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11/04(Fri):(迅三輪)Everything(It's you)

人の感情というものは月日の流れの前では酷く脆いものだと思う。
例えば最上さんを亡くした悲しさ。
今でもあの笑顔や教えてくれたたくさんのことを思い出すと心はずきりと痛むけれど、何が何でも最上さんの形見を手に入れようと足掻いていたあの時に比べればその痛みは軽くなった。
例えば母を亡くした寂しさ。
もう家族と呼べる人は誰もいなくなってしまったけれど、その寂しさを埋めてくれるくらい騒がしい仲間がいた。家族と同じくらい大切に思う人も出来た。
あの悲しさも寂しさも、当時は一生忘れることなど出来ないと思っていたのに、気づけばこんなに穏やかに笑うことが出来るようになっていたのだから、時の流れは優しくて、そして残酷なものだと思う。
忘れたくなかったはずのことも忘れてしまう。それはきっと悪いことではないのだろうけど、少しだけ、ほんの少しだけ泣きそうな気持ちになるのだ。

…なんて、そんなことを考えたりするのは黄昏時の不思議な雰囲気のせいだろうか。
紅から蒼へと彩られた鮮やかな空のグラデーション。淡い光の乱反射。このまま歩いているとまるであの世にまで続くみたいだ。
少し怖いな、なんて思って歩みを止めると、隣を歩いていた秀次も一瞬遅れて足を止めた。何か忘れ物でもしたのか、みたいなきょとんとした顔で見上げてきたものだから、それが可愛くて思わず笑みがこぼれる。

「…なんだ」
「ん〜なんだと思う?」
「その返しは鬱陶しい」

適当にはぐらかすと、秀次はむっとした顔で再び歩きだしてしまったから、追いかけるようにしておれも再びその横に並んだ。
はあ、と息を吐きかける手が冷たそうで、手を繋いでいいかと聞いたら街中だから駄目だと断られた。けれど「嫌だから」とは答えない秀次が可愛らしくてまた口元が緩んだ。

こんな風に秀次と並んで歩くなんて、少し前までは考えられなかったことだ。
月日は人を変えていく。秀次も最初に出会った時から考えると、だいぶ柔らかな表情を浮かべるようになったと思う。
秀次がボーダーに入ったばかりの頃、あの頃の秀次は何かに縋らなければきっと壊れてしまうのではないかと思うくらい危うく、弱いものだった。
だから、きっと復讐に縋ったのだろう。それに縋って、身を擦り減らしながらただ強さを求めて、そのために生きて。
秀次の生きる糧になれるのなら、憎しみを向けられる相手になることだって厭わなかった。それくらい構わなかった。何かを憎んでいられるのなら、まだ生きる力が残っている証拠だから。

「…それがこうなるとは思わなかったけどね」

小さく呟いて不意打ちで冷たいその手を握り込んでしまう。秀次は驚いてこちらを睨んできたけれど、誰も来ないよ、と囁いたら大人しくその手をおれに委ねた。

秀次はおれに縋った。最上さんと母のことを知って。
なんで同じように喪ったくせにそんな風にしていられるんだ、なんて悪態を吐きながらも、それでも似たような境遇のおれにシンパシーでも感じたのだろう。泣きながら苦しみをおれに吐き出して、おれを求めた。
そうなる未来は視えていなかったから完全に予想外のことだった。後から知ったことだけれど未来を変えたのは嵐山の言葉だったらしい。
あれだけ憎んでおいて身勝手な、なんて小南あたりに知られたら言われそうだけれど、おれは嬉しかった。縋られることが、求められることが。
縋られるままに甘やかした。求められるままに与えた。それがいつから、そしてどちらから、恋慕に変わったのかなんて分からないけれど、そんなのはどうでもよかった。
秀次が生きる幸せを少しでも見つけられたのなら、おれも幸せだと思った。

けれど、月日は移り変わる。人を変えていく。
憎しみに縋って、その次はおれに縋ったあの時の弱い秀次はもういない。今の秀次はきっと一人でも立って歩いていける。
辛い過去を完全に忘れることなんて出来ないだろうけど、自分にとっての幸せを自分で探すことだって出来るはずだ。
けれどもし、おれの存在が秀次の歩みを妨げる足かせになっていたのだとしたら。
悲しい過去を共有したことで、逆にそれから逃れられなくなっているかもしれないとしたら。

「…な、秀次」

どんな答えが返ってくるのか視てから問うのは少し狡い気がして、そっと手を解き隣を歩く秀次を早足でちょっとだけ追い越した。
紺色の空に浮かぶ星を見上げながらできるだけなんでもないことのように振る舞って尋ねてみる。

