いつか終わるゆめ



ディミフェリ+シル独白
紅花√全員ファーガス残留で戦争4年目くらい
「私が倒れてもブレーダッドの血は続くのですから」云々からの妄想
三人とも国の存続のためにモブ女孕ませまくってるよねという話



 堅く閉ざされた城門を見るたびにフェリクスは憂鬱な気分になる。王都フェルディア、かつてその王城は民衆に向けて広く開かれたものであった。もちろん誰彼構わずその中に足を踏み入れることが許されていたわけではなかったけれど、街の子どもたちがよく城の庭に入り込んでは先代の王──ランベールに向けて手を振り、笑顔を浮かべてそれに手を振り返すランベールの姿をフェリクスは今でも覚えている。幼いディミトリとともにどこかそれを誇らしい気持ちで眺めていたのをよく覚えている。
「王に用があって来た、開けてくれ」
 物々しい雰囲気で城門の前に立っている兵士に声をかけると、一瞬鋭く刺すような視線が向けられる。それからフェリクスの顔と服装とをじろりと眺めて確認したあとようやく、ああフラルダリウス家の方ですね、と少しだけ表情を和らげて、しかし警戒した様子は緩めないままに静かにその城門を開いた。

「久しいな、フェリクス。よく来てくれた」
 城門でのそれと同じようなやり取りを数度繰り返し、ようやくフェリクスは目的の場所へとたどり着く。王の私室。本来ならば王へのお目通りがこんなところで行われるはずもなく、みな等しく謁見の間へ通されるのだがこんな状況にあってもフェリクスと他二人の幼馴染だけは特別のようだった。昔と同じように、当然のように私室へと招かれる。全てが変わってしまった今においてそういうところだけが昔と変わらなくて、それがなんだか酷く寂しく悲しかった。
 恭しく開かれた扉の先、王の私室とは思えぬほど質素な部屋へと足を踏み入れて、窓際に立つ王の姿を捉える。夕陽の鮮やかな橙色を浴びて佇むディミトリをまっすぐに見据える。謁見の間であれば、他の家臣であれば跪いて頭でも垂れるべき場面なのだろうが、ここに通されたということはそんな真似をする必要がないということだ。だからフェリクスはもったいぶった前置きを挟むこともせず、さっさと本題を口にした。
「……成果の報告に」
「……、そうか」
 フェリクスの表情とそれだけの言葉で察したのだろう、ディミトリは静かに頷いてフェリクスの言葉を促した。
 気が重い。腹の底あたりに石が詰め込まれたような気持ちになる。──今更だ。フェリクスは小さく嘆息した。これを報告するためにわざわざ王都まで足を運んだのにここで躊躇する理由もない。重い気持ちを吐き出すようにフェリクスは一息でその知らせを口にした。
「先日産まれた男児に紋章が発現したのを確認した。フラルダリウスの紋章を継いだ子はこれで二人目だ」
「そうか……良くやった、と言うべきなんだろうな」
 お前が命じたことなのだからそこは素直に良くやったという言葉だけでいい。迷うような素振りなど見せるな。そう詰ってやりたかったが、ぎゅっと唇を結んで飲み込んだ。
 フラルダリウスとゴーティエ。王国を代表するそのふたつの家に、紋章を持つ子を成せ、との命が下ったのは戦争が始まって約二年ほど経った冬の日のことだった。
 国境近くでの大きな戦闘の後、しんしんと深く雪が降り積もったあの寒い日。それぞれの領地に帰ることも出来ず、王城にひとまずとどまることになったシルヴァンとフェリクスを呼び出したのはディミトリだった。
 謁見の間。思えばその場所でそんな風にディミトリから勅命を下されたのは今のところあれが最初で最後だった。幼馴染としてのお願いなどではなく、この国を率いる王としての命を受けたのは。
 その言葉の意味が分からぬほどフェリクスも、もちろんシルヴァンも子どもではない。単に「子を成せ」というのではなく「紋章を持つ子を」と殊更に強調したその意味も分かっていた。つまりは紋章を持つ子が産まれるまで出来るだけ多くの女に子を産ませ続けろ、と、そういうことだったのだろう。
