残像伝う欲求浮薄の独占*あまやかなあめのひ視線と葛藤



残像


ちょっとだけ緑赤前提


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ああこれがはじめてじゃないんだな、ってことはすぐわかった。
キスする時にそっと顎に触れてくる仕草とか、眼鏡を外すタイミング、とか。



「真ちゃん」

強請るように名前を呼べばいつもと同じ仏頂面でこちらを向いた。
眼鏡はしていない。けどこの距離ならさすがに見えるんだろう。
言葉を返す代わりに真ちゃんは俺の頭を撫でた。いつもボールを放つその大きな掌で。さすがに今はテーピングは外していて、直にその皮膚が触れる。
顔を上げるとその手は頬に滑った。

「ん」

目を瞑ってわざとらしく唇を突き出せば、真ちゃんは小さく溜め息を吐きながらも求めるものを返してくれる。その天邪鬼さが好きだ。
真ちゃんは左手で器用に俺の頬を傾けながら、ゆるゆると何度か浅くキスを繰り返す。その仕草が気持ちよくて、好きで、そして嫌いだった。

本当なら、気づかなくて済むことだったのにな。
キスの合間に小さく息を吐きながら、ぼんやり思う。
彼は賢いように見えて実は天然でどこか抜けているところがあって、でもやはり莫迦ではなくて。
それは真ちゃんなりに隠すべきものだと思っているようだった。
真ちゃんにとって、俺が初めて付き合う人間ではない、ということ。
その本意はわからない。俺を気遣っているのか、忘れたいと思っていることなのか、それとも。
一瞬、自分の中で一番恐れている可能性が頭をよぎって、振り払うように舌を伸ばした。
とにかく、不自然な素振りなど一度も見せたことなかったのだ。きっと、普通の人ならば気づくことなんてない。
けれど生憎、俺の目は思っていた以上に高性能だったようで。彼に関することに関しては殊更。
初めてキスしたときには、ああ、これが初めてなわけじゃないんだな、とすぐに気づいた。だって初めてというにはあまりにも手馴れていて。
でも真ちゃんは何も言わなかったから、何も聞かなかった。きっと普通に”お付き合い”をしたことくらいあるのだろうと、そう思ったから。
それだけで済めばよかったのに。
準決勝戦のその日、真ちゃんの目に浮かんでいたのは勝利への渇望と、それだけではなかったことに、気づいてしまった。見えてしまった。
奥底にじりじりと点ったままの、熱の塊のようなもの。その熱はじっと、真ちゃんの見つめる相手、ただ一人に向けられていて。
分かってしまったのだ。

ああ、彼の、相手は、今でも彼の心の一部を捉え続けている、目の前の、この。

「高尾?」

薄く目を開ければ真ちゃんがどことなく不安そうな顔で見つめていた。
表情に現れてしまっていたのか、何か聞きたそうで、でも俺は話す気なんてなくて、黙ってそのまま再び唇を重ねる。そのまま、もっかい、と強請る。
頬に寄せられた手は熱い。この手が昔誰に触れていたか、なんて考えられなくなるくらい、激しく揺さぶってほしい。黒く淀んだ感情を吹き飛ばしてほしかった。

もう今は、この手は俺だけのものだ。
言い聞かせるようにその左手を掴んで、ぎゅっと強く瞳をとじた。






伝う欲求



背中をゆっくりと這う大きな手の感触を味わえるのは俺だけの特権だ。俺より幾分も大きな手のひら。じわりじわりと味わうように蠢くその。
言葉や態度はいつも分かりにくい。真ちゃんは誤解されるのを厭わない人間で、人から向けられる感情だって多分気にもとめない。だから歯に衣着せたりお世辞を言ったり、そういうのにはさっぱりお目にかからない。
それでいて意外と照れ屋で嬉しいことは正直に出せない。
だから冷たいだとか変だとか、そういう風に捉えられてしまうことが多々あるのは仕方のないことなのだと思う。真ちゃんが気にしていないからいいのだけれど、俺は少しだけ悔しく感じることもある(そして若干の優越も感じたりする)。
けれどその分非常に正直なものがある。この腕とか唇とか手、指、特に手のひら。
日頃から手に気を遣っているからなのかそれとも3Pシューターはそもそも指の動きから違うからなのかなんなのか、真ちゃんの手はその体躯に似合わず非常に繊細に動く。
機嫌が悪い時には指先に小さく力が篭ってぎこちなく、表情には決して出さないけれど眠いときはとろんとまどろむように。
だから俺は真ちゃんに触れて、応えるように伸ばされる真ちゃんの手を求める。真ちゃんの心を見るために。
ただの自惚れかもしれないけれど、しかしそれは俺の中で確信として在るのだ。

