この世における愉悦とやらを




「なあ緑間、人生において娯楽というものは必要なものだと思うんだよ」

ふいに赤司の唇から紡がれた娯楽、という言葉に緑間は僅かに目を丸くした。
その単語は彼には似つかわしくないものであった。そう緑間は思っていた。彼ほどそのような言葉から遠い人はそういなかろう、と。
まだ短期間の付き合いではあるが、彼が娯楽として何かを楽しんでいる様子は見たことがないし(彼と指す将棋もそれとは離れたものに思える、例えるなら脳を解すひとつの手段というか)、それを求めているようにも思えなかった。
だから赤司の口から出たその言葉には驚いたのだ、驚いたのだが。今はそれ以上に目の前の光景が信じられなくて、その言葉に対する驚きなどそれに比べれば微々たるものであった。

「…、赤司?」

それはまるで、いつか見た洋画の女のような。
甘えるように小さく首を傾げて、緑間の太ももあたりをゆっくりとなぞりながら、緑間の膝の上へと体を滑らせてくる赤司の姿。それはあまりにもこの殺風景な部室には不似合いなものであった。
嫌悪感は不思議と湧かなかった。ただただ赤司の行動の意図が掴めずに呆然とその顔を見上げる。
と、艶やかに微笑む赤司の瞳と目が合う。
つい最近まで小学生だったとは思えないその色気と、男とは思えぬその妖艶さに当てられたように緑間は小さく息を飲む。

「幼い頃からそんなものは不必要だと言われて育ってきて、オレもそうだと思ってきた」
「…まあ、お前を見ていればそれはなんとなく分かるのだよ」
「けれど最近父を見ていて思うんだよ。それは酷くつまらなそうな人生だろうな、と」

やや自嘲気味に赤司は吐いて、またそっと距離を詰めてくる。
体温がじわりと近づいてくるに感覚。緑間の鼓動が少し早くなる。
しかしそれよりも真っ直ぐに見つめてくる視線に魂を奪われそうな錯覚に陥って、なんだか頭がくらくらした。

「まあ一種の反抗期もあるのかもしれないな。抑圧されてきた反動なのかは知らないが、今はそれを求めたくて仕方ない」
「赤司、それで、何を…」

徐々に気づきつつある核心に触れないようにしながら問うと、赤司は指先をそっと伸ばしゆるりと緑間の頬に触れる。
その触り方が酷く淫靡で、ただ指先が触れているだけなのにその箇所がびり、と痺れるようだった。
そしてうっとりと酔ったような、多分誰も聞いたことのないような蕩けた声で、

「なあ、オレを悦ばせてくれないか」

緑間の耳に小さく甘い囁きを零した。



いわゆる「それ」に関することくらいは知っていた。無論男女間のものに限るが、いくら堅物(だと自分でも思っている)な緑間でもそれくらいの知識はあった。
しかし実践となると話は別だ。そんなものまだまだ自分には縁遠いものだと思っていたのだから勝手など分からない。分かるわけがない。

「…、緑間の手は熱いんだな」

だから文字通り手探りで、赤司が望むことを探してやるしかなかった。
とりあえずシャツを脱がしてやって、自分の体にしなだれかかる赤司の体をゆっくりと撫で上げてやる。
普段慣れだけの練習量をこなしているだけあって筋肉はきちんとついている。とはいえ、自分に比べて小さく細い体。
まるで壊れ物でも扱うように(だって加減など分からないのだから)、そっと掌で腰から腋のラインをなぞって、それから首筋、頬に触れる。
赤司は微かにくすぐったそうに肩を震わせて、緑間の手に自分の手を重ねた。緑間の手が熱いという赤司の手も、熱い。

「なあ緑間、キスしよう」

緑間の顔を覗きこんで強請るように赤司は言う。
今更、そんなことを拒否するつもりもない(拒否するつもりであれば最初の誘いで断っている)、むしろいつの間にか芽生えた欲求が緑間を無意識下に突き動かす。もっと触れたいと、その唇を食んでみたいと。
だから、言われずとも(いや、赤司に促されなければ自分からはそれに到らなかったかもしれないが)。少しだけ息を飲んでゆっくりと赤司の唇に自分のそれを重ねる。重ねるだけの不器用なキス。そしてすぐに唇を離す。

