こころのなかみときみの景色 薄暗い教室から眺めるコートが好きなのだという。 塾だの受験勉強だので早々と誰もいなくなってしまった教室、消灯されたそこの端の窓から外を眺めて、ぼんやりと白石は佇んでいる。俺が迎えに行くまで、いつも。 白く細い顔に紅の色、憂いを帯びた表情も相まって、恐ろしいほど綺麗だと思った。 顔に感情の色を浮かばせず、その透明な瞳で白石はここから何を思っているのだろうか。 「いつもそこで何考えとっと?」 秋の終わり、冬の足音がだいぶ近づいてきたある寒い日、いつものように外を眺める白石に聞いてみたのだった。 白石は冷えた手を擦りながら振り返る。冷たい外気を伝える窓ガラスにずっと触れていたからだろう、指先は赤く染まっていた。 学校内で触れることを白石は嫌うのだけど、今はそんなこと構わずその手を自らの手で包み込んだ。 「別に…そんな大したこと考えてへんよ」 白石はちょっと驚いたみたいだったけれど、俺の手を振り払うことなく小さく微笑んで答えた。 調子に乗って指を絡めて体を寄せると、こらっと言って俺の指に軽く爪を立てた。 「教えたくなか?」 別に問い詰めるようなつもりはなかった。 ただの戯れ。例えるなら睦言のように言葉でくすぐりあうようなそんな感覚。 体を寄せて顔を覗き込む。 すると白石はちょっと困ったように笑って、そして答えた。 「うーん…なんやろ…」 白石がふっと再び窓の外に目をやったそのとき、白石の目にほんの一瞬感情の色が湧いたのが分かった。 あ、と気づいたときにはもうそれはすぐに消えうせてしまったけれど、でも確かに見えた。 久しぶりに見た、色。 白石がこんな目をするのはすごく、すごく久しぶりだった。 ぎらりと熱く光って、強く強く何かを追い求める目。 何度も見たことがある気がする。最後に見たのはいつだったっけ。 ぼやけた記憶から一生懸命引っ張り出そうとする。 「なんか、な、…あのな」 白石が小さく呟いたのと同時に、思い出した。 あれは最後にコートに立った日。白石が部長として最後に試合をした日。 白石がこの目をしたのはこの日が最後だったと思う。 思えば白石はいつだってテニスをしているときこの燃えるような目をしていた。 熱く目を光らせて、ボールや、コートや相手を見つめていた。 テニスに対する情熱とか使命感とか、そういう白石が抱えてるもの全てが全部あの目に映っていたんだろう。 その澄んだ美しい瞳が映す熱い色に、酷く惹かれたことを今でもすごく覚えている。 そうだあの日以来、もうとんと見ていなかった。 白石の目は相変わらずコートに向けられている。今はもう何の感情も映さずに。澄んだ瞳は前と変わらず美しいけれど、前よりもどことなく冷えているように見えた。 映していない?いや違う。今ので分かった。 だって一瞬コートを瞳に映したときにあの目が蘇ったのを俺は今見たのだ。 心臓が小さくぎりりと痛み出す。 なんとなく、分かってしまったから。 「もう、あそこは俺の場所やないんやなあ…って」 俺は堪らなくなって白石を強く抱きしめた。 白石は抵抗しなかった。ただぼんやりとしたまま俺の腕にそっと触れる。 抱きしめた細い体はやっぱり冷えていて、それがまた俺の心を締め付けた。 きっと胸の中に未だ残っているテニスへの未練を押し殺してきたのだ。 もう終わってしまったということはきっと白石が一番よく分かっている。白石はそういうことに関して誰よりも理解の早い人間だって思っているから。 だから、そういう感情が表に出てくるのを必死に抑えていたんだろう。 本当はあそこに戻りたくて、しょうがなくて、ずっと見ていたのに。 白石の複雑で繊細な心のことなんて、俺は多分半分も理解できてないんだろう。もっと色々、白石の頭の中には思うことがあって、色んな感情が絡んでたりするんだろう。 