ピロートーク・イン・バスルーム
真ちゃんはいつも俺のあとに風呂に入る。
今日はやる気まんまんだなーってときはすぐ分かる。両親の帰りが遅いのを先に言って誘うのはもちろんのことで、俺を部屋に上げながらすぐ風呂場に向かうから(そのへん割とむっつりしてると思う)。
湯船を洗うシャワーの音を遠くに聞きながら、俺は真ちゃんのベッドに顔を埋めながらぼんやり待つ。部活で疲れた体が心地よく眠りに誘おうとする。うとうとと。
でもここで寝てしまったらきっと真ちゃんは起こさない。汗で汚れたままの俺をそのままベッドに寝かし直してそのまま俺と一緒に寝てしまう。何もせずに。だから、意識だけは飛ばさないように真ちゃんを待つ。
そうしてると真ちゃんはすぐに帰ってきて、汚いまま俺の部屋でだらだらするなとか言って(そんなの口実のくせに)俺を風呂に追いやる。いつも。
最初は単純に、いわゆる”先にシャワー浴びてこいよ”みたいなのがあの真ちゃんでもやりたかったのかなーと思って一人湯船の中で溺れそうなほど笑った覚えがある。あんまりにも似合わなさすぎて。
けれどそれは違ったようだった(いや、そういう意図ももしかしたらあったかもしれないけど)。そのわけをぼんやりと知ったのは何度かこういうことをするようになって、俺の体も慣れてきて終わったあとにだらだら喋れるくらいの余裕がでてきた頃。
「高尾、…高尾」
「んあー…?」
さながらレイプ目、乱れた呼吸を整えるように肩で息をしながら応える。
汗とか涙とかでぐっちゃぐちゃになった髪を乱暴にかきあげて見れば、間近に真ちゃんの顔。終わった後にいつも見せる少しだけ不安げな表情。
「しーんちゃーん」
俺はその顔が好きで、力の入らない腕でふにゃふにゃと抱きつきにいく。そうすると真ちゃんは両の腕でしっかりと受け止めてくれて、そのまま女の子にするみたいに抱きかかえる。つまりはお姫様抱っこ。
最初こそ抵抗はあったものの、その時点で既にあーだこーだ抗議する余力なんて残されていなかったし、慣れた今となってはこの格好が一番都合がいい。
さすがエース様、俺ごときの体重なんて屁でもないようでしっかりと抱いたまましんと静まった廊下へ。当然お互い服なんて着てないから(真ちゃんはいつの間にかパンツは履いてたけど)肌寒さに震えると、抱く手の力がちょっと強くなる。汗ばんだ肌が触れ合って気持ちいい。
「少し軽くなったな、ちゃんと食べているのか」
「食ってるっつのー」
今ではすっかり真ちゃんが俺の体重計代わりだ。些細な体重変化も見逃してもらえないのはいつもこうやって抱えられているせいか。
あと食ってるのに痩せるのは誰のせいなんだと言いたい。けどそんなこと言ったらこの真面目な男は次から手加減するようになってしまうだろうから、噤んでおく。
一言二言交わすうち、すぐに目的地には着いて。
「すぐ戻るから待っているのだよ」
普段では聞くことのできない甘ったるい言葉とともに、ぬるいお湯をいっぱいに張ったバスタブに俺の体をゆっくりと沈めてくれるのだ。
頭から何度かざばざばとお湯をかけて、犬を洗うみたいにがしがしと頭をかき回した後、真ちゃんは部屋に一旦戻っていく。さっき汚しまくったシーツの片付けにでも行ったんだろう。
ぶっちゃけそんなの後回しでいいからはやく一緒に入りたいのになあといつも思う。まあそういうくそ真面目なところがいいところなんだけど、好きなんだけど。
「あ"ー…」
腹の底から唸るような色気もくそもない声を出して、思い切り手足を伸ばす。風呂が広いって羨ましい。
けれどこの広い風呂に一人で入っているのはあんまり好きじゃない。最初こそはしゃいだものだけれど、もはやこの余白は俺にとっては寂しすぎるものになっていて。
すぐに、と言われてもどうしても待ちきれなくなってしまうのだ。
鈍く痛む腰やら足やらを擦りつつ、未練たらしい感じに真ちゃんの名前を呼んでみる。声が届くようにと開け放たれた扉の向こうに。
「しーんちゃーんーまだー?」
「少しくらい待てないのかお前は」
