elegy 縋りつくことの何が悪いの。執着することの何が悪いの。 「寒か?」 もうすっかり冷えた風が細く開いた窓を通り抜ける。 すすと背筋を這った冷気に微かに身を震わせると、目敏く気づいた千歳がそっとその隙間を閉ざした。 「まだ換気終わっとらんのに」 「必要なかよ」 そう言って千歳は再びベッドに転がる。 大きくて古いベッドがぎしと音を立てて沈んで、縁に腰掛ける俺の体もぐらりと揺れた。 こういうことをするからすぐこいつの家のベッドは壊れるんじゃないかなあ(確か大阪に来てしばらくしたときベッドが壊れたと言っていた気がする)、とぼんやり思う。 せめてこれには長持ちして欲しいなあと、労わるようにベッドを擦ると背中に千歳の手が触れた。かさかさとしたぬるい手。 先ほど寒さが伝った背中を今度は千歳の手が撫でる。 大きな手がゆるゆると温度を与えていくうちに、まあどうでもいいかという気分にされてしまった。換気したってどうせすぐにまたこの濁った空気に戻ってしまうんだろうし。 「蔵、おいで」 もうずいぶん温められたというのに、更にぬくめてやろうとでも言うように千歳は毛布をそっと捲って腕の中へと誘った。 さっきつけた赤い痕がちらりと覗いて、散々触られた奥がじくりと疼く。熱の余韻を残す痕。 遊ばせていた足を止めてゆっくりベッドへと乗り上げ、千歳の枕元に手をつく。 カーテンの隙間から覗く明るい月(そういえば今日は満月だったっけ)が千歳の顔を照らしていた。薄明かりの中で見る千歳の顔はなんだか余計に色っぽく見える。 「くら?」 「、…んー」 淡くぼやける輪郭を自らの指で緩やかになぞる。 いつもは俺がこんな風に見下ろされてこんな風に撫でられているから、逆の立場にいるのはちょっと不思議な感じ。 はにかむ千歳が可愛らしく思えて、その口の端にそおっと自分の唇を落とした。やわらかくてあったかい。 なんだか恥ずかしかったからすぐに顔を離すと、千歳の手に腰を掴まれてあっという間に捲られていた布団へと引きずり込まれた。 眼前にあるのはやらしく笑う千歳の顔。 「むぞらし」 「ちとせめっちゃやらしい顔」 「誰のせいだと思っとるとね」 千歳の問いに答える代わりにもう一度自分から唇を押し付けた。今度はちゃんと千歳の唇へ。 やっぱり換気する意味なんてなかったなあと思ったけれど、そういう雰囲気に一味加えるという意味ではほんの少し開けた窓もあの冷たい風も役にはたったから(温めてあげるからおいでっていうのはなんとなく陳腐な感じもするけど)、まあよしとする。 ずっと、考えていることがある。 心の奥のほう。密やかに眠る胸の中。 いつもは顔を見せないけれど、時々じわりと染み出してくるもの。 「ひ、あ、っああ、っ、う、んっ」 汗ばんだ手に掴まれた足を引き寄せられて、中を強く抉られる。 衝撃と快感に喉を反らせて喘ぐと視界の端に満足そうに笑う千歳の顔が見えた。 ほんのり顔を赤くして、汗を浮かべながら笑う千歳はいつ見ても色っぽい。繋がっているところの奥のほうがじくじくと疼く感じがする。もっともっと激しくしてと強請るみたいに。 「むぞかあ」 「あっ、は、あっ、っちとせ、」 やらしい顔が近づいてきて、唇を塞ぎながら俺の体に覆いかぶさった。 固く勃ちあがっていた自分の千歳の腹のあたりにあたってそれだけでイきそうになってしまう。 汗ばんだ肌を千歳がゆるゆると撫でていって、終には俺の顎を捉えて更に深く口付けた。 「んっ、んん…、ふ、…んっ」 これ以上千歳にのめりこんでしまったらどうしよう。 口の中をぐちゃぐちゃにかき回されながら、ぼんやりとした頭で考える。 震える喉を指でそっとなぞられて、意識は更に蕩けていく。 そして溶け出してくる。胸の奥に潜む濁った不安。 例えば一番最初に思いつくのは千歳が俺のことを好きでなくなってしまったら、とか。 そんなのもう想像するまでもなく俺はだめになってしまうと思う。 というか、それから先の俺の姿がさっぱり思い描けない。もしかしたら死んでしまうかも。 逆に俺が千歳のことを好きでなくなったら(まあまずそんなことないと思うけど)、そのときの自分がどうなるかと考えてもじわりと背筋が寒くなる。 そのときの俺は本当に空っぽになってしまう気がする。なんにもない。 「はあ、あっ、ふ、あ…」 「は…、くら…」 唇が離れて、酸素が脳をクリアにする。 何故だか分からないけれど、急に心がひやりと震える感触がして(なんていうんだろう切ないとか寂しいとかよく分からないそういう感情がごっちゃになった感じ)、千歳の首に腕を回した。 こわいっていうんだろうか、こういうの。 「くら?」 考えるのをやめればいいのかもしれない、もしくはもうちょっと千歳への依存を軽くしてみるとか。 でも今更無理だ。もう仕方がない。 後からどうなるか、っていうのが想像できても、それで簡単に戻れるのなら苦労しない。 「何考えとっと?」 生温かい唇がふに、と耳に押し付けられて、掠れた声がダイレクトに鼓膜に響く。 下半身まで響く衝撃にひくりと身を震わせると、千歳は気を良くしたみたいに軽く笑ってそのまま耳の中に舌を這わせた。 千歳の肩を掴んで目を閉じる。 縋りついて、執着して、溺れて何が悪いの。 どうせ引き返そうとしたって同じなんだから。だったら気の済むまでのめりこんだって構わないでしょ。 「ん、っちとせのことしか、考えてへん、よ」 さっきのお返しにと千歳の耳に唇を寄せて囁いてやる。 自分の中にある千歳のものがちょっと大きくなった気がして、ちょっとだけ優越感。 ついでにこころもち中をぎゅうと締めてやると、千歳の喉がくっと鳴って息を漏らした。 こんなどうしようもないことでも吐き出したらきっとこいつは受け止めてくれるんだろう。 馬鹿みたいな悩み、ともすればただの惚気かと思われてしまうかもしれないけれど、きっとそれでも楽になる言葉をくれるんだろう。 でもこの葛藤も全て自分のものだ。 千歳にだってあげるものか。 「っは…、よか度胸やね、…たっぷりお返し、しちゃるばい」 先ほど以上に欲を孕んだ千歳の声。 俺から仕掛けると千歳は簡単に煽られてくれる。そんなところも好きだ。 激しさを増す律動に、やらしい千歳の表情に、そっと理性を手放した。 澱んだ気持ちを胸の奥底に再びしまいながら、背中に強く爪を立てた。 |