バベルの塔



むかしむかし人々はひとつの言葉を話して過ごしていました。
人間は世界のいろいろなところに住むようにかみさまに言われていましたが、ある場所にみんなで集まって住もうとしました。
高い高い大きな塔をそこに作って。
でもかみさまの言いつけを守らなかった人間は、かみさまに言葉を分けられてしまいました。塔を作ることも出来なくなってしまいました。
そして、かみさまの言いつけ通り世界のいろいろなところにバラバラになって住みはじめました。



「な、明日いきなり千歳の言葉が分からなくなってしまったらどうしよ」

千歳の胸にぎゅうと顔を押し付けて呟く。
汗でじんわりと濡れた肌は心地のいいものではないと思うけれど、離れたくないと思う。千歳だから。

「いきなりなんね?」

あやすように千歳が俺の紙を撫でる。ごつごつとして大きくて男らしい手。
千歳の手がすごく好きだ。手だけじゃなく、千歳は何もかもすごく雄っぽい。
低くて落ち着いた声だとか、それを発する喉だとか、綺麗に割れた腹筋だとか。
その全てに俺は惹かれる。おかしいなあ俺も男なのに。

「俺たちはかみさまに背いてるんよなあ」
「は?」
「バベルの塔って千歳は知っとる?」

よく分からない、という顔をする千歳を無視して囁くように語る。
かみさまに背いて言葉を分けられてしまったむかしむかしの人々の話。

人間は、ほとんどの生き物は、雄と雌が愛し合うように出来ている。体の構造も本能も何もかも。
多分そういう風にかみさまが決めたのだ。ちゃんと人間が続いていくように。
でも俺たちはそれに背いている。雄と雄で何も続かない非生産的な愛。いくら愛し合ったってそこに何かが生まれることなんてないのだ。

もしそれを見かねたかみさまがおれと千歳のことばを分けてしまったら。

「千歳が何を喋っても俺に分からなくて、俺が千歳に対してもおんなじようになってしまったら、どうしよ」

つい昨日まで同じ言葉で話していたはずなのに、ある日目覚めたら千歳がどこか異国の言葉で話していて。千歳が一生懸命に何か話そうとするのに、俺にはさっぱり伝わらない。英語とか中国語とかそういう類の、聞いたことがあるような言葉とは全く違う全然分からない言葉。
そして俺は千歳が何を言っているのか分からない、と言うことを伝えることも出来ない。千歳にも俺の言葉はどこか遠くの言葉のように聞こえるから。
お互いに違う言葉で話して話して理解しようとして、それでも伝わらなくてどうすることも出来なくて、それから、それから?
きっと、離れていってしまうのだろう。お互いに。バベルの塔から離れて散り散りになってしまったむかしむかしの人々みたいに。
そうしてかみさまの決めた摂理通りちゃんと雌を愛して雄として生きるのだろうか。

そこまで考えてぼんやりと顔を上げる。千歳の穏やかな顔と目があって、何故だか泣きたくなった。
千歳は今の俺の話を聞いて何を考えていたんだろう。
そう思って千歳の濃い両の目をじっと見つめてみるけれど、それはやっぱり穏やかなだけで何を思っているのか分からない。
千歳が唇を開く。ゆっくりと。

「そしたら」
「そしたら?」

千歳の大きな手が俺の頭を包む。
「そしたら動物に戻るだけたい」

穏やかな目を少し細めて笑う。
俺は千歳の言ったことがよく分からなくて首を傾げる。
どういうことなのかと聞こうとして口を開くとその唇を塞がれた。柔らかくて少しかさついた千歳の唇が、俺の唇を挟むようにゆるゆると動く。
そのまま深いものに変わるのかと思ったけれど、すぐにそれは離されて、代わりに首筋に千歳の唇が落ちてくる。
がり、と軽く噛まれた感じがして思わず体が撥ねた。痛い。
首筋から千歳の頭が離れて、俺の頭上にくる。そしてまた唇が開かれる。

「言葉もなんも分からんごつなったら、もう何も話さんだけたい。動物みたいにただ体で表すだけばい。何か伝えたくなったら、キスしてセックスしてセックスして、もうそれだけ」

そんなことを言う千歳の目がさっきの穏やかな目とは違う、ぎらぎらとした光を湛えていて体の奥がぞくぞくと疼く。本当に獣みたいだと思った。

「あ、ほ」

紡ぐ言葉はただの照れ隠しだ。
内心は、すごく単純で、でも千歳らしい言葉が返ってきて嬉しいようなくすぐったいような気持ちでいっぱいだった。そしてぐだぐだとどうしようもないことを考えていたさっきまでの自分を少し恥ずかしく思った。
言葉がだめなら、体で。酷く即物的にも感じるけれどそれでよかった。どうあっても千歳が俺を手放すことはないのだと分かったからそれでよかった。
言葉を分けられたくらいではもう俺たちは自然の摂理通りには生きられない。ゆるしてくださいかみさま。

千歳の顔が再び下りてくる。欲情した目。獣の目。
これからまた体で愛を痛いほど伝えられるのだろうことを考えると期待で脳みそがじんじんする。

もしも明日本当に言葉が分からなくなってしまっても、今言ったとおり千歳は俺の傍にいてくれるのだろうか。
愛してるって伝えられないかわりに口付けて、抱きしめて、抱いて。
余計なものがなくなって逆に幸せかもしれない。遠まわしなものは全部なくなって体で直接伝えるようになる。
でもそんなことになったらすぐに腰がたたなくなってしまいそうだなあ、とかそんな暢気なことを考えて、千歳の背中に手をまわした。




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昔ちょろっと読んだだけなので冒頭のあれはよく分かってません。真に受けちゃだめです。

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