あまえすぎてもゆるして






例えるならば勝手に入り込んできて寛ぐ野良猫みたいなものだろうか。
研究室に缶詰にされて一週間。ようやく解放されてよろよろと帰ってきた自宅のアパート、ドアを開ければ人の気配。でもそれは決して嫌なものではなく、案の定ベッドで眠る可愛い恋人の姿を見つけて、太刀川はなんとなく自分の生まれ育った家のことを思い出していた。
太刀川の実家は昔ながらの古い造りの一軒家だ。鮮やかな緑を放つ生け垣と開放された明るい縁側。別に先祖代々受け継いでいるとかそういうわけではなく、単純に太刀川の父がその家の雰囲気を気に入って購入したものらしい。
まあ古い造りの割に別に歴史は古くないとかそういうあれはまあどうでもよい。とにかく幼い太刀川は他の子どもたちのように二階建てとか綺麗な家とかに大した憧れも無く、その家をそれなりに気に入っていた。特にお気に入りは開けた明るい縁側で、そこでよく昼寝をしていたのだが、よく迷い込んできていたのだ。首輪の無い猫、陽だまりを求めて寄ってきた野良猫。
太刀川のことなど気にも留めずに、居心地の良い場所を見つけては好きな様に寝転がって。時には太刀川の寝る場所すら占領して。でも別に嫌ではなかった。特に猫好きというわけではなかったが、小さな生き物が見せる無防備な姿は純粋に愛らしかった。

そうだ、まさしくそんな感じだ。
太刀川はしばらく帰っていない実家のことを懐かしく回想したあと、やっと現実に戻ってきて再び自らのベッドを見下ろした。
そこには太刀川のベッドを占領してすやすやと眠る出水の姿。勝手に入り込んできて(と言っても合鍵を渡したのは太刀川なのだから一応の合意は得ていることになるのだろうが)、気持ちよさそうに眠るその姿。
寝床を占領されるのもそれを嫌だと思わないのも似ている。まるであの時の野良猫。しかし出水は決してそういう愛くるしい動物などでは無いが、無防備なその寝顔は酷く可愛らしく愛おしいと思うのも同じ。太刀川はふわふわの髪の毛をさらりと撫でて小さく笑みを浮かべる。
しばらくこのまま寝かしてやっていてもいいか、と思ったけれど、ベッド脇に落ちている衣服を見て思い直した。学ランのズボンが脱ぎ捨ててあるのはまだ分かる。けれどズボンの中に下着まで紛れているのはどういうことか。いや、どういうことかなんて今更考えなくても分かることだけれど。
またやったのかこいつ、なんて思いながら太刀川はため息を吐いた。とりあえず叩き起こそう、すぐに。

「おい、出水、おいこら起きろ」
「ん〜…?んん…」

毛布からはみ出ている肩を揺さぶってやると、眠そうに目を擦ったあと、寒い、と出水は毛布を頭まで被ってしまった。寒いのはおまえがガンガンにクーラー付けてるからだ馬鹿。今度は容赦なく毛布を引っぺがしてやる。
と、シャツを一枚着ただけのあられもない姿が露わになった。出水はぶるりと身を震わせて何も身に着けていない下肢を寒そうに擦りあわせたあと、ようやく目を開けてのっそりと体を起こすと太刀川の姿を捉えた。

「んあ…おはようございます…」
「おはよーじゃねーって。おまえせめて下着くらい穿いて寝ろって言ってるだろ」

太刀川は下着を拾って出水に放り投げると、出水はしぶしぶ体を起こすとそれを穿いてふあ、と小さく欠伸をした。
別にだらしない格好で寝ることに対して太刀川が嫌悪しているわけではない(そもそも太刀川だって大抵だらしない格好で過ごしているのだからそれはお互い様だ)。太刀川以外の人間に見つかった時が面倒なのだ。
連絡なしで来ることは滅多にないが、太刀川の母はよく太刀川のアパートを訪れる。曰く、慶が部屋を片付けられるわけないから掃除しに来てあげてるんでしょ、とのこと。一人息子のせいか非常に甘やかされている自覚はある。
その母親に万が一にでも見つかったらどうするつもりだ。ベッドで寝ているだけならまだしも下半身裸なんて言い訳のしようがないだろう。
毎回そう言って聞かせているのだが、聞く耳持たずという感じだ。

