あなたの左手を決して誰にもあげないで



自分は悲観的な人間なのだと思う。
考えたくもないのに浮かんでくるのは暗い想像。
人は、物事が起こる前に嫌な想像を自分でしておいて、もし本当にそれが起こってしまったときのダメージを軽減させようとする本能があるらしいのだけれど、自分のそれは少し鋭敏になりすぎているのだと思う。



「ねえ、ケンヤくん」

いつも一緒に帰る通学路。
ケンヤくんはスピードスターを自称する癖に歩くのはやたらゆっくりだ。
俺は結構早足で歩く人間なのだけれど、ケンヤくんと一緒に帰るときはいつもの半分くらいの速さで歩く。
制服の袖で隠すようにこっそりと、軽く手を繋いで一緒に帰るのが好きだから。
少しでも長い時間一緒にいたいと思うから。

ああ、例えば今この緩く繋がれた手をケンヤくんが離してしまったら。
そうして別れの言葉を告げられてしまったら。
今一緒にいることはとても幸せなはずなのに、俺の脳はわざわざ辛い妄想を運んでくる。
必死でそれを思考の外へ追い出そうとするのだけれど、なかなかそれを許してくれない。

「なに?」

ケンヤくんが微笑む。照れたように笑う顔が愛しくて胸が締め付けられるような感覚がする。
指先をあわせるようにして繋いでいた手を、しっかりと絡めて繋ぎなおす。恋人つなぎ。

「こら、ここ他に人おるやろが」

言って軽く叱ってみせるけれど、手を離したりはしなかった。そんな彼が愛しい。

そんな彼がもし手を離してしまうようになってしまうとしたらどういうときなんだろうな。
また、考えなくてもいいようなことを考えてしまう。嫌な想像がぐるぐると脳みそを支配する。

ケンヤくんは俺と違って普通の人だから、いつか可愛い女の子にでも告白されたらその子のことを好きになってしまうんだろうな。
ケンヤくんは優しいから、そんなことになっても、俺のことを無下に扱ったりはしないのだろうけど、でも分かりやすい人だから自分の心に正直な人だからきっとその子のところに行ってしまうんだろうな。俺のことなんか置いて。
でもそれが普通なのだ。普通じゃないのは俺のほう。
ああそして今度はその彼女と手を繋いで帰るのだろうか。
ケンヤくんのゆっくりの歩調はきっと女の子にはちょうどいいのだろうな。
こんな風にこそこそ隠したりしながらじゃなくて、堂々と手を繋いで帰るのだろうな。異性同士だから人の目なんか気にせずに。
ケンヤくんの左手と、見知らぬ彼女の右手が繋がれる。
俺が今繋いでいる手が見知らぬ彼女のものになるのだ。

「…嫌や」
「光?」

繋いでいた手を強く握る。
嫌な想像を振り払うかのように言葉を零す。

「ケンヤくん、好き」

顔を見ずに小さく呟く。
代わりに繋いだ手を見つめる。これはケンヤくんと、自分の手?
想像の中の見知らぬ彼女の手がダブる。ああ嫌だ。

「…うん、…俺も」

照れたように小さく答える声が聞こえた。
少しだけ泣きそうになる。
俺の黒くてどろどろした想像を取り払ってくれるのはこの声だけだ。
ケンヤくんが俺のことを好きだと言ってくれているときだけは、見知らぬ彼女も、その彼女と手を繋ぐケンヤくんも脳から追い出される。
脳を占めるのは、今手を繋いでいる自分とケンヤくんの映像だけ。目に映る現実だけ。
握っていたケンヤくんの手がさっきよりもじんわりと熱くなる。ケンヤくん照れているのかな。
冷えた自分の手に染み込んできて気持ちいい。ああやっぱり今ケンヤくんと手を繋いでいるのはちゃんと自分の手だ。

安心して大きく息を吐き出す。ふわりと白く視界が染まる。
笑って同じように息を吐くケンヤくんの横顔を見ながら小さく祈った。



どうかこの左手を離すイメージが、現実のものとなりませんように。









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光は超ネガティブ思考だと思ってます。
光謙のつもりで書いたけど光が受け臭いので謙光で。
title by sempiterna
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