2015.8/29
太刀川さん誕生日おめでとうございます。
太刀川さん誕生日おめでとうございます。
なんも要らないからとりあえず一日出水貸切な。
誕生日プレゼントというものは非常に悩ましいものであると出水は思う。
仲の良い友人ですら何をあげればいいのかなんて分からないのに(米屋あたりは適当なエロ本で済むから非常に楽だ)、太刀川が何を欲しがってるかなんて出水には検討もつかない。だから直で聞いてみた答えがそれだった。
太刀川はなんだかんだ言ってそこらの大学生の何倍も稼いでいる。欲しいものがあるなら自分で買い揃えるくらい容易なんだろうが、そもそも太刀川が普段何に金を使ってるのかなんてさっぱり分からない。ブランドものとかにも一切興味は無さそうだし。
だからその返答を聞いたとき、出水は若干気の抜ける思いがした。この人の頭にはほんとそれしかないんだろうかなんて随分今更なことを思いつつも、まあ本人がそれでいいというのならそれに応えるまでだった。
「はー…すごい満足した」
「…それはそれは良かったことで」
甘く見ていた。軋む体をベッドに沈めながら、出水は後悔の念を込めつつぼやいた。
一日貸切という言葉の裏につまりそういうことが含まれているのはもちろん分かってはいたが、本当に丸一日セックス漬けとは思ってもいなかった。
出水が太刀川宅を訪れたのが昼前の11時ごろで、そして今はというと既に日が暮れかかっている。つまりほぼ六、七時間くらいやりっぱなしだったというわけだ。馬鹿じゃないだろうかこの人は(いやそんなの既知のことだけれど)。
まあそれに付き合う自分も十分に馬鹿だということは理解しつつ、汗ばんだ体を寄せるように寝返りを打てば頭を撫でられた。
優しい手の温度がまどろみに誘うけれど、くう、と小さく鳴ったお腹が思考を現実に引き戻す。そういえば朝食べたきり何も食べていない。
「太刀川さん、夜ご飯どーすんの」
「んー、ピザでも取るかな」
「ケーキは?」
「今から買いに行くの面倒だな」
どうやらベッドの上から動く気は無いらしい。太刀川は出水の腰に腕を回して抱き寄せると、首筋に顔を埋めてくったりと力を抜いてしまった。動くどころかこのまま寝るつもりだこの人は。
「おれお腹空いたんだけどー」
「んー…」
触れる体温は温かくて、穏やかな呼吸を繰り返す太刀川は酷く幸せそうで。なんだか無理に起こすのを躊躇してしまう。
太刀川は多分今非常に満足していて、きっとこれ以上特に望むことなんてないのだろうけれど(そう思うのは傲慢だろうか)、出水にはなんとなく心残りがあった。
せっかくの誕生日だというのにこんなぐだぐだな感じで過ごして、終わって、いいものなんだろうか。
なんかこう、酷くもったいないことをしている気がする。だって年に一回しかない特別な日なのに。
そう思ったらなんだか居ても立ってもいられなくなって、出水はがばりと勢い良く体を起こした。
別にものに拘る必要なんてない。ものより思い出とは誰が言った言葉だったか。
「太刀川さん!」
「うお、何」
飛び起きた出水に驚いて太刀川ものろのろと体を起こす。
やはり既にまどろんでいたようで、太刀川は眠そうな目をごしごしと擦っている。
「おれちょっと買い物行ってくる!」
「そのまま行くのか?」
「シャワー浴びてから!」
目をしぱしぱさせる太刀川を横目に、言うが早いが出水はそこら辺に脱ぎ散らかしていた服を拾い集める。
衣服は多少くしゃくしゃになってしまっているけれど、まあ精液やら何やらがこびりついていないだけマシだろう。
そんな出水をやはり太刀川はベッドの上から動かずにぼんやりと見守る。
「なんだけやったのに元気だなーおまえ」
「おれ若いんで!」
その言葉にぐ、と太刀川が微妙にダメージを受けたような顔をしていたのはまあ気にしない。