「ええ〜…でもシーツ汚してないし、ティッシュもちゃんと捨てたし…」
「それは当たり前だ馬鹿」
「でも勝手に人んちでヌくなって言わないあたり太刀川さん優しいよね」

ふふ、と眠そうな瞳で妖艶な笑みを浮かべて出水は誘うように太刀川の太ももをついと撫でた。
出水の悪癖。いつ頃からそうなったのか、合鍵を渡して数週間後くらいからだろうか、出水は太刀川の部屋で自慰に耽るようになった。
太刀川が居る時はもちろん太刀川にセックスをねだってくるからそんなことは無いのだが、太刀川が不在の時、お互い忙しくて何日も会えなかった時。出水はこうやって熱を吐き出しているらしい。
初めてこの状態の出水を発見した時驚いたのは太刀川だけで、出水は特に動揺もせずむしろ足りないからもっとと言わんばかりに抱きついてきたのを覚えている(致したあとで、せめて下着くらいは穿け、と今日のように一応叱っておいたが)。
そして今も。出水の瞳は太刀川の熱を求めている。眠そうな双眸には隠し切れない情欲が揺れている。

「おかえりなさい、おつかれさま、太刀川さん」

出水はベッドの縁に座り直すと、両手を伸ばして太刀川からの抱擁を求めた。労りたいのか甘えたいのか、まあどっちでもいい。
誘われるがまま細い体を抱きしめれば労るようによしよしと頭を撫でられて、なんだかそれにやたらむらっときたからそのままベッドに倒れ込むようにして押し倒した。

「ただいま」
「っわ、」

押し倒したついでに唇も塞いでやれば、頭を撫でていた手は背中に回ってきゅうと縋り付いてくる。愛らしい仕草。
唇の合わせをちろりと舐めれば出水は自ら唇を開いて太刀川の舌を招いてくる。そのままぬるい舌を絡ませながら何度も啄んで甘いキスの感触にお互い酔いしれる。じりじりと熱くなっていく下肢。
それは出水も同じのようで、いかにももどかしい、という感じで太ももを太刀川の腰にすりすりと擦りつけてその先を求めた。

「ん…太刀川さん、お風呂溜めてあるけど入る?」
「帰ってくる前に本部寄ってついでにシャワー浴びてきた」
「あーだから一週間研究室篭ってたって割には臭わないのか」

髪に顔を埋めてすんすんと嗅がれる。くすぐったい。というか何気に失礼だなこいつ。
仕返しと言わんばかりに首筋を軽く食んでやったら、ひゃう、と甘く啼いた。わざとなのか無意識なのかは知らないが、誘うような甘い声がやたら股間に響く。
いい加減服が邪魔になってきてベルトに手をかけると、出水の不埒な手がそろりと伸びてきて燻る股間をゆるゆると撫でた。

「…溜まってる?」
「一週間分な」
「わー…」

期待に震えた声。出水はよく太刀川のことを変態だのなんだの言うけれど出水だって大概だと太刀川は思う。
溜まりに溜まった欲望。ぶつけられるのが楽しみで仕方ないって顔してるぞおまえ。
覚悟しろよ、なんて囁いてやれば、その声だけで感じたのか出水はふるりと背筋を震わせて悦んだ。ああやっぱりこいつ変態だ。
まあその方が好きだし、出水をそう変えてしまったのはきっと自分なのだからちゃんと責任はとってやるつもりだけれど。そんなことを思いながら、先ほど穿かせたばかりの下着を剥ぎとってやった。





我ながら酷い悪癖だよなあと出水は思う。

「んあ、あ…、ん、ん…」

緩やかな律動、穏やかに引いては寄せるさざ波のような快楽。
出水は獣みたいに散々貪られた後の、このゆったりとしたセックスがとても好きだった。ゆっくりと愛される時間。
もちろんさっきみたいに激しく求められるのも大好きなのだがそれはそれ、これはこれ。デザートは別腹とかそういう感じ。
中をゆっくりと擦られる快感を全身で味わいながら、上で動く太刀川の顔を見上げる。ぎらぎらした瞳は鳴りを潜めてしまったけれど、気持ちよさそうに目を細めたり深く息を吐いたりする仕草がとても好きだ。ずっと眺めていたいくらい。

