過ぎし日のあおはる1





誤解の無いよう初めに言っておくがこれは不可抗力だ。決して家主の居ぬ間にこっそり家探しなどという卑劣なことをしたわけではない、決してない。
確かに恋人の部屋というものは何度来ても興味をそそるものである。普段彼が過ごす部屋、何を見てどのように過ごすのかその色々を垣間見てしまいたくなる気持ちは隠しきれるものではない。
しかし彼はそういうことを酷く嫌うのは知っている人間で。いくら恋人といえどプライベートに容易に踏み込むような真似をすれば苦虫でも噛み潰したような顔で見下ろされるのは目に見えている(それくらいならまだいいが本当に彼を怒らせてしまうことだって)。だからそんなことをしたことは断じてないのだ。
そう、だからこれも決してわざとではなかったのだ。
偶然にも見つけてしまったそれをそっと引っ張りだしてしまったのは…まあ好奇心に負けてしまったからだということは否めないのだが。

やたらピンクと肌色な表紙の、いわゆる”アレ”な雑誌を手にしながら高尾はそっと溜息を吐いた。

「(なーんだかんだ言って…)」

緑間も男だったのか、と高尾は思う。いや、今まで何度も緑間の男の象徴であるものを咥えたりだの触れたりだのその他色々なことを既にしてきているのだから、性別学的にそうであることは既知のことなのだが。
大体緑間が悪いのだ。投げやりに責任転嫁してみる。もっとこういうものはばれないようなところに隠しておくものではないのか。高尾はそれがあった箇所をちらりと見やる。
緑間の部屋にある大きな本棚。なんだか難しげな参考書やら伝記のようなものやらがぎっしりと並べられていて目眩がしそうだといつも思う。
だからそんな本棚になど興味は無くていつもさして注視することなど無かったのだが。
いくら強豪校と言えど定期試験前はさすがにオフで。別に試験勉強などしなくともそれなりの点数を取れるくせに人事を尽くすこの生真面目な恋人の部屋に、邪な気持ちで来たのが運の尽きだったのか。いや単に怠けようとした自分のせいか。
鬼のいぬ間に、もとい緑間が席を外した隙に、とほんの少しの息抜きとばかりにごろりと転がった視線の先。
本棚の一番下、卒業アルバムやら何やらの間に埃を被って押し込まれていたのは…だったのだ。

「(埃被ってたってことは今は見てないってことかねー…)」

見つけてしまったのものは仕方がない、と開き直ってページをはらりとめくってみる。
内容はまあ予想通り。可愛くて胸が大きくて柔らかそうな女の子がいきなりあられもない姿であんあん喘いでいるところから始まって、ぐちゃぐちゃどろどろになって終わり。
正直、こういうのは見飽きてしまっている(と言ってしまうのは未成年としてはおかしいと思うが)ので今更興奮もくそもない、はずなのだが。
じわりと足元から這い上がってくるような昂ぶり。そして徐々に熱く固く始める己の下半身に高尾はさして驚きを覚えもしなかった。
だって彼の脳裏に浮かんでいたのは紙面の美少女の痴態などではなく。

「(中学生の真ちゃん、これで抜いたりとかしたのかなー…)」
もちろんというべきか、この本の持ち主のあの生真面目な恋人のことである。
この埃の被り方からして、きっとこれは中学生くらいのときに貰ったものであろう(緑間がこんなものを買うはずもないから貰い物だということは察しがつく)。
ぞんざいな扱いではあるが、捨てていないということはやはり何度か読んだことがあるのだろうか。あの、緑間が。

高尾はぺらりとページをめくって、内股を軽く擦り合わせる。熱い。
思い浮かべるのは中学生のときのまだ幼い彼の顔。前に少しだけ見せてもらったアルバムやら遠く悔しい記憶やらを探って、今よりも幼い彼のイメージを脳内につくり上げる。
ああその彼は、この本を初めて手にとったときどんな表情で、どんな反応をしたのだろうか。羞恥に頬を染めながら怒る幼い緑間を思い浮かべる。そして、それから。
やっぱり興味には勝てずに読んだのだろうか。きっとみんなで読むなんて出来ないだろうから、一人で家に帰ってからこそこそと。家の人に見つからないようにして。
どんどん膨らんでいく妄想は留まることを知らずに、高尾の性器にその興奮を伝えて熱くしていく。自然と足が内もものあたりに伸びる。それで、彼は、どんな風に、

