ふたりあそび






眠れない夜は幾度と無くあった。薄暗い部屋の中、ベッドの上で何度も寝返りを打つ夜。
理由もいくつかあって。例えば昔のことを思い出してしまったりだとか、今日の練習のことが脳裏に焼き付いて離れてくれなかったりだとか。
けれどそのそれぞれに付きまとってくるのはいつも同じ姿だ。じくじくとこの身を焼くように這い上がってくる熱情。その根底にあるもの。
その正体などとうの昔に知っている。

「アツシ…」

眠れない夜。体はくたくたに疲れきっているのに、脳だけはやたら冴えていて静まることを知らない。けれど、眠らないわけにはいかないので(なにせ明日も普段通りの練習が待っているのだ)。
だから今夜も一人、自らの下半身へとそろり手を伸ばす。薄い毛布の中静かに、息を潜めて。
睡眠を妨げるその熱を吐き出すために。
下着越しに触れた自らのそれはまだ柔らかくて。でもすぐに硬度を帯びてくる。先ほど零した彼の姿、アツシの姿を思い出すだけで、じんわりと。

「ぅ、ん…ん」

どうせただのひとりあそびなのだ。それも、眠りにつくための単なる作業としての。焦らす必要なんて全くない。汚れないようにそっと下着をずらしてさっさとその先端に触れる。
そして薄く目を閉じて。
アツシだったらどんな風に触れてくれるのだろうか。あの大きな手が自分のここに触れてくる感触はどんなものだろうか。
ぼんやりとその情景を瞼の裏に描く。そしてその情景に合わせるように自分の手をゆるゆると動かした。
それだけで、既にねっとりと糸を引き始めた先端に自己嫌悪すら最初は覚えていたものの。もう最近はそれすらどうでもいい。
ぬくもりも情緒も何もない、もはや作業と化している行為。
それでもやはりその姿を脳裏に思い浮かべながら、徐々に絡める指を速めていけばあっという間にはちきれそうなほど固くなる。結局直接的な欲望と快楽に勝てるものなんてなにもないのだ、と自嘲気味に笑った。
速くなっていく鼓動と乱れる呼吸を唇を噛んで抑えて、自らの先走りに濡れた性器をひたすらぐちゅぐちゅと扱く。気持よさよりも、さっさとこの熱を体から追い出してしまいたくて。

「あ、ィ、く…」

全身をぶるりと電気のように快楽が通り抜ける。それに耐えるように足の指をぎゅっと閉じる。手の中にどろりと吐き出されるのは自分の中に溜まっていた、睡眠を妨げていた熱。
軽い絶頂、その余韻に少しだけ酔ったあとほおと小さく息を吐いた。それからそっと体を起こす。
ベッド脇に置いてあったティッシュを数枚取って、のろのろと後片付けをするこの瞬間が一番憂鬱で嫌いだった。情けなさとか、面倒くさいこの体、感情についてとか、いろいろ。
こんな妄想、現実になるわけもない。したくもない。アイツはただのチームメイトなのだ。
少なくとも俺はそうでいたいと思っていた。例えどれだけこの体があの大きな手や背中に触れたいと願っていても。
それだけはだめだのだ。絶対に。

換気のために少しだけ窓を開けて、冷たい風に冷やされないように毛布を被りなおして、再びそっと目を閉じる。
そうすると心地良い疲労と気だるさが襲ってきて、ようやく俺はうとうととした眠りへと誘われる。ああやっとこれで今日も眠れそうだ。
眠れない夜。その為の睡眠導入剤として自慰行為を行うことくらいはきっと誰にだってあることなのだ(聞いてまわったわけでは無いが)。
チームメイトを、しかも男をオカズに使っているということ以外は普通のことなのだ。普通のこと。


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「ね〜、室ちん、起きてる?」

その夜は特別だった。
特別といっても、眠れないのは相変わらずで。そして俺は相変わらずさっさと自分を慰めて寝てしまおうと思っていたところで。
ただ違ったのは、そのオカズにしようとしていた人物が急に自分の部屋を訪ねてきたこと。
別に部屋を訪ねてくることはしょっちゅうで、珍しいことでもない。なんやかんやと適当な理由をつけて俺の部屋にやってきて居座るアツシのことを疎ましいなどと思ったことは一度もなかった。
ただ、こんな遅い時間。消灯時間を過ぎてからやってきたのは初めてだったのだ。

