マリオネット1.25


千歳は屋上が好きらしい。
学校でなにやらそういう気分になったときはいつも屋上に引っ張っていかれる。
俺は涼しくて清潔な保健室の方がいいんだけどなあと思いつつも、とりあえず付いていって千歳が飽きるまで色々されて、それから教室とかに戻る。
一緒に屋上を後にすることもあるけれど、千歳はだらだら長時間さぼるらしくて大抵は一人で屋上を出る。

今日は珍しく千歳も教室に戻るみたいだった。
千歳は持ってたタオルで適当に俺と千歳の汗やらなにやらをがしがしと拭って、服の乱れを整えながら立ち上がる。俺もそれに続いてふらふらと立った。
前よりはマシになったけれどやっぱりずきずきする腰を擦りながら、屋上を後にする。

と、階段を前にして千歳がふと立ち止まった。
なんだろう。なにか忘れ物でもしたのかはたまた気が変わって次の授業もさぼることにでもしたのか。
よく分からないから俺も立ち止まって千歳を見上げてみる。そしたら千歳はすごく無表情にこっちを見た。

「ね」

千歳が背中に手を当てて小さく囁く。俺はぴくりと背を震わせた。
こういう読めない表情は一番怖いなあと思う。
憎そうに睨んできたり、怒りに目を吊り上げたりしてるほうがまだ怖くない。何をしてくるかが予想できるから。
でもこういう無表情は何をしようとしてるのか、何を考えてるのかが分からないから予想のしようがない。だから怖い。

「ここから落ちてみてって言ったら、できる?」

だから千歳が言ったその言葉もすごく怖かった。
どうしよう、よく分からない。
俺が憎いのなら分かる、分かるんだけど、千歳はそういう悪意の片鱗も見せないから、怖かった。
楽しんでるような感じも無い。俺が落ちるのを見て楽しいって思うのならまあ分かるんだけど、別にそういう節も見当たらない。

落ちてみたらその真意は分かるんだろうか。
そういう意味の分からない恐怖から逃げたいのもあったし、そもそも俺は千歳の玩具になってるわけだから拒否権はそもそも無いし、とりあえず言われたからやってみることにした。
ちら、と階段の下を見下ろす。見慣れた踊り場。
打ち所悪かったら死ぬかなあ、死なないにしても左腕は折りたくないなあ、なんて思いつつ、前に向かって倒れるように、ふわ、と体を投げた。

数呼吸あとの衝撃に備えてぎゅっと目を閉じたけれど、その衝撃が来る前にがしっと腕を掴まれた。千歳の手。
体は既に放り出されていたから、バランスを崩してがくんと千歳の足元に座り込む。
膝をちょっとだけ強く打ったけれど、たぶん落ちたときの衝撃よりはだいぶマシだろう。
座り込んだまま千歳を見上げてみると、千歳はびっくりした顔をしていた。その顔に俺はびっくりした。なんで驚いてるんだろう。やっぱり分からない。

「…冗談やったとに」

ああなんだ、真意、というかただの冗談だったのか。
意味が分かってちょっとだけほっとする。千歳は無表情で冗談を言うのか。
ふう、とひとつため息をついて立ち上がる。
千歳はまだ驚いたように俺の腕を掴んでいる。掴まれてないほうの手のひらをひらひらと千歳の顔の前で振ってみると千歳ははっとしたように俺の腕を更にぎゅっと握った。いや、離してほしいんだけどな。

「白石」

千歳は俺の腕を掴んだままゆっくり階段を下り始める。
あ、結局授業出るのかな、と思ったら、3年の教室の階を通り過ぎて、そのまま下へ。

「ちょ、どこ行くん」
「保健室」

さっきまで気が済むまでやってたくせに、またなにかスイッチが入ってしまったんだろうか。よく分からないけど。
分かるのは結局次の授業もさぼることになるみたいだということ。
こいつは何をしに学校に来てるんだろうか。勉強とか大丈夫なんだろうか。中学校だから留年は無いだろうけどそれでもやばいだろう、この調子だと。

それにしても腰が痛い。さっきぶつけた膝も微妙に痛い。
まあ次は保健室だし、綺麗だし涼しいし、いっか。終わったらごろごろできるだろうし。
そんなことを思いながらすたすたと前へ進む千歳の背中を眺めた。






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