三千世界の鴉を殺し、







冬の朝というのはどうしてこうも眠りからの覚醒を頑なに阻むのだろうか。
鳴り出した目覚ましを数秒もしないうちに止めてしまって、氷室はごしごしと目をこする。時刻は6時の15分。
準備を急げばもう少し寝られそうだなあという怠けた欲求をなんとか抑えて、のろのろと起き上がった。ああ既に温かい布団が恋しい。
洗顔と歯磨き、それから寝癖をさっと整えて、古いヒーターで服を暖めながら着替える。じんわりとした暖かさにまた眠気が襲って来てふるふると首を振った。
着替えやらタオルやらを部活用の鞄に詰め込んでちらりと時計を見やる。30分の少し前くらい。
朝食を急がずに摂ったとしてもそんなにかからないから、7時集合の朝練には余裕のはずなのだけれど、氷室の朝にはもうひとつ仕事がある。
小さく嘆息すると氷室はヒーターを消して、同時に訪れるひんやりとした空気に小さく身を震わせながら廊下へ続くドアに手をかけた。

いつ頃からそうなったのかはもはや覚えていないし頼まれた覚えも無いのだが、寝起きの悪いもう一人のエース、紫原の世話をするのは氷室の役目となっていた。
朝起こして着替えさせて、朝練に連れて行く。それがまずは朝の仕事。あとはお菓子の管理をしたり、風呂に連れて行ったりその他諸々。
幼い子どもであればそれはちょっとした手間に過ぎないのだろうが、年の割に、というよりも成人男性の平均よりもかなり大きな紫原の世話となると、それはそれは大変なもので。
眠いと駄々をこねたり意地でも起きないという姿勢を見せられると、無理に起き上がれらせることなど不可能なのだ。少なくとも氷室以外の部員には。
しかし、氷室が起こしに行くと、紫原はちゃんと遅刻せずに朝練にも出てくるのだ。眠そうにぶすっとした顔をしながらも。
紫原は一際氷室に懐いているから、などと先輩たちは思っていることだろう。けれど、その本当の理由は絶対に明かせないな、と氷室は小さく笑った。

「アツシ、入るぞ」

コンコン、と形式だけのノックをしてすっかり手に馴染んでしまった合鍵で鍵を開けた。
その必要もないのにそろりと足音を立てずに部屋に入ってしまうのは何故か癖になってしまっている。
部屋の電気はつけなくてもいい。カーテンを開けると遠くの山に小さく姿を見せ始めた太陽が狭い室内をうっすらと照らしてくれるからだ。
それに反応してベッドの上の巨体がんーというくぐもった声とともに微かに揺れる。起きたかな、と思ったのもつかの間すぐに体に似合わぬすうすうという可愛らしい寝息が聞こえてくる。それはそうだ、こんなことで起きるのなら誰も苦労していない。
氷室はそっとベッド脇に腰掛けて小さく苦笑する。そして毛布から覗く、軽く寝ぐせのついた柔らかな髪をそっと撫でた。

「ほらアツシ。朝だよ、起きないと」

そしてちょっとだけ乱暴にくしゃくしゃとかき混ぜてやる。
穏やかな睡眠の時間を邪魔するそれから逃れるように、紫原はいやいやと首を振る。
けれど氷室はそれを許さずに、口元まで被さっていた毛布を一気にはぎ取ってしまった。

「アツシ、おはよう」
「んー…、あ〜…室ちん…?」

それから額に軽くおはようのキス。それだけで他の誰もが手こずる紫原はあっさりと目を開ける。
他の誰がやっても起きないくせに(と、言ってもキスまでは誰もしないが)、こうやって自分が声をかけて覚醒を促すだけで目を覚ますのは、やっぱり愛の成せる業なのかなあなんて一人で惚気てみる。
そんなことを考えながら再び髪を撫でてやる、と。

「ん…なに室ちんもっかい〜…?」

え?と聞き返す間もなく。大きな手に腕を掴まれ強い力であっさりとベッドの中へ引きずり込まれてしまった。
自分より幾分もたくましい腕の中にすっかり閉じ込められてしまって、身動きができない。おまけにごろりと下敷きにされてしまったものだからかなり重くて窮屈で。
ふざけているのかと思いきや、聞こえてくるのは先ほどと同じすうすうという寝息。

「あ、ツシ…、こら、起きろ」

どうやら今朝の紫原はいつも異常に寝起きが悪かったようで。まだ寝ぼけているようだった。
まあ、原因は分かりきっているのだけれど。昨晩のことをぼんやりと思い出す。においと、汗と、溶けるような熱。その余韻と触れる体温が氷室の体をじんわりと熱くした。
そこではっと我に返る。朝っぱらから何を考えているんだ自分は。

