2.その指の快楽を




出水くんにひんひん言わせたかっただけです。




正直あの時の体験の感想を求められれば、最悪だった、の一言しか返せない。
別に、出水だって最初から気持ちよくなれるなんて思っていない。そもそもが性器じゃないところを弄られるのだから違和感があって当たり前というか、最初から気持ちいいなんてどんな淫乱だ、と思う。
しかし快楽を覚えないのは仕方ないとして、あそこまで苦痛を伴うのはさすがに予想外だったのだ。今でも思い出すとちょっと寒気がしたりする。
まあそれもこれも大半は太刀川が予備知識も無しに行為に及んだせいなのだけれど。感覚で生きてそうなあの人らしいと言えばあの人らしいけれど、人のデリケートな部分を弄るのだからちょっとは勉強してきてほしいものだ。おかげであんな最悪な体験をすることになったのだから。
と言っても別にそれが原因で出水が太刀川を避けるわけもなく。泊まりに来いとのお誘いを受ければ二つ返事で付いて行ってしまうのだから、おれも大概どうしようもないよなあ、なんて思ったりした。

泊まりに行く、イコール再びそういう雰囲気になるなんて分かりきっているのに。



「あれからちゃんと勉強したぞ出水」
「…はあ」

分かりきっていた展開、分かっていて自分で呼び込んだ状況。だから自分に太刀川を責める権利なんて無い、無いのだ。
そう、例えベッドの上で何故か二人正座して下着姿で向かい合いながらスマホでいかがわしいサイトを見ることになっていても…あれやっぱ太刀川さんも悪いんじゃないのこれ。しかし口に出したところでこの状況がどうにかなるわけでも無さそうだったので出水は口を噤んだまま、太刀川の指が滑る画面を見つめていた。
画面には太刀川が調べてブックマークしておいたと思われるサイトが表示されていて。これ見ろ、と言われた時からなんとなく予想はしていたが、男の性感帯やら性行為やらについてどぎつい画像で事細かに説明してあって出水は目を覆いたくなった。どういう単語入れて検索したんだこの人、出水も調べることはしたけれどこんなえぐいのなんて見たことない。下部に表示されている広告のバナーなんかももろエロ広告だし。

「で、だ」

色々と頭を抱えたい出水を無視して太刀川は話を進める。まだ操作に慣れていないおぼつかない指が画面に触れる度に、そのやたらピンクな広告をタップしてしまわないかひやひやする。

「前立腺ってのがあるらしいな」
「…まあ、そうですね」
「そこ触られるとすげー気持ちいいって、知ってたか」
「…ちょっとは」

太刀川ほどえげつないサイトを見たわけではないので詳しいことまでは知らない。知らないが、出水だって所謂そういう箇所があることくらいは知っている。というか前回の時点で既に一応知ってはいたのだ、聞かれなかったから言わなかっただけで。だって自分からそんなことをアピールするのもどうかと思ったし、それがどこなのかもよくは知らなかったし。それに、

「今日はそこ探して触ってやるから、前よりは気持ちいいと思うぞ。多分」
「なんでそんな楽しそうなの…」

やっぱりな、予想通りの反応に出水は溜め息を吐いた。太刀川ならきっとそんなこと言って喜々として探そうとするだろうと思ったから言わなかったのに。なんだよその新しい玩具を見つけた子どもみたいな顔。
もうこの時点で嫌な予感しかしない。逃げたい、今更ながら逃げたい、がこんな状況になったのは半分は自分のせい。分かっていたのだから本気で嫌なら避けるとか逃げるとかすればよかったのだ、でもそうしなかったのは出水自身。結局なんだかんだ言って太刀川のことが好きなのだからその簡単な選択肢を選べない、どうしようもないのだ。

「まあ、そういうわけだから」

太刀川は出水の口にちゅ、と軽く口付けると出水の体をベッドに押し倒す。前とは違う格好、ああ今回は抱きつけないのか、と思うとちょっとだけ不安になる。表情に出ていたのだろうか、太刀川は宥めるようにくしゃくしゃと出水の頭を撫でた。

