give me some more!






「室ちんってさ、ちゅーあんまり好きじゃないの?」

なんの脈絡もなく、唐突に投げかけられた言葉。その言葉に氷室は目を丸くして紫原を見つめ返すことしかできなかった。
はて、なにかその言葉が出るに至ったきっかけがあっただろうか。つい先ほどまでの記憶を辿ってみるけれど心当たりはない。

「えっと…どうしたの突然」

だから氷室はそう答えることしかできなかった。
まるで倦怠期のカップルとか、付き合い始めのぎこちない恋人同士のような言葉ではないか。だけど自分たちはそのどちらにも当てはまらない、はずだ。
だって先程まで体を繋げていたわけだし、今も二人で裸のままだらだらとベッドに転がっているわけだし。
当然、キスだって先程何度もしたのだし。飽きるほど。
やはりそんな言葉が紫原の口から出てくる理由が分からない。

「なにか不満でもあった?」

そっと体を起こすと既に限界重量に達しているベッドが鈍い音を立てる。
氷室が首を傾げながらあやすように紫原の前髪のあたりを撫でると、くすぐったそうに紫原はきゅ、と目を瞑って答えた。

「んんー…なんか、なんとなく」

のだが、それは到底答えになどなっていない答えで。
氷室は小さく笑みを浮かべつつも嘆息する。
紫原の言葉はいつも曖昧で適当で、上手く汲み取るのは根気と読解力がいるとか先輩が言っていたっけ。
しかしちゃんと耳を傾けて促してやれば、いつだって言いたいことは見えてくる。分かりたいから耳を傾ける。分かるまでちゃんと聞く。
それはきっと他の人とは違った感情を持って紫原に接しているからできることなのだろうけど。

「それじゃよくわかんないなあ」

くしゃくしゃと前髪を混ぜてやると、紫原は薄目を開けて少し嫌そうな顔をした。
それでもその手を払いのけようとしないのはきっと彼なりの愛情表現なのだと思う。受け入れるという愛情表現。
しばらくそのまま紫原の言葉を待っていると、あーとかうーとか悩むような声を発しながら紫原は答えを発した。
拙い言葉を拾い集めるように話す紫原に応えて、氷室は小さな声にも相槌を打つ。

「んーあのねーなんつーかさー」
「うん」
「室ちんってさ、えっちは好きじゃん。自分から押し倒してくるしー乗っかってくるしー」
「あー…まあ、うん」

紫原の言うことを否定はしない。しないのだが。
やはりこうきっぱりと言い切られてしまうとなんだか恥ずかしいものがある。相槌の声も思わず小さくなってしまう。

「でもそれと比べたらあんまちゅーしてこないなあって思って」

一瞬気の緩んだ氷室の手を捉えてきゅうと握った。甘えるように。
なんとなくだけれど、紫原の伝えたいことは分かった、気がする。
つまり、氷室からのキスが足りない、と。
なんだか遠まわしなおねだりのようで、少し頬が熱くなる。多分紫原はそんなことに気づいていないんだろうけど。

「うーん…そうかなあ」

しかしそれでも氷室は首を傾げた。
だって、そんな心当たりはない。むしろ割と自分はストレートに愛情表現をする方だから、キスだってそれなりに自分からしていると思う。
でも紫原は寝転がったままこくこくと強く頷いて困ったような氷室の目をじいと見つめ返す。

「そーだよー」
「…つまり俺からもっとキスしてほしいってこと?」

からかうようなつもりで言ってみれば、以外にも素直にうん、と頷かれてしまって逆にこっちが照れてしまう。
いつもは、ちげーしとかそんなこと思ってねーしとかそんな否定の言葉ばっかりなのに、こういう時(例えば部活後疲れた体を二人っきりで癒している時だとかくたくたになるまでセックスした後だとか)だけはやたら素直で。そのギャップに氷室は時折困惑と恥ずかしさを覚える。
じっと見つめてくる紫原の目は、眠そうなのに何故か鋭くて強くて胸のあたりがじわりと疼く。

「今ちゅーしてよー室ちんー」

甘えるような声。掴まれた手に紫原の手が絡められる。氷室の指の関節の間にするすると紫原の指が入り込んできて、すっぽりと握りこまれた。
別に、今更キスくらい。氷室はその大きな手を軽く握り返す。応えるように。
空いているもう片方の手は紫原の頬へ。手のひらをぺたりと頬にくっつける。
もう幾度と無く繰り返してきた行為だ。でも、やっぱりこんな風に互いの肌を密に触れさせて視線を絡めると胸が苦しくなるような感覚を覚える(恥ずかしさなのか愛しさなのか)。
目を伏せあつし、と小さく名前を呼んで、ゆっくりと顔を近づけた。

「ん、ん…」

乾いた唇同士をくっつけるだけのキス。一瞬だけ息を止めて、それから鼻で小さく呼吸する。
軽く離して角度を変えてまた唇を押し付けて、甘える子どもを宥めるような優しいキスを繰り返す。今の紫原はそういう風に見えたからだ。
けれどそうではなかったらしい。紫原は氷室の首筋をつつと撫でて、それから氷室の後頭部に手を回し、引き寄せる。
それじゃ足りないよ、と。そう言わんばかりに唇を薄く開けて、ちろちろと氷室の唇を舐める。強請るような誘うようなその感触に、氷室の心臓はど、と音を立てた。