そんなことを言いつつも、真ちゃんは俺のために手早く片付けて戻ってきてくれる。ほんと素直じゃない。
持っていたものを全部洗濯機に放り込んで、回して、メガネを外して、浴室の扉を後ろ手で閉めて、やっと俺のところへ。
いそいそと真ちゃん用のスペースを空けて、真ちゃんがシャワーを浴びるのを見つめながら待つ。
水も滴るいい男というけれど、普段からかっこいい真ちゃんは余計にかっこいい。メガネが無くてよく見えていないせいか、ちょっと目つきが悪い感じになっているのもまたかっこいい。
「高尾、頭を出せ、洗うぞ」
「んーそんなんあとでいいからさー、はやくこっち」
そう言って水面をばしゃばしゃ叩いて急かせば、真ちゃんはバスタブの空いたスペースにゆっくりと体を沈めるのだ。
いくら広い風呂でも、やっぱり男二人、しかも一人は190超えのでかい男が入ると窮屈になるのは当たり前で。
でも俺はその体をぎゅうと寄せ合うようなこの窮屈な感じが好きなわけだ。
真ちゃんの足の間に自分の体をすっぽり収めて背中をぴたっと真ちゃんの胸から腹にくっつけて。頭は真ちゃんの肩にごつんとぶつけて、それから腰に回される真ちゃんの手を掴んで。ああなんだか俺ものすごく甘やかされてるなーという感じ。
セックスしてる時の激しくてギラギラしてる真ちゃんも好きだけど、行為が終わった後のとんでもなく優しい真ちゃんもすごく好きだ。普段では絶対、俺以外の人間は絶対に見られないような真ちゃん。表情や言葉こそいつもと変わらないものの、触れてくる手も声の温度もいつもとはまるで違う。
だから俺は正直行為中よりも、こんな風に二人でぎゅうぎゅうと風呂に入って、べたべたと甘やかされてる時のほうが好きだったりする。
「真ちゃんの真ちゃん今日もおつかれさまー」
「…下品だぞ高尾」
それからちょっといたずらして怒られてもみたり。
「ぬるくはないか?」
「んーいつも通りちょうどいーぜー」
火照った体に熱すぎるでもなく、かと言って冷めているわけでもなく、眠気を誘うようなうとうととした心地良いぬるさ。真ちゃんの腕と浮力に揺られながら疲れが溶け出て行くような感じ。
そのとろんとした心地のまま、ぼんやりと思い出したことを口にしてみる。
「んぁ、てかさー真ちゃん」
「なんだ」
「真ちゃんっていっつもオレとする前にまた風呂の準備とかしてきてんの?」
気づいたのは割と最近のことだ。
残り湯だったらこんなお湯綺麗なわけないよなーとか。お湯もちょうどいい温度にいっぱい張ってあるしなーとか。タオルとかも全部新しいのにしてあったなーとか。
その日もぐったりと浴槽の縁に顎と腕を預けて、お湯がざばざばと贅沢に溢れるのを聞きながら思ったのだ。真ちゃんのことを待ちながら真ちゃんのことを考えつつ。
これいつもわざわざ洗いなおして風呂周りの準備までしてるのかなあ、と。ああだから俺のことを先に風呂に行かせるのか。
「ああそうだが…やっぱりぬるいのか?」
「んーやーそうじゃなくて、もしかしてー…オレのため?」
別に、俺のためだけってわけでもないだろう。真ちゃんが事後には綺麗な風呂に入りたいだけっていうだけかもしれないし。
けれどなんとなくそういう風に聞いてみたくて、そう聞いてみたのだ。俺の願望というか、もしそうだったらちょっと幸せな感じがするじゃないか。
たったそれだけの行為でも、それが誰のためかということが。
「当たり前だろうそんなこと」
それを真ちゃんは、ふんと鼻を鳴らして至極当然の事のように答えるものだから。
ああ全く、これは俺に対して人事を尽くしているってことなんだろうか。何事にも人事を尽くす真ちゃんらしいといえばらしい。
願った通り、いやそれ以上の答えにじわじわと胸の中から熱くなってくる(中途半端な愛の言葉よりも響くような)。
「あー…なんかのぼせそう」
「ならさっさと洗ってやる」
もちろんぬるいお湯になんかじゃなくて、真ちゃんの言葉になんだけど。
けれど上手く返せる言葉も見つからなくて、だからとりあえずまたも俺を甘やかす優しいエース様のお言葉とご好意に、今夜も甘えまくってやることにした。