「この格好の方が楽らしいぞ」
「ふーん…」

楽、と言われても結局されることは同じなのだから気休めにしかならない気もするけれど。
太刀川の手が下着の縁にかかる。ここまで来て今更拒む気もないからいつものように腰を浮かしてやれば、そのまま引きずり降ろされる。
纏うものが何も無くなって冷えた空気にふるりと肩を震わせれば、何を勘違いしたのか再び太刀川に頭を撫でられた。別に今更怖がってるわけじゃないってば。でも撫でられるのは嫌いじゃないから黙って受け入れておく。大雑把に髪をかき混ぜるその大きな手が好き。

「今度こそ大丈夫なはずだから、任せろ」

言って太刀川は出水の腹にどろりと大量のローションを垂らす。冷たさにまた肩が震えたけど、今度はその大きな手は撫でてくれずにローションを掬うのみだった。別にいいけれど。
もう片方の手で片足を担ぎあげられて、足を大きく開かされる。太刀川の視線が出水の後孔に注がれているのが分かって出水はじわじわと頬を赤らめた。色々と恥ずかしいことはしてきたけれど、こんな風に自分の恥部を思い切り晒して見つめられるのは初めてだからさすがに恥ずかしい。ああでも普通にセックスできるようになったらこんなの毎回のことになるのか。毎度毎度足を開いてればこれにもいつか慣れる…んだろうか?
ローションを絡めた太刀川の指が後孔に触れるのを感じて、出水はごちゃごちゃと余計なことを考えるのをやめた。慣れる慣れないの話ならこっちの方が先だろう、たぶん。出水はゆっくりと息を吐いて太刀川の指を受け入れる態勢を整える。
太刀川はそれを確認すると、ぬるぬるの指で入り口を少し濡らしてゆっくりと窮屈なそこに中指と人差し指を挿入した。

「ん、んん…」
「さすがに前よりは楽だな…どうだ出水、まだきついか?」
「前よりは…まだ、マシかも…」

中が太刀川の指のかたちに馴染んだのか、前よりは少しだけマシなような気もする。少なくとも圧迫感に関しては前回よりだいぶ楽になった気がする。
けれどやっぱり内壁を擦られると何とも言いがたいむず痒さが走る。慣れてきたらこれも気持ちよくなるんだろうか?今はまだ不快の方が強く感じるけれど。

「さて、どこにあるかな」
「んっ、んん、ふ、はー…」

太刀川の指がゆるゆると動き始めて、出水はゆっくりと深い呼吸を繰り返す。下半身を襲う不快感を少しでも和らげるために。
前より慣れた、と言ってもやっぱりまだ自分の体に対して太刀川の指は異物でしかないのだ。ごつごつとした固い指が中を蠢く度にぞわりと背筋が震えて気持ちが悪い。
ほんとこんなの、相手が太刀川だから許せること、我慢できることだ。そうじゃなければこんな風に秘部を曝け出す恥辱にも弄られるためにあるわけじゃない器官を指でいいようにされることにも耐えられるわけがない。ほんと太刀川じゃなかったら今頃蹴っ飛ばしているところだ。

「さっき画像で見た感じだとこの辺っぽいんだけど」
「んん、う、うー…」

太刀川の指は出水の腹側の内壁を執拗になぞっていく。何とも言えない微妙な感触に出水はぎゅうとシーツを握りしめる。
ほんとにそんな触られるだけで気持ちいいとかいう都合のいい場所あるんだろうか。いやまあ男なのだからあることはあるのだろうけど、ほんとに触られて気持ちいいものなんだろうか。出水の顔にじわじわと不安の色が滲んでくる。
もしかして結局前と変わらないんじゃないのか。また吐きそうになるまで続けられてもう無理って泣きついて終わりじゃないのかこれ。
やっぱり無理なんじゃないの、諦めの感情が出水の心を支配していく。もうこれ以上繰り返したってきっとどうしようもない。無理、やっぱ無理だ。
そう、思っていたから。
だから、完全に油断していたのだ。

「っひ、ああ、っ!?」

部屋に響いた嬌声。その響いた声が一瞬自分のものだと分からなくて、ちょっとの間ぽかんとしたあと慌てて出水は自分の口を押さえた。なんだ今の声、おれの声?
そして体は一瞬走った強い電流のような快感の余韻にびくびく震えている。今の、なに?
太刀川もその反応に多少目を丸くして驚いていたようだったが、すぐにやらしい笑みに変わる。そして再びその指が触れた場所を人差し指の腹でゆっくりと撫でた。