「どうしたの、アツシ」
「ん〜〜なんか、眠れなくて」

いつものようにもさもさと何かを貪りながら(そんなもの食べてるから眠れないんじゃないかと思う)、当然のように部屋に上がり込んできた彼を追い返せるわけもなく。
いや、追い返そうと思えばそうできたのかもしれないけれど、眠れないと呟くアツシはいつもよりもなんとなく弱々しく見えたからそうできなかったんだと思う。
それに眠れない、というのはまさに自分も感じていることなので。なにかしらシンパシーを感じてしまったのかもしれない。

「眠れないって…なにか悩み事でもあるのか?」

周りにバレないようにそっと中に招き入れて、いつもより小さな声で問いかける。
同じ練習量をこなしているのだから、当然アツシだって疲れている、のに眠れないというのはやはりなにかしらがあるのだろう(俺みたいに)。
それを話してくれるかくれないかは分からないけれど、こうやって俺の部屋に来てくれたということは何かを望んでいるということなのだ。それがなんだかほんの少しの愉悦を俺に与えた。

「わかんない〜、んだけど最近さ〜」
「最近?」
「抜いてもなかなか寝れなくて、ってか抜くのにもあんまりこーふんしなくて困ってんだよねえ」

アツシといわゆるシモ的な話はしたことがある、あることはあるが。
こういう直接的なことを言われたのは初めてのことであって。俺はポーカーフェイスを装いながらも、驚きとそして僅かな興奮で早鐘を打ち始めた鼓動は隠せそうになかった。
アツシが自慰をしているという言葉。現実としてそんなの普通にあったであろうこと(想像だって時々していたこと)、しかしそれを直接本人の口から聞くというのはかなりの衝撃をもたらしたのだ。
だからいくら表情は隠せても間を隠すことはできなくて、案の定アツシからはからかうような怪しむような言葉が返される。

「あ、引いた〜?」
「いや、別に…使ってるものに飽きたとかじゃないのか、普通に」
「オカズ?時々先輩とかから借りるけど〜でもなんかいまいちなんだよね」

それは若くして枯れはじめてるんじゃなかろうか、という言葉は飲み込んでおく。
はあ、となんだか物憂げに(と言っても相変わらず何かもぐもぐと頬張っていて本当に悩んでいるのか怪しいが)ため息を吐くアツシとは裏腹に、俺の下腹部はじりじりと熱を訴え始めていて。
それはそうだ。いつも妄想の中で熱をぶつける相手にこんなことを相談されて普通でいられる方がおかしいというものだ。

「てかさぁ、室ちんはオナニーとかすんの?」

そして唐突に投げかけられた言葉に、俺はもはや硬直することしかできなくなり(なんとかポーカーフェイスは保ったままだが)。

「…そりゃ、しないことはないけど」
「ふーん…」

しないことはない、というような少ない回数でないことは自認しているけれど、さすがにそんなことを言えるわけもない。
そしてオカズにするのはまさしく目の前にいる本人だということは、それ以上に。
どうでもよさそうでそれでいて、俺の中を探るようなアツシの返答にも心の奥がぞわりとざわめく。
アツシはぼんやりとしていて、でも聡い奴で。何も思うところが無く俺のところへこんな時間にやってきてこんな話をするなんて多分、無い。

「なんかさあ、前ね、自分でするよりも人の手でやってもらった方がきもちいって聞いたんだけど」
「は?まあそれはそうだろ」

俺だって何が楽しくて自分の手で自分の性器に触れて一人で興奮しなければいけないのかといつも思うのに。
それよりも。じり、と徐々に詰められる距離にじわりとした予感と悪寒が背中を走る。ベッドがぎしりと軋む音が更にそれを加速させた。
アツシの目を見たらそれが確信に変わってしまいそうで視線を下に落とす。
けれど更にぴたりと、それこそお互いの手と手、太ももが触れ合うくらいまでアツシが体を寄せてきて、俺は仕方なくアツシを見上げることしかできなくなって。

「ねえ、室ちん」

俺の瞳を捉えたアツシが掠れた声で囁く。
アツシが何を求めているのかはもう分かってしまった。恐ろしいのはどこまで俺のことを見透かしてしまったのかということだけ。
少なくとも、きっと俺が断れないことくらいは見透かされてしまっているのだろうけど。

