VS!



なんだろうか、こう、自分たちはちょっとずれてるんじゃないかと思うことがある。
男同士で好きあっていることからしてずれてるよ、とかそういうことは置いておいて、ほかのこと。
どっちがずれてるかだとかは分からない。俺からしたら白石は結構変わって見えるけれど、そんな風に見える俺も、変わってるだとか言われるから。
もしかしたらどっちもずれてるのかも。
まあ、そんなどっちがずれてるのかなんてことはどうでもいい。だけども困ることもある。

例えば今。俺は思う。
情事のあとと言ったら、もっととろとろに甘くて溶けるような雰囲気に包まれてるものじゃないだろうか。
そしてそのまま二人で軽くじゃれつつ寄り添って抱き合いながら眠りについて、その日の朝はうっかり寝過ごしちゃったりなんかするもんじゃなかろうか。
今まで生きてきて、そんなにたくさんじゃないけれども見たり聞いたり体験したりしてきた中で、少なくともこれは珍しいというような考えではなかったと思う。いちいちいろんな人の考えを聞いて回ったわけじゃないから、確証があるわけではないけれど。
しかしこの場合はきっと白石がずれている。きっとそうだ。
すーすーとかわいらしい寝息をたてながら眠る白石の髪を、ちょっと寂しさを感じつつ撫でている俺がずれているわけではないと思う。



俺の部屋には普通の枕よりもちょっと小さいくらいのふっかふかの抱き枕がひとつある。
白石が俺の部屋によく泊まるようになってから、もとい体の関係を持つようになってから買ってきた物だ。
白石はこれを大層気に入っているようで、自分の家にあるものと、そして俺の家用にもうひとつわざわざ買ったのだそうだ。
確かに白石が気に入るのも分かる。抱きしめるとほどよいやわらかさ。そして肌触り。
なかなかに値段がするものらしく、抱き心地は本当に良い。さすが健康オタクの白石が気に入っている品だと思う。
いつも白石はこれを抱きしめて幸せそうに寝ているのだ。そう、いつも。
そして今もだ。



せめてこのときくらいは、といつも思う。
ここで話はさっきの情事のあとの話題に戻る。
情事のあとといえば、やはりこう二人でべたべたごろごろ過ごすものじゃなかろうか。
なのに白石ときたら。
愛しい寝顔を眺めながらふうと小さくため息を吐いた。

白石は汗で汚れたまま過ごすのを酷く嫌っているらしく、ことが終わったらすぐにシャワーへと向かってしまう。
余韻だとかそんなの味わう暇も無い。
まあそれは仕方ないし、構わない。白石がすぐに風呂に連れてってとせがむのなら俺は断るわけがない。二つ返事で白石をお姫様抱っこして背中まで流してやる。

そして白石は風呂から上がったらすぐに寝てしまう。
甘い語らいなんて夢のまた夢だ。白石の寝つきは異常に良くて、軽くいちゃいちゃする間もない。
だからか朝起きるのも早い。寝坊なんて出来るわけない。
まあ、それも仕方ないし、強要する気もない。無理をさせているのは事実なのだから。
部活でも学校でも疲れているのに、白石の合意があり望んでいるからといって、白石の体に更なる負担を掛けているのには変わりないのだから。

でも、せめてこれだけは。これだけは。
俺がどうしても納得できないのはこれだ。この、ふっかふかの抱き枕。
白石は情事のあとでもこれをぎゅうっと抱きしめて寝る。
風呂から上がったあと、俺がごろりと寝転がるベッドの上にもそもそともぐりこんできて、そして抱きつくのはこの抱き枕なのだ。
ちょっと、それはないのではないかと思う、いつも。
それを気に入っているのはよく分かっているけれど、でも、このときくらいは俺に抱きついて寝てくれてもいいのではないだろうかと。
幸せそうにそれを抱きしめて寝る白石を見ていると、抱き枕に対する嫉妬心まで湧いてくる始末だ。
情けない、が仕方ないだろう。
せめて、せめてこのときくらいは、セックスのあとくらいは二人で抱き合って寝てくれてもいいんじゃないか。それがきっと普通なんだから。

