センセイのお仕事






「緑間がオレの専属医になればいいのにな」

はあ、と溜め息を吐きながら赤司はそんな言葉を漏らした。

「今日は診察の日だったのか?」
「ああ、毎月のことながら面倒だ」

あの試合の後、赤司の家では一悶着あったようだった。
赤司は自分の抱える人格について包み隠さずとまではいかないがそれなりに話したらしく、それを赤司の父親は父親らしく心配する素振りを見せたとのことだった(赤司も少し驚いたと言っていた)。
もう一人の自分について赤司自身はもう表に出ることは無いだろうと言っていたが、やはりそれでも治療は必要だとの決断に至ったらしく。
結果、赤司には専門の医者が数人ついていたが更にその人数が少し増え、定期検査と診察を行うことになった。
赤司はこれも仕方のないことと受け入れてはいるが、やはり面倒なことは面倒なようで、検査が終わるたびに緑間の家へガス抜きに来るのだった。

「緑間は医学部志望なんだろう?」
「まあ一応はな」
「将来の夢が医者ならオレの専属医になればいいじゃないか」
「む…」

確かにそれも悪くないな、と思ってしまった。
なんだかんだで赤司の傍に一生居る覚悟があるならば、それが一番堅実のような気がしないでもない。
ただしその場合世間に露見した場合、あの財閥の息子が同性愛者などとマスコミ等に面白おかしく書かれるのは非常に赤司の家にとって良くないことではあるが、赤司の場合それすらもなんとかしてしまいそうな気がするから怖いものである。

「それに緑間だって楽しいだろう?ほら赤司くん診察の時間だよ、とか言ってオレの体を好きに弄ることができるんだからな」
「…お前はオレのことをなんだと思っているのだよ」

と、緑間が真剣に将来のことを思案していたにも関わらず、赤司は邪なことを考えていたようで。
怪しい笑みを浮かべて緑間の手を取り、自分の太ももあたりにその手を滑らせる。

「あっ、緑間先生、そんなとこ触っちゃだめです…、ってなんだその仏頂面は」
「生憎オレはそんな不祥事を起こすようなヤブ医者になる気はないのだよ」
「別にオレだけにするなら不祥事でもなんでもないだろう?」

言いながら緑間の膝に跨って、期待に満ちた目で緑間を見下ろしてくる。煽るように。
ああそういえば赤司はガス抜きにきたんだった、と今更のように思い出す。
ふ、と小さく息を吐いて眼鏡を外そうとする、と赤司の手が伸びてきてそれを止めた。
煽ってきたくせに焦らすのか、と思いきや、赤司は意味のよく分からない提案をしだして。

「なあ、今日はこのままで」
「何故なのだよ」
「その方がそれっぽいだろう?緑間センセ?」

まだその設定は続いていたのか、なんて大きく溜め息を吐いてやりたくなったが、赤司のお遊びに付き合ってやるのもまあたまには悪くないだろう。
それに多分赤司はストレスが溜まっているのだ、だからこんなわけの分からないことをやりたがるのだろう、ああきっとそうだ。ならそれを解消してやるのも自分の役目だろう。
微妙に釈然としない気持ちをなんとか丸め込んで、とりあえず赤司の求めるものをなんとか模索してみる。

「…赤司、…くん、とりあえず…服を脱ぐのだよ」
「、っふふ」
「何故笑うのだよ!」
「いや、つい」
「………」

馬鹿にされている気がする。いや、気ではなくされているのだろうけれど。
赤司はひとしきり笑った後、むっとした顔の緑間を宥めるように口付けて、するりと首の後に手を回す。
そして先程の声とは全く色の違う、艶やかな声で囁くのだ。

「脱がしてください、先生」

見つめる瞳も誘う声も、まるで遊女のようないやらしさを帯びていて。
もう何度も体を重ねたことがあるというのに、未だにどきりと心臓が弾むのを感じるほどであった。
まさかこんな瞳で声で、担当医に邪な誘いをかけているのではあるまいな、と余計な邪推もしてしまいたくなってしまうものである。

「…お前実際に変なことはしていないのだろうな?」
「失礼だな、オレが緑間以外にこんな顔見せると思うか?」

今度は赤司がむっとした顔になる。それを先ほどとは反対に緑間が謝罪の意味も込めてキスで宥める。
けれど宥めるだけでは止まらなくて、赤司はもっとと緑間の舌を求めて唇を開く。拒む理由もないので緑間はそれに応える。
ぬる、と舌の絡まる感触が気持ち良い。粘膜が触れ合うのはどうしてこんなに脳が痺れるんだろう、なんて思いながら赤司はその感覚に酔うように瞳を閉じる。
自分の喉から漏れる、女みたいにくぐもった声はあまり好きではないけれど、それを差し引いても緑間からのキスは体の奥から蕩けるようで、たまらない。
しかしそうしていると今度はじくじくと燻っていた熱に火がついて、咥内だけの接触だけでは物足りなくなるからもどかしい。