「手伝ってほしーんだけど」




いつもだったら一人小さな声を漏らしながら自分のものを扱いているはずだったのにな、と自分のそれよりも一回りほど大きな性器をゆるゆると撫でながら思う。
ベッドの上で男と男が向き合って、しかも片方は下半身を曝け出してもう片方はその性器を扱いている、なんて。客観的に見たら酷く滑稽なんだろう。
それでも俺はその滑稽でどうしようもないその行為にどうしようもなく興奮していた。
俺の手でアツシの性器が硬くなっていくその感覚。手のひらに伝わってくるその熱と、アツシが微かに零す気持よさそうな声と吐息。

「…っは、」
「きもち、いいのか?」

その仕草、声、全てに脳みそが痺れるような感覚を覚えるのだ。そして自覚してしまうのだ。
自分がどれだけアツシに対してどうしようもない感情を抱いていることを。この胸で燻る熱を。
だからこそ酷く虚しくもなる。俺は触れたいという欲望を現実にしようなんて思ったことなかったのに。こんなかたちで現実となってしまうなんて。

「ん、すっげー…慣れてんの?」
「…怒るぞ、アツシ」

誰かの男性器を触るなんて初めてに決まっている。けれど自分の妄想の中では何度だって触って、舐めて、咥えこんで、挙句の果てにはそれを自分の中へと迎え入れて。
ふと昨晩の自慰を思い出して自らの下半身がかっと熱くなってしまう。

「はー…室ちん」

おまけにアツシがとろりと甘い声で、それこそ今までに聞いたことなんてないような蕩けた声で俺の名前を呼んで、肩に頭を預けてくるものだから。
どうしようもなくなって思わず抱きしめてしまいたくなる。全部吐露してしまいたくなる。そして、勘違いしてしまいたくなる。
けれどそんなのは結局幻なのだ。俺はアツシのバスケをしている姿、恵まれた体躯、何もかもに惹かれて焦がれてどうしようもなくてこんな感情に苛まれているのに。俺はというと、アツシに焦がれられるような要素なんて何もない。俺はなんにも持っていない。
こんなのだってただの戯れ。単に性欲を持て余してしまったアツシの、ただの。
だから俺はぎゅっと口を結ぶ。
できるだけ無心になって、ただひたすらアツシの性器を扱くことだけに集中する。

「も、出そう」

耳元でアツシが掠れた声で零す。その声にすらどうしようもなく欲情してしまう自分が情けない。
先走りでいやらしくぬめるその性器を何度も擦って、アツシに快感を与えることだけに集中した。もうさっさと終わらせてしまいたかった。もっと触れていたいという気持ちよりも、ただ。
先端の部分やらをすりすりと擦ってやれば、どくんと手の中のアツシの性器が大きく震える。アツシが小さな呻き声を上げて、それから吐き出される白濁。あっという間にアツシの精液にまみれてしまった手。

「は〜〜〜なんか久々すっきりした」

肩にのっそりと体重を預けてくるアツシ。ずしりとかかってくる重さ、でも振り払う気になんてなれなくて俺はそのままの格好のままティッシュで手のぬめりを拭ってしまう。
それでもまだあの感触全てが生々しく残っていて、体中が熱い。しかしそれはまるで夢のように現実味が無い。
眠そうにあくびをするアツシをぼんやりと眺めながら、とても今更でそして人のことなど言えないことを聞いてみる。

「というか、お前男相手によく興奮できるな」
「だって室ちんはなんかきれーだし」

適当に返されたアツシの言葉。けれどそれは俺にとって僅かな救いとそして微かな絶望をもたらす。
ああ、アツシの目にもちゃんと俺は映っていたのか、と。俺みたいに熱情だとか焦がれる感情なんてなくても、ちゃんと。
けれどやはりそれはただ単に綺麗だから、という理由でしかなくて。ただそれだけが少しだけ悲しかった、分かっていても。結局俺はお前の隣になんて立てやしないのだ(バスケでも、情愛という感情についてはそれ以上に)。

「つーかそれは室ちんだって同じでしょ。しかもさあ、触られてもいないのに」

アツシの手が俺の股間へとそろりと伸びてきて、脳みそがばちりと音をたてたような錯覚を覚えた。再び。
見なくとも分かる、痛いほどに膨れ上がってズボンを押し上げる自分の性器。今までアツシの性器に直に触れて、吐息を感じていたのだから当たり前だ。
隠し通せるとは思っていなかったけれど、アツシがこんな風に触れてくるなんて思ってもいなくてびくりと肩が震える。
だめだ、これ以上は。

