まよなかの問答







「なあ、何故お前は征十郎に何もしてやらなかった?」

忘れかけていた声だった。いや、忘れられるはずもない声だった。
草木も眠る丑三つ時、緑間の前に現れたのは幽霊でも何でもなかったが、ある意味幽霊よりもたちの悪いものであった。
暗闇の中で薄明かりを浴びて反射する黄色い瞳、それを見るのはいつぶりか。
視線を合わせれば氷のような瞳をす、と細めて其奴は酷く冷たい笑みを浮かべた。

「久し振りだね、真太郎」
「…何の用なのだよ」
「何とはご挨拶だな、征十郎が寝てしまったからちょっと顔を出しただけじゃないか」

寝てしまった、というよりは意識を飛ばしてしまったという方が正しいか。
情事の後の火照った体を起こして、滲んでいた汗を鬱陶しそうに拭いながら其奴は緑間の胸にもたれるようにして座った。
緑間は不快そうな顔をしたがしかしそれが赤司の体であることには変わりがないので、突き放すことはしなかったが抱きとめることもしなかった。

「真太郎、お前は酷く恨みのこもった目で僕を見るんだな」
「当たり前だろう」

其奴の存在は赤司を苦しめた。
赤司自身はどう思っているかは知らないが、少なくとも緑間自身はそう思っている。
だからお世辞にでも快い視線を向けることなどできなかったし、言葉も自然と辛辣なものにならざるを得なかった。
しかしそんな緑間の様子など意に介さずとでもいうように、其奴は冷たい笑みのまま緑間を見上げる。

「けれど、なあ、真太郎?僕の存在がお前にも責任があると思ったことは無いのか?」
「…何だと?」

不意に投げられた問答。
そんな責任などあるはずがない、お前が勝手に産まれただけだろう。言い返せるはずなのにそうはできなくて、ただ胸の中がざわつく感覚がした。

「お前は気づいていたんだろう?中学時代から、僕の存在に」
「…確信は無かったが、それらしきものがいるのには気づいていた」

赤司の語りはゆっくりと緑間を中学時代の記憶へ誘う。まるで催眠術のようだった。
駄目だ、あの時のことは思い出してはいけないことがある気がする。
心のざわつきは嫌な確信へと変わっていく。

「なら、何故征十郎のために何もしてやらなかった?」
「な…にを言っているのだよ」

どくん、と緑間の心臓が高鳴る。
やめろ、これ以上踏み込まないでくれ、心は訴えるのに言葉は出ない。
しかし其奴はいともあっさりと緑間の閉ざした心へ踏み込んでくる。

「あの時の征十郎を救ってやれたのはお前だけだったのに、何故何もしてやらなかったんだ、と聞いているんだよ」

ごとん、と重い蓋が開けられる音。
仕舞いこんでいた後悔が流れ出る虚ろな音が、頭の中でごうごうと響く。
頭からすっと血が引いてしまったみたいに冷えて、冷静なはずなのに何も考えられないくらい混乱して、まともな返答ができなかった。

「それ…は」
「怖かったんだろう?僕の存在が。だから気づかない振りをして蓋をして。けれど結局僕は表に出てしまった」

まるで(いや、きっとそうなのだろう)産まれたことを憂うように其奴は吐き捨てた。
ああ、其奴の言う通りだった。
そうだ自分は気づいていたのだ。赤司の中にあるものの存在に。
それなのに何もできなかった、しなかった、ただ赤司の中のものが孵るのを見ていることしかできなかった。
だから過去に蓋をしたのだ。
何か出来たのではないかという後悔と、何も出来なかった自分の罪悪感ごと全て。

「嗚呼可哀想な征十郎!唯一気づいてやれたお前が征十郎のために何かしてやっていれば、僕も孵化することなんてなかったというのに!征十郎が未だに自責の念に駆られることもなかったというのに!」

妙に芝居がかった口調で、其奴は緑間を煽るように笑った。
緑間を見上げているのは其奴の方だというのに、まるで自分が矮小な小虫にでもなって見下されているような感覚。
自分の弱い部分を丸裸にされて嘲笑われているというのに何も言い返すことなどできなかった。
赤司は今も犯した罪に囚われていると其奴は言った。何も言わずにただ一人で自責の念を負っていると。
その罪は自分が、緑間が背負うべきものだったかもしれないというのに、赤司は何も言わずたった一人でそれを負っていたのだ。
それを知ってなお、何を言い返すことなどできようか。いや、できない。
目の前の其奴の顔を真っ直ぐに見ることができなくて、緑間は思わず顔を背けた。

「…みどりま?」

耳に入ってきたのは聞き慣れた声だった。
はっと赤司を見やればいつもと変わらぬ色の双眸が緑間を見上げている。
いや、少しだけ不安そうな色を浮かべて。

「もう一人のオレが起きていたみたいだが…何か言われたのか?」

赤司の言葉からすると、其奴が何を言っていたかまでは記憶に無かったのだろう。緑間は僅かに安堵する。
と、ともに酷い罪悪感を覚えた。安堵してしまった自分に、何も知らぬ赤司の瞳に。
とはいえ今更自分が白状したところで何になるのだ。今更すぎるにも程がある。
今自分が全て吐き出してしまえば自分の中のわだかまりはきっと無くしてしまえる。けれどその吐き出したものはどこへ行くのか?というと結局赤司に舞い戻ってきてしまう。どうしようもないのだ。
緑間が自分を救えなかったことを悔やんでいる、ということに対してまたきっと赤司は良心の呵責を感じてしまうだけだ。赤司は人のせいになどできない不器用な人間だから(いや、不器用なのは自分もきっと同じだけれど)。

「赤司…、すまない」

だから、ただ、目の前の赤司を抱きしめて謝罪の言葉を口にすることしかできなかった。
涙は出なかった。涙を流す権利などないと思った。
そしてまた蓋をする。後悔ごと、罪悪感ごと。

「緑間?どうしたんだ、みどりま…」
「すまない、赤司、すまない…」

遠くで車の音だけが小さく響くまよなか。
ただ、静かな懺悔の言葉だけが虚しく暗い室内に響いた。




救いはありません。
僕司くんはオレ司くんのこと大好きだと思います。






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