「は、あ、緑間せんせ、もっと」

唇を離してその先をねだれば、抱き上げられてすぐ傍のベッドへと組み敷かれる。
あれだけ不満そうな顔をしていたというのに、今は緑間の方もやる気満々に見えて、現金だななんて思ったりもする。でもそこが愛しいのだから仕方がない。
転がされて緑間を見上げて、ああ白衣もあればよかったな、と赤司はぼんやり思ったけれどそれはそれ、また今度用意することにしよう(果たして緑間が次もノってくれるかは知らないが)。

「せんせ、オレ、ここがおかしいんです」
「…む」

そう言って赤司はシャツの上から自分の胸のあたりに緑間の手を押し付ける。
どくんどくんといつもより早鐘を打つ鼓動が触れた掌から伝わって、緑間は妙な興奮を覚えた。

「それならとりあえず…触診、するのだよ」

相も変わらずぎこちない割には緑間もその気はあるらしく、当てられた手を一旦離して、ゆっくりと赤司のシャツのボタンを外し始めた。
思えば赤司が自ら脱ぐことが多くて、こうやって脱がしてやること自体少なかった気がする。それと先生呼びが相まってなにやらどうも気恥ずかしくて仕方なかった。赤司はそんな緑間の様子をどこか恍惚とした瞳で見上げていたが。
それからゆっくりと、なめらかな赤司の肌に指を揃えて、それらしく触ってみる。
けれどどうしても、というか、やはり普段からの手癖には逆らえずに指は自然と赤司の胸の先へと向かって、中指がつん、とその突起に触れる。赤司の体がぴくんと震えて、甘い吐息が漏れて。

「んっ、せんせ、えっち」

赤司が緑間を煽るのはいつものことだけれど、いつも以上に強烈だと思った。
むせ返るほどの色香にくらくらする。
たかが口調と呼び名が変わるだけでこんな興奮を覚えるほど変態になった覚えはない。ただ、本気を出して誘ってくる赤司がいかに恐ろしいものかというのを改めて緑間は感じた。

「…もういいだろう、赤司」
「全く堪え性がないな、緑間は」
「ああ、誰かさんのせいでな」

いい加減邪魔だった眼鏡を外して、がっつくように赤司の唇を奪う。
お遊びはおしまい。そろそろ燻る熱を発散させて欲しい。
唾液で濡れた唇を舐めて、食んで、顔を上げれば緑間とは違ってまだ余裕そうな顔をした赤司と目が合ったから、それが少しだけ癪だった。
なら余裕が無くなるまで触れてやるだけだ。
赤司のズボンの前を寛げて、軽く熱を持ち始めたそこに触れながらまた口付ける。
そうしていれば赤司の喉から漏れる声はどんどんと甘くなって、掌の中のものも徐々に形を持ち始めて。
それでやっと緑間は満足そうに唇を離した。はあ、と艶かしい息を零す赤司の頬を撫でれば、まだ整わない呼吸で早く、と急かされる。なんとなくの優越感。

「下脱がせてくれ…きつい」
「少し、待つのだよ」

きついと言われたって緑間の方だって、もう相当にきつくて。
こういう時制服は面倒だ。ベルトを外して前を寛げるだけでもじれったい。
その間赤司が大人しく待つかといえばそんなわけもなく、ぺたぺたと緑間の腕を誘うように撫でるものだから、ますます窮屈になるばかりだった。
やっと赤司の下に手をかけた時には、待ちくたびれた、と言わんばかりに赤司は腰を浮かせて緑間の首に抱きつく。それから耳をがぶりと噛んで、遅い、と一言。

「オレも堪え性のある方では無いんだよ」
「それくらい知っている、ちょっと待てローションを」
「ああこれ、隠すならもっと上手に隠せ緑間。親に見つかるだろう」

言って赤司は枕の下から緑間の言うそれを取り出して丁寧に蓋まで開けて渡してやる。
…そんなすぐ見つかるような場所に隠していた覚えはないのだが、というよりもいつの間にそこに準備していたのか、と問い詰めたくなったが、それはピロートークの合間にでもすればいいことだろう。今はそんな余裕なんてないのだ。何も言わず素直に受け取っておく。

「…ん、はあ」

局部に垂らされるどろりとした液体の感触。は、あまり好きではない。けれど、その後に触れてくる指は好きだと赤司は思う。
慣らすためだけの行為だと赤司は思っているのに、緑間は酷く優しく触れてくるから脳が痺れるような感覚に陥るのだ。
それと同時に、すぐにその優しい指だけでは足りなくなる。もっと荒々しく暴いて欲しい。緑間の欲望で。