「もし、もうおれがいなくても歩いていけるなら、…いなくても大丈夫だって思えるなら、」

おれのことなんて放って新しい幸せを見つけに行ってもいいんだよ、と。
おれに縛られて過去から逃げられなくなっているのなら、おれのことなんか置いていっていいんだよ、と。
呟いて、少しだけ寂しくなって足を止める。数歩後ろから聞こえていた秀次の足音も止まる。
突然こんなこと聞いて呆れられたかな、なんて思って、さてなんてはぐらかそうかと考えていれば、そっと近づいてくる足音。背中にとん、と秀次の頭が押し当てられる感触。

「…思わない」

きっぱりと言い放つ秀次の声。

「思うはずがないだろ、そんなこと。…馬鹿だろ、あんた」

最後の声は震えていた。
背中にくっつかれているせいでその顔は見えない。けれど、きっと泣きそうなんだろうな、と思った(昔の秀次は泣き虫だったから)。
…嗚呼、それでいいのなら。秀次がおれを選んでくれるのなら。

「…うん、そっか。ごめんな」

秀次にとっての幸せがどこにあるのかなんておれには分からない。
もしかしたら本当におれはただの足かせなのかもしれない。
けれど、今の秀次がおれといることを幸せだと思っていてくれるのなら、おれは精一杯それに応えるだけ。それだけだ。
誰もいない二人きりの黄昏の中、やっぱり泣きそうな顔をしていた秀次の頬を包んで、そっと唇にキスを落とした。



09/29(Thu):(太刀出)goodbye,sweet nightmare

!一昔前に流行った童話パロ
!出水くん近界民設定
!時系列諸々捏造


その人を初めて見たのは戦場でした。
彼の住む国は小さいながらもそれなりに豊かな国でした。
彼はまだ幼いながらにトリオンの才能を認められ、その国の兵の一人として戦う日々を過ごしていました。
そんなある日玄界からの侵入者があったとの連絡がありました。
もちろん彼も出撃するように命令されたのですが、相手は未知の敵。まだ若い彼は前線から少し離れたところで待機しているように言われ、少し残念に思いながらも遠くから戦場を見守っていました。
現れたのは一人、対してこっちの人数は5人トリオン兵も何体か控えている。数が有利すぎて戦いにもならないだろうと、半ば相手に同情しながら見つめていました。
けれど、彼の目に飛び込んできたのは予想外の光景でした。
玄界からの侵入者に一斉に襲いかかるトリオン兵、しかし、それは瞬く間に残骸となって宙を舞っていました。
何が起こったのかと目を凝らすと、そこには双剣を構えた若い男が立っていました。彼よりも少しだけ年上くらいでしょうか。
その人は数の不利を物ともせずに、何体ものトリオン兵を斬り捨て、黒い外套をたなびかせながら戦場を駆け回ります。
その圧倒的な強さに、ぎらぎらと獣のように光るその目に、一瞬にして彼は虜になりました。駄目だ、相手は敵なのに、と思っても目をその人から離すことができません。
彼は完全にその人に見惚れていました。
と、その時でした。
新たな敵国からの急襲、今度は玄界ではなく他の国からのようでした。戦場が砂煙に包まれ爆発音が何度か聞こえました。
仲間は5人共彼の元に引き返してきました。撤退のようです。彼にも撤退の命令が下されました。
仲間の無事は確認できた、でもあの人は。彼は仲間が引いたのを確認すると、こっそりと戦場へ戻りました。
戦場の砂煙が少しずつ晴れていきます。どうやら敵国からの急襲はトリオン兵だけのようでした。そこらじゅうにトリオン兵の残骸が転がっています。あの人が倒したのでしょうか。
無事なら良いかと少しほっとした時、薄れた煙の向こうに生き残ったと思われるトリオン兵の姿と、そして倒れている人の姿を見つけました。あの人でした。
彼は衝動的に飛び出してトリオン兵に向けて自分の武器を放ちました。どうやら開発が噂されている新型ではなかったらしく、あっさりとそのトリオン兵は倒れました。
ふう、と一安心した後、彼はその人のそばに座り込んで、外傷が無いか調べました。どうやら爆発で気絶しただけのようで、その人は換装体のままのようでした。
きっとこの場合玄界の兵士は捕虜にするのが正しいのでしょうが、彼はその人を捕らえさせたくはありませんでした。
こっそりその人の体を背負うと、玄界からの侵入があったという場所の近くに移動してそっとその人を寝かせました。ここならきっと仲間が見つけてくれるはずでしょう。
玄界の人間に見つかる前に仲間に怪しまれる前に、早く戻らなければなりません。けれど、彼はしばらくその人の顔を見つめていました。
今は閉じられた双眸、なんだかさっきよりも幼く見えました。あのぎらぎらした瞳がもう一度見たいな、なんて思いましたが、生憎その人が目を覚ます前にはここを去らなくてはなりません。
彼はその人の閉じた瞳と、そして頬をそっと撫でると、それを最後にして後ろ髪を引かれながらも仲間の元へと戻っていきました。

