あなたのいないあさはくるから



頭がくらくらする。繋がっている場所が動くたびにねちょねちょと嫌な音をたてる。もう何時間も繋がったままだ。
俺の体の中には今どのくらい千歳の体液が入っているんだろう。こいつは限界というものが分からないのかもしれない。いい意味でも悪い意味でも。
喉はカラカラに渇いているのに、体のいたるところはじんわりと湿っていて、そのアンバランスさが気持ち悪い。

「な、千歳…」
「ん?」
「動かないんなら、どいて」

いいかげん重たさと気持ち悪さと疲労に耐え切れそうになかった。下半身を繋げたまま俺の上でくつろぐ千歳に言う。

「んー…」

言ってゆるゆると動き出す。動いて欲しいわけじゃなくてどいて欲しいから言ったのに。
千歳の動きにあわせて漏れる息を舐めるように口付けられる。

「…、なんで、今日はそんなにしつこいん…」

ぼそり、と何気なく呟いたその言葉で千歳の様子が変わった。
千歳の動きが微かに止まったように見えた。
小さく小さく自嘲気味に笑ったような気もした。
それらの違和感を打ち消すようにごまかすように、唇を落とされる。目に唇に顔中に。

「ち、とせ…?」

不自然だった。なにかが。

「くら」

耳元で囁かれて腰をぐいと強く引かれた。お腹の中のどろどろした空間の中を千歳のものが激しくかき回す。粘着質な音が酷く耳に響く。

「や、ぁ、あっ、ちと、せ」
「くら、聞いて?」

先ほどの自嘲的な笑みを今度ははっきりと浮かべて千歳は呟いた。
嗚呼、何か嫌な予感がする。聞きたくない。

「俺、高校は向こうに帰るけん」

くらに今日言っとかないといけないと思った、とか言いづらくてずっとこうしていたとかそんな言葉が聞こえる。でも脳には言葉として認識されなかった。
最初の千歳の言葉だけが脳の中を支配していた。
高校は、向こうに、帰る。
ああいやだいやだいやだ。世界がぐるぐると揺れる。
どうして。そんなこと言えるわけもない。俺が千歳の自由を奪える権利なんかない。でもいやだ。どうしてどうしてどうして。

「くら」

俺の意識を現実に呼び戻すように千歳が言う。

「高校終わったらこっちに帰ってくるけん、俺のこと待っとってくれる?」

腰の動きを少しだけ止めて千歳がじっと俺の目を見つめる。いやだそんなこといったらおまえは。

「いやや」
「…くら」

俺を見つめる瞳が困ったようなそれに変わる。

「絶対いやや。もうお前のことなんか知らん。お前のことなんか絶対に…っ」

ギシリとベッドが大きく軋んで、激しい動きが再開された。
いきなりの刺激に息がつまる。大きく息を吐いて呼吸を整えてから千歳を睨む。

「ぜっ、たいに待っててなんか、やらん…っ」

苦しい息でそう言い切った。千歳の目に悲しみの色が映る。
そんな目をされても困る。悲しいのは俺だってそうなのに。

「くら…そんなこと言われたら、」
「そう、言ったら、お前は行かない?」

嘘だ。全部嘘だ。千歳のことだったらずっとずっとちゃんと待ってるつもりだ。でも行って欲しくない。
俺が待ってるだなんて言ってしまったらこいつは安心して行ってしまう。そんなのずるい。
俺はずっと不安で待っていなければいけないのに、どうしてこいつだけそんな穏やかな気持ちでいる必要があるんだ。ずるい。
千歳が不安でいてくれればそれだけ俺のことをずっと思っててくれる。だから待ってるだなんて言ってやらない。絶対に。

「ん…んん」

きつい口付け。舌を舌で捕らえられる。もうキスも今日で何回目だろう。唇がふやけてしまいそうだ。
湿った体を撫でる千歳の手が熱くて、繋がっているところも全部熱くて体中火傷してしまったような錯覚を覚える。
唇を離されたところで頬に一滴の雫を感じた。千歳の汗かと思った。違った。

「お願い、蔵。くらがそう言ってくれんと、俺向こうで狂ってしまうけん、なあ?」

目が潤んでいた。そういえばこいつの泣くところなんて初めてみたかもしれない。
ああずるい。こうやって千歳は俺に決定権を与えない。いつも俺に頷かせる。ずるい。絶対に安心させてやらないと思ったのに。
視界が濁る。喘ぎと共に嗚咽が漏れる。

「…ぜったい…、…帰って、きてや」

苦しい喉の奥から搾り出すように伝えた。千歳は少しだけ笑ってみせた。



窓の外がうっすらと明るい。朝が近い。
きつく抱きしめられた腕から首だけ動かして見た空。
しばらくはこの感触も味わえない。この窮屈な感触。首をむりやり傾げてみる空。
日常が非日常に変わる。ああ、いつまで?いつから?
隣で静かに眠る千歳の胸に顔を埋める。もう考えたくない。寝てしまおう。出来るなら千歳が行って帰ってくるまでずっとこのまま。

もう、あさなんてこなければいいのに。


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