「ここだな」
「んんっ、ひ、う、んっ、ん!」
「こら口塞ぐな、せっかくいい声出せるようになったんだからちゃんと聞かせろ」

口を塞いでいた手を引き剥がされて、仕方ないからその太刀川の手をぎゅうと握りしめる。正直こんな嬌声を聞かれるのは恥ずかしい以外の何物でもないのだけれど太刀川が聞きたいと言うのならば仕方がない。到底自分のものとは思えない甘い声を垂れ流すことしかできない。
そして太刀川はもっと聞かせろと言わんばかりにそこを何度も擦り上げる。その度に出水の体は雷に打たれたようにびくびくと跳ねて、だらしなく開かれた口からは太刀川の望む嬌声が何度も零れた。

「う、ひあ、あっ、や、やだ、これっ、あっ、あ」
「やだ、じゃないだろ。気持ちいいんだろこれ」
「きもち、けど、あっ、!も、これ、やばっ、」

気持ちいい、確かに気持ちいい。先ほどまでの不快感が嘘のように体は快楽に打ち震えている。
しかし予想の遥か上を行く快感に出水の頭は混乱する。こんな快感知らない、怖い。びりびりと絶え間なく与えられる電流のような快楽が出水の体も脳も痺れさせていく。
お願いちょっと待って、おかしくなっちゃう。呂律の回らない口で待って待ってと懇願してみるけれど、太刀川は止めてくれるどころかより執拗にそこを擦る。
嬌声とともにこぼれ落ちる唾液やら涙やらを拭うこともできずに、絶え間なく与えられる快楽に悶えることしかできない。

「前と違っておまえ勃起してるぞ、ほら」
「、っんなの、言わ、なくてっ、いい、から…!」

別に勃起した姿くらい幾度も見られている。ただ今回は太刀川がなんだか嬉しそうにそんなことを言うものだから何だか異様に恥ずかしくて仕方なかった。
性器の先端からは先走りのものがどろどろと溢れて下肢を濡らしていく。ああもうイきたい、イってしまいたい、のに。

「イってもいいんだぞ、出水」
「あ、う、イきた、い、のに、むりっ」
「無理?あーまだこっちだけじゃイけないってことか」

言われて出水はこくこくと必死に頷いた。
イきそう、イきそうなのに、あとほんの僅かに手が届かない感じ。脳は絶頂を、熱の解放を必死に訴えているのに体は言うことを聞いてくれない。そんな感じ。
涙でぼやけた視界に勃起した自分のものが情けなく震えているのが見える。ああ、あれに少しでも触れることができればすぐに解放されそうなのに。
太刀川に見られている中自分で手を伸ばすか、太刀川に触ってと懇願するか。どちらにしても酷い恥辱であることには変わらない。
そんなことを考えている間にも体には絶えず快楽が与えられ続ける。いい加減頭がおかしくなってしまいそうだ。出水はぼろぼろと涙を零す。もう無理、限界。

「た、たちか、さんっ」
「なんだ?」

繰り返される寸止めの快楽、理性なんて脆く崩れ落ちていく。

「っまえ、触ってぇ…、イきた、イきたい、っ」

はしたないと思われようが淫乱だと笑われようがもうどうでもいい。とりあえずこの溢れそうなのに堰き止められている快楽を解放させてほしい。
出水は太刀川の手をぎゅうと握りしめて、涙ながらに自分の欲望を口にした。
その、懇願する出水の顔が、声が、酷く官能的で。太刀川は思わず魅了されてごくりと喉を鳴らした。

「…ふ、はは、それえろくていいな」
「ふあ、あっ!あ、ああ、う、あ、」

太刀川は欲情の色を隠せずに笑みを浮かべると、切なげに揺れる出水の勃起した性器に手を伸ばしてゆるゆると扱き始めた。
待ち望んでいた性器への直接的な愛撫。出水の体は歓喜に震える。
その間出水の後孔への刺激を与えるのも怠らない。前と後ろ、両方から与えられる快楽、出水の脳はもうそれを処理できる限界をとっくの昔に超えてしまっていて、ただただ獣のように体を震わせて啼いた。

