5.あなたの全てを




とりあえず完結。





いつもいつも、太刀川の唐突な言動に振り回されたり悩まされたりしているのは出水の方。
別にそれを嫌だなんて思ったことは一度もないけれど、たまにはこっちから太刀川を惑わせてみてもいいんじゃないか、って。
ただそんな風にちょっと思っただけ、ただそれだけ。



「ね、あの、太刀川さん」

ああ今日で一年分くらいの勇気を使ったんじゃないかなあ、なんて。
そう思いながら出水は、これで今日最後の勇気を振り絞って太刀川の首にゆっくりと手を回して囁いた。

「…えっと、おれもっかい太刀川さんとちゃんと、…セックス、したい」

言って、やっとその言葉を告げて、しかし太刀川の反応を見るのが恥ずかしいような怖いような気持ちがあったので出水は太刀川の肩に顔を埋めてぎゅうと目を閉じた。
この一言に至るまでが、非常に長かった。出水は今日一日(と言っても時間に換算したらほんの数時間だけれど)のことを思い出す。
まず太刀川の家にお邪魔するに至るまで。
いつもは太刀川の方からお誘いを受けて家に向かうところを、今日は出水の方からお伺いをたててみた。ねえ太刀川さん、今日は泊まっていっていいですか。
できるだけ何事でもないように、平静を装って聞いてみたのだけれど、内心はどきどきしてたまらなかった。だって泊まりに行くってことはそういうことで、つまりは自分から求めていることをこの一言で曝け出すってことで。
からかわれたり引かれたりはしないだろうか、ちょっとだけ不安だったけれど、太刀川の返答は「ん?もちろんいいぞ」とかいう実に気の抜けたもので。なんだか一人で空回りした感じで出水の方まで気が抜けてしまった。まあなんやかんや言葉の意を探られて恥ずかしい思いをするよりはマシだけれど。
それから、初めて自分で自分の準備というものをしてみた。
太刀川宅でシャワーを浴びるのはいつもと同じ。けれど普段は太刀川に弄られて拡げられるそこを、自分の指で解す、なんて、そんなの初めてのことだった。
太刀川の指を思い出しながら、恐る恐る自分の指をゆっくりと差し込んでみる。そのままゆるゆると暖めながら拡げていく。
もう太刀川によってただの性器に変えられてしまったそこは出水の指を容易く受け入れて、指を動かす度にびりびりとした快感が脳に伝わっていく。その度に出水は何度も体を震わせた。
ただの準備、準備だと自分に言い聞かせながらやっていたのに、結局一回抜いてしまって微妙な自己嫌悪に陥ってしまったのは太刀川には内緒だ。
そして先程の一言。
ふらふらとシャワーから上がって、入れ替わりに風呂場へ向かう太刀川を見送って、出水はベッドにちょこんと座り込んだ。
ああ、ちゃんと言えるかな、太刀川さんが戻ってきたらちゃんと言わなきゃ、じゃないとここまでしてきた意味が無い。
自分に気合を入れるために何度か頬をぺちぺちと叩いて太刀川の帰りを待つ。太刀川はきっとすぐに戻ってくる、それまでに覚悟を決めておかなくちゃ。
天井を睨みつけたり再び頬を叩いたりすること数分、案の定太刀川はすぐに戻ってきた。生乾きの髪を適当にがしがしと拭きながらテレビを消して、出水の横に腰掛ける。そしてまだちゃんと乾いてもいないのに髪を拭いていたタオルを放って、出水の腰を抱き寄せた。
シャンプーの淡い匂いがする、そっと顔を上げれば太刀川の手が頬に添えられてキスされる。温もった太刀川の手が頬を腰をゆっくりと撫でて、触れた箇所からじわりじわりと熱が融け合う感触がする。
丁寧なんて言葉が似合わないこの人が、自分に触れる時だけは壊れ物を扱うように触れてくるのが本当に好きだ。ああこのまま身を委ねたくなる。
って、いやいやちょっと待った、だめだ、このまま流されて太刀川の好きなようにされたらいつもと同じじゃないか。
そのまま触れていたい気持ちを押し込めて、太刀川の体をべりっと引き剥がす。ちょっと不思議そうな顔をしている太刀川をしっかりと見据えて、そして告げたのが先ほどの言葉だ。
言いたいこと分かってくれたかな、心臓がどきどきと早鐘を打つ。ぎゅうとくっついているから伝わってしまいそうだ。どうかバレませんように、なんて思っていれば、頭を撫でられる感触がしてまたどきんと心臓が鳴った。
どうしよう、でもずっとこうしてるわけにも、そう思ってそろりと顔を上げてみればなんだかきょとんとした太刀川の顔。あ、もしかしてこの人、