だから、俺は決めた。
白石に抱きついて寝てもらえる権利を賭けて。
勝負だ、ふっかふかの抱き枕。




@無理やりいってみる

とりあえず手始めに無理やりそれを引き剥がしてみることにした。
白石は今まだ風呂に入っている。白石はゆっくりゆっくり風呂に浸かって俺はのぼせそうになってしまうからいつも俺は先に上がるのだ。
いつも白石が出てくるまでにシーツを変えたりごみを捨てたりをあれこれするのだけれど、それに加えて今日はその抱き枕をベッドから遠ざけて向こうのほうへ置いてみた。
ついでにかばんやらでそっと隠してみる。よし。
そうこうしているうちに白石が風呂から帰ってくる。下着一枚のままほんのり紅潮した顔で、しっとりと濡れた髪を拭きながら歩いてくる白石の姿はいつ見ても艶やかだ。

「蔵」

ベッドに腰掛けて俺は手を広げる。
白石はそれに気づくと、小さくはにかんでそっと俺の腕の中へと体を預けた。
滑らかな肌をぎゅうと抱きしめて、軽く頬にキスを落とす。そしてそのままベッドへ倒れこんだ。
この抱きしめた格好のまま眠れれば最高だ、と思うのだけど。

「ん…ちとせ、俺の枕は」

やはり、そう来るか。
俺に抱きしめられたまま白石はもぞもぞと首を動かす。
ベッドの上にないことに気づいたのか、白石はそっと俺の腕から抜け出そうとする。
しかし俺は簡単に離してやるわけにはいかない。白石の手をぎゅうと掴んで更に抱え込んだ。

「蔵、今日はもうこのまま寝ん?」
「やや、あれ無いとぐっすり眠れんから」

きっぱり言い切られるとさすがに悲しくなってくる。
ちょっとだけ泣きそうになりながらも離さない。首筋に顔を埋めて無理やり寝る体勢に入った。

「も、ちとせ、…っ、離せや…」
「んー…くら…おやすみ」
「おやすみちゃうくて、…ちとせ、おい、こら!」
「っう、!」

それでも無視して目を瞑っていると股間にすさまじい痛みが走った。蹴られたらしい。
力の抜けた俺の腕を解いて、白石はベッドから降りる。そしてかばんの後ろから抱き枕を発見して幸せそうに抱きしめた。
そして何事もなかったかのようにまたベッドへ戻ってくる。
ぎゅうぎゅうとそれを抱きしめたまま一言。

「おやすみ、千歳」
「…おやすみ」

俺の負け。



Aお願いしてみる

押して駄目なら引いてみろ。
前はいきなり無理にいったから失敗したのだ。
下手に出てお願いしてみればきっと白石だって分かってくれるだろう。
前と同じく風呂上り、白石はふかふかの抱き枕を抱きしめて幸せそうにベッドに寝転んでいる。
そんな白石の横に俺も寝転んで、そっと白石の頬に手を寄せた。

「蔵…」
「ん、…なーに」

ふわふわと白石が微笑む。可愛い。
しかしその可愛い笑顔がその抱き枕によってもたらされているのかと思うと、やはり少し面白くない。

「今日は、それやなくて、俺と一緒に寝ん?」
「いつも一緒に寝とるやん」
「そういう意味と違かよ…、それじゃなくて、俺のこと抱きしめて寝てほしか」

真剣にそう言って白石の目を見つめる。
情けないかもしれないけれど本当にそう思っているのだから、これくらい。
しばらくそうやって見つめていると、白石はきょとんとした顔を崩して吹きだした。

「はは、お前なんやそれ」
「え」
「もー甘えてかわええなあお前は、よしよし」
「ちょ、蔵」
「さっき散々抱きついたりしたやん、まだ足りんの?」
「そうじゃなくて、」
「はいはい、わかったわかった、また明日しよな?おやすみ」

分かっていない、全く分かっていない。
ゆるやかに目を閉じて寝息をたてはじめる白石の顔を眺めながら、俺はがくりと肩を落とした。

俺の負け。



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