柔らかな檻



ちょっと二人ともおかしいので注意してください。



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いつもみたいに千歳の家に来て、でも待っていたのはいつもとは違うことだった。

いつもは千歳の家に着いたらちゃぶだいのとこに座布団持ってきてくれてここに座ってって優しく言われるか、それか何も言わずにえろく笑って布団に連れ込まれるか、なのに。
今日は千歳の家の奥にある押入れの中に入れられた。
そして、ここから出ないでね、ってだけ言われて、俺は意味がよく分からなかったけど、千歳がそう言ったから黙って頷いた。
千歳はにっこり笑って、じゃあね、と押入れを閉めて、行ってしまった。
重いドアが閉まる音が遠くでしたから、多分外に出て行ったんだろう。

千歳がいなくなった今俺を待っているのは、暗闇だけだった。
真っ暗闇の中、隙間から少しだけ光が差して、かろうじて自分の姿が分かる。

そういえば携帯も鞄の中だ、今何にも持ってない。
取りに行こうか、って思ったけど、思い出す。
千歳はここから出るなって言った。どうしてなのかは分からないけど、出るなって。
だから出ちゃいけないんだと思う。多分。

押入れの襖に伸ばしかけた手を引っ込めて、ぺたんと座りなおす。
ちょっとずつ目が慣れてきた。押入れの中をぐるっと見回してみる。
押入れの中にはぼろぼろの扇風機がひとつだけ入っていた。
せっかく広い押入れなのに他にいれるものないなんてもったいないなあと思う。
他に何も見るものなんて無いから、押入れの中を見回すのはすぐに飽きてしまった。
寝ようと思ったけど、寝てるときに千歳が帰ってきたら嫌だなあと思ったから、なんとかして起きてることにした。

それにしてもなんで千歳はこんなことしたんだろう。
襖にぺた、と手を触れて考えてみる。
怒ってるのかな、俺何かしたっけ。でも思い当たる節はない。
それに千歳は怒った時は態度に表れるから、怒ってたわけじゃないんだと思う。
そしたらなんでだろう。…分からない。

そもそも千歳の思考を理解しようなんていうのが間違っているのだ。
いつもいつも訳が分からないことする奴なのだから、理解しようだなんて到底無理な話。

無駄なことを考えるのは諦める。
押入れの壁にもたれて、他のことを考えようと頑張ってみる。
千歳は何しに行ったんだろう。どこに行ったんだろう。
いつもみたいに野良猫と遊びに行っちゃったのかな。
それなら俺も一緒に連れて行ってくれればよかったのに。俺も猫と遊ぶの好きだって知ってるくせに。
今日はぽかぽかしていい天気だし、ぶらぶらとお散歩でもしてるのかな。
その辺で寝てたらどうしよう。帰ってきてくれなかったらどうしよう。

そこまで考えて、ぶんぶんと首を振った。
明るいこと、考えよう。

千歳が帰ってきたら、何をしようかな。
とりあえず一緒にご飯が食べたい。千歳のつくってくれる料理はおいしいから。
今日は何をつくってくれるのかな。千歳がつくるのなら何でもいいや。
お風呂はどうしようか。この間千歳は一緒に入りたいって言ってたから、恥ずかしいけど今日は一緒に入ろうかな。
背中も流してあげよう。千歳の背中は大きいから荒い甲斐がある。
狭いからぎゅうぎゅうになって、お風呂のお湯もったいないくらい溢れさせて。

ああ、したいことが山ほどある。

早く、早く帰ってきて千歳。



どのくらい経ったのかはよく分からない。だって時計すら持ってなかったから。
ただぼんやりとした意識の中で、ガシャン、とドアの閉まる音が聞こえて、ああ千歳帰ってきたのかな、なんて思った。

静かな足音がゆっくりとこっちに近づいてきて、俺の胸はどきどきと鳴り出す。
千歳、ちとせちとせちとせ。
出してくれるのかな、ここまで来てくれるのかな。
多分今俺は相当期待した目をしているんだろう。餌の前で待て、をされてる犬みたいに。
じっと押入れの襖を見つめて、その足音がここに来て立ち止まってくれるのを待っている。

千歳の気配が近づいてくる。

そして、やっと、ひらいた。

「ただいま」

久しぶりに浴びた光はまぶしくて、目がちらちらと眩む。
おひさまの光かと思ったけれど、すぐに違うと気づいた。蛍光灯の光だ。
千歳の背に見える夕焼けで、もうそんなに時間が経ってたのかあなんて思う。

そして、千歳の顔。
逆光でぼやけて見づらかったけど、やっと見えてきた。
いつもみたいに優しく笑っている千歳の顔。

やっと会えた。帰ってきてくれてよかった。
今すぐ千歳にぎゅっと抱きつきたかったけど、まだ出ていいって言われてないから、俺はただ千歳の顔を見つめながらじっと待った。

「ね、真っ暗な中で何考えてた?」

千歳が聞くから俺は正直に答えた。

「千歳のこと」
「真っ暗な中でずっと」
「いつ帰ってくるのかなって」
「どうしてこんなことするのかなって」
「千歳は俺のこと嫌いになったのかなって」
「千歳が帰ってきたら、何を言おうかなしようかなって」
「ずっとずっとこの中で、千歳のこと考えながら、待ってたよ」

千歳のことを見つめながら一言ずつ答えると、千歳は何故だかにっこりと笑った。
そして手を差し出す。出ていいってことなのかな。俺はその手を取る。
引かれるまま押入れから出ると、ずっと座ってたせいで足がふらふらする。上手く立てない。
よろめく俺を千歳がそっと支えてくれる。いつもみたいに優しく抱きしめて、頭を撫でてくれる。

嬉しい。やっと千歳に触れた。
ぎゅうぎゅうと抱きしめ返して、千歳の胸に顔を埋める。
千歳はそんな俺の顔を上げさせて、ちゅう、と額に唇を落とす。それから頬と唇。優しく触れていく。

そしていつもみたいに、俺の耳にそっと唇を寄せて囁いてくれた。

「好いとうよ」

結局なんで押入れに入れられたのかはよく分からなかったけど、千歳が嬉しそうに笑うから、俺も釣られてにこりと微笑んだ。




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