融け合うために産まれてきたの








好きだという感情に理屈が存在しないように、触れたいという欲に理由なんてない。
ただ今夜は秋らしく空気がしんと冷えて、人肌がいつもより恋しくなった。無理やり理由づけるならそんなところだろうか。

「あらしやま〜」

寒いからといって窓を閉めきってしまうのはあまり好きじゃない。閉めきった空間のあの独特の淀んだ空気が迅は嫌いだった。だから寒くなってきた時期になるとその空気が嫌で、中高校生の時はよくサボっていたような記憶がある。なんで女子ってあんなに教室の窓を閉めたがるんだろうと思ったものだ。淀んだ空気を吸うより寒いほうがよっぽどマシなのに。
それに迅は秋の始まりを知らせるようなこのひんやりと透き通った空気を浴びるのが好きだった。だから夏の暑さが完全に過ぎ去った今の時期になっても、迅の部屋の窓は未だ開け放たれたままだ(と言ってもさすがに全開にはできなくて空気が通る程度に留めているけれど)。
ひゅうと小さく風が吹く度に、迅の住むワンルームの部屋に冷たい空気が流れ込む。風呂あがりの火照った体にはちょうどいい。けれど元々体温の高い方ではない迅の体はすぐに熱を奪われて冷えていってしまう。だから完全に冷えきってしまう前に、迅はタブレットに向かっている嵐山の背中にぎゅうと抱きついて肩口に顔をうずめた。迅より先に風呂を済ませたのに嵐山の体は未だ温かい。空気の冷たさが嵐山の温かさをより際立たせてくれるというのも、迅が窓を開け放つ理由のうちのひとつだった。

「ねえいつまでやってんのそれ」

せっかく久しぶりに迅の部屋まで来てくれたのに、嵐山ときたら持参したタブレットに向かってばかり。
そりゃ嵐山が忙しいのも分かる。大学だってまだ1年目だから色々忙しいのはそこに通っていない迅でもなんとなく分かるし、ボーダーでは広報の仕事だって任されているし。
でもやっぱりちょっとくらい構って欲しい。こんなに人肌恋しくなるような冷えた日は尚更。迅は嵐山の首にちゅうと口付ける。ふわりとシャンプーの匂いが香る。自分と同じものを使ったはずなのに、嵐山から匂いを嗅ぐとなんでこんなに心地よく思えるんだろう。

「仕方ないなあ迅は」
「おれを放置する嵐山が悪い」

いい加減こっち見てよ、そんなことを思いながら嵐山の首筋に吸い付いて幾つも紅い痕を残していく。このままだと数えきれないくらいになっちゃうよ、人に見えるとこにも付けちゃうよ。ボーダーの顔がそんなやらしいことになっていいの。
まあおれはそれでもいいんだけど(だってその方が嵐山はおれのものって主張できるから)、今度は歯型を残すようにがぶ、と噛み付いたら嵐山はやっと迅の方を振り向いてくれた。遅いよ、なんて思いつつもそれが嬉しかったから迅はへにゃりと微笑む。
嵐山の方も、仕方ないなんて言いつつもその顔は迅と同じようにふわふわとした笑みを浮かべている。もう仕事をする気は完全に無くなってしまったようで、電源を落として自分の鞄の上にひょいと放り投げると、もたれかかってきていた迅の体を抱きしめてもつれ込むように二人してカーペットに倒れこんだ。

「うわ、迅の頬随分冷えてるな」

キスの前にはいつも、迅の顔かたちを確かめるように嵐山は迅の頬を包んで撫でる。自分の輪郭をなぞるその熱い手が迅は大好きだった。まるで猫がそうするように、撫でる手に自分から頬をすり寄せる。

