以心伝心 光が中3部活引退後。謙也高1設定。 -------- 日の落ちた空から落ちてくる風が背筋を撫でて体温を奪う。 冷たい空気が出来るだけ体に入ってこないように、小さく息を吐き出して光は空を見上げた。 今更、さびしいなんて思うわけじゃないけれど。 先輩たちが卒業してからもう半年以上がたった。 最初のうちは、今までいた人のいないコートだとか一人の帰り道だとかにほんの少しさびしいなどと感じることもあったけれど、日々の忙しさに追われるうち、そんな感情も薄れていった。 ただ、こんな風に冷え込んだ日の夕暮れなどは。 もう部活現役生もみんな帰ってしまってガランとした校庭を通り抜け門へと向かう。 金属の門に手を触れると冷たさが軽い痛みとなって指に走る。手袋をしてくればよかったと思う。 去年は、こんな風に冷え込んだ日の夕暮れには、寒いなー、と言って暖めてくれる声が、手があった。 同じように白い息を吐き出しながら隣を歩いてくれる人の姿があった。 今は、それがない。 人が一人いないだけで、こんなに感じる温度が違うものなのか、と光は思う。体の中まで風が吹いて、心の温度まで奪われているようだ。 「(ケンヤくん会いに来てくれへんかな)」 冷えた心は体以上にぬくもりを求める。 寒さで心が震えて、どうしても彼に会いたくなってしまう。迫るように寂しさがつのる。 「(会いたい)」 彼がまだこの学校にいた頃は、光がそう思うと何故か彼は自分の前に姿を現してくれた。 それだけではなくて、彼はまるでテレパシーのように、自分の考えていることを分かってくれた。 寂しいだとか悲しいだとか嬉しいだとか、全部理解して受け止めてくれた。何も言わなくても。 しかし、環境が変わってしまったためか、今はそのテレパシーの力も弱ってしまったのかと光は思う。 寂しい、と、会いたい、といくら思ってみても彼の姿は見えない。 普通に考えればそんなのなんでもないことで、むしろそんなことを求める自分は酷く馬鹿げていると思うけれど、やっぱり何か切ないものを感じる。 「(…今から会えんかな)」 多分もう理解してもらえるのを待っているだけでは駄目なのだ。 ちゃんと伝えなければ届かない距離になってしまったのだから。 ぬるいポケットに手をつっこんで携帯を取り出す。 繋がってくれますように、と少し願いをこめて登録されている番号を選んだ。 呼び出し音が響く、と、1、2秒もしないうちにその音は途切れた。彼の声。 「…ひかる?」 久しぶりに聞いた気がする。酷く懐かしい感じがした。 「ケンヤくん…」 零すように彼の名を呟く。 声を聞くだけで愛しさが込みあがってきて、同時に会いたいという気持ちも強くなる。 どう伝えようか、と思う間もなく、電話の向こうから声が響く。 「な、光、今まだ学校おる?」 心なしか弾んだ息が混じっているように思える。 「今出たとこです」 「よしちょっとそこで待っとけ!」 そう言って向こうから一方的に電話は切られた。 いきなり電話を打ち切られた寂しさなんかよりも、大きな期待が光の心を占めていた。 もしかして、いやまさか。 足音が聞こえる。弾む息が近づく。 「光!」 向こうの角から現れたのは間違いなく彼の、謙也の姿で。 4月に新しく買ったばかりのはずなのにもうボロボロになってしまった鞄と、中学の頃と同じラケットバックを持っていて。 「ケンヤくん…なんで…」 驚きを隠せない様子で謙也に問う。 謙也は持っていた荷物を降ろして、はあと大きく白い息を吐き出すと答えた。 「や、今日、めっちゃ寒いやん?光寒がってるかなー、思って」 ちょうど今日部活早く終わったしな、と笑う。 中学のときとは違う、ブレザーのポケットから小さな缶を取り出して光に渡した。ぬるい温度がじわりと光の手にひろがる。 「さっき買ったばっかりやし、ポケット入れてたからまだあったかいと思うねんけど。ぜんざい」 好きやろ?とまた楽しそうに笑う。 でも、光の脳内はその好物のぜんざいよりも、目の前の好きな人のことで溢れていた。 離れていても繋がっているだとか、そういう臭いセリフは好きではないのだけれど、でも今はそれを本気で伝えたくなった。 自分が寒さで謙也のことを思う日には、謙也もまた自分のことを思っていたのだ。違う形で。暖めてあげたい、という思いで。 テレパシーの赤い糸は切れてなんていなかったのだ。 「ケンヤくん」 赤い糸を手繰り寄せるかのように謙也の体を引き寄せる。 冷えた頬に触れて顔を近づけると、謙也は少しだけ驚いたような顔を見せて、それから薄く目を閉じた。 「ん…」 渇いた唇を軽く舐めて、自分のそれを重ね合わせる。 どうしようもない愛しさを言葉で表現することなんて出来なくて、でもそれを伝えたくて口付けた。 それでもやはり足りなくて唇を離す。謙也の首に顔をうずめるように抱きしめた。 「ひ、光…ここ校門なんやけど…」 「分かってます、でも」 気持ちが抑えられないとはこういうことを言うのだろうなと光は思う。 拙い言葉が次々に溢れてくる。 「ケンヤくん」 「うん」 「好き」 「…うん」 「好きです」 「…俺も」 「ケンヤくん」 「…うん」 「ありがとうございます」 「、何で?」 光の言葉に謙也は疑問の声をあげる。 思っていることを出来るだけ言葉にして、もう一度感謝の言葉を伝えた。 「俺に会いに来てくれて、俺のことを思ってくれて分かってくれて、本当にありがとうございます」 全部は言葉に出来ないけれど、きっと謙也なら分かってくれると思った。 謙也の手が光の背に添えられる。 「うん…でも、な、光、ありがとうなんて言う必要無いで」 なんで、と光が言う前に謙也が続ける。 「俺も光のことが好きなんやから、思ったり分かったりすんのは当たり前のこと、やで」 照れたように、最後のほうは消えるような小さな声で送られた言葉だったけれど、光の心にはじんわりと染みていった。 愛しいと思った。 全て分かってくれると言うほど謙也が自分を愛してくれていることだとか、それを当たり前だと言ってのける謙也の大らかさだとか、その全てが愛しいと思った。 「ケンヤくん、好き、好きです」 もうこれ以上何も言えることなんて無かった。 何を言っても敵わないと思った。 ただ、目の前で照れたようにうなずく愛しい人を今以上に強く抱きしめることしか出来なかった。 つい数分前まで感じていた心の隙間風はもう全く感じなくなっていた。 |