虹色letters



迅さんの遺書的なもののおはなし。暗いです。



―――太刀川さん、今少しだけ時間ある?
ちょっとめんどくさくて長い話になるけど飽きずに読んでもらえたら嬉しいな。


ひび割れた画面に映しだされる、無機質な文字で綴られた自分宛ての手紙。
まるで何でもないいつも通りの会話のような、そんな一文から始まった。


―――初めて会った日のこと、太刀川さんは覚えてる?
おれは今でも鮮明に思い出せるよ。
旧ボーダーから今の体制に移行して、初めての入隊者が集められたあの日。
正直に言うと、あの時のおれはまだ色々と吹っ切れてなくて、そこにいた殆どの人のことをただ無感情で眺めてたのを覚えてる。
その人たちが喪われる未来が視えませんように、とただ祈りながら。視える殆どが恐怖とか才能の壁とかで挫折する姿で、ちょっとだけ安心しながら。
でも、偶然、ほんとに偶然なんだけど、太刀川さんを見たとき。太刀川さんと目が合ったとき。他の人を見てた時とは全然違う未来が視えたんだ。
それは、おれ自身、の未来。
それは、太刀川さんとおれが楽しそうに剣を交えている光景。
太刀川さんが笑ってて、対峙するおれもその時の自分の状態からは考えられないくらい笑ってて、一瞬自分の目を疑ったんだ。
なんでこの人はこんなに楽しそうなんだろう。なんでおれはこんなに笑ってるんだろう。
そんなことをぼんやり考えながら太刀川さんを見てたら、あの時、太刀川さん笑ったんだよ。覚えてる?
なんか、新しい遊び道具を見つけた子どもみたいに。なんか悪い顔してにーって。
今思うと急に人のこと見てにやにやするなんて失礼なやつだよね太刀川さん。
でもその瞬間、疑念は消えて確信に変わったんだ。
ああ、きっとこの人は曇ったおれの世界を輝かせてくれる人なんだ、って。
なんか、今更だけどこういうこと改めて書くとちょっと照れ臭いな。でも、伝えないと後悔するかなって思ったからちゃんと言っとくね。
太刀川さんといた日々は、あの日視た未来よりずっと、ずっと輝いた虹色の日々でした。
失ったものが多すぎて、もう心から笑えることなんてないと思ってたけど、全然そんなことなかったよ。
ほんとにありがと、太刀川さん。
おれは、幸せだったよ。


一通目の手紙はそこで終わっていた。
…ああ、ちゃんと覚えてるよ。
初めて迅と会ったときのこと。
なんだか目眩がする。講義とか作戦とか以外でこんな長い文章読むなんて初めてだから疲れてしまったんだろう、きっとそうだ。
目を閉じて、はあ、とひとつ大きくため息を吐く。
まぶたの裏に鮮やかに描かれていくのは、まだ今より背も小さくてあんまり笑いもしなかった頃の迅の姿。
なあ、俺ほんとは最初から迅のこと知ってたんだ。忍田さんからちょっとだけ聞いてたから。すげー強いやつがいるって。
それで入隊式で会えるって聞いてたからどんな強そうな見た目してるのかと思ったら、なんか思ってたよりちっこくし暗そうだったし、おまけに不安そうにきょろきょろしてるから、あーこいつなら勝てるな、って。そう思って、つい笑っちゃったんだよ。失礼なやつで悪かったな。
だけど実際戦ってみたらすげー強くてびっくりしたんだよ。こんなひょろくてちっちゃいやつがあんなに強いなんて思わなかったから、悔しいってよりびっくりして、わくわくしたんだ。
どうやれば迅を倒せるかって考えて、毎日毎日おまえのこと追い回して捕まえて戦ってたよな。最初は全然勝てなかったけど。
だからこそ初めて勝てたときは嬉しかったし、おまえの悔しそうな納得いかなさそうな顔も多分忘れられないと思う、ずっと。
その時は勝つことばっか考えて必死になってたから気づかなかったけど、そういやそのくらいの頃からおまえのこと暗いとか思うことなくなってたな。
だって笑ってたもんな、おまえ、普通に。
思い出すのは笑顔の迅ばかりだ。その中には泣きそうだったり苦しそうだったり、全てが幸せそうなわけではなかったけど、でもやっぱり思い出されるのは笑顔だけだった。
なんだか胸のあたりが酷く、軋むように苦しくなったような気がして、誤魔化すように深呼吸して目を開ける。
まだ、未送信のものが2件、残っている。