 シルヴァンは一瞬悲痛の色を浮かべて目を伏せたあと、それからふっと諦めたような顔をして「確かに拝命いたしました」と深く頭を下げた。その一瞬の間にどれだけの葛藤があったのかフェリクスには想像することしか出来ない。同じように紋章を持って産まれ一緒に育って来た友と言えど、取り巻く環境は全く違うものだった。シルヴァンは多くを語ろうとはしなかったが、彼がゴーティエの家でどんな目に遭ってきたのか父の話でうっすらとは聞いている。士官学校時代には兄を亡くしていることも知っている。それでも一瞬の逡巡しか見せず、その命を受けたシルヴァンの気持ちを理解してやることなど、きっと自分には一生出来ないのだろうとフェリクスは思った。
 シルヴァンの答えを聞いたあと、ディミトリはフェリクスへと顔を向けた。フェリクスの答えを待っていた。
 何を馬鹿なことを、なんて一蹴することは出来なかった。
 この国の状況は痛いほど分かっている。いつ終わるとも分からぬ戦。前線に出るのはもちろん紋章を持ち、産まれた時からディミトリを守るために育てられてきた自分たちとその騎士団。いつ命を落とすとも分からぬこの状況で、紋章を継ぐ次の世代を残しておかなければならないと考えるのは当然のことだろう。
 分かっている、当然のことだ。それでも素直に頷くことが出来ないでいるフェリクスに、ディミトリは「これはまだ内密の話にしておいてほしいんだが」と言葉を続けた。「お前たちだけに強いるわけではない、俺も同じだ。この血を絶やさぬため既に一子をもうけた」と。
 シルヴァンが小さく息を呑む音が聞こえた。フェリクスはど、と心臓が大きく跳ねるのを自分の内側で聞いて、それから全身が氷のように冷たくなっていくのを感じながら「了解した」と力なく頭を下げた。首を横に振ることなど出来なかった。出来るわけがなかった。
「少し前にゴーティエの家からも書簡が届いてな。シルヴァンのところも無事に一人紋章を持つ子が産まれたとのことだった」
「……ハッ」
 ディミトリが告げる、もうひとりの幼馴染の近況に思わず乾いた笑いが出た。この言い草からして恐らく紋章を持たなかった子も幾らかは産まれたのだろう。あの家の事情をディミトリだって知らないわけじゃないだろうに。そうやって淡々と言ってしまえる今のディミトリは間違いなく正しく王をしているとも思ったけれど、それはフェリクスの慈しんだかつての彼の姿ではなかったからそっと視線を逸らした。
 夕陽に染まる部屋の絨毯を睨みつけながら、命を下されなかった紅一点の幼馴染を思う。兄の嫁に、自分の義理の姉になるはずだった女性。イングリット。
 同じく王国を象徴する紋章持ちのイングリットにその命が下されなかったのは、三人とは違い孕ませる側ではなく孕む側である彼女を慮ってのことなのか、あるいは身重となっては貴重な戦力の一人が欠けてしまうからか。
 その真意は分からなかったが、どちらにしても彼女が巻き込まれなかったことに少しだけ安堵した。多分あの時横にいたシルヴァンもきっと同じことを考えていたと思う。
 相槌すら返さないフェリクスにディミトリは一人あれやこれやとその他の家の近況を話していたが、やがてそれにも飽いたのか小さく息を吐いてフェリクスの方へ一歩寄った。
「お前たちには本当に感謝している。ただでさえ戦続きで疲れているだろうに」
「フン、勅命だから従っているに過ぎん」
「フェリクス……」
 そうやって突き放すような言い方をすれば、良き王の仮面が少しだけ剥がれる。瞳が僅かに揺れてぎらりと獣の色を映したような気がした。
 ディミトリの手がフェリクスの頬に触れる。拒みはしないけれどその手に自分から触れることもしない。輪郭をなぞるその温度に絆されそうになる心をぐっと押さえつけて、何も応えず何も返さずただじっと待つ。どうせすぐ諦めたような顔をして離れていくのだから。いつものように。