それでもこれだけは分かる。分かった。だって俺は白石のことを、テニスをしている白石のことをずっと見てきていたのだから。 「なんか、寂しくなったっていうか、…まあそんだけ」 そう言うと白石はコートから目を逸らして小さく笑った。 はあ、と白石の体の中であたたまった息が窓ガラスを曇らせる。 そっと曇った窓をなぞるその指を取って絡めて、強く握り締めた。 きっと今もそんな感情を潜めたまま、なんでもないように呟く白石がただただ愛しくて悲しくて、そしてどうしようもなく寂しく思えた。 * こういうのをなんて言うんだっけか。 保護愛?庇護欲? とりあえず抱きしめたくてキスしたくて撫でたくて触りたくて抱きたくてどうしようもなくなってしまった。 「はあ、あっ、う、あ…ああ…っ」 衝動に駆られるままに白石の手を引いて自分の家まで連れ込んで押し倒して、そして今に至る。 俺がぐいと白石の手を掴んだとき、何も驚いた様子は無かったみたいだった。 抵抗する様子も見えなかった。ぎゅうと強く握る俺の手を緩やかな力で握り返して、引かれるままに半歩後ろをついてくるだけだった。 それがなんだか酷く痛々しく見えた。白石はこんなに力無く歩く人間だったっけ。 「…は、っ」 「ひ、うっ…、あ、あっ、」 前より更に細くなった太ももを押し開いて、奥へと腰を進める。 薄い皮膚から透ける血管を指でなぞれば、白石は閉じた目蓋を震わせた。端からは涙が零れ落ちる。 労わるように名前を呼んでやれば、それに応えるようにぼんやりと目を開けた。快感で蕩けた瞳と目が合って、体がじわりと熱さを増していく。 「っ…、たまらんばい、その顔」 煽るように言って、まだ少しきついそこに自分のものを押し込み収めきった。 白石は少し苦しそうに喉をそらして喘いだけれど、ゆるゆると軽く揺さぶっているうちに徐々に甘い声を漏らしはじめた。 潤む瞳を見ているとまた自分のモノが膨らんでいくのが分かる。 ほんとに白石の表情には嗜虐心をくすぐられる。優しくしたいとか守りたいとかそういう衝動で押し倒したのに結局この有様だ。 自嘲気味に小さく笑って、腰を引きつけ突き上げる速度を速めた。 「っあ!ひあっ、あっ、あ、ああっ、っ」 「もっと、奥がよか?」 「ふ、あっ、ちと、…っあ、っ」 快感を抑えるように顔の上でぎゅうと握っていた拳をそっと解かせて、代わりに俺の首の後ろへと回させる。 汗ばむ頬を撫でて、はあはあと荒い息を吐く唇を啄ばむように何度も何度も口付けた。 白石はきっと色んなことを考えすぎるからいけないんだ。 我慢したり隠したりごまかしたり、そういうことする必要なんてないのに。 体裁とか外面とかそんなのにこだわりすぎるから内側が疲弊していってしまう。 「っ、くら、きもちよか?」 「ちとせ、あっ、ん、」 ぴたりと体を寄せたまま腰を揺らして、白石の顔じゅうを舐めるように唇を落としていく。 白石の澄んだ目はたっぷりと涙を溜めて欲の色を映していた。 今はきっと難しいことなんてなにも考えていない。 考えてるのは気持ちいいことだけ。俺のことだけ。 「ね、くら」 「ん、っ…?」 髪を撫でて耳に触れて首を舐める。 小さな甘い刺激に悶えるように、白石は腰を揺らして快楽を強請った。 俺の背中に触れている白石の手がひくひくと震えていて、そろそろ限界が近いことを悟る。 応えるように奥をぐいと突いてやれば白石は、ぽろぽろと涙を零して声をあげた。 きっと白石は無理に思考を奪われることは嫌うから、いっそこういう風にずっと抱いてれば白石は難しいことなんて考えなくて済むんだろうか、なんて。 「好いとうよ」 途方もないことを考えながら、白石の薄い耳に噛み付くように囁いた。 うん、と小さく答える白石の声に、何故かまた少しだけ胸が痛んだ。 |