「オレは、いいよ」
「え〜、せっかくだし室ちんのもしてあげるってば」

ただの気まぐれか、それとも全て見通してしまった上で言っているのか(せめて前者であって欲しい)。
拒まなくてはいけないという理性と全て暴かれてしまいたいという欲求が拮抗する。けれど期待なんてしてはいけない。
しかし結局圧倒的な欲望の前では理性なんて脆いものなのだ。毎晩描いていた情景、夢にまで見ていた光景。
アツシの指がするりと俺のズボンの縁にかかった時点で、もう抵抗するための理性なんて残っていなかった。



「ぅ、あ、あ…」
「きもちーの?室ちん」

先程よりも少し近い距離。今度はアツシが俺の性器を不器用に扱く。
あまり丁寧とは言い難い触れ方。でもアツシの手は瞼の裏に描いていたよりももっと大きくて熱くて、その手が俺のそこに触れていると考えるだけであっという間に達してしまいそうになる。
大きな指が先端を擦るたびに体から力が抜けていって。そんな俺をアツシは優しく抱きとめてくれるものだから自分に都合のいい勘違いをしそうになってしまう。
目の前がくらくらして頭はぼんやりして、これは本当に現実なのか分からなくなる。もしかしたらいつも描くただの妄想の続きなのではないかと。
でも、アツシの声と行動が俺を現実へと引き戻す。

「ごめん、なんかオレまた勃ってきた〜」

ぼんやりと見やると確かにアツシのそこはまた大きく反り返っていて明らかな興奮を訴えていた。
俺の姿を見て興奮したのかと思うと、ぐちゃぐちゃに爛れた歓びみたいなのが押し寄せてきてそれに自己嫌悪してしまう。
さてそれをどうするのかと思えば、アツシは俺をぐいと抱き寄せて膝に乗せお互いの勃起した性器をひたりとくっつけてきた。困惑と、驚きと、そしてそれ以上に痺れるような快感が体中を走った。
俺のよりもだいぶ大きな性器が直に自分のそれに触れる感覚。さっきまで自らの手で触れていた熱い塊。でも触れるのとはまた全く違う感触、押し付けられるその熱さに太もものあたりがひくひくと震える。
そしてそこにアツシの手が再び重ねられて。

「これなら二人ともきもちーでしょ」

お互いのものを片手で包んで、そしてまたゆるゆると扱き出した。
絶頂に追い詰めるような鋭いものとはまだほど遠い緩やかな刺激。でもそれでも俺の性器は既に限界を訴えだしていて。
だって仕方がない。今まで何度も妄想して自分で触れていたそんなものとは比べ物にならないくらいの快感。
なんで、こんなことになってしまったのかなんて今更考える余裕もない。

「ぁ、はぁっ、っ、あ、」
「室ちんえっろ…、もーイきそーなの?」
「も、やば、いから、離して」
「え〜いいよ、このままイって」

掠れたアツシの声が耳元で響く。
お互いの先走りで濡れた先端を指先で弄る。
興奮した様子のアツシがゆらゆらと腰を揺らして手の動きも速くなる。
堪えられるわけなんてなかった。

「っは、ぁ、あ…」

自分でした時とは比べ物にならないくらいの絶頂。体中から力が抜けていく。
そのまま俺はアツシの手のひらのなかに精液を吐き出して、アツシもまた同じように小さく体を震わせて更に俺達の性器は白濁でどろどろになってしまった。
俺はそのままベッドに倒れこんで、うわーやばーとか言いながらティッシュで手やらなにやらを拭うアツシの背中をぼんやりと見つめた。
そしてもしも恋人同士であったのならば、とそんなことを考えてみたりして自己嫌悪に陥る。
そんなもの望んでいなかったはずなのにこうして触れ合ってしまえば求めてしまうのだ。その先の感情を。否応なしに。
静かに燻る心の海に、アツシは簡単にまた言葉を投げてまた新しく波紋をつくる。

「これからはふたりでしようね、室ちん」

へにゃりと向けられる無邪気な(本当なのか演技なのかどうかなんて分からない)笑顔。
恐ろしかった、全てが(もしもこの熱情が見透かされているのならば何故こんなことをするのか、知られていないのであればこんなことを続けようと簡単に言ってのけるアツシが、そしてそれ以上の感情を求めてしまう自分自身が)。
でも、それでもその悪魔のような囁きに、俺は首を横に振ることなんてできなかった。




全く祝ってないにも程があらぁ!って感じですが
アツシくんおめでとうございます。




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