだろうな、と思ったけれど深く追求するのはやめておいた。
「……それくらい自分でする」
 ディミトリは蒸らした浴布を手に再び寝台へと上がってくる。受け取ろうとするフェリクスの手をひょいと避けて、ディミトリはそのままフェリクスの体を丁寧に拭い始めた。さすがにそれはどうなんだ。ディミトリの手を押し返してそれを奪おうとするも、やはり力で勝てるわけもなく再び諦めざるを得なかった。深くため息を吐いてディミトリの為すがままになる。
「……昨晩から気になっていたんだが」
 ディミトリはフェリクスの体をひっくり返して背中を拭いながら問いかける。最初こそ抵抗があったものの温かな感触が気持ちよくてついうとうとしながらフェリクスは応える。
「フェリクスは、その、……何故こういうことを知っていたんだ?」
「なんのことだ」
「昨晩のような、……俺の知らない知識を」
 何故、と問われても。フェリクスは小さく唸る。
 家に伝わっていたから、としか答えようがない。どうしてそんなものが伝わっているのか、ということまで考えて答えるのならば、フェリクスの答えは今のところひとつだけだった。
「俺の祖がお前の祖のことを恋い慕っていたから、とでも言えばいいんだろうか」
「? どういうことだ?」
「……今度フラルダリウス領に来た時にでも教えてやる」
 秘匿すべきものだとは教わったが、こういう関係になってしまっている以上今更別に隠す必要など無いだろう。自分たちの代においては。
 あれを読ませてやったらディミトリはまた昨日のような百面相をするのだろうか、なんて考えて少し愉快な気持ちになりながらフェリクスはまどろみに身を任せた。











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