許されないはずの温もりを




一度没ったやつリサイクル。
尻切れトンボ感がすごい。





抱きしめた体は自分より一回り以上小さかった。

「みどり、ま」

紡がれた声には困惑と動揺の色が満ちていた。
当たり前だ、だって赤司は抱きしめられたのだから、唐突に。何の前振りもなく。
でもそうせずにはいられなかったのだ(いや、そうすることしかできなかったと言うべきか)。
彼の手を取って、驚く顔など気にもとめずにこの腕の中に閉じこめて。それでもまだ足りなくてその体を強く抱きしめる。
俯く髪の間からちらりと見えた彼の瞳。その、罪の色に濁った瞳を見て、ただそうせずにはいられなかったのだ。

(ただ許してやりたいと思った)



「…随分と情熱的になったんだな緑間、人が来たらどうするんだ」
「こんなところ、誰も来やしないのだよ」

そう呟いた赤司の声は既に平静を取り戻していた。
無理に振り解こうとしないのは無駄だと分かっているからだろうか。諦めたように両手をぶらりと垂らして、ただ言葉で遠回しな拒絶の意を伝える。
しかし緑間はその腕を解こうとはしなかった。できなかった。
観客も選手も帰って静まり返ったアリーナの控え室。誰も来ないとは言ったが、もうじきしたら見回りの人間は来るだろうしもしかしたら忘れ物でもした選手が戻ってくるかもしれない。
それでも緑間はこの冷えた体を離すことなどできなかった。

「お前がそんな顔をしているのが悪い」
「オレのせいか?酷いな」
「ああ、お前のせいだ」

赤司の自嘲めいた言葉を否定もせずに、ただ腕の中の体を抱きしめる。
ああそのとおりだ、赤司のせいなのだこれは。
だからこんな、緑間らしくもない後先考えない行動に出てしまったのだ。全て赤司のせいだ。
でも、それを放っておけなかったのは、緑間自身のせいだけれど。

「お前が、どうしようもなく自責の念に囚われていたような顔をしているから、…だからお前が悪いのだよ」

一瞬だけ沈黙。
そして赤司は半ば否定することを諦めたかのように小さく溜め息を零す。

「…オレはそんなこと一言も言っていない」
「目は口ほどに物を言う、と言うだろう。そう見えたのだよ、言っていなくても」

やっとあの赤司に会うことが出来たというのに。
やっと闇から解放されて赤司の穏やかな顔を見ることができると思っていたのに。
その瞳に映るのはただただ深い罪の色だけで。
それが、緑間には許せなかったのだ。どうしてそんな風に瞳を濁らせなければいけないのかと。どうして彼が贖罪の念を負わなければならないのかと。どうしても、許せなかった。
だから、抱きしめずにはいられなかった。

「お前が許せないのなら、オレが許してやるのだよ、全部、だから―

紡ぐ言葉は全て本心だ。
彼の瞳に映る罪の色を少しでも洗い流してやりたかった。
どうやったって代わることなどできないのだから、赤司の背負うそれを少しでも軽くしてやりたかった。

―…だから、そんな目をするな、赤司」

呟きというよりも懇願に近かった。
とにかく、彼がそんな風に罰を背負うべきだとは、緑間にはどうしても思えなかったのだ。

「緑間、…緑間、だめだ、だめなんだ、オレは」

先ほどの緑間の言葉が心のスキをついたのだろうか。一転して赤司の声が弱くなる。
まるで幼子が母親に縋るような泣くのを必死で堪えたような、それでいてどこか冷静で諦めの色を孕んだ脆く崩れそうな声。

「オレはそんなもの求めてはいけないんだ、オレはあんなに」

色々なものを壊してしまったのに。
赤司は逃れるように首を振る。しかし逃さないようにぎゅっと捕まえてしまえば緑間の方に体格の利はある。
諭すように緑間はそっと囁く。