「そんな改まって言われなくても、してるだろ?セックス」
「…いや、そうじゃなくて!その、」

やっぱり分かってなかった!出水はガクリと肩を落とす。
違う、違うんだってば、おれが言いたいのはそういうのじゃなくて。出水の意図するセックスと太刀川の思うセックスのその差異がもどかしい。
確かに昨日も太刀川に指で散々イかされたし、その前だって太刀川の性器を咥えたりしたし、そういうセックスなら太刀川の言うとおり改めて言わなくたっていっぱいしている。
けれど出水が太刀川に求めたかったのは違う、それ以上が欲しい、それ以上を求めて惑わせてみたい。
もういい、こうなればヤケだ。みなまで言ってしまおう。出水は太刀川を再びしっかり見据えて、しかしやっぱり少し全部を伝えるというのは恥ずかしくてそっと視線を逸らしながら、自分の一番求めていることを口にした。

「もう、…挿れても、前よりは大丈夫なんじゃないかなー…って。だから、もっかい最後まで…、って、いだっ」

みなまで言わせたくせに最後まで聞かず、太刀川は出水をぎゅうと抱きしめた。そのままちょっと荒々しくベッドに倒れこむようにして出水の体を押し倒す。
微妙に打ち付けた背中が痛い。いきなり何すんだこの人、なんて思いながら太刀川を見上げれば、そんな背中の痛みなんてどうでもよくなってしまった。

「…おまえからそんな誘いを受けるとはちょっと予想外だった」
「…へへ」

珍しい太刀川の表情、なんだかちょっと照れたような顔、初めて見る太刀川の動揺。ちょっと途中グダったけど作戦は成功なのかな、なんて。
もっと上手に誘えればもっと太刀川を惑わせることができたのかもしれないけれど今の自分にはこれが精一杯だ。今だって心臓がどきどきして治まらない。

「つーかいいのかそんなこと言って?むちゃくちゃにするぞ」
「…いいですよ、むちゃくちゃ、してくれても」

むちゃくちゃ、という言葉にまた心臓がどきんと跳ねる。してほしい、太刀川の思う無茶苦茶なこと全部してほしい。そう思う自分はマゾなんだろうか。
興奮にぞくぞくと背筋を震わせながら答えたら、太刀川の目に明らかな獣欲の色が灯った。熱の篭った視線、見つめられるだけで焼き殺されてしまいそうだ(ああ、焼き殺されても構わない)。
太刀川は喉の奥でく、と低く笑うと、出水の柔らかな唇を甘く食む。でも貪欲になってしまった体はそれだけじゃ足りなくて、その先を求めて出水は薄く唇を開く。そうすれば求める快感が与えられるから。

「ん、んう、」

太刀川の熱い舌が歯茎や上顎を撫で擦って、咥内の隅々まで蹂躙していく感覚に酔いながら出水は目を閉じる。じゅ、と唾液の絡まる音がダイレクトに響いて頭がくらくらする。
じわりとこみ上げる欲を我慢できるわけもなくて、もっと、と太刀川の首にそっと腕を回す、自分から舌を差し出して快楽をねだる。好き勝手口の中を荒らされるせいで上手く息継ぎができない、でもそれくらいが好き、苦しいくらいがちょうどいい。

「は…、なにおまえ、いつからそんなにえろくなったの」
「淫乱の方がいいとか言ったのは太刀川さんでしょ…不満なの?」
「いや?全然」

ならいいや、太刀川がいいと言うのならそれでいい。
もうすっかり開きなおってしまった出水が太刀川の腕の中でもそもそと服を脱ぎ始めると、太刀川の手がそれを制止する。脱がさせろってことなんだろうか。なら委ねることにする。
先ほど着たばかりのTシャツを脱がされてパジャマ代わりに穿いていたジャージも下着ごと引きずり下ろされて、あっという間に身を隠すものが何もなくなる。別に見られることくらい今更嫌がったりなんてするわけないけれど、自分だけ丸裸なのもずるい気がしたから太刀川のシャツを引っ張って脱いで、と目で訴えた。太刀川がまた低く笑う。

