ふかんぜん



別に誰に強制されているわけでもなかったけれど、白石は自分が完璧でいなければならないと思っていた。
勉強に対しても、普段の生活にしても大体そうだったけれど、特にテニスに関してはそれ以上に洗練されたものを自分で自分に求めていた。聖書という称号を頂いてからは特に。
一つのミスも無いように、揺らぐことなどないように、常に完璧である自分をつくっていた。
白石は完璧である自分が好きだったのだ。
逆に言えば完璧でない自分など何の価値があるのか、果たしてここにいる意味などあるのかということまで考えてしまうほど、嫌いだった。
例えそれがほんの小さな小さな綻びだとしても、それが自分に存在することを酷く嫌った。


*


「蔵」

背後から聞こえた声に、白石は動きを止める。声の聞こえたほうへちらりと視線を寄こした。
もうとっくに日はくれていて、遠くの明かりで薄暗く照らされるコート。ぼんやりと浮かび上がる大きなかたちは千歳のものだった。
千歳の姿を捉えた瞳はまたすぐに元のほうへ向き直る。そして見つめたちょうどその方向へとサーブを打ち込んだ。力強く放たれたボールは、周辺に散らばる大量のそれの内の一つに紛れた。

「蔵、もう帰らんと」

再びサーブの体制に入ろうとした白石の体を千歳がやんわりと止める。
もう気温もだいぶ下がっていたというのに、白石の体は夏の日差しの下にいるかのように熱くほてっていた。
額からじわりと流れてくる軽く手の平でぬぐってやる。

「今、何時?」
「もうすぐ8時たい」
「そ、か…」

少し驚いた顔をして、それから、仕方ないとでも言うように軽く首を振る。
無数に散らばっているボールの方へ向かおうとした白石を千歳が止めた。

「俺が片付けばしとくけん、蔵は着替えておいで」
「でも」
「いいから」

まだ何か言いたそうな白石の髪を緩く撫でて、部室のほうへ促す。
優しいけれど有無を言わせない態度。柔らかな圧力。

「…分かった」

今の白石にはそれに抗うだけの体力も残っていなかった。
千歳に促されるがままに、白石はゆっくりと部室へ向かった。


*


「千歳…風呂あがった」

もうバスの本数も少なくなってしまったし、降りた後家へと歩くのも危ない時間だし、ということで千歳は白石を自分の家へと連れてきた。
いつもならば、明日は学校だからとマジメなことを言ってみたり、何をするつもりなのかと照れてみたりという反応を見せるのだが、今日の白石はどこかぼんやりとしていて、ただ千歳の言うがままなすがままに千歳の部屋へ訪れた。

「ははは服ブカブカたいね」
「お前がでかすぎるんや」

そう言って、千歳から借りた大きなTシャツの裾を少し摘んでみせる。
細く伸びる足が熱でほんのり赤くなっていて酷くいやらしく見えた。

「何か食べたいものある?」
「ん…いい。あんまお腹すいとらん」

濡れた髪を拭きながら千歳のベッドに腰掛ける。
それから軽く伸びをして、大きく大きく息を吐いた。

「蔵、頑張るのはよかけど、今日はちょっと無理しすぎばい」

白石の隣に腰掛けて千歳が言う。
自分のほうを見てくる千歳になんとなく視線を合わせられなくて、千歳とは反対側にある窓のほうを見ながらぽつりと零した。

「今日ミスしたから」
「うん、あのサーブのやつばいね。見とった」
「アウトやった」
「蔵にしては珍しいミスやったと」
「あんな、簡単なミス」
「それが許せんで、ずっと残って練習しとったと?」
「うん」
「…」
「俺は…完璧やないといけないのに」

そう言って俯く。
その顔は悲しい、というよりも何か呆けたような生気を失ってしまったような目だった。

本当に完璧なものなど無いのではないかと千歳は思う。
完璧なんていうのはただの概念で、確固とした存在などない。ただ本人や周りの価値観によるものだと。
しかし、自分はその無いものを必死にひたすら追い求める彼の姿が好きなのだ。
周りが見えなくなるほどに、自分を追い詰めながら傷つけながら生きる彼の姿が。
そうしてボロボロになる彼を甘く宥めていたいと思うのだ。弱った心の拠り所になりたいと思ってしまうのだ。
つくづく自分は酷い人間だと思う。
完璧など目指す必要などないのだと、そんなもの無くても愛しているのだからと説いてやれば少しは白石は救われるかもしれないというのに。

「蔵」

うつむく顔を軽く上げさせ薄い唇に自分のそれを重ねる。
柔らかな唇を味わうかのように、唇のかたちにそってゆっくりと舌を這わせる。
ぴくりと震えて反射的に逃げようとした白石の肩を掴み自分の方へ引き寄せた。
そして深いキス。白石のぬるい口内に自分の舌を潜り込ませる。

「…ん」

白石の喉の奥からくぐもった声が漏れる。
その声の在り処を探すように、つつ、と喉に指を滑らせた。細い喉。
喉だけではない。白石の体は酷く細く華奢だった。
女の体と比べると幾分かはたくましいものかもしれないが、それでも千歳にとっては脆く弱いものに見えた。
その脆く弱いものが、見えない完全を目指してひたすら傷つき続けているなんて。ああなんて悲しく、そして愛しいのだろうかと思う。

