いつかの景色を




大学生同棲設定




「緑間、ちょっと暇があったら…、いや暇を作って旅行でもしてみないか」

唐突な提案はよくあることだ。
例えば今朝のテレビでおいしいスイーツ特集をやっていればあれを食べてみたいだの、健康特集で変な体操をやっていればその実験台にされたりだの。
ただ、普段からの提案は無茶ぶり(というか緑間の否定やツッコミありき)に近いが切なるものではなかったと思う。言ってみただけでその実現を真に望んでいるわけではないというか。
だから、こんな風にわざわざ時間を作ってほしいとねだられるのは初めてのことだった、と思う。

「別に構わないが…どこに行きたいのだよ」
「ここ、温泉」

赤司は眺めていたガイドブックらしきものをぽいと緑間に手渡して指差す。
やたら年季が入ったそれには、ひとつのホテルに大きく赤で丸印がつけてあった。
そこそこ有名な温泉らしい、二ページほどに渡って特集が組まれている。値段もそれなりにするようだが、そこは二人ともそれなりに貯金はしているから問題はない。あると言ったら、

「今から予約していつ頃になるのだよ」
「平日ならそう混んでもないだろう、ちょっと電話してみる」

言うが早いか、赤司は緑間の後ろから雑誌を覗きこんで電話番号を携帯に打ち込む。
数秒後にもしもし、という女の人の声が赤司の携帯から小さく聞こえた。
電話ひとつにおいても赤司の振る舞いはさすがのものだと思う。

「はい…二名で…明日…何時からよろしいでしょうか…はい…はい」

やはりマナーについて叩き込まれているだけはある。そんじょそこらのOLの電話応対など目ではないだろうななんて思ったりする。
そして途中で明日、という言葉が聞こえたようなそうでないような。まさか、と思っていたが、通話を終えた赤司が緑間に告げる。

「緑間、明日予約取れたから、準備忘れるなよ」
「明日、とはまた急なのだよ…、しかも大学はどうするのだよ」

やはり聞き間違いではなかった。即断即決即行動にもほどがある。
溜め息を吐く緑間をよそに、赤司は開けていなかったダンボールやらクローゼットやらを開けて、旅行用と思しきバッグを取り出す。
長らく使っていなかったのか埃にまみれていて、少し不機嫌そうにベランダでその埃を払った。

「いいだろ別に、お前もオレも今のところ皆勤なんだ。一回くらいサボっても単位に支障は出ないさ」

まあ赤司の言うとおりではある。単位に支障はない、ないがサボりは褒められたものではないだろう。
けれど赤司が時間を作ってまで行きたいと言い出したのは初めてのことなのだ。それを無碍に断ることもないだろう。
反論の言葉は飲み込んで(元々そうするつもりもほぼ無かったけれど)、さて自分の鞄はどこかと赤司と同じようにクローゼットの中を漁り始めた。




「着いたぞ!緑間!」

新幹線に乗ること数時間電車に乗ること数十分それからバスに乗り換えて数十分、昼過ぎに出たのに着いた頃には既に夕刻を過ぎていて。
長旅というほどではないが、とにかく乗り換えが多くて微妙な疲労が溜まった顔をしている緑間に対し、赤司はそんな疲労など一切感じさせず、早く早くと緑間の手を引く。
こんなにはしゃいだ様子の赤司を見るのは初めてかもしれない。…はしゃいでいる?いや、どこか違う気もする。
なんとなくの違和感を覚えつつも、それに水を差す気はないのでとりあえず引かれるまま赤司の後をついていく。

「ここはご飯も美味しいからな、荷物置いたら先にご飯から行こうか」
「…?赤司、前にも来たことがあるのか?」

ふとよぎった疑問を口にすると、赤司は一瞬だけ目を伏せて

「まあ、昔ね」

と何事もなかったかのように応えた。

「それより早く行こう。昼にろくなものが食べられなかったからお腹が空いた」
「ああ、それには同感だ」

二人とも食に関してはしっかりしている方で朝昼晩きちんとしたものを食べないと収まりが悪いらしい。
だから二人の食卓は主菜副菜に汁物が最低五点以上のものを朝昼晩お互い交代で作るようにしているのだ。
しかし今日は移動の関係で昼はコンビニのおにぎりにお茶だけ、という質素なもので。
気分的にも体調的にも二人共空腹であった。

「ほら緑間早く歩け、置いていくぞ」

それを抜きにしても、やはり今日の赤司はなんだかいつもよりどこか子どものようで。
久しぶりの遠出だから調子が良いだけなのだろうか、いや少し違う気もする。
まあ気にしなければいい程度の違和感だし、気になるのなら後で問答すればいい。
とりあえず赤司の後を追うため緑間は歩を速めた。