「それはお前じゃない、あいつだろう」
「どっちにしろ、オレだろう」
「ならどっちでもいい、お前"たち"はなにも悪くないのだよ」

確かに赤司は壊した、噛み合わなくなった歯車を全てひっくり返してバラバラにして。
けれどそれは赤司ではないことを緑間は知っている。いや、この際そんなことどうでもよかった。ただ許してやりたかった。赤司の脆さが産んだその人格さえも、その脆さも。
そもそも緑間に言わせてしまえば赤司は何も悪くなど無いのだ。周囲からの期待に応えようとするただの純粋な少年だった赤司を、誰が責めることができようか。むしろ責めるべきはその周囲の方だというのに。

「違う、オレが、オレが弱かったから全部だめになったんだ―

けれど赤司はそうは思えなかったのだ。
許されることなど許されない。
期待に応える度量が無いのならどこかでそう言えばよかったのに、それを言わなかったのは誰か、何故か。
周囲の思う自分通りに全て出来ると驕っていたのではないか。
その自分を、心の内では誰かに(誰に?分からない)褒めて欲しいと思っていたのではないか。

―…全て、オレの責任だ」

抱擁に応えることすら許されないと言わんばかりに、赤司はぎゅ、と拳を握る。
その温もりは求めてはいけないものだ。自分を許そうとする優しい温もり。
その誘惑は甘美で、身を委ねてしまえればどんなに楽か分からない。けれどそれは望んではいけないものだ。

「なら何度でも言うのだよ、お前は悪くない」
「緑間…やめてくれ」
「お前は頑張りすぎた、それだけなのだよ」

紡がれる言葉も抱きしめる腕も優しい。縋りたくなる、抱きつきたくなる。両手を伸ばしかけて、ぐっと堪えて、また首を振る。

「みどりま…」
「だから少し休め、もう何も考えなくていいのだよ」

だからもういいのだと、緑間は赤司の頭を撫でる。まるで小さい子どもをあやすように。
赤司はきっと頑張りすぎた、ただそれだけ。
それに罪の意識を覚えることなんてないはずなのだ。
もしそれを赤司に押し付ける人間がいるのなら、それは緑間が許せなかった。

「オレは、もっと完璧にやれるはずだったのにな…」
「お前は十分すぎるくらい完璧だったのだよ、オレは一度も勝てたことが無かっただろう」
「ああ…そうだったな、そう、だったのにな」

また首を振って俯く。ああもう、何を考えているのか知らないが、そんな後ろ向きなことばかり考えるのではなくて、

「何かを考えずにいられないというのなら…、オレのことだけ考えていればいいのだよ」
「…そんな殺し文句が言えたんだなお前」
「…ふん」

自分でもなかなか恥ずかしい科白を言ってしまったと思う。緑間は少しだけ頬から耳のあたりがじんわりと熱くなるのを感じた。
けれどそれも本心だ。そんな、背負った罪の数を数えているくらいならいっそ、自分のことだけ考えていてくれればいい。
自分ならその罪のように赤司を傷つけることなんてしないのに。

「…そうだな」

緑間の背中にそっと赤司の手が回される。おずおずと、躊躇いながら。
きっとそれは恥ずかしいからとかそんな可愛らしい理由などではなく、これを受け入れたら自分が許されてしまう、そんな葛藤。今の赤司にとって許されないはずの温もり。

「贖罪に固執するくらいなら、お前のほうがきっと楽なんだろうな」
「ああ、だからオレにしろ、赤司」

赤司はそっと顔を上げる。揺るぎのない緑間の瞳と目が合う。
この男は本気で自分を許そうとしているらしい。こんなの逃れられるわけがないじゃないか。
赤司は諦めたようにふ、と小さく笑う。
緑間に縋って全てが許されるなんてそんな都合のいいようには考えられない、けれど、これくらいなら。
回した両手に力をこめて、赤司からも緑間を抱きしめ返す。

「今、お前の温もりを愛しいと思うくらいなら、許せそうだ」

そう言って緑間を見つめる赤司の目は昔のように澄んだ色を少しだけ取り戻していて。
今度はそれが愛しくて、また緑間は赤司を抱く腕に力を込めた。






私の大好きなえろげアニメの主題歌イメージで。






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