そして今みたいにむらむらしてる時の触り方は、非常にわかりやすい。

「んっ、んぐ、ぅ」

不意に首を撫でられて、ひゅ、と息を吸おうとしてでも唇は塞がれてしまっているから喉の奥辺りで詰まって変な声が出た。
なおも執拗にうなじをくすぐる指のせいで呼吸をするのが困難になって、一旦無理やり唇から逃れてみれば不満そうにその指は頬に滑る。

「鍛え方が足りないのだよ」
「いやいやムリっしょこれは」

軽く笑ってみせるけれど、真ちゃんが焦れているのは知っている。微かに震える指の先が熱い。
仕方ないからさっさと息を整えてやってこちらから唇を重ねる、と、ぐいと引き寄せられて再び舌がねじ込まれる。
ほんと表情にはさっぱり出さないくせして。滑った水音が口の中で響くのを感じながら呼吸が乱れないように必死で息を吸って吐く。
多分今真ちゃんの頭の中は俺のことをめちゃくちゃに犯す妄想でいっぱいになってるんだろうな。頬に足に滑らされる手のひらの熱と動きを、真ちゃんの性欲の昂ぶりを感じて脳がちりちりと興奮で焼けそうになる。
俺はそれに応えるしかない。いや応えたくて仕方がないのだ。だってこれを知ってるのは俺だけ、俺だけ。
性急に太ももに這わされる手のひらに自分のそれを重ねて、真ちゃんの望むようにそのままその手を滑らせた。

この手のひらの大きさも温度も伝える感情も知ってるのは俺だけ、ぜんぶ。






浮薄の独占


蒸し暑い。シャツの下にじわりと滲む汗が気持ち悪い。
どうしてこう梅雨の暑さというのは不快になる汗をかくのだろうか。部活中はどんなに暑くても汗をかいてもそんなこと思わないのに。
こめかみからじわりと汗が垂れてきて目に入りそうになる。しかしそれを指で掬うこともできないので、仕方なしに目の前の緑色の髪にぐいと押し付けるようにしてそれを拭った。
何故なら俺の両腕はただひたすら落ちないようにとしがみつくことに全力を注いでいるので。

「真ちゃん、あつい…」
「辛抱しろ」

そう返す真ちゃんの目尻やら頬やらにも大粒の汗が滑っていくけれど、真ちゃんもそれを拭うことはできなかった。何故なら彼の両手は俺の尻と太股あたりをがっしりと支えているので。
仕方なしにちゅ、と唇を寄せて舐めとってやる。しょっぱい。
こんな場所でこんなことして熱中症になったらどうするんだろうな、と既にぼんやりしてきた頭でふと思う。じめじめと蒸し暑い視聴覚室の一角。教室に戻れば退屈な授業と引き換えに涼しいクーラーが待っているのに。
ああそういえば授業、とっくの昔にチャイムは鳴ってしまっているから俺も真ちゃんもサボリだ。二人分空いた席のことを考えて、あー目立つだろうなーとか他人ごとみたいに思った。

「ん、っ、てか、いいのかよ」
「何がだ」
「サボリ」

からかうみたいに聞いてみれば、至極どうでもいいというようにふんと鼻を鳴らした。
全くこれが普段真面目で通っている奴の態度か。そもそも俺をここに連れ込んだのも真ちゃんでこんな妙な格好でセックスに持ち込んだのも真ちゃん。真面目なフリして結構どうしようもないよなあと今更ながらに思う。
しかしまあ、それでも品行方正成績優秀な彼は先生方の中ではやはり”真面目”な緑間であるので。きっと保健室か何かだと思われて俺は普通にサボリ扱いされるんだろうなーと思うとちょっと理不尽に感じた。まあ普段の行いのせいなのだが。

「むっつりすけべ」
「うるさいぞ高尾」

なおもからかってみれば黙れと言わんばかりに口を塞がれる。触れ合う粘膜の熱さと、そして脳を揺さぶる快楽にまた汗がじわりと滲んだ。
そして再開されるゆっくりとした抽挿。激しくは無いけれどいつもよりも奥深くに入ってくるせいで穿たれる度に全身痺れるような快楽が走る。
足をがくがくと震わせながら必死にすがりつくと、今度は満足そうにふんと笑った。
ああまた意地の悪いやらしい顔。

汗で張り付くシャツもじめじめとした暑さも不快で仕方ないけれどこの不真面目でどうしようもない彼を見られるのは自分だけなのだ。優越感にも似たこの感覚。彼をこんな風にできるのは俺だけ。
そう思うともうサボりやら何やらはどうでもよくなって、脳も体も麻痺したようにただ目の前の快楽だけを求めるだけなのだった。