「ひう、あ、あっ、や、も、だめ、イくっ」
「ほんとは尻だけでイかせたかったんだけどなー…まあまだ無理か。いいぞ、イって」
「っん、あ!ふ、っあ…、あ…」

太刀川の指が既に爆発しそうな出水の性器の先端を穿る。たまらずぎゅうと目を閉じると瞼の裏がちかちかと明滅した。
一際大きな快楽の波、出水はがくんと腰を跳ねさせ太刀川の手の中に精液を吐き出した。

「気持ちよかったか?」

太刀川は出水の後孔からゆっくりと指を引き抜くと、自らの精液でどろどろになっている出水の腹を撫でた。
出水は絶頂の余韻に体を震わせながら、まだ曖昧なままの意識でこく、と小さく頷く。
気持ちよかった、気持ちよくて頭がどうにかなってしまいそうだった。しかしそれと同時にちょっと怖い感じもする。

「ふ、は…、あ、…なんか」
「どうした?」
「これ、癖になっちゃったらどうしよ、…怖い」

今まで性器を触るだけでは得られなかった快楽、性器でないところを刺激されて味わった激しい快楽。なんて言うんだろう、快楽の奴隷?的な。一度この快感に慣れてしまったらもう元には戻れなくなってしまいそうで、それが怖い。
もしも太刀川と離れる時が来てしまったら…なんてこと考えたくないけれど、その時自分はどうしたらいいんだろうか。

「別にいいだろ、癖になっちまっても。その方が俺は楽しい」
「…ん」
「余計なこと考えんな、めんどくさいだろそういうの」

太刀川は言外の意を察するのが上手いと出水は思う。もちろん全部汲み取れているわけではないのだろうけれど、太刀川は出水の望む言葉をくれる。いつもはばかなくせに、こういうことだけ気が回る太刀川はずるい。
なんとなく、また頭を撫でてほしい気持ちになったけれど、今は太刀川の両手はローションやら精液でどろどろだ。ついでに自分の下肢もいい加減ぬるい精液が気持ち悪い。

「ね、太刀川さん、おれ風呂入りたい」
「あーそうだな、ついでに風呂のときでいいからこっちも処理してくれ」
「え、なに、っうわ」

太もものあたりに太刀川の股間を押し付けられて、出水はびくんと身を震わせた。そしてじわりと顔を赤らめる。
よくよく見れば太刀川の性器は下着の上からでも分かるくらい固く勃起していた。

「…なんでこんなにおっきくなってるの」
「そりゃおまえ、あんなひんひん喘ぐ出水見て興奮しないわけないだろ。っつーわけでさっさと風呂だな風呂」
「ひ、ひんひんとか言ってないから!」

言うが早いがさっさと立ち上がって風呂場に向かう太刀川を追おうと、出水もふらふらとベッドから降りた。まだ微妙に残っている指の感触と快楽の余韻で下半身がじんじんする。
ふらつく出水を見て、太刀川はにやりと笑いながら前と同じセリフを吐く。

「…抱っこしてやろうか?」
「いい、っての!」

強がって(というかお姫様抱っこが嫌だから)そんなことを言ってはみるものの、やっぱり足元がおぼつかないので仕方なく太刀川の腕に縋り付いてよたよたと歩いた。
なんとなく気になって、ちら、と再び太刀川の下肢に目をやる。すっかり熱を吐き出しきった出水のものと違って、まだ燻った熱を溜め込んでいるのが見てすぐ分かるそこ。そういえば今日はおれだけ気持ちよくなってしまったのか、今更のことだけど。
太刀川は別に気になんてしていないだろうけど、というか今から手でも口ででもしてやるのだから多分一緒のことだと思ってるのだろうけど、やっぱり出水としては一人だけ気持ちよくなってしまったことに、熱の冷めてきた今頃なんだか申し訳なく思ってしまう。
次は、太刀川も一緒に満足させてあげることができればいいのだけど。けれどそれはつまり、そういうことで。
それが嫌なわけじゃない、出水だって太刀川を気持ちよくさせてやりたい気持ちはあるのだ、それもできるなら一緒に、太刀川の望むかたちで。
いい加減覚悟を決めなきゃなあ、なんて思いながら太刀川の肩にこてんと額をぶつけた。








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