「はあ…まるで貸し切りだな」

出された料理に舌鼓を打って、お腹も気分も満たされたところで、今度はお待ちかねの温泉だ。
少し腹を休ませてから行こうという緑間を押し切ってやってきた大浴場には人はおらず、貸し切りのような状態だった。
ゆっくりと体を洗う緑間を置いて、赤司はさっさと頭も体も洗ってしまって我一番とばかりに広い湯船の端に座る。
そして満足そうにはあ、と恍惚の息を漏らすのだった。
しかしそんな赤司とは対照的に、緑間はなんだか満足そうには見えなくて。

「緑間はなんだか不機嫌そうだな?何か料理に嫌いなものでもあったのか?」
「そんなもので気分を悪くするほど子どもではないのだよ、…お前のことだ、赤司」

不機嫌、というほどではないが、心に引っかかっていたことを吐き出す。
食事の場でもそうだった。赤司は食事中に話すことをあまり好まない。それがマナーとして叩きこまれてきたことだからだろう。
しかし先ほどの赤司はいちいち美味しい、とかすごい、とか子どものような感想を口にしていた。別にそれが不愉快だったわけではない。単に驚いただけなのだ。
そして今だってそうだ、子どものようにはしゃいでいる、ように見えるけれど。どこかそれは痛々しくも見えて。

「オレ?」
「ああ、オレの気のせいなら別にいいんだが―

言いながらようやく緑間も赤司の横に座るようにしてお湯に浸かる。
眼鏡がないせいか自然と距離が近くなってしまうがまあいい、どうせ今は自分たち以外いないのだ。

―…なんだか今日のお前は空元気のように見えるのだよ」

赤司らしくもない、と付け加える。
赤司は目をぱちくりとさせたあと、小さく息を吐いて笑った。

「緑間はすごいな。なんでもオレのことはお見通しか」
「なんでもは分かるわけないだろう、その理由まではお前が言ってくれないと分からん」
「でも何かあるのは気づいたんだろう?」
「…一緒に暮らしていればそれくらいはな」

半分ウソで半分ホントだ。
昔から赤司のことはよく見ていたのだからそれくらいの変化など分かる。そんなこと照れくさくて今更言えやしない。
まあもっと些細なことに気づけるようになったのは一緒に暮らし始めてからなのだが。

「うん、まあ、そうだな…後で話すよ。そのつもりで来たんだし」

赤司にしては珍しく歯切れの悪い答えを返して、一旦その話題を切り上げた。

「それより緑間、あっちのサウナに行こう。ここのはフィンランド式だから死ぬほど汗をかくぞ」

とまたはしゃいだ様子で緑間の手を引くのであった。



さてそれから一時間から二時間ほどだろうか。
平日ど真ん中ということもあってサウナやら岩盤浴やらの施設は軒並みガラガラで、ほぼ貸し切りのような状態だった。
そのおかげもあってそれらを散々堪能してもういい加減のぼせるのではないかという頃合いになって、やっと長風呂を上がって部屋へと戻ってきた。
相も変わらず赤司はどこか空回っているというか、やはりなんだか空元気に見えたが、彼があとで話すといっていたのだから特には追求せずに今に至る。

「…む」

ドアを開けて玄関の先、モダンな和室には既に布団が敷かれていて。その、配置が。
深い意図などないのだろうが(むしろあったら困る)、ぴったりと横にくっついているのがなんだか妙な妄想をかきたてられてしまう。

「ふふ、緑間はむっつりだな」

その一瞬の動揺から緑間の考えを読んだのか、くく、と緑間の後ろで赤司が小さく笑う。
照れ隠しに睨んでみるが、赤司はそんな視線などものともせずひょいと緑間を押しのけてさっさと先に部屋へ上がってしまった。後を追うように緑間も畳へ上がる。
既にひんやりと部屋を冷やしていたクーラーを少し弱めて(赤司も緑間も人工的な冷気があまり好きではなかった)、赤司は広縁の障子を開ける。
開け放たれた障子の向こう、大窓からは街が一望できて、きらきらと光る街の営みに緑間は小さく息を呑んだ。

「…綺麗だな」
「だろう?」

赤司は満足気にそう言うと、広縁に設置してある椅子へ腰掛ける。
そして大窓からの景色をしばらくぼんやりと眺めたあと、小さく口を開いた。

「この景色が好きだったんだ。オレも…母も」

不意に赤司の口から出た母という言葉。
緑間は小さく息を呑む。今までの赤司の言動全てにつじつまが合ったような気がした。
どう返答しても間違ってしまう気がして、ただ何も言わずに赤司の向かい側に腰掛ける。

