2015.7/7
緑間くん誕生日おめでとうございます。
緑間くん誕生日おめでとうございます。
だって祝ってもらった記憶が最近とんとないものだからどうやっておめでとうと伝えたらいいのかなんて分からなくて。
仕方なく在りし日のことを思い出して、やっと見つけた答えがそれだったからそうしただけ。
「赤司?」
立っていたらきっと届かない、けれど座っている今なら身長差なんて関係ない。
机を挟んだ向かい側、緑間の頬にそっと手を伸ばせば目を通していた部誌から赤司の方へ視線を上げる。
そのままちょっと身を乗り出して、手を添えた方とは反対側の頬に、ちゅ、と軽く唇を触れさせた。ただそれだけ。
そこで気の利いたセリフのひとつも言えなかったのが悪かったのだろうか、一瞬の間。その後緑間はかっと顔を赤らめて後ずさった。ガタガタという椅子の音。ひっくり返るんじゃないかとちょっと心配になった。
「な、な、な…何なのだよ!急に!」
「いや、そういえば緑間は今日誕生日だったな、って思って」
緑間の動揺っぷりに、ふふ、と小さな笑みを溢しながら赤司は答える。
いつもの仏頂面も嫌いではないけれど、やっぱりこうやって狼狽えたり焦ったりしている緑間を見ている方が面白い。
「それが何故いきなり、き、キスになるのだよ!」
「昔、オレが誕生日のときよく母がしてくれてたんだよ、何か変だったか?」
「い、いや…それ自体は別に変ではないが…その」
手も繋がない当然キスだってまだしていない(いや、していなかった)、という健全な付き合いからのこの不意打ちはどうなんだろうか。緑間は赤司の唇の触れた頬を押さえながら思う。
まだ赤司の唇の柔らかな感触がふんわりと残っているように感じて、緑間はまた頬を赤くした。
そんな緑間を愛しそうに見つめながら、赤司はまた在りし日のことをぼんやりと思う。
今ではもう誕生日なんてイベント無いに等しいけれど、母が存命の頃は幸せな日だったのをちゃんと覚えている。
手作りのケーキにろうそくをたてて、それを吹き消したあとにみんなでケーキを食べて、珍しく父も微笑んでいて。
それから母は優しい手で抱きしめてくれて、頬にキスをしてくれた。そして、…ああ、そうだもうひとつ、母がくれたもの。
もう二度と聞くことなどできなくても、まだちゃんと胸に残っている言葉。
「あ、もう一回いいか、緑間。肝心なことを忘れてた」
それをちゃんと緑間にも伝えたくて、もう一度緑間の頬に手を伸ばす。
触れた頬はまだじんわりと熱い。そこまで照れられるとなんだかこっちまで熱が伝染してしまいそうだ。
「な、何故なのだよ」
「なんでも。なあ、別にいいだろう?」
「う…、ぐ」
じっと目を合わせて懇願すれば、大抵のことは断れないのを赤司は知っている。
見つめ合うこと数秒、案の定緑間はあっさりと折れて、はあと溜め息を吐いた。そして今度は備えるかのようにそっと目を閉じる。
そんな風に構えられるとなんだか気恥ずかしい。けど、まあ、することはさっきと同じ。
まだ赤いままの頬にそっと唇を寄せて、触れる。
ゆっくりと唇を離して、目蓋を開けた緑間に微笑んで告げるのは、先ほど伝え忘れた大切な言葉。
「生まれてきてくれてありがとう、緑間」
貰ったのは確か親愛のキスと、生まれてきたことに対する感謝の言葉。
あの時の自分はまだその意味をちゃんと理解できていなかったけれど、今なら分かる。
愛しい人が目の前にいて、こうして触れられるということがどれだけ幸せか。感謝の言葉を連ねても足りないくらいだと思う。
だからそう思ったままを口にした。借り物の言葉だけれど思いはちゃんと自分のものだ。
「っ、赤司」
どうしようもなく抱きしめたくなって、でもそれには机が邪魔だったから仕方なく頬に添えられたままの赤司の手を緑間はぎゅっと握った。
加減を知らず握られる手は少し痛い。でも振りほどく気はさらさらない。だってこの方が緑間が自分に抱いている感情を痛いほど感じられて嬉しいから。
今度は緑間の腕が赤司の頬に触れる。片手を取られているから引くことなんてできないけれど、元よりそんなつもりもない。
むしろ逆、急かすように静かに目を閉じてやれば、さら、と緑間の髪が頬に触れて。それから唇に、緑間の唇がそっと押し当てられた。
くすぐったくて、柔らかい。頬に触れるのとはまた違う、唇同士を重ねる初めてのキス。
「ん、ふふ、なんか」
「…何なのだよ」
「くすぐったいな」
唇が離れていくのを名残惜しく感じながら目を開ければ、まだ真っ赤のままの緑間と目が合う。
でもきっと自分の顔も赤く染まってしまっている。だからお互い様だ。
初めて触れた唇。愛おしくて、胸の内が蕩けるように甘い、甘い気持ち。
自分がそうであるように、緑間もそうであれば幸せだと思う。そうであってほしいと思う。
「誕生日おめでとう、緑間」
「ああ…ありがとう」
幸せか、なんて直接聞くのは憚られた、からそんなこといちいち聞かなかったけれど。
照れたように笑みを浮かべる緑間の瞳は、幸福の色を湛えていたから。だからそれでいい、それだけでいいと思った。