「つーかおまえも元気だよなあ」
「っん、んん…!な、にが」

腰を掴まれてゆっくりと最奥を突き上げられる。この、全部太刀川のものが奥まで入ってる感触も好き。心地よい圧迫感につま先が痺れるような感じがする。
それからまたゆっくりと引き抜かれる感触に、喉から勝手に甘ったるい嬌声が漏れる。じわりと滲んだ視界を太刀川の手が拭ってくれて、再び見上げればやらしく笑っていてその表情にも煽られる。ああ本当に好き。

「だっておまえ一人でイイコトしてたんだろ。その割には萎えないもんだなと思って」

再び頭を持ち上げ始めた性器をぴん、と指で弾かれて出水の腰がびくんと跳ねる。
そのままくちくちと先端を弄られてすぐにイってしまいそうになる。やだやだ、まだこの快楽に酔っていたいのに。
でもここでやだって言ったりかぶりを振ったりしたら、意地の悪い太刀川のこと、余計に弄ってくるのは既に知っているので平気な振りをしながら太刀川が飽きるのを待つ。

「ふ、は…、だってセックスとオナニーじゃ全然違うもん…」
「ま、それもそうか」

そうしていればゆるゆると性器を弄んでいた手は離れていって、太刀川は再び出水の腰やら腹筋やらを手遊びするように撫でながら、また穏やかに抽挿を再開した。
太刀川がいない間一人この部屋で何をやっていたのか、なんて、揶揄されたところで今更恥ずかしくもなんともない。
悪癖だと自覚はしている。けれど許されているから、甘やかされているから治す気もない。

いつ頃からこんな癖がついてしまったのかなんてもう覚えていない。ただ自宅で一人自分を慰めていても満たされないと感じていたのは結構前からだった。
どうしても太刀川の存在が恋しくて、足りなくて、でも太刀川は上層部の会議とかなんとかで会えなくて、体は火照る一方で。思い当たったのが太刀川から貰った合鍵だった。
あそこなら、太刀川の部屋なら、きっと満たされる。熱に浮かされた頭ではもう正常な判断なんてできなくて、気がつけば太刀川の部屋のベッドの上にいた。
いつも太刀川にされるみたいに下衣を全部剥ぎとって、ベッドの上に四つん這いになって。枕に顔を押し付けて思い切り息を吸えば太刀川のにおいが体中に染み渡って脳がびりびりした。
そこから先はもうあっという間で、ひたすら太刀川の存在を感じながら自慰に耽って、何度も精を吐き出した。
散々抜いてすっきりした後、罪悪感に襲われるかと思いきや案外それに関しては出水は何も感じなかった。罪悪感があるとすれば勝手に部屋に入ったことくらいか。
だってこうなったのはだいたい太刀川が悪いのだ。出水の体を発情期の雌みたいな体に作り変えたのも、太刀川じゃないと満足できない体になってしまったのも。
だからこんな風に勝手に恋人のベッドで自慰をするような羽目になってしまったのだ。それに対して幻滅するならもう勝手にすればいい。だってもう自分じゃどうしようもないことなんだから。
そんな風に多少自棄になりながら、わざと下着もズボンも脱ぎ散らかしたまま太刀川のベッドで眠りについた。いつだったかはっきりとは覚えていない、数カ月前の夕方のこと。

「めいわく…?」
「ん、なにが」

ぽつり、と出水の零した言葉の意味を太刀川は理解していないようだった。
律動を一瞬止めて、汗で張り付いた出水の髪を払いのける。そのまま出水の頬を撫でて意図を汲もうとしていたようだったけれど、出水はふるふると首を振った。
分からないのならばそれでいい。そう思わないのであればそのままでいてくれればいい。

「…なんでもない、から、もっと」

太刀川の手に自分の掌を重ねて続きを求める。太刀川もそれ以上追求しようとはせず、また緩やかに律動を再開した。
頬から離れていく手が寂しい。無意識にその手を追いかけて手を伸ばしたら、そのままぎゅうと握られた。嬉しかったからその分厚い手に指を絡めて握り返す。