「母がまだ存命の頃…父と母と三人でよくここへ泊まりに来ていたんだ」

遠く遠くを眺めながら赤司が小さく語りだす。彼が見つめているのはいつの景色か。

「母がこういうところに来るのが好きでね、父が時間を作ってはこうやって三人で来ていたんだ。父に体を洗ってもらうのも、お風呂あがりのいい匂いのする母に抱きつくのも大好きだった。普段は滅多に買ってもらえないアイスクリームを母が買ってくれて、それを食べながらこの景色を一緒に眺めるのがとても…好きだったよ」

愛おしむように懐かしむように赤司は静かに語る。

「母が亡くなってからは一切来なくなってしまったけどね。忙しくてそれどころじゃなくなったというのがまあ殆どの理由だけど、思い出すのが怖かったのかな、オレも…もしかしたら父も」

幼い自分を忙しい日々に閉じ込めたのは父だ。でも父自身も仕事に忙殺されていたのを知っている。
多分母のことを思い出すのが辛かったのかもしれない、お互いに。
だから長らく母の部屋も手付かずだった。やっとちょこちょこと掃除ができるようになったのも最近だと緑間は聞いている。

「あのガイドブックだいぶぼろぼろだっただろ?あれ、元々母のものだったんだ。無くしてしまったと思ってたんだけど、先日実家に戻ったとき母の部屋からひょっこり出てきてね。眺めてたらなんとなく、ああまた行きたいなってなったんだ。怖かったはずなのにな」

道中や温泉での赤司らしくない空元気はそのためか。
行きたいと思って提案したのは自分だけれど、やはり一抹の不安はあったのだろう。
けれど今は、

「…今は、辛いか?」

緑間の問いに赤司は首を横に振る。

「いいや、全く。むしろ、酷く穏やかな気分だよ」

そう言ってゆるやかに微笑んだ。
その笑顔はとても幸せそうで、嘘などひとつも見えなかったのだけれど反面なんだか泣き出しそうにも見えて(緑間がそう思っただけかもしれない)、緑間は赤司の手を引く。
赤司は驚きはしたが拒みはせずに、導かれるまま緑間の胸の中に抱きしめられた。

「あの時とは違うけれど…愛しい人とこうやって過ごすというのは幸せなことだな、緑間」
「…お前がそう思うなら、オレは幸せなのだよ」
「クサい科白だな、お互い」
「うるさい」

からかう口を塞いでやろうと思って口付ける。
ちゅ、ちゅ、と甘く啄んでやれば語るのもからかうのも止めて、赤司はその唇だけを求める動物になる。
緑間の膝の上に自ら跨って、緑間の首に手を回して。そうしたら緑間の手は赤司の頬に添えられて。
薄く唇を開いて緑間の舌に触れてみれば、じゅ、とかやらしい音をたてて緑間の舌が絡みついてくる。

「ん、くっ」

普段より心持ちガツガツした緑間の行為に心臓が揺れる。
いつもの焦らされるような触られ方も好きだけれど、荒々しくされるのも嫌いじゃないな、なんて浴衣の帯を解かれながらぼんやりと思う。

「ふ、はぁ、っみどりま、布団あるから、向こうで」
「ああ」

歩けば二、三歩の距離。歩くのが面倒なわけじゃなくて離れるのが嫌なだけ。
緑間に抱きかかえられたまま、赤司は布団へと移動する。
ゆっくりと降ろされて、それから待ちきれないとでもいうように緑間の手が赤司の太ももへ這ってくる。
待ちきれないのは赤司だって同じで、キスをしながら手探りで緑間の帯を引っ張って解いてしまう。脱がされっぱなしというのは気に食わないし、自分からも緑間の体に早く触れたかった。

「熱いな…のぼせたか?」
「ん…お前にのぼせてるのかも」
「…馬鹿め」

緑間はからかうと面白い。だから行為の前でも最中でもこうやってからかいたくなってしまう。
もっとも、それは余裕のある時だけに限るけれど。

「赤司、下脱がすぞ」
「ん、んんっ、く、…っ」

こうやって敏感な部分に触れられればそんな余裕なんてなくなってしまうから。
大きくて熱い手が(赤司がのぼせているというのなら緑間だってきっとのぼせている)芯を持ち始めた性器を包んで擦って。
それだけで息は上がってしまうのに、緑間は膝裏を抱え上げて赤司の後孔へ指を這わせる。