「ん、だから嵐山があっためてよ、ねえ」

甘えた声でねだれば、嵐山はごくんと喉を鳴らす。ああその分かりやすい反応本当に好き。迅の背中が期待にぞくぞくと震える。
嵐山の親指が迅の唇に滑る。焦らすつもりもないし、焦らされるつもりもなかったから素直に唇を開いて嵐山の舌を待つ。柔く触れるだけのキスも好きだけれど、今はもっと欲に直結したやらしいキスが欲しかった。
唇が触れるより先に舌がくっついて、熱い舌の感触に脳が痺れる。嵐山の舌が動く度にぐちゅ、と唾液の混ざる音が咥内から鼓膜に直接響く。音に酔ってしまいそうで、酔ってしまいたくて迅の方からも舌を絡める。

「迅…」
「あらし、やま、っん」
「可愛いな…、迅」

キスだけに集中していたいのに、嵐山はキスの合間に名前やら愛の言葉やらを紡ぐのが好きだ。別にそれが嫌いなわけじゃない、けどその呼ぶ声は酷く熱を帯びていてどうしようもなく煽られて訳が分からなくなってしまうから勘弁してほしいと思うことはある。結局のところ嫌いなわけじゃなく好きだからこそそう思うわけなのだけれど。
嵐山の手が迅の服を捲って細い腰をなぞる。冷えた体に嵐山の熱がじわりじわりと染みこんでいく。熱い、気持ちいい、もっと触って。求める言葉は全部キスに食われてしまったけれど。
嵐山の唇が迅のそこから離れると、今度は腹や胸や鎖骨のあたりにキスを落としていく。先ほどのお返しと言わんばかりに舐めて、吸って、所有の痕を散らしていく。くすぐったくて、ぞくぞくする。触れられる感触もそうだけれど、嵐山以外に見せられないような姿にされていくことに。だってこんなキスマークだらけの姿誰にも見せられないでしょ、ねえ。

「迅、腰浮かして」

嵐山の手が迅のズボンにかかって、言われなくてもそうするのにななんて思いながら腰を浮かすとパジャマ代わりに履いていたジャージを下着ごと脱がされる。既にかたちを成してしまっている性器を見て嵐山はやらしく微笑んで、そんな嵐山を見て迅もまた欲の色に目を蕩かせながら笑みを浮かべた。

「ね、嵐山も、脱いで」
「分かった」

もっと嵐山の体温に触れたいのに、嵐山と自分とを隔てるこの布が邪魔だ。だからちょっと不満気に嵐山の服を引っ張りながら言うと、嵐山は迅の体を弄る手を一旦止めてやっとその邪魔な衣服を脱ぎ始めた。
まるでストリップ。一枚ずつ衣服を脱ぐごとに嵐山の引き締まった体が、肌が、徐々に顕になってそれが迅の欲望を煽る。はやく、はやくそれに触れたい。そんな思いで迅は嵐山を見つめる。
と、ひゅうと部屋に入り込んだ冷たい空気に迅はふるりと小さく身を震わせた。それに目聡く気づいた嵐山は迅の白い肩を撫でる。やっぱり冷えている。

「んっ、…」
「寒いか?窓閉めてこようか」
「や、このままでいい」

だってその方が嵐山の熱を強く感じられるでしょ。
ひそひそ話をするように嵐山に囁いてやれば、触れる嵐山の手の温度が更に上がった気がした。やけどしちゃうよ。

「それよりやっぱベッド行こ」

夜風の冷たさは好きだけれど、カーペット越しとはいえ背中に感じるフローリングの冷たさは好きじゃない。
それにきっとこんなところで事に及んだらきっと嵐山は迅の体を気遣って丁寧にしか抱いてくれない。それが嫌だった。どうせするなら、体が軋むくらいめちゃくちゃにしてほしい。後のことなんてどうでもいいから。