「緑間らしいな」
「…どういう意味なのだよ」

その質問には答えずに赤司は小さく笑うだけであった。
それがなんだか気に食わなくて、今度は多少強引に赤司の顔を引き寄せて唇を奪ってやる。先程よりは少し長いキス。でも、やはり啄むだけの幼いそれ。
それでも赤司は満足そうに目を細めて、ゆっくりと緑間の背に手を回した。

「緑間、上ばかりでなくてこっちも」

唇を甘くほぐされたのがお気に召したのか、先程より蕩けた瞳で見上げながら赤司は囁く。
こっち、というのはつまり、赤司が今まさに腰にすり寄せてくる下半身、のことだろう。

「…む」

欲望と困惑と羞恥と理性が頭の中で混線する。
もっと触ってしまいたいでもそれは良いことなのかいいやきっと良いことではない今こうやって触れていることすらもそれなのにこれ以上などとああでもやはりもっと赤司に触れてみたい自分の知らない赤司を暴いてみたい。
欲望は正直だ、その衝動の名称も正体も知らないまま体は走り続ける、もっと、もっとと。

「やり方などオレは知らないのだよ」
「そんなのオレだって同じだ、とりあえず触ればいいんじゃないか」

一言だけ戸惑いを口にする。もしくは赤司の制止を待っていたのかもしれない、ほんの一欠片の理性が。
しかし赤司の言動でそれは脆くも崩壊する。赤司の方から先に緑間の足の付け根に手を這わせてきて、そこでぷつんと切れてしまって、

「っ待て、オレが、する」

混線していた頭はすっきりと、欲望に支配された。

「とりあえず赤司、下を脱いでからオレに跨るのだよ」
「緑間も脱ぐのか?」
「ああ」

羞恥や困惑などもはやない。はっきり答えると、赤司も特に迷いなど無さそうにすっと腰を浮かす。
それからカチャカチャという金属音、ベルトを外すその音がなんだかやけに艶かしい。
その音に欲望が更に煽られるのをはっきりと感じながら、緑間も自らの腰に手をかける。既に固くなり始めていた下半身は窮屈な衣服から逃れたがっていて、だから躊躇もせずに制服のズボンを膝下あたりまでさっさと下ろしてしまう。

「…正直緑間がノってくるとは思わなかったな」

そう小さく零した声の方へ顔を上げると、白い体に乱れたシャツ1枚だけを羽織った赤司の姿。
それがこの部室の明るく照らされた蛍光灯の下では酷くミスマッチに見えた(ああ、薄暗い部屋、月明かりになら酷く似合いそうだ)。

「…今更なんなのだよ」
「いや、別に。なんとなく緑間らしくないなと思っただけだよ」

らしいだのらしくないだの言われても分からない(何せ何もか初めてのことなのだから)。そもそも有無を言わせぬ態度で誘ってきたのは赤司のくせに。それを拒まなかったのは緑間だが。
もしや怖気づいたのか、一瞬だけ頭をよぎったがそんな性格とは思えないしそんな様子もない。
ならば別にここで止めることもないだろう。赤司の腰に手を回せば、引き寄せること無く赤司の方から緑間の太ももに跨ってくる。
…触れる箇所全てが熱を持ったように熱い。まだ、お互いの性器は触れ合っていない、のに太ももが触れ合う感覚だけで思考が飛んでしまいそうなほどで。
その感触を味わっている間にも徐々に赤司は距離を詰めてきて、足のつけ根同士が触れる、お互いの下生えが触れる、そしてすっかり熱を帯びた性器同士が触れる。
赤司が少し体を揺らすだけでお互いの性器が擦れて、びり、と痺れるような快感が背筋を走った。

「赤司、触るぞ」

は、と気持ちを落ち着けるように小さく息を吐いたのち、赤司の耳に囁いた。
緑間のものよりは幾分小柄なそれ。手荒く扱ってしまえば簡単に壊れてしまいそうな。
それにそっと手を伸ばして、自分のものと一緒くたにゆるゆると扱き始めた。

「っ、あ、…っは、みどりま」

自分を慰めることくらいは緑間にも経験はある。けれどその時の快感と興奮など今のそれに比べれば非常に微々たるものであった。
包み込んで上下させる手の感覚はまるで自分のものではないかのように感じる。お互いの先走りで濡れた性器が擦れあう感触は頭がくらくらするほど甘い痺れをもたらした。
なにより、あの赤司が、自分の手によって喘ぎ、いやらしい声を漏らしている。
それが何よりも緑間の興奮を煽った。