「そんなに急かすな」

別に急かしたわけじゃないんだけど、と思ったけれど太刀川がやらしく笑うのは好きだからそういうことにしておいた。
太刀川は体を起こすと、着ていたシャツを厭わしげに脱ぎ捨てる。もう何度も見てきたけれど、その仕草が本当に色っぽくて好きだ。
既に枕元が定位置となっているローション(そんなとこに放っておいて突然誰か来たらどうするんだとはいつも思う)を掴むと、太刀川は惜しげもなくどろどろと出水の腹に垂らしていく。これこないだ買ったばっかのはずなのにもう使い切っちゃうそうだなあとかどうでもいいことを思う。
ローションを絡めた太刀川の指が、もう何の躊躇もなく出水の後孔に触れて、そしてつぷりと埋め込まれていく。初めはあんなに恐ろしかったのに今はもう快楽への期待しかない。

「んん、あ、う…」
「ん?なんかいつもより柔らかいなここ」

出水の後孔にローションを塗りたくってゆるゆるとかき混ぜながら、太刀川が疑問の声を上げる。まあそれはそうだ、だって、

「っは、自分でちょっと慣らしてきた、から…」
「…へえ」

太刀川の瞳がすうと細められる。情欲に濡れたやらしい笑い方、でもその表情がとても好きだ。

「いいな、なんかそれ。今度俺の前でやってみせて」
「そ、それは、やだ…、んっ」

既に柔らかく解れているそこを、確かめるようにぐちゅぐちゅと拡げながら太刀川は無茶なことを言う。さすがに見られながらそんなことをするのは無理だ。けれど本気で求められたらそんな痴態まで晒してしまいそうな自分がちょっと怖い。
出水の後孔が十分に太刀川のものを受け入れられるくらいの準備が整っているのを確認すると、太刀川は出水のそこから指を引き抜く。代わりに既に勃起している自分の性器を宛てがった。出水の体がぴくりと微かに震える。
正直言って不安がないと言ったら嘘になる。散々太刀川に弄られ拡げられまくったとはいえ、太刀川自身を受け入れるのは久しぶりだ。あの質量も痛みも忘れられるはずがない。けれど、それでも太刀川とちゃんとセックスがしたかった。
だって二人で快楽を追えることの幸福を知ってしまったから。

「挿れるぞ、出水」
「…ん」

太刀川の言葉に出水はゆっくりと息を吐く。なんだかんだ言っても結局自分に出来ることは力を抜いて待っていることだけだから、それが少し寂しい。
覚えのある熱くて硬い質量、既に解けたはずのそこを更に押し広げて奥へ奥へと潜り込んでくる感触。
息苦しさは前とあまり変わらない。けれど太刀川の性器のかたちを感じながら、ああ入ってきてる、なんてぼんやり思うくらいの余裕ができたのはやっぱり例の開発(あんまり使いたくない言葉だけど)とやらのおかげなんだろうか。

「は、あ、あ…、あっ、う…」
「平気か?」
「っ、割と、へいき…」

別に、今更処女を扱うみたいに気遣ってほしいわけでもないから素直に平気だと答える。
優しい太刀川も好きだけれど、今欲しいのはそういう優しい気遣いじゃない、今欲しいのはもっと、

「そしたら動くぞ、もう容赦しなくていいんだろ?」
「…、うん」

頷くと、太刀川の瞳がまた獣みたいにぎらぎらと光ったように見えた。
ああそうだ、今欲しいのはそういう激しい獣欲、自分に対する灼けそうなほどの欲情。それをそのままぶつけてほしい。
太刀川の手が出水の腰を掴む。熱い、汗ばんだ手、でも繋がっているところはもっと熱くて。

「っあ、ふあ、あっ、あ、あぁ」

開始された律動、太刀川は数度確かめるように中をぐちゅぐちゅと自分のものでかき回したあと、容赦しないとの言葉通り激しく腰を打ち付け始めた。
前にも思ったけれどやっぱり指なんかとは全然違う、出水の中を全て埋め尽くしてしまうほどの質量。それが自分の中で蠢く度に息が詰まりそうになる。
けれど、違う。前とは全然違う。その、上手く呼吸が出来なくなりそうなほどの衝撃に、出水は確かに快楽を覚えていた。
太刀川の性器が内壁を擦る度にびりびりと脳が痺れるような快楽を覚えて、奥を穿たれる度に息苦しさと気持ちよさで目が回りそうになる。
苦しい、気持ちいい、気持ちいい、ねえ、もっと、もっと。