「ん、んあ、は、あっ、」

ああのぼせてしまいそう。
嵐山に掴まれている腰が熱い。嵐山の性器で擦られている中が熱い。最奥を抉られる度に生まれる快感で、脳の神経まで焼ききれそうなほど熱い。でもそれでもまだ足りない、もっと触れたい触れて欲しい。もっと嵐山の熱をちょうだい。
触れたいという欲に理由なんてない。ただの本能だ。だから理性でどうこうなんてできなくて、際限なくもっともっとと求めてしまうのは、きっと仕方のないことなのだ。

「あ、らし、やまっ」
「迅…」

腕を伸ばして抱擁を求めると、嵐山はゆっくりと体を倒して迅の体に覆い被さる。体中に触れる嵐山の体温が愛しくてたまらなくてぎゅうとその体を抱きしめれば、嵐山は動きにくいよ、なんて笑って迅にキスを与える。
別に動きにくくたっていい。嵐山の舌を自らの舌で受け入れて絡めて混ぜあわせながら思う。確かに激しく腰をぶつけて粘膜を擦り合わせてひたすらに快感を追うのも好き、好きだけれど。

「んう、ふは、あ…、」
「迅、目がとろんとしてる、可愛い」
「はっ、あ、んん…」

こうやって上から下まで全部繋がって触れ合って、ぎゅうと抱きしめあうのが好きでたまらない。
嵐山の親指が迅の目尻の涙を拭って、それからそこにキスを落とす。そんなこと言われたって仕方ないでしょ。だって幸せすぎて脳がばかになってしまいそうなんだから。
いや、きっともうなってしまってるのかも。頭が幸福に塗りつぶされてそれ以外何も考えられない。なんだか変な麻薬でも出てるみたいに。
自分の冷たい体温と嵐山の熱い体温。ああおれはきっとこうやって嵐山と融け合う為だけに生まれてきたのかな、なんて。ねえ、そんなばかなこと言っても怒らないかな。

「っあ、もっと…」
「もっと?キス?」
「ん」

でも今の蕩けた脳みそじゃそんなばかな言葉すら紡げない。口から溢れるのはただの単語だけ、嵐山を求める単純な言葉だけ。別にいいか、だって所詮ばかなことだもの。
それより今は嵐山の舌を感じることの方が大事。迅は飲み下せない唾液を口の端から垂らしながらも、ぬるぬると愛撫してくる嵐山の舌に自分の舌を絡める。普段のキスが迅を慈しんで愛でるようなものだとしたら、セックス中のそれは性の衝動に狂わされた獰猛な獣みたいなものだと思う。どっちにしても気持よくて愛しいことには変わりないからいいのだけれど。

「っは…迅、そろそろ動いていいか」
「…ん、いーよ」

そう言ってもどかしげに腰を揺らす嵐山の目は、ぎらぎらと欲情の色を湛えていて。その視線だけで焼かれてしまいそうだ、迅は熱い吐息を零して頷く。
多少名残惜しかったけれど、迅は強く抱きしめていた腕をそっと緩める。と、嵐山は弾かれたように律動を開始した。

「あ、っあ、ん、ああ、あっ」

激しく揺さぶられると先ほどとは違う意味で頭がばかになってしまう。先ほどまでが幸福一色だとしたら、今は単純な快楽だけ。そして焦げ付きそうなほどの熱。
熱い、熱い、気持ちいい。快感に指先が震えて仕方ないから嵐山の肩に爪を立てる。もちろんそんなことで嵐山が止まってくれるわけもなく(別に止めてほしいわけでもないが)、むしろ煽られたように抽挿は激しくなる。

「ん、あっ、っあらし、や、ま」
「はあ、好き、好きだ、迅」

うわ言のように繰り返しながら、嵐山は激しく腰を叩きつける。爛れた粘膜を擦り上げられる感触も鼓膜を震わせる掠れた甘い声も、たまらない。
嵐山の体も声も瞳も全部が迅を好きだと言っていて、それがどうしようもなく分かってしまうから迅は苦しくなる。愛しすぎて苦しい、どうやって返せばいいのか分からないから苦しい。きっと嵐山はその与えた愛の見返りなんて求めないんだろうけど、迅だって愛しいのだと返したい。