「何を転がっているのだよ、高尾」

ガチャ、というドアノブの音に気がついた時には既に遅し。
内股を擦り合わせその間に手を挟み込みなおかつ片手にはエロ本という非常にどうしようもない格好で緑間を迎えるはめになってしまったのである。
緑間は呆れたように声をかけ、それからまず高尾の手の位置に、それからもう片方の手が開いている雑誌の正体に気づき、目を顰めた。
そして沈黙。

「…えーと、その、トイレ、長かったな?」

耐え切れなくなった高尾がとりあえず雑誌を閉じて行き場のない手を胸の前で合わせてみて、無理に微笑みながら言ってみる。
そこでやっと緑間は開けっ放しだったドアを閉めて、大きなため息をひとつ。

「…とりあえず体を起こすのだよ」



小さな勉強机に向かい合うのは先ほどと同じ。
しかし先程まではあぐらをかきつつだらだらとペンを握っていたのに対し、今は正座。手はきっちりと膝の上。
そしてついさっきまで広げられていたノート類は全て端に追いやられ、机上には高尾がさっき捲っていたピンクな表紙の雑誌が一冊、どんと真ん中に鎮座していた。
昔テストで悪い点数取った時母親にこんなふうに怒られたっけなあと、まるで走馬灯のように思い出しながら高尾は恐る恐る口を開いた。

「いや、あの…これは、ほんとに偶然見つけて…」
「まあ、お前は勝手に人の部屋を漁る人間でもないからそこは信じるとしよう」

ふん、ともう何度目かも分からないため息。しかしため息とともに吐き出されたその言葉は高尾にとっては暗闇に差した一筋の光のようなものであり。
それだけでも信じてくれるということは最も恐れていた軽蔑の感情だけは免れたということだ。
その信頼にじんと心が打たれたものの、しかし事態が変わったかと言えばそんなわけもなく。

「しかし何故それで自慰に耽る必要があるのだよ」

緑間の部屋でいやらしい本を開いていたというのは事実なのだ。しかも非常に誤解を招く格好で。
それにしても自慰とか耽るとかいちいち単語のチョイスに吹き出しそうになってしまうが、そんなことをすれば確実に緑間の眉間の皺が深くなるだけなのは分かりきっているので。高尾は必死に笑いをこらえる。

「し、してないって!ただ、ちょっと、これは…」
「これは、なんなのだよ」

さてどうしたものかと思ったがここで下手な嘘を吐く方が愚策であろう。そもそもとっさにそんな上手い嘘など思い浮かばない。
じいと睨んでくる緑間の視線が痛い。下を向いているので見えないけれども分かる。
白状しなければならないのか、このとんでもなく恥ずかしい理由を。まるで羞恥プレイではないか。全て自分が悪いのだが。
一旦自分を落ち着かせるように深呼吸をしてから、高尾は声を絞り出す。

「あ、あの、これは、中学生の真ちゃん、が、これ見てオナってたのかなー…、とか、想像したら…その、勝手に」

口に出すと余計に恥ずかしい。最後の方はほとんど消えるようなか細い声で吐いた。
頬がじんと熱い。ああそうだ恐怖で先ほどよりだいぶ収まったとは言えど、未だ熱は体内で燻っている。
もぞ、と高尾は物欲しそうに再び内股を擦り合わせて、それから緑間の様子を伺うように視線を上に持ち上げる、と。