「朝練、遅刻しちゃうだろ」
「んー、ん…」

頬をむにむにと摘んでみるけれど、紫原は小さく唸るだけで。腕の力すら緩みはしない。
このまま起き上がらせるなんて不可能だし、そもそも下敷きにされているせいで身動きもとれない。
それでもなんとか抜けだそうともぞもぞ動いたりしていると、不意に紫原が更にぎゅうと強く抱きついてきた。
ちょうど、その拍子に、

「アツ、っん!」

服越しに、紫原の股の間が氷室のそこに重なり、押し付けられた。
一体どんな夢を見ているのか(寝言から察するにきっと昨晩のことなのだろうが)、紫原のそこは今にも破裂しそうな程に熱く硬く、膨れ上がっていて。
急にそんなものが敏感な箇所に押し当てられたものだから、氷室は思わずびくりと震えて甘い声を上げてしまった。

「おき、ろ、って、…ぁ、っ」
「んん…」

とりあえず少しだけでも位置をずらすことが出来ないかと、覆いかぶさってくるその巨体を押し返してはみるものの微動だにしない。するわけがない。
狸寝入りなのではないかと疑ってしまいたくなるほどの力でぎゅうと抱きしめられているせいで。
それどころか自分が体を動かしてしまったせいで、重なる部分が緩く擦れて刺激を生み、じわりじわりと自分のそこも熱を集め始めてしまった。

「あつ、し…、」

こんなことをしている場合ではない。
口ではそう言って脳もそう考えて行動しているはずなのに、やはり体だけは正直で。
押しのけようとする腕からは少しずつ力が抜け、逃げようとしていた腰はだんだんと自分から擦り寄せるように動き始める。
固くなったお互いのものが服越しに触れる感覚が、ついには理性さえもとろりと溶かしていってしまって。
吐き出される息が熱い。徐々に荒さも増していく。
紫原はすやすやと幸せそうに寝息をたてているのに(と言っても股間は固くしたままだが)、一人でこんな風になっているなんてまるで自慰でもしているみたいじゃないかと思う。紫原の体を使って。
そう思った瞬間に羞恥がかっと氷室を襲う、が気づいた所でもうどうにかできる段階でもない。
とりあえず紫原が起きてしまう前に、自分だけでもなんとか鎮めてしまわないと。まずはそれからだ。
強く速く鳴る鼓動を緩めるために、ゆっくりゆっくり息を吐く。目を瞑って下半身から意識を逸らす。耳をくすぐる小さな寝息も気づかぬふり。
しかし、その焦りがまた鼓動を速めてしまう。ああ、早くしないと、

「ん、ん〜…?むろちん…?」

どうしてこうもいいタイミングで目を覚ましてしまうのか。
紫原の声にびくりと震えて目を開けると、眼前にはぱちぱちと瞬きを繰り返す紫原のぼんやりとした顔。
既に下半身の違和感には気づいたのか、すり、とわざと腰を擦り寄せながら氷室の顔を覗きこんでくる。

「ねー…これ、
「先に言っておくけど、」

口を開いて言葉を紡いた紫原に、氷室は言葉を被せる。

「全部お前がしたことだからな」
「そーなの?」

納得したのかしていないのか、紫原はごしごしと目をこする。もうすっかり目は覚めたようだ。
いや、そんなことはこの際どうでもいいのだ。だって、どっちにしたってどうせ、

「ま〜お互いこれじゃ部活行けないよね〜」

こうなることは目に見えていたのだから。
腰に手を回され首に唇を当てられて、氷室は諦めたように溜息を吐く。
ちらりと横目で時計を見やると時刻は既に50分を回っていた。ああこれじゃどっちにしろ間に合わない。

「どうせならゆっくり過ごそうよ、室ちん」

ふにゃふにゃと、まるで甘い砂糖菓子を口移しするように唇を重ねながら囁く。
ほんの、たったそれだけで氷室の最後の理性は脆くも崩れ去っていってしまって。
ただそこに残ったのはこのまま本能に委ねて快楽を貪ってしまいたいという欲求のみ。

「…後で、朝練ぶんの練習付き合ってもらうからな」
「室ちんにそれだけの体力が残ってたらね〜」

強く抱きしめてきた腕からは解放されたけれど、もう既にそこから抜け出す気などさらさらない。むしろ、今度は自分が紫原の大きな背中に腕を回す番だ。
余裕そうに笑う紫原の唇を誘うようにべろりと舐めてやって、あとはただ紫原の大きな手がジャージに侵入してくるのをじんわりとほてった体で迎え入れた。

さっきはああ言ったけれど、終わったあとは二人でぼんやり朝寝でも楽しもうかと思いながら。









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