あの日、脱ぎ散らかされた衣服と出水の姿を見て察した太刀川は、けれど幻滅なんてしなかった。
ちょっと驚いた顔をしていたけれどそれだけ。あとはそんなに俺が恋しかったのか、なんてやらしく笑うだけだった。
その反応が嬉しかったのと、そしてこの体を燻らせる張本人にやっと会えたことで一度は治まったはずの熱がぶわりと燃え上がって、我慢できなくなって、抱いて、とせがんだ。
酷い格好、色気の欠片もない誘い文句。けれど太刀川にはそれで十分みたいだった。太刀川は出水の望むままに、そして太刀川の欲望の赴くままに出水の体をめちゃくちゃに抱いた。

「ん、ん…、あー…、あ、ぅ」
「はー…きもちー…」

うっとりとした声が頭上から降ってくる。その、快楽に酔いしれた声だけで感じて中がきゅんと疼く。
性器を弄られてるわけでも乳首をくすぐられてるわけでもないのに、その声と表情だけで達してしまいそう。好きだ、ほんとうに好き。
多分太刀川を見上げる瞳がとろとろにとろけていたのだろう。ゆっくりと腰をぶつけながら、太刀川が「イきたい?」と問う。
もう脳みそまですっかり煮えきってしまっていたから、一気に上り詰めてしまいたいのかまだこの感覚に酔っていたいのかも分からなくて、「わかんない」と答えたら太刀川は笑って「分かった」と答えた。
何が分かった、なのかも分からないけれど太刀川の好きなようにしてくれればいいと思う。

本当に自分は太刀川に甘えている、甘えきっていると思う。相変わらず脱ぎ散らかしている衣服のことだってそうだ。
別に自慰をしたあと下着を穿いて寝るくらい、それくらい何度も言われなくたって忘れているわけじゃない。穿けなくなるほど疲れきっているわけでもない。そんなのわざとに決まっている。
ただ見つけて欲しいだけだ。気づいて欲しいだけだ。太刀川に。
恋人のベッドで自慰に耽るようなどうしようもない自分を叱って、許して、愛してほしいだけだ。
だからこの悪癖は治らない。治す気が出水に微塵もないから治るはずもない。

「あ、んあっ、やぁ、ひっ、あぁ」

繋いでいた手は解かれて、代わりに腰骨のあたりを太刀川の両手ががっしりと掴む。
あ、これやばいかも。なんて呆けた頭で思った瞬間には思い切り奥を突き上げられて、太刀川は獣みたいな律動を開始した。
くらりと視界が歪む。口からは声にならない喘ぎが漏れる。繋がっているところからはぱちゅぱちゅと卑猥な水音が鳴る。気持ちいい。

「もー全然頭回ってねーって顔してんぞ、おまえ」
「っん、らって、あ、ぁ、」
「あーいいから無理に喋んな、舌噛むぞ」
「う、んぅ、ひ、んっ」

実際その通り、頭なんかどろどろに煮えきってしまっている。ぐるぐると回る思考、伝えたいこととか言わなきゃいけないことはいっぱいある気がするのに何一つまとまらない。
今口を開いたところで言いたいことの半分も言葉にできないと思ったから、ただ太刀川から与えられる快楽の享受に専念することにした。
ぎゅうと閉じた瞼の裏が明滅する。太刀川の性器が容赦なく前立腺のあたりを擦って、「ひあっ」という情けない声とともに出水は呆気無く絶頂に達した。
余韻にびくびくと震える足を太刀川の体に絡ませれば、太刀川も低い声を漏らして精を吐き出したのが分かった。お腹の中が熱い。

「ふ、はー…、おまえさー…そのぎゅってするやつわざとやってんの?」
「ん…いやならやめるけど」
「嫌っていうか、搾り取られてすげーいいから困る」
「いいんじゃん、へへ」

再びきゅうと足を絡めて萎えた性器を締め付けてやったら、調子に乗るな、と軽く叩かれた。叱っている割には甘い声で。
それがたまらなく愛しく感じたから、どうしてもキスがしたくなって、まだ抜いてもいない状態のままキスをせがんだ。

ねえずっと、いつか太刀川さんがおれを要らなくなる日まではずっと、甘やかしていてね。
どうしようもないおれを叱りながらも愛していてね。優しさに甘えるおれを許してね。
伝えたいこと、言わなきゃいけないこと。でも言葉にするにはなんとなく憚られること。酷く傲慢な願いな気がして。
だから、言葉ごと思いごと静かに飲み込んで、与えられたキスでそっと蓋をした。














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