まだ今日は終わってない、日は落ちかけてるけど今日はまだ今日。
若いからと言ってもまだ微妙に痛む体、気だるさの残る体に気合を入れるためにも、出水は浴室へ向かった。
「ただいまー、起きてる?太刀川さん」
シャワーを浴びるのに数分、濡れた髪をろくに乾かしもせず太刀川の家を飛び出して十数分。
弾丸のように飛び出していった出水は戻ってくるのも早かった。出水が帰ってくる前に自分もシャワー浴びとこうかなあと太刀川がもだもだしている間に、ただいまの声が玄関に響いた。
「早かったなーおまえ」
「ダッシュで行ってきたから。太刀川さん冷蔵庫開けるねー」
「なんか買ってきたのか」
「てきとーに食べるものと…あとケーキ!スーパーの安物だけど」
さすがにケーキ用のろうそくは無かったけれど(買えたとしてもこの小さいケーキに20本も立てられる気がしない)、ケーキの有る無しじゃやっぱり誕生日感が全然違う気がする。
太刀川にケーキを見せびらかしながらにひひと出水は笑って、太刀川の冷蔵庫にそれをしまいこんだ。ついでに買ってきた惣菜も冷蔵庫に詰め込んでおく。
食材の入っていた袋の他に、出水の横に何やら普段見慣れぬものが置いてあることに太刀川は今更気づく。幼い頃にはよく遊んでいた気がするそれ。
「ん…?なんだそれ?花火?」
太刀川の言葉に、出水は冷蔵庫の戸を閉めると、に、と笑みを浮かべる。
ケーキもそうだけれど、先ほど一番買いに行きたかったものはこれだ。派手なのとか大量なのとかではないけれど、二人でする分にはきっとちょうどいいくらいの量の花火。
それを太刀川の眼前に突き出しながら出水ははしゃいだ様子で一番の目的を口にした。
「です!バケツもろうそくも買ってきたから花火しに行きましょ!花火!」
夏といえば花火というのも安直な気がするが、思えば太刀川と過ごしたこの夏の間、夏らしいことなど何もしていない。まあ防衛任務やら何やらがあるから他の学生よりも制限があるのは否めないが、それを差し引いても全く何も無かった気がする。そもそも太刀川と二人で過ごしている時にセックス以外のことをした覚えがない。
そして今日も、多分太刀川はそれだけで終わらせるつもりだったのだろうけれど。出水にはやっぱりそれがどうしようもなくもったいなく思えて。夏の終わりを、そして太刀川の誕生日をいつもと同じくぐだぐだとベッドで過ごすのは(それはそれで幸せなのだけれど)なんだか寂しい気がして。それでとりあえず思いついたのがこれだった。
「えー…面倒くさいな」
案の定太刀川はそんなのどうでもよさそうな顔。まあ仕方ない、太刀川としてはこれで満足な誕生日なのだろうから。だからこれは出水の我儘だ。
そして出水は今日だけはその我儘を譲る気は無くて。
「いいから!とりあえず服着てよ太刀川さん」
ベッドの上で未だだらける太刀川の手を引いて、無理にでも自分のペースに乗せるのだった。
太刀川を引っ張るようにして連れてきたのは打ち捨てられた公園。警戒区域内ではないけれど、そこに近いせいで使われなくなったらしい。
既に水道も止められてしまっているようで、多少重いけれど家から水を汲んできてよかったと出水は思った(まあ持たされているのは太刀川だけれど)。
「うえー暑い」
「当たり前でしょ、まだ夏なんだから」
先ほどまでクーラーの効いた部屋にいたせいか、夕暮れ時の蒸し暑さが余計につらく感じる。
それでもまだ最近は涼しくなった方だ。お盆あたりのあの焼けつくような暑さに比べたら。
それにどこからか秋の虫の声が聴こえる。もう夏の終わりなんだということを改めて出水は感じた。
「ろうそく火つけるから太刀川さんちょっと風よけになって」
「はいはい」
太刀川の手に囲ってもらいながら、ライターでろうそくに火を灯す。