 けれど今日は違った。ディミトリの手はゆるゆるとフェリクスの頬を撫でたあと、その指をフェリクスの耳に這わせてまるで愛撫でもするかのように耳の内側をくすぐった。思わずひくんとフェリクスの体が跳ねる。それを見てディミトリが小さく笑ったような気がした。欲の色を滲ませた掠れた声で。
 気に食わない。燻る欲望を垣間見せておきながらフェリクスを試すように触れてくるそのやり方も、そしてそんな手遊びのような淡い触れ合いで簡単に快楽を拾ってしまう浅ましい自分の体も。
「……そんな精力が残っているのなら順番待ちしている女にでも回してやったらどうだ?」
「……ふ、お前もシルヴァンのような冗談を口にするようになったのだな。やはり女を抱くと変わるものなのか?」
 揶揄するような声が癪に障って、「帰る」とディミトリの胸を押し返す。もう用は済んだのだから帰っても構わないだろう。しかしフェリクスが背を向けるより早くディミトリの手に腕を掴まれる。加減こそされているもののその力強さが逃さないとでも語っているようだった。まずい、と思った時にはもう遅く。
「っ、ディミ、んっ、ん、……っ、!」
 あっという間に抱き込まれて唇を奪われる。逃げようともがくことすら許されず、フェリクスの体はそのまま壁に縫い付けられる。反射的に名前を呼んだのが失敗だった。開いた唇ごと覆ってしまうように深く深く口付けられる。
 ディミトリの舌先がフェリクスのそれに触れて、それからじわりじわりと煽るようにゆっくりお互いの舌全体を絡めていく。粘膜の擦れ合う感触、フェリクスの意志とは無関係に体が悦びに震えて腰から下の力が抜けていく。
 かくんと崩れ落ちそうになったフェリクスを抱きかかえるように支えながら、ディミトリはなおもフェリクスの咥内を蹂躙する。ぴちゃ、と口の中から音がするたびに耳まで犯されているような錯覚に陥った。
 角度を変えて何度も口付けられるたび、ディミトリの舌が上顎や舌の裏をなぞっていくたび、フェリクスの体は勝手に熱を上げていくのにそれと反比例するように思考はどんどん冷えていくような感じがした。こんなキスは知らない。こんな風にフェリクスの体ばかりを昂ぶらせていくような激しいキスは知らない。フェリクスが知っているのはもっと拙いそれだけだ。
 なんだか抵抗する気すら失せて、酷く投げやりな気分で全てをディミトリに委ねた。すぐそこにはベッドもある。犯したいのならそうすればいい。けれどそんなフェリクスの様子に気づいたのか、ディミトリはそっと唇を離した。
「……フェリクス、……」
 一瞬だけ見えた蒼色の双眸は何か言いたげだったけれど、そこから何かを読み取る前にディミトリはフェリクスの肩に顔を埋めてしまったから結局何も分からなかった。抱きしめてくる腕が先程とは違って弱々しくて優しくて、抜け出そうと思えば多分簡単に抜け出せてしまえたのに、そうやって昔のような抱き方をされるとどうすればいいのか分からなくなってフェリクスはただそっとその背中を抱き返すことしか出来なかった。
「ディミトリ……」
 あんな風に知らないキスをしてくるくせに、昔みたいな声色で名前を呼ばれてフェリクスの良く知る強さで抱きしめられると混乱する。目の前のこいつは王なのか、ただの獣なのか、それとも幼い頃からずっと過ごしてきたディミトリなのか。
 ディミトリが王位に就いてからフェリクスはますますディミトリのことが分からなくなった。民衆の前に立つディミトリは間違いなく立派な王だった。けれど帝国軍と戦う時のディミトリは昔よりもずっと獣に近づいていた。ディミトリが殺した帝国の兵はもはや人間のかたちすら保っていないことが少なくなかった。
 そうやって復讐心を飼ったまま立派な王として振る舞うディミトリは、士官学校の頃よりも何かおぞましい化け物になってしまったようで怖かった。