「高尾」
「し、しんちゃ、」

未だ視線は鋭いまま、けれど眉間の皺は先程よりもだいぶ緩んだ緑間と目が合った。
軽蔑されただろうか、一瞬ビクンと肩が震えた。けれどすぐに気づく、この目は知っている目だ。火のついた、ような。高尾は更に自分の体の内がじわりと熱くなるのを感じた。
緑間はテーブルを端に片手で押しやってしまって、それから膝の上でぎゅっと握られた高尾の手を取りそのまま引き寄せる。
抵抗する気なんて無いし、むしろそうされたくて来たようなものだけれど、やはりこんな白状をしたあとでは素直に顔なんて見れないし引かれるままに腕の中に飛び込んでいくこともできない。
戸惑いながらも逃げることもできずもだもだとしているうちに、結局ずるずると引っ張られて気がつけば腕の中。
俯いたままの顔も頬を掴まれて無理やり上を向かされる。そして当たり前のように近づいてくる唇と、がぶりと噛み付かれるようなキス。

「ん、んぅ」

強い力で抱き寄せられて性急に舌が絡められて、体中にかっと熱が回った。じわりと今まで足元で燻っていた熱がまるで爆発するかのように。
もう言い訳とか罪悪感とかそんなのがどうでもよくなってしまって。そんなのよりも今は目の前の快楽が欲しくて高尾も夢中でそれに応えた。さっきまでの葛藤が馬鹿らしくなってしまう。
広い肩にそっと手を置いて、それからもどかしくなってしがみつくように腕を回す。自ら体を緑間に預けるように抱きつけば当然膨らんだ股間を相手の太ももあたりに押し付けるようなかたちになってしまって、しかしそんなのはもう今更だ。構わない。

「ふぁ、は、しんちゃ、」
「全く…本当にどうしようもない奴なのだよ、お前は」
「ん、だっ、て…っん」

呆れたような緑間の言葉。しかしその声色には明らかな興奮が滲んでいて、安堵と羞恥と快楽が入り混じったぞくぞくとした震えが高尾の脳を揺らした。
向けられている感情は軽蔑なんかではなく、性的な激情。
理解した時には既に首筋に噛み付かれていて。背中を抱きしめていたはずの手は制服のズボン越しに高尾の尻の割れ目をじわりとなぞっていて。
もうずっと熱くて仕方ないそこに指が触れるだけでもっともっとと勝手に体が欲しがってしまう。

「っあ、や、だめ、だって」
「何が駄目なのだよ。どうせ準備してきたのだろう、高尾」

しかしかたちだけでも抵抗の言葉を口にしてはみたものの、あっさりと躱された上追い打ちのように全て見透かした言葉。
期待していたことまで全てバレていたのかと思うと更に高尾の頬やら耳やらは羞恥でかっと熱くなる。
そしてその熱くなった耳に緑間のぬるく湿った吐息が触れて、高尾は我慢しきれずに欲望を吐露してしまう。もっと熱く滾る場所に触れてほしい。

「は、ぁあ、しんちゃ、こっち、もっと…」

掠れた声、誘うように零して自ら制服のベルトに手をかける。おぼつかない手つきでカチャカチャと苦戦していると、緑間の手がそれを奪ってあっという間に外して下着ごと全て脱がせてしまった。
既に固く勃起した性器が緑間の前に晒される。しかし恥ずかしさよりも何よりも今はただ快楽が欲しい。焦れた体は待つことを許してくれなかった。
再び高尾はおぼつかぬ手つきのまま緑間のシャツに手を伸ばすと、緑間はさっさと自分でボタンを外し始める。
その仕草さえもどかしい。急かすように緑間の首に吸い付けば、シャツをばさりと肩から落とした緑間に抱きしめられる。
痛いほど勃起したそれが緑間の腹部に直に触れて、それだけで脳が痺れるほどの刺激が走った。

「しんちゃ、おねが…」

緑間の下半身にそろりと手を伸ばしながら懇願の言葉を口にする。やわやわと触れた緑間のそこも既に固くなっていて、期待でまだ触れられてもいない後孔が疼くようだった。

「…馬鹿め」

緑間は再び小さくため息を吐く。しかしそれは燻る熱を吐き出すような鎮めるようなもので。今更ここで願われずとも辞める気など毛頭無い。
そもそも恋人の痴態を見て興奮しない男などいないのだ。緑間のような堅物であっても。
もはや足腰も立たぬ状態の高尾を抱え上げる。大人しいままの彼をそっとベッドに放り投げると、緑間は静かに眼鏡を外した。




だらだら長くなってきたので分けました。続きます。





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