「ん、あっ、そこ、」
「慣らさないと後がきついだろう」

きついのはお前のものがでかいせいだ、なんて軽口も返せない。
先走りの白濁を絡めて緑間の指がぐじゅ、と侵入してくる感覚。もう慣れた、痛いわけではない、でも最初のこの圧迫感には未だ慣れなくてひ、と小さく息を呑む。背中をひやっと嫌な汗が伝う。
でもそれを気取られないように(聡い緑間はもしかしたら気づいているのかもしれないけれど)ゆっくりと息を吐いて、刺激の中の甘い痛みだけを追っていればすぐに快楽に変わる。
だらだらとだらしなく後孔に垂れてくる先走りと、もう一本増やされた緑間の指のせいでかき回される音は更に淫靡になる。耳まで犯されているようだと赤司は思った。
何度も抽挿されて押し広げられて、もういい加減に早くそこで大きくなっているものを入れて欲しい。と、言いたいのに口から出るのは切ない喘ぎ声だけで。仕方ないから緑間の背中を蹴って、早くと伝える。
いつもならそれでも焦れったく愛撫を続けるのだけれど、やはりいつもよりは熱に浮かされているのか存外あっさりと指を引き抜いて、代わりに熱を溜め込んだ自分のものを宛がう。

「、っ赤司、入れるぞ」
「は、はあ…、あっ、…っ」

解けたそこは緑間のものをぬるりと簡単に飲み込んでしまって、しかし奥をこじ開けられる痛みに赤司は少しだけつらそうに息を詰める。
本能はもっとと求めるのに体がそれについていかない。その噛み合わなさに微妙な苛立ちを覚えるけれど、そんなもの緑間のキスですぐに溶かされてしまう。

「ん…、ん、ふぁ、あっ、あ、あっ」

いつもならもっと慣らして緩やかに動くのに、やはり今日の緑間はなんだか性急で、でもそれが気持ちよかった。
規則的な動き、揺さぶられるたびに繋がる部分がぐじゅぐじゅと卑猥な音をたてて、脳みそはぱちぱちと弾けるみたいに明滅して。

「ぁ、おくっ、みどりま、あっ」
「赤司…」

欲に濡れた声が赤司の名前を呼ぶ。ああその声は好きだ。自分以外誰も知らない声。
だから自分の方もこんな情けない声で啼ける。こんな声緑間以外に知られなくない(緑間の方だってこんな赤司を誰にも見せたくなどない)。
必死で呼吸を整えても繰り返される口づけでまた呼吸が乱される。その息苦しささえも気持ちいい、たまらない。
瞑った目蓋の奥がちかちかする。奥がじんじんと痺れて、快感の波が徐々に短く大きくなって、

「ああ、ぁ、んっ…!」

真っ白になって弾けた。
快楽の余韻に浸りながら震える体で緑間の体にすがりついていれば、数瞬遅れて緑間の低い声が漏れる。と同時にどろりとお腹の奥にぬるい感触。

「は…、あー…また、忘れてたな…」
「あとでちゃんと掻きだしてやるのだよ」

それよりまだ足りない、と言葉よりもぎらついた目が雄弁に消えない熱を語っていて。
しかし赤司だってそれは同じことで。

「仕方ないな」

なんて言いながらも未だ震える手で緑間の顔をぐいと引き寄せて。かぶり、と汗ばんだ頬に甘く噛み付いてやった。





「なあ…緑間」
「なんだ」

あの後、ふらふらになった赤司はそれでもまた温泉に入りたいと言い出して。
当然そんなことをさせるわけにはいかず力ずくで(と言っても事後の赤司の力など緑間にとっては赤子に等しい)、部屋の風呂に連れ込んで洗ってやったり処理をしてやったり、は、いいものの結局もの足りなくなってもう一回。
もういい加減腰も立たなくなった赤司を抱えて、使っていなかった布団にそっと下ろしてやる。
さて自分はというと、散々乱れ尽くしたシーツは当然使えないので、とりあえずかたちだけ綺麗に整えておいて奥に追いやり(どうせどうやったって明日の清掃の人にはバレるだろうが)、赤司の寝ている一人分の布団に枕を持ってきてやっとのことで緑間も布団に寝転がった。
疲れを癒やすために温泉に入ったはずなのに、入った後のほうが疲れているとはどういうことかなんて自問自答してみる。答えなんて分かりきっているし自業自得(いや半分は赤司のせいもあるか)なのだが。

「アイスクリームが食べたいな…」

もう体を動かす気力もないくせにボソリとそんなことを口にする。

「また今度来た時には買ってやる」
「そうか、また、今度…」

今度、次があるということ、その言葉を赤司は力の入らない声で嬉しそうに反芻する。
また今度あの景色を見よう、緑間と一緒に。今度はアイスクリームでも食べながら(幼い日のあの時みたいに)。

「絶対、な」
「ああ」

指切りをしながら赤司は大窓へちらりと視線を向ける。
いつかと同じ、きれいな星空と町並みがあった。









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