―――これ、こないだ撮った写真。
一応送っとくね。ほんとはおれも咲いてるときに撮りたかったんだけど、たぶん無理だろうなって分かってたから。


そんな文章とともに添付されていたのは、まだ記憶に新しい写真だった。
数年前迅と通っていた高校。グランド沿いの桜並木。
まだつぼみをつけたばかりの木々を見上げながら歩いた、ほんの数日前のしんと冷えた朝。真っ赤に燃えるような朝焼けの日。
確か本部で馬鹿騒ぎしてひたすら呑んだ帰り道だったっけ。飲みすぎてあんまり覚えてないけど、確か迅が寄り道して帰りたいとか言い出したからわざわざこんな朝っぱらのこんな寒い中こんなところまで歩いてきてたんだと思う。
俺は頭痛くてふらふらしてたのに、迅は全然平気そうだった。あいつもそんなに酒強くねーくせに。
迅は機嫌がいいのか疲れてるんだかよく分からない雰囲気でなんか色々喋ってたけど、頭が痛すぎてあんまり思い出せない。
でもこの写真撮ったときのことは覚えてる。あまりにも唐突だったから。
ね、太刀川さん、写真撮んない?
あ?なんでだ?しかもこれまだ咲いてねーじゃん。
いいから、撮ろうよ、こっち来て。ほら。
そんなことを言い出して、にこにこと一緒に自撮りし始めたときは、やっぱり平気そうに見えてこいつも酔ってんのか、なんてその時は思った、の、だけれど。
ああ、そうか。
今更気づいて、胃のあたりがぐるぐると気持ち悪くなってきた。吐きそうだ。
写真に映る迅の笑顔。その目の端にうっすらと光る雫を見つけて、ようやく理解した。
迅はもうこの時には全て分かっていたんだな。
だから、寄り道して帰りたいだなんて、つぼみのままでも撮ろうだなんて。

舌に血の味がする。いつの間にか噛み締めていた唇が切れていたようだった。まあ、そんなことはどうでもいい。
3通目は宛先が設定されていなかった。
けれど、たぶん、自分宛てのものだろうという確信はあった。
だから躊躇いもせずに迅が遺した最後の手紙を開いた。


―――まだ、話したいこととか、伝えたいこととかいっぱいあるんだけど。
ごめん、ちょっともう時間が足りないみたいだから、ここまでかな。
うん、とりあえず絶対書きたかったことだけは書けたと思うからまあいいか。
最後にひとつだけ、わがまま。
おれといたそのすべては、太刀川さんにとってどう映っていたのかな。
おれと見たそのすべては、太刀川さんにとってかけがえのないものだったかな。
もしもこのメールが太刀川さんのところに届いてたら、そのときは、メールでいいから、教えてね。


宛先も設定してないのに届くわけねーだろ、馬鹿。
視界が滲んで、それから画面にぽたりと雫が落ちた。たぶん、汗だろう、疲れてるんだ。
目眩がするのも、吐き気がするのも、頭が痛いのも胸が痛いのも、全部疲れてるせいなんだろう。
もういい、もう今日は帰って休もう。酷く疲れた。
ああついでにこのメールは全部俺宛みたいだし、送信してから忍田さんに返しとこう。別に忍田さんならどうこう言ったりもしないだろう。
ひび割れた画面を操作して全て自分の携帯に送る。これでいい。
そういえばメールが届いたら返信が欲しいようなことを最後のには書いてあったな。
もうさっさと寝てしまいたい気分だけれど、迅がああいう風にわがままを言うのは珍しいと思ったから、それにだけとりあえず応えておくことにした。

―――直接聞きに来たら、教えてやるよ。

もう迅が読むことなど決して無いないであろう返信を、一言だけ。











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