「ん、んん…」

先ほど見えたいやらしい細い足に手を伸ばす。
太ももからゆっくりと股間に向かって手を滑らせてやれば、白石の体は微かな震えを見せた。
そのまま一番敏感な部分を軽く撫でてやると、喉の奥からまたいやらしい声を零した。
そんな声を聞かされてしまうと、少しばかり残っていた理性も全て吹き飛ばされてしまうというもの。
一度唇を離し、包み込むように彼をベッドへと押し倒す。
同時に邪魔な蛍光灯の眩しさを消してしまって、白石をこの雰囲気から逃げられないようにした。

「ち、とせ」

もとから逃げる気など無いとでも言うように、白石は千歳の名を呼び腕に触れた。
視線を絡めて、また口付ける。今度は軽く触れるだけ。
唇をそのまま首に滑らせて、右手で白石の服をたくし上げる。
既に固くなっていた小さな突起を指で軽くつねると白石はまた小さく声をあげた。

「ぁ、…っん」
「愛らしかね…蔵」

しばらく指で弄んで、舌を絡ませてやると千歳に触れる手の力が一層強くなる。
薄暗い中でも分かる赤い顔をもう片方の手で隠して快感に耐えているのが可愛らしかった。

「隠さなくてよかとに」
「あほ、…っ」

再び下着に手を伸ばし、股間に触れてみると先ほどよりも固くなっているのが分かった。
器用にそれを脱がせて直接上下に擦ってやると、白石はまた甘い声を漏らす。
このまま羞恥に耐えながら喘ぐ彼をずっと見ているのもいいけれど、このような姿を見て声を聞いて余裕を保っていられるほど千歳も大人ではなかった。
白石自身から手を離して、潤滑油を塗った指を性急に白石の後ろの孔へと潜り込ませる。

「…っん、う」

白い太ももに手を添えて足を開かせ、指をさらに奥へ奥へと飲み込ませた。
きつく締め付けてくるそこをほぐす様にゆっくりとかき回す。
内壁を指でゆっくりとなぞってやれば白石は大きく体を撥ねて声をあげた。

「ふ、ぁあ、あっ…あ」

赤い顔を隠すのも忘れて、白石は千歳の首に腕をまわして必死にしがみつく。
軽く開かれた唇からは熱い吐息がもれて、千歳の首を、理性を刺激した。

「蔵」

ぬちょ、とかいう水音を響かせて、白石の後孔から指を引き抜く。

「力抜いて」
「は、…、っあ!」

抜いた指の代わりに自分の立ち上がりきった自身を擦り付け、白石を貫いた。
瞬間大きく震え反射的に逃げようとした白石の腰を引き寄せて、強く打ち付ける。
いやいやと首を小さく横に振る白石の、瞳、耳、唇、と優しく口付けてやれば、またしがみつくように千歳の首に手をまわす。

「ん、あっ、あ、ちと、せ…っ」

荒い呼気に混じりながら自分の名を呼ぶのがまた愛しくて、そして征服感を覚える。
脚を肩にかけて一層強く揺すってやれば、それに比例するように白石の口から漏れる声が大きく、そして余裕が無くなっていく。
このまま強く打ち付けていたら脆い彼は壊れてしまうのではないか、と、ふと感じた。
ああでもその壊れてしまいそうな脆い彼が酷く愛しい。むしろ壊してしまいたい。

「あ、あ…ぁ、も、やば…っ」

掠れた声で千歳に訴える。
ぞくぞくするようないやらしい顔と声に千歳自身もまた絶頂へと押し上げられる。
快楽を貪りあうように何度も抽挿を繰り返す。
接合部が熱くて熱くて溶けてしまうのではないかと思った。

「あ、も、い、くっ…、あ、ああああっ…」
「、っくら…っ」

びくんと大きく体を反らせて白石は限界を迎えた。
白石の快楽に引きずられるように千歳も白石の中に精を放った。
大きく息を吐いて、微かに痙攣する白石に優しくキスをする。
中から自身をゆっくりと引き抜くと、自分の腕の中にある小さく脆い体を愛しそうに抱きしめた。


*


「喉、渇いた」

先ほどの熱も冷めたころ白石が呟いた。
気だるげに起き上がろうとする白石を千歳が優しく制す。

「お茶でよか?」
「うん、おおきに」

白石の髪を軽く撫でた後、ゆっくりと千歳が起き上がる。
頭上の紐を引っ張ると、暗い部屋に灯が点いた。

「まぶし…」

薄暗さに慣れた目に蛍光灯の強い光が飛び込む。
目への刺激を和らげようと、白石は光に手をかざした。

「今持ってくるから少し我慢ばい」

言って冷蔵庫へ向かう。
白石の待つベッドへ戻ると、白石はまだ眩しさになれないのか、光に掌を向けたままだった。

まるで光に向かって手を伸ばすような彼の姿は、火に引き寄せられる夏の虫に似ていた。
完璧という光に魅せられた哀れな虫。
ああ違う。彼は火に届くことは出来ない。飛び込んで燃え尽きてしまうことが出来ない。
いつまでも届かぬ光のまわりで必死に飛んでいるだけ。
飛び疲れてフラリと落ちてしまうまで。

「蔵」

その、命を削って必死に生きる様子を、酷く愛しいと思ってしまうのだ。

掴むものなく彷徨う白石の手を千歳は緩く握った。


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二人ともどこかしら歪んでるといいと思います。


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