あまやかなあめのひ


雨は嫌いだった。特に梅雨時期。

「うー…」
「まだ起きていたのか」

体質のせいか、昔から雨の日は頭痛に襲われることが多かった。
小さい頃はまだ体も小さくて痛みにも弱くて、雨の降る日は痛みの辛さに耐え切れずぐすぐす泣いてばかりだったような気がする。さすがに今はそんなことは無いけれど。
そんな昔よりはだいぶマシになったけれど、それでもやはり体質というのは簡単に変わってくれるものではなく。
今でもこうして雨が降るこの時期は、週に何度かは座っているのもきついくらいの頭痛に襲われるのだった。
それで今日もこうして保健室を借りているのだけれど。

「とっとと寝ないと治るものも治らないのだよ」
「まだ薬効かねーんだよー…」

絞りだすように愚痴ると真ちゃんが頭をそおっと撫でてくれる。壊れ物を扱うように。心配そうに触れてくれるその大きな手が非常に好きで、俺はつい甘えてしまう。もっととねだってその手を欲しがる。
しかしそれはきっと許されていることなのだ。こうやって甘えるのも、痛いいたいと弱音を吐くのも。
何故ならいつだって真ちゃんは来てくれるから。いつもこうやって俺がふらふらと保健室に向かうときはついてきてくれる。俺が何も言わずに席をたっても、なんとなく誤魔化した時だって見破って、いつも。
特に心配そうな言葉などかけてはくれない、けれどいつだって一緒に来てくれるし、保健室の先生がいないときはこうやってこっそりと俺のことを甘やかしてくれる。
それが非常に心地よかった。頭の痛みなど忘れてしまえるくらいに。

「お前がいないと部活がつまらんのだよ」

ゆったりと目を閉じればいつも通りの口調でいつも通りの偉そうな言葉。
しかしそれは俺にとっては映画の甘い言葉なんかよりもよっぽど胸に優しく溶けるような響きだ。
甘やかされて、必要とされて、果たして恋人としてこんなに幸せなことなど他に存在するのだろうかと。

「放課後までに良くなれ、高尾」
「ん…」

雨の日が嫌いだった。特に梅雨時期、毎日のように頭痛に襲われるこの時期。
けれどこんな風に彼が甘やかしてくれるのなら、甘えることを許してくれるのなら。
梅雨明けが少しだけ長引いてくれてもいい、そんな風に思った。






視線と葛藤


気づいて、気づかないで。

まっすぐと前だけを見つめるその瞳が好きだ。試合中とか休み時間並んで歩くときとか、ちらりとその横顔を見上げるたびにいつも思う。
その柔らかそうな睫毛に触れてみたい、瞼に唇を寄せてみたい。沸き上がってくる欲望と胸が締め付けられるようでそれでいてとろけるように甘い胸焼け。
けれど、その瞳に見つめ返されるのは酷く嫌いだった。いや違う、恐ろしかった。

「高尾」

前はこんな風に俺に視線を送るなんて少なかったのにな、とできるだけ自然にその顔を逸らしながら思う(見ないで、こっちを見ないで)。
その横顔が好きで、瞳が好きで、ずっと見つめていたいほどで。でもその瞳が俺を捉えることが、その目に俺が映ることは酷く怖い。
見透かされそうで怖かった。その綺麗な瞳に。どろどろとしたこの欲望、抱いている劣情、ぜんぶ。
真ちゃんにとって俺はただの相棒で、いや、”ただの”というのは欲張り過ぎだ。相棒としてここにいさせてもらっていて、真ちゃんはそういう風に俺のことを信頼してくれていて。
なのに俺が真ちゃんのことをそういう意味で好きなんだって知ったら、…知ったら?
その先は考えるのが恐ろしくて、いつも俺は蓋をするのだ。そして真ちゃんの視線からも目を逸らす、背ける。

「おい、高尾、聞いているのか」

それなのに、こうやって無理に視線を合わせてくるから、俺の肩を掴んで無理やり視線を合わせてくるから。
だから、怖くて、でもそれと同時に心臓がふわりと浮くように嬉しくなって勝手な期待で脳が興奮状態になって目を逸らすことなんてできなくなって。
どうか気づいてほしいと願ってしまうのだ。俺のこの気持ち全部見透かして、そしてそれを優しく受け入れてほしいと思ってしまう。
その綺麗な瞳に俺だけを映して好きだと言ってほしい。ああ、でも。

「はいはい聞いてますよーっと」

臆病な俺は蓋をする。一瞬目を閉じて、沈めて、鎮めて、逸らして。何事もなかったように返事をするのだ。今日も。

どうか、どうか(気づかないで)(気づいて)。



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