「んぁ、ん、う…」
「んー…」

そんな風にされたら応えないわけにもいかない。
紫原の唾液のせいで湿った唇を開いて、自らの口内に紫原の舌を受け入れる。ぬるりと粘膜が触れ合う感触に背筋がびりびりと痺れた。

「ふぁ、あつ、し…」

キスの合間に小さく名前を呼べば、その声ごと飲み込むようにまた深く口付けられる。
いつの間にか囚われていた手は解かれて、代わりに紫原の大きな手は氷室の細い腰に回されていた。ゆっくりと撫でるような動きがくすぐったい。
そのまま横にごろりと倒されて、再びベッドに上に転がる形になる。
その間にもキスの嵐は止まなくて、分厚い舌は容赦なく氷室の口内をどろどろにかき回した。唾液の絡みあうじゅる、という音が狭い部屋の中にやたら大きく響く。

「ふ、はあっ、アツシ」
「はー…、むろちん」

最後にべろりと氷室の唇を舐めた後、紫原はやっと唇を離した。
しかし唇は離しても相変わらず顔はぴたりと寄せたままで。はあ、という吐息がお互いの唇に触れる。
なんだかかゆいようなくすぐったいような感じがして、氷室は抗議するように紫原の唇をむに、とつまんだ。
けれど紫原はそんなの気にもせず。

「ね、もっかいー」

氷室の細い指を甘噛みしながらまた強請った。
吐息がかかるほど、こんなに近い距離なのだ。したいのなら勝手にすればいいのに、こっちは拒む気などないのだから。
けれど紫原は自分からしようとはせず、再度氷室からのキスを強請る。

「…アツシからすればいいだろ」
「やだ、室ちんからがいい」

少しだけ不機嫌そうにそう言うけれど、紫原が折れる気は無いらしい(元から人の言うことなど聞かない奴だが)。
すり、と氷室の首筋を撫でて、そうしながらも氷室が顔を離さないように緩やかに押さえつける。
氷室は諦めたように小さく嘆息した。

「わがまま…、ん」

目を伏せ唇に触れていた指をするりと顎に移動させ、そのまま少しだけ顔を近づければ簡単に唇はくっついてしまった。
今度は最初から唇を開けて。無防備にさらけ出した舌はあっさりと紫原のそれに捉えられてしまう。
先ほどと同じように、好き放題に紫原の舌が氷室の口内を犯す。まるでキャンディでも味わうように、紫原の舌が歯列をなぞったり舌の裏を舐めたりと余すところなく動きまわる。
おまけに背中のあたりを大きな手でゆっくりと撫でていくものだから、そのたびに痺れるような快感が走って体からはすっかり力が抜けてしまう。
気づかぬうちにまたごろりとひっくり返されて、今度はいつの間にか紫原の下敷きになるような格好。
腰と後頭部を掴まれて更に深く深く奥までかき回される。
じゅるじゅると唾液をかき混ぜながら動く舌の感触に、上手く呼吸ができなくてどんどん息が荒くなる。

「ん、あっ、は、は…っ」

れろーと舌を絡めたまま、氷室の舌ごと引きずり出すようにして紫原はゆっくりと唇を離した。
酸素不足と、そして羞恥と快楽とで荒くなった呼吸をはあはあと整えつつ、氷室はじろりと紫原を睨む。
しかし、やっぱりそんなもの紫原には通じないようだ。
それどころか。

「もっかい」
「だから、したいならアツシからすれば…」

すりすりとおでこを合わせてきて三度目のおねだり。
未だ整わない呼吸を繰り返しながら、ぐいと紫原の顔を押し返して氷室は言う。何故自分からばかりキスをしなければならないのか、したいと言っているのは紫原の方なのに。
ちょっとむっとしながらそう言うと、紫原はにへっと笑って答えた。

「えーだって室ちんからちゅーしてくる時の顔すっごいかわいいんだもん」

目つぶってんーってしてくる時の顔、と紫原は付け加える。
もしかして、その顔をずっと見ていたのか。目を閉じずに。
ほんのりと染まっていた氷室の頬が一気に真っ赤になる。

「…っ、も、しない」
「えーなんでー」

キスもするし、セックスだってする。恥ずかしいところなど今まで何度も見られている。の、だけれど。
なんだかそういう無防備なところをまじまじと見られていたのだと思うと、無性に恥ずかしくて氷室は紫原の視線から逃れるように目を逸らす。ついでに細い腕でぐいぐいと更に紫原の顔を押し返す。
けれど相変わらず頭は掴まれたままだし腰は抱かれたままだし顔は近いままだから、そんなの意味があるわけもなく。

「じゃー今度は室ちんの好きなことしよー」

逸らした視線の先に顔を移されて、ね?と微笑まれる。
これじゃあまるでどちらがわがままを言っているか分かったものではない。なんだか非常に気に食わない。
しかしそんなことを考えている間にも、紫原の手は緩く反応し始めた氷室の下半身を這い始めていて。

「…はあ」

じわじわと熱くなる体と脳に、もうなんだかどうでもよくなってきて。
氷室は今日何度目か分からないため息を吐いて、そっと紫原の背中に手を回す。
その反応に満足したのか、紫原は酷く機嫌が良さそうにまた微笑んで、氷室の首筋にゆっくりと舌を這わせ始めた。
とりあえず、今度からキスするときはアツシが目を瞑ってるのを確認してからにしよう、と。氷室はひっそりと心に誓うのだった。





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