 けれどそれも仕方のないことなのかもしれないと思う。終わりの見えぬ戦乱に先の分からぬ不安。民衆はディミトリに強き王であることを求める。ディミトリはそれに応えようとする。民衆はかつてフェリクスが忌避したディミトリの獣の部分すら称える、賛美する。そうしてディミトリは歪んだまま優しく強い王として完成していく。民衆がそれを求めるから、ディミトリの心が復讐を望むから。
「……なあ、ディミトリ」
 こんな戦争が起こらなければ、あるいは数年前ディミトリの歪みから逃げなければ、あの獣と向き合うことを選んでいれば何かが変わったのだろうか。
 気味が悪いと言って避けるのではなく、どうしてあの優しかったディミトリがあんな獣を飼うようになってしまったのか、殴り合って怒鳴り合うことになってでも踏み込んでいれば違ったのだろうか。
 そんな、今となってはもうどうしようもないことを考えて──やめた。いくら後悔したところで過去が変わるわけでもない。
「抱きたいのなら、好きにすればいい」
「……別に、そんなつもりはなかった。……すまない」
 顔は見えないけれど、絞り出したような声を聞いてやっと分かった。今ここにいるのはフェリクスの知っているディミトリだ。民衆の求める王でも、獣でもないただのディミトリ。
 そうやってフェリクスの知るただのディミトリとしての顔を見せてくれるのならば、まだ間に合うのではないか? いつか逃げ出したその獣に今度こそ向き合って救えるのではないか?
 今度はフェリクスの方からぎゅっとディミトリの体を抱きしめる。それならば今自分に出来ることはこの戦争を終わらせるために戦うことだけだ。王としての彼ではなく、ただディミトリに勝利を捧げるためにこの剣を振るうだけだ。全て終わったその先で、きっと、いつか。
「ひとつだけわがままを言うことを許してくれ」
「……なんだ」
「今夜一晩くらいは一緒にいてほしい。お前のぬくもりを感じながら眠りたい。……駄目か?」
 ディミトリの言葉にフェリクスはそっと頷いて、柔らかな金の髪に口付ける。
 酷く苦しそうで寂しそうに見えたのに、そんな言葉をひとつも口にしないディミトリの強さが愛しくて、悲しかった。
 せめて全て終わらせたその暁には、きっとそういう本音まで全て吐き出させてみせる。そんなことを思いながら、二人してそっとベッドへと横たわった。



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 心にもない言葉を並べるだけのピロートークも、翌朝目を覚ましてまだ一緒にいたいと甘える女を宥めすかして見送ることもしなくていいだけ今のほうが幾分マシなのかもしれないとシルヴァンは思う。
 湯浴みを済ませ自室に戻ってきた時には先程の行為で汚したシーツやら何やらは綺麗に片付けられ、残っているのは甘ったるい香水の残り香だけだった。しかしそれすら消し去ってしまいたくて、シルヴァンは寒さに構わず窓を開けた。冷えた風が湯上がりの体を撫でていく感触に肩を震わせたが、夜の風の匂いを嗅いでいると今夜のこともそう遠くないうちに訪れるであろう次のことも忘れられそうな気がした。
 香水のきつい女だった。どの女より一番私があなたを愛しています、と行為のさなかに何度も囁いてくるのが鬱陶しくて堪らなかった。他の女どころかシルヴァンのことすらよく知りもしないくせに知ったような口を聞くのが滑稽で仕方なかったけれど、そんな女相手に腰を振る自分もきっと同じように滑稽だったのだろう。まだこの家の客室かどこかには留まっているのだろうが、明日の朝には丁重に自分の家へと送り届けられしばらくはもう顔を合わせることも無いのだろうと少しほっとした。