「あっ、あ、たちか、さ、んっ」
「っは…、えろい声、気持ちいいのか?」
「ひ、あぁ、う、きもち、い、っ」
「あー…なんつーか、ほんと、えろくなったなあ、おまえ」

最初はあんなに痛いって泣いてたくせに、と太刀川は笑う。
ああもうほんとだよ、なんでおれの体こんななっちゃったんだか。性器でもなんでもないお尻の穴に同じ男の性器を咥え込んで、気持ちいいと喘ぐ日が来るなんて。
でもそれは誰でもない太刀川が求めた結果だから、後悔なんて微塵もない。だって今自分に腰を打ち付ける太刀川は酷くやらしく満足そうに笑っているのだから、きっと間違ってなんかいないのだ。

「あ、あぁ、んっ、もっと、たちかわ、さ、んっ」
「煽るねーおまえ…」
「っひ!あ、あ、あぁ、う」

太刀川は荒い息を吐いて、出水の腰をぐいと引き寄せ更に奥を突き上げる。
煽る?何が太刀川を煽ったのかは今の出水にはよく分からなかったけれど、もうそれを考えることすら面倒だったので放棄して、ただ快楽だけを享受する。
だってもうそんなこと今はどうでもいい。涙の膜で滲んだ視界に、出水は太刀川の顔を捉える。太刀川の顔が見たかった。
やらしい顔、気持ちよさそうに細められた瞳、呼吸を乱して必死に快楽を追う姿。
ああ、その獣みたいな姿がずっと見たかった。おれを求めてひたすらに快楽を貪るその姿が。

「あぁ、あ、ふあ、う、んん、んっ」
「っふは、おまえ、キスされると締まるのな、可愛い」

出水の腰を片手で掴んだまま、太刀川の上半身が倒れこんできてぬるりと唇を舐められる。荒い呼吸のまま、馬鹿みたいに犬みたいに舌を差し出してキスをねだれば絡め取られて唇ごと覆われる。
多少無理のある格好、唇も塞がれて更に息苦しくなる。でもそれでも構わなかった。太刀川とキスしたかった、触れられたかった、もっともっと。
頭がくらくらする、酸欠のせいなのか快楽のせいなのか分からない。脳の奥が焦げるような感覚、覚えのある激しい快楽の波。

「や、あぁ、も、だめ、あ、あ」
「はー…、出水、俺もそろそろ、」

太刀川の抽挿が更に激しくなる。目を開けていたらくらくらしするからぎゅうと目を瞑って、太刀川の体に縋りつく。
瞑った瞳の裏にちかちかと星が降る。体が燻った熱の解放を求めて頭から足の指先までびくびくと震える。ああでも今度こそ一緒がいい、一緒にイきたい。

「ひ、う、あ、あぁ、あっ!」
「っふ、は…、いずみ…」

太刀川の性器が出水の最奥を穿って、熱を吐き出しながらどくどくと脈打つ。その、熱い迸りが中に溢れるのを感じながら、出水も意識が朽ちそうなほどの絶頂に全身を震わせた。
快楽と、そして言い表せないほどの幸福、脳がどろりと溶けてしまいそうだ(いや、もう既にそうなっているのかも)。荒い呼吸を繰り返しながら、甘い感覚に酔いしれる。
気持ちいい、っていうのは今まで何度も味わった。それこそ快楽を求めるだけなら一人でだって可能だ。でもこんな風に求めて求められて二人で行き着けることがこんなに幸せだなんて知らなかった。多幸感で胸が甘く締め付けられるような錯覚を覚える。
ねえ、なんかよく分かんないけどおれ今すごい幸せだよ。
気遣うように頬に触れてきた太刀川の手に自分の手を重ねながら、出水は陶然と微笑んだ。

「お、なんだおまえ、結構余裕そうだな」
「や、別にそんなことない、けど…」
「じゃあもっかいは無理か?」

言葉にこそしていないけれど目は口程になんとやら。太刀川の瞳はまだ足りない、と訴えるようにまたぎらぎらと光っている。
ああその目、灼けつくような視線、本当に好き。太刀川の熱に煽られるように、出水の欲にも再び火が灯る。
求められるのなら与えたい、求めてくれるのならいくらでも。誰でもないおれを求めてくれるのなら。

「…いいよ、もっかい」

もうこの体は太刀川のものなのだから好きにしてくれればいいと思う。痺れるような快楽も蕩けるような幸福も、全て太刀川がこの体に刻んだものだ。
だから、どうぞお好きに。
まだあまり力の入らぬ腕を太刀川の首にそっと回して、出水の方からねだるように甘く口付けた。







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