「は、もう、いいから」
「…ああ」

荒い吐息で促されて、緑間はひくつく後孔から指を引き抜く。
ぬるりと異物が出て行く感触に僅かに呼吸を乱せば、宥めるように触れるだけのキスが降ってくる。
そんな余裕そうなキスはなんとなく気に食わなくて、赤司の方から舌をねじ込んでやった。
でももはや体の方は既に緑間を受け入れるために力が抜けてしまっているのだ。すぐにキスの主導権は緑間に奪われて、舌を吸われて乱れた呼吸は更に乱される。でもそれが気持ちよかった。

「っは…、なあ、みどりま」
「なんなのだよ」
「やっぱりここは、先生のおっきなお注射挿れて、とか言うべきなのかな」
「…さすがに萎えそうだからやめてほしいのだよ」
「ふふ、あっ、…く、っう」

お遊びの時間はもうとっくの昔に終わっているのだから、と言わんばかりに赤司の戯れ言など意にも介さず緑間は赤司の中に進入してくる。
下腹部を襲う熱い圧迫感。息が詰まりそうになる、けれどどうしようもない充足感。
キスの時にも思ったけれど、やっぱり粘膜と粘膜が触れ合う感触は言いようもなく気持ち良くて、それだけで脳が溶けそうになる。
じわじわと理性の溶けていく感覚に身を任せながら緑間を見上げると、焦れったそうに自分のシャツのボタンを外している姿。
ああさっき急かしたのは悪かったな、なんて少しだけ悪く思ったりもするけれど、別に謝罪なんてしない。だってここからはただ緑間の好きなようにさせるだけだから。

「っあ、は、あぁ、っん」
「は…、赤司…」

どうぞ緑間の好きなように、と体を投げ出してやれば、緑間は自分の快楽の求めるままに激しく赤司の体を打つ。
以前は壊れ物でも扱うようにぬるい抽挿だったくせに、最近では躊躇など覚えなくなってただひたすらに熱く爛れた内壁を抉る。
でもそれでいいと言ったのは赤司だ。キスも中を擦られる感触も全て好きだけれど、何より好きなのは本能をむき出しにした緑間の姿だからだ。
緑間の方もそれを知っているから、だから容赦などなく赤司の体を突き上げる。

「ひ、あ、あぁ、っ」

ぐ、と奥を突かれて背中が反る。じわりと汗が滲む。涙が膜を作って視界がぼやける。
何度も抱かれているから分かる。なんとなく、いつもより、緑間の攻めに余裕が無いような気がするのは。
快楽にぼやける思考の中で手探りで見つけた疑問をぶつけてみる。

「みどりま、も」
「、っなんだ?」
「先生ごっこ、楽しかった、のか?」

荒い息の中そう言葉を紡いで問うてみれば、緑間は少しだけバツの悪そうな顔をして、

「ごっこ、は別に楽しくはなかったが、…その、いつもと違うお前の様子には興奮、したのだよ」

なんて、今更照れた様子で答えるから。
そういうのを楽しかったって世間では言うんじゃないのかとか、馬鹿みたいに真面目に答えるところが緑間らしいとか。
とりあえずそんなのが酷く愛しく思えて、しかし今言葉にするのは面倒だったから、ぐいと足を絡めて口付けてやった。





「…で、どうなんだ結局」
「何がなのだよ」
「オレの専属医、ならないのかって」

散々喘いでどろどろに溶けてぐずぐずになって、その後はもうさっぱり動く気にならない。
唯一動くのは口だけだから、だから終わった後は寝転がったまま話をする。余韻もそこそこに後片付けやら何やらに手を動かす緑間を見ながら。
当然のように今日も体を動かす気にはなれなくて(いつもより激しかったのだから当たり前といえば当たり前か)、気怠げに緑間に視線を向けて赤司は掠れた声で聞いた。
まだその話は続いていたのか、と、緑間は先ほどの先生プレイ的なものを思い出して若干微妙な気分になりつつ。しかし先程は返せなかった真面目な答えを返してやる。

「そうだな…そうなれるように努力はしてみようと思うのだよ」

赤司がそう望むのであれば、赤司の望むように近づけるようにするのみだ。
赤司が緑間とともにある未来を望むのであれば。
そう告げてやれば、赤司はだるくて動かないはずの体を動かして、緑間の体に縋りつく。ことの後にこうやって甘えてくるのは珍しいな、なんて思いながらその背中を撫でてやると、

「…なんだかプロポーズされた気分だよ」

なんて、自分から言ってきたくせに酷く恥ずかしそうに嬉しそうに答えるものだから。
そういう、普段余裕ぶっている割にたった一言で沈んでしまうところとか、垣間見せる独占欲とかが酷く愛しく思えて。
こんなのがプロポーズだなんてとんでもない、もっとちゃんと赤司の隣に立てるようになってからそれなりの言葉を送ってやろう、なんて考えつつ、今はその代わりにぎゅうとその体を抱いてやった。



(どっちもどっち、愛しくてたまらないのなんてお互い様だ)







たまには馬鹿やってるみどあかをと思ったら
想像以上に二人共馬鹿になりました。






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