「はあ、っ、赤司…」
「っう、は、あ、…っく」

緩やかだった動きは興奮に比例するようにだんだんと激しい物に変わっていって。
触られるばかりであった赤司も自ら手を伸ばして、緑間の手に重ねるように、しかし緑間とは対照的にまるで撫でるように弄ぶようにやわやわと触れる。
それが妙に焦れったくて仕方なくて。緑間は赤司の手ごと包み込んで、完全に勃ちあがった二人分の性器をただ本能の求めるままに刺激する。
と、赤司の唇がそっと迫ってきて、奪われる。思わず手を止めれば赤司は唇を離して、余裕そうに(しかし頬は紅潮して先程より蕩けた瞳で)笑みを浮かべた。

「っふ、がっつきすぎだ、緑間」
「…何が、だ」
「せっかくなんだから、もっと愉しめばいいだろ」

まるで遊女のように艶やかに、緑間の頬をそっと撫でる。
その所作は生まれついてのものなのか、それとも(単に手慣れたものなのか)。
存在するかも分からない、素知らぬ誰かのことなど今は考えたくなくて(考えると胸のあたりがもやもやした)。ただ赤司の要求に応えるようにそっと耳を食んでやって太もものあたりを撫でる。

「すまない」
「いや、がっつくお前なんて新鮮だからな。それはそれで面白いよ」

さも楽しそうにくつくつと笑って、赤司はまたキスをする。今度は火照った緑間の頬に。

「ああ、でももういい加減きついだろう。止めてしまってすまないな」

緩く腰を揺らして、勃ちあがりきったお互いのものに目をやる。
先端は既にどちらのものとも分からない先走りでぐちょぐちょになっていて、熱の解放を痛いほど訴えかけている。
煽るように裏筋をつつとなぞってやれば、緑間の大きな手がそれに被さってくる。

「もう止めても聞かないのだよ」
「ん、構わない、あっ、は、」

今度こそ、手加減はなしに欲望の走るまま手を動かして快楽を追う。
ぐちゅぐちゅと粘った音が耳に響いてますます体が熱くなる。一度お預けをくらったせいもあってもう体は限界だ。
赤司の方もそれは同じのようで、散々余裕ぶっていたくせに今はそんなの一切捨て去ってしまったようで。ただ与えられる快感に体をびくびくと震わせている。

「っ、あ、みど、りま、っもう…」

一際赤司の体が大きく跳ねて、熱を吐き出すときの。
その、やっと余裕の消えてしまった顔を、声を。
他の誰も見ていなければいい、自分だけが知っていればいい、なんて思ってしまった。
それが何故なのか、なんて今の緑間には分からなかったし考える余裕もなかったけれど(そんなことあとで考えればいい)。




「赤司、…今まで他の人とこのようなことをしたことはあるのか」

赤司の衣服をとりあえずシャツだけでも正してやって、先ほど浮かんだ疑念を赤司にぶつけてみる。
どう遠回しに聞いたものか少し悩んだが、どうせ相手は赤司なのだ。どう変化球を投げたって直球で返してくるに決まっている。だから緑間の方から直球で聞いてやった。
その質問が意外だったのかそれともド直球なその質問に驚いたのか、赤司は一瞬だけきょとんとした顔をして、それからふ、と小さく笑う。

「いいや、緑間だけだよ、これが初めてだ」
「…そうか」

緑間はふう、と小さく息を吐く。
安心した、いやしかし何に?何故?それは分からなかった。
しかし問われた赤司の方が緑間のその安堵の理由に気づいていて。口元に小さな笑みを浮かべた。
そしてとん、と緑間の胸に頭を預けて、揺さぶるように言葉を紡ぐ。

「これからも、緑間だけだ」

そう囁いた瞬間緑間の心臓がとくんと大きく鳴ったのを赤司は聞き逃さなかった。緑間自身が気づいていたかは知らないが。
ああ、彼がその独占欲の正体に、次を期待するその理由に。気づいてくれるのはいつの日か。
きっとそう遠くはない、緑間は複雑なようで紐解いてみると割と単純な人間だ。
その日が楽しみだ、と赤司はそのまま緑間の心臓の音を聞いていた。






アニメ帝光の赤司くん性的すぎました。




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