ろうをコンクリートに垂らしてろうそくを立てて準備完了。さて花火を開けようかと思ったら太刀川が勝手にもう中身を取り出していた。乗り気じゃなかったはずじゃないのかこの人は。しかもさっさと花火に火を灯しているし。
まあそんなのはどうでもいい。出水も袋から一本取り出すと、ろうそくの火にその先端を近づけた。しばらくしてぱちぱちという音とともに色とりどりの光が舞う。
「あー…花火とか久しぶりだな」
「そう?おれ結構毎年やってる気がする」
ここに来るまではうだうだと文句を言っていたくせに、いざ始めると太刀川もなんだか楽しげで。
子どもみたいだなあなんて思ったりする。でもそれが出水には愛しかった。
「なんか懐かしいな、こういうの」
「でしょ?」
燃え尽きた一本をバケツに突っ込んで、太刀川はどれにしようかと僅かに悩みいそいそともう二本手に取る(ほんと子どもみたい)。
二本同時に火を点けて、青と赤の火花が混じりながら燃えるのをぼんやりと眺めたり振ったりしているのがなんだか可愛らしかった。
そんな太刀川を横目で見て小さく笑みを浮かべながら、出水もまた新しい花火に手を伸ばす。
一番明るい色の花火はどれだろう。大きく光って白く明るいものがいい。ちょうど太刀川が持っているものの一本がそんな感じのものだったから、それと同じものを手にとって先端をろうそくに近づける。
ぱちぱちと火花が上がり始めたところで出水は立ち上がって、太刀川から少し距離を取った。
「ね、太刀川さんほら見て見て」
そして、大きく火を吹き出した花火を自分の前に突き出して、火花の光でかたちを描き始めた。
描くかたちは自分の気持ち。白く明るい光を速すぎも遅過ぎもしない、緩やかなスピードで動かして自分の目の前に光のハートを描き出す。
「誕生日おめでと、あいらびゅー太刀川さん」
始めは首を傾げていた太刀川もようやく出水の描くかたちに気づいたのか、おおと感嘆の声をあげる。
確かなんとかっていうカメラで撮ったら綺麗にハートの形が残せるらしいけど、花火は消えるから綺麗なのだと思うし、そういう儚いもののほうがなんとなく美しく感じる。
それに写真じゃなくて今、目の前で見せるから意味があるのだ。ひかり、おと、こえ。ほんの数秒で消えてしまう儚いそれらを、できるだけ太刀川の心に焼き付けたくて。
そんなことを思いながら光の筋を眺めていたけれど、案の定もう数秒もせず火花は小さくなって、消えてしまって。さて太刀川の目には心にはどんな風に映ったのだろう。燃え尽きた花火をバケツに投げ込んで太刀川を見上げる、と。
「あー…もう、出水」
なんだか珍しく照れたような声、ぎゅうと抱きしめられてしまったからその顔までは見えなかったけれど、それだけで十分だった。
その声がなんだかくすぐったくて、出水もぎゅ、とその肩に抱きつく。
「へへ」
「おまえ、ほんと可愛いなあ…」
腕が緩んで、見上げてみればやっぱりほんのり赤く染まった顔。普段見れないような珍しい顔。
もっと見ていたい気もしたけれど、頬を包まれてキスが降ってくるのが分かったから仕方なしに目を閉じる。
普段なら外でのキスなんて拒むところだけど、こんなところだからきっと誰も見てる人なんていない。だから出水は太刀川の愛情を目一杯受け止める。
唇が離れて、改めてその顔を見上げてみれば、すっかりいつもの太刀川に戻ってしまっていて少し残念に思う。けれどあの一瞬の表情は自分の中にしっかり焼き付いたから、それでいい。
「とりあえず家帰って飯食ったらもっかいするか」
「太刀川さんの頭それしかねーの?」
「出水が可愛いことするのが悪い」
ああ自分のせいか、なら仕方ない、とことんまで付き合ってやるだけだ。
太刀川の誕生日が明けるまで、いいや、きっと明けても。
もう太刀川の好きなようにすればいいと思う。だって、出水の我儘はもう全て叶ってしまったのだから。
(今日という日に、永遠という一瞬を刻めたのなら)