「っおれも、んっ、すき、」

けれど今は上手く回らぬ舌で、好きだと喘ぐのが精一杯。迅としては伝えたい愛しさの半分も表せていないようでもどかしいのだけれど、それでも嵐山は満足そうに笑ってキスを降らせてくるからそれでいいか、と思った。

「ふ、はあ、迅、迅…」
「ん、っあら、し、やま、ぁ」

絶頂が近いのか嵐山が切なげに眉を寄せる(色っぽくていつもぞくぞくする)。より強い快感と熱の解放を求めて嵐山が迅の最奥をがつがつと抉る。もうこうなったら迅は悲鳴のような嬌声を上げる事しかできない。
じわりと滲んだ涙が視界を覆う。拭いたいけれどそんな余裕すらないから、迅は目を閉じて嵐山と同じように快楽を追うことだけに集中する。
嵐山の手が勃起しきった迅の性器に触れて、性急に迅を絶頂へと押し上げる。あ、だめ、それすぐイっちゃうのに、抗う暇もなく迅の脳から足の先までびりびりと一層強い快感が走り抜けて、迅はびくんと背を反らした。

「っあ、あ、ああ…、っう」
「迅、はあっ、じ、ん…」

迅は後孔をきゅううと締め付けながら、嵐山の手の中に白濁を吐き出した。迅が快楽の余韻に体を震わせていると、程なくして嵐山も達したのかお腹の奥辺りにどろりと熱が広がっていくのを感じた。
嵐山は中で出すのを嫌がるけれど、迅はそれが好きだ。だから嵐山が丁寧にゴムを被せていたって挿入される前に剥いでしまう。もったいないなあなんて嵐山は言うけれど迅にしてみればそんな薄い膜の中に精液を放たれる方がもったいない。だってそれ全部が嵐山の熱なのに。
薄い膜越しなんかじゃなく直に嵐山の熱い性器を感じて、嵐山の溜め込んでいた熱を全部そのまま自分の中に吐き出してもらえる、最高じゃないか。そのまま吸収できればもっといいのだけれど、生憎迅の体はそんな便利な作りをしていないから、後で掻きだすのはちょっと面倒だけれど。

「…ごめん迅、また中に出してしまった」
「ん、いいって、おれこっちのが好きって言ってるでしょ」
「でも」

迅の体が心配だ、とかめんどくさいことを言い出す嵐山の口には蓋をする。キスでその先の言葉を奪ってしまえば、嵐山もそれ以上の追求はしなくなって愛しげに迅の唇を食む。情事中の貪るようなものとは一変して労るような慈しむような優しいキス。
その愛しいキスの間に嵐山は萎えた自分のものをずるりと引き抜いてしまって。迅は酷い喪失感に襲われる。嵐山との行為は好きだけれど、この瞬間だけはどうしようもなく切なく寂しくなる。自分の中を埋めていた熱が失われる感覚。セックス中はあんなに融け合えそうだと思っていたのに結局そうならなかったんだな、と現実に引き戻される感じ。
だからその切なさを埋めるように迅は嵐山の唇を求める。優しいキス、でも満たされるような甘い甘い。

「迅、風呂入ろうか」

迅を気遣う嵐山の言葉はどこまでも優しい。でもまだもうちょっと、もう少しだけこのままでいたかった。せめてこの火照った体から熱が抜けきってしまうまでは。まだ融け合ったような錯覚を覚えていたかった。

「もうちょっとこのまま」
「…迅が望むなら」

なんだかんだ言って嵐山は迅には甘い、非常に甘い。ふ、と困ったような笑みを浮かべながら迅の頭をくしゃりと撫でる。
その、優しい手の温度を感じながら、迅はもう一度嵐山にキスをねだって、まだ熱の余韻の残るその体を抱きしめた。








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