 一番最初に産まれた子は紋章を持たなかった。早馬すら飛ばされず、報告を受けたのはその子が産まれたという日から二日経った日のことだった。とても生命の誕生を祝っているとは思えないその淡々とした報告を、どこか他人事のような心地で聞きながら酷く落胆している自分に気づき吐き気がした。紋章が無いからと言って兄を廃嫡した両親、紋章目当てに寄ってくる有象無象の女たち。結局自分も彼らと同じ、紋章のことしか考えていないじゃないか。産まれた子のことなど、産んだ女が誰なのかなど考えもせずに。もうこの世のどこにもいない兄がこちらを指差して笑っているような気がした。綺麗事だけ並べておいて、結局お前もあいつらと何も変わらないじゃないかと言われているような気がした。
 けれどそんな風に心を痛めることが出来たのも最初だけだった。紋章を持たぬ三人目の報告を受ける頃にはもうすっかり心が麻痺していた。自分は王から賜った命を遂行するべく働いているだけなのだ。それを成すことが出来なくて残念に思うのは当然のことだろう。
だから紋章を持つ子が産まれたとの早馬伝令を聞いた時には嬉しかったというより安堵の気持ちの方が強かった。ようやく主命に応えることが出来た、とばかり思う自分は同じ血を継いだ子であるという自覚など持つことなど出来ず、紋章を持つ道具としてしか既にもうその子を見ていなかったのだろう。
 結局全てに等しく価値など無かった。ただそれだけのことだったのだ。戦乱の中揺らぐ国を存続させるためだけにひたすら子を産ませ続けるシルヴァンにもそれに群がり我先にと紋章持ちの子を産もうとする女たちにも全てに等しく価値はなく、紋章を継いでいくための道具でしかなかったのだ。
 それはきっと自分だけでなく、フェリクスも、この国の王であるディミトリですら産まれてきた時からそうだったのだろう。
 あの日、雪の降り積もった冬の日。ディミトリから紋章を持つ子を成せとの勅命を受けた時、最初に浮かんだ感情は幼馴染であり友であるはずのディミトリからそんなことを命令されてしまう悲しみであり、そんなことを言わせてしまう申し訳なさだった。
遅かれ早かれこういう日が来ることは分かっていたのだ。むしろそんな命が下される前にディミトリの考えを汲んで臣下として動くべきだったはずなのに。自分の浅薄さを呪った。
 そして次に抱いた感情はどこか安堵に似た昏い喜びだった。ブレーダッドの血を残すためにディミトリが子をもうけたと聞いた時、フェリクスもその命に従うと頭を垂れた時、シルヴァンが抱いたのは淀んだシンパシーだった。ああ苦しむのは自分だけではないのだ、と。
そういうことを思う自分は兄貴分失格なのだろうと思った。違う、あいつらにまで不幸になってほしかったわけじゃないのに、自分と同じ苦しみを味わわせたいわけじゃなかったのに。どれだけ言葉を並べて否定してみても心は正直だった。自分より幾分か自由に見えた幼馴染が翼を手折られ自分と同じところまで墜ちてきたのが嬉しかったのだ。口が裂けても言えない、こんな濁った思いは墓の下まで持っていくつもりだけれど。

 もしもの話をしても仕方がないけれど、ふと思うことがある。
 もし平和に士官学校を卒業できていたなら、もしこの戦争が起こらなければ、──もし先生が自分たちの味方になっていてくれたならば。
 何か違う未来があったのだろうか。ディミトリにも、フェリクスにも、そして自分にも。血と紋章の運命に縛られないような、そんな自由な生き方が。
 そこまで考えてシルヴァンは小さく嘆息した。馬鹿馬鹿しい、この期に及んでそんなありもしない希望を描いたところで何が変わるというのだ。
 今はただこの槍を主君のために振るうのみ。この命を最期まで、あの不器用でけれど強く優しい我が王に捧げるのみ。ただ国のために王のためにというわけでなく、幼馴染として大事にしてきた友のために死ねるのであれば道具でしかなかったこの人生にもきっと何かしらの意味が生まれるはずだから。
 すっかり凍えてしまった手を擦りながらそっと窓を閉める。闇のなかにぽつぽつと灯る明かりをひとつずつ目で追いながら、遥かな王都フェルディアを想った。








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