それから玄界の侵入者はすぐに帰ったとの報告がありました。
喜ばしい報告なのでしょうが、ああ帰ってしまったのか、なんて彼は少し寂しいような思いを抱きました。
そして玄界の侵入者が去った数週間後も、彼はずっとその人のことを考えていました。
もう一度あの人に会いたい、と強く思うようになりました。
いつしかその気持ちは触れたい、傍にいたい、という明確な欲望に変わっていき、彼は自分が恋に落ちていることを自覚しました。
今度出会うときには敵としてではなく、ただの人間として会えたらいいのに。そうすればあの人に想いを伝えられるかもしれないのに。
あるかも分からないいつかを、彼は夢見るようになりました。

けれど彼の夢はあっさりと潰えようとしていました。
彼と国と他の国とで大規模な戦争が始まったのです。
彼の国を攻めて来たのは神の国と呼ばれる星。大した戦力を持たない彼の星が滅ぼされるのはあっという間の出来事でした。戦争という名のただの侵略でした。
彼の親兄弟は皆殺され、彼自身も命が燃え尽きる寸前にありました。
ふらふらと逃げ惑いながらたどり着いたのは、星の中心、マザートリガーの前でした。
彼の星のマザートリガーには古い言い伝えがありました。マザートリガーの神が目を覚ました時、ひとつだけ願いを叶えてくれる、というまるで子どもが考えたような薄っぺらな話でした。
そもそもマザートリガーに取り込まれた神が目を覚ますことなんてないのに。だから彼も信じていませんでした。
けれど今、彼は自分の目を疑いました。血液を失いすぎた自分の脳が見せる幻かと思いました。
体力を失い崩れ落ちた彼を、マザートリガーの神が見下ろしていたのです。しっかりとその双眸を開いて。
彼はその光景が幻覚でないことを祈りながら、必死に手を伸ばしました。馬鹿げた言い伝えだと笑ったことも忘れて必死に願いました。
お願いです、もう一度あの人に会いたい。会って、好きだと伝えたい、と。
マザートリガーの唇は動きません。やっぱりただの言い伝えか幻だったのか、と諦めながら目を閉じようとした時、その声は直接彼の脳に届きました。
ではその代償におまえは何を差し出す?
それは今まで聞いたことのない澄き通った声でした。
ああこれが神様の声なのだと彼は直感的に信じました。そして反射的に答えました。
ならこの体と命を。この想いが叶わなかったときはおれの全部を代償に捧げます、と。
もしあの人に選ばれなかったのならこの体なんて要らない、もしあの人が自分を必要としないのならばこの命なんて要らない。
どうせ自分の故郷は滅びゆく。もし生き延びたとてもう還る星も家族も無いのだから、愛されなかったのなら露と消えてしまっても構わない。
彼のその必死な願いを受け取ったのでしょうか、マザートリガーは淡い光を放ち始めました。
その光に包まれながら、彼はゆっくりと深い眠りに落ちていきました。

淡い光に包まれながら、彼は夢を見ていました。
暗い宇宙をゆっくりと揺蕩う夢。まるで羊水のようなあたたかさでした。
暗い暗い海のようなところをゆっくりと落ちていきながら、まだ見ぬ玄界の夢を見ていました。

そうして彼は、玄界の知識と名前を持った玄界の人間として生まれ変わりました。
当然玄界には彼の家族などいませんでしたが、都合の良いことにちょうど玄界でも彼の故郷と同じようにどこかの星に攻め込まれた後のようでした。彼と同じように家族を持たない子どもがたくさんいました。
だから廃墟と化した街で一人うずくまる彼の姿を見つけても、誰も驚いた様子などなく、温かく彼を保護してくれました。
彼を保護してくれた人は、ボーダーという近界民と戦うためにある組織の人間でした。
その組織で彼は様々な検査を受けると、その組織の人にボーダーに入らないか、という誘いを受けました。君のトリオン能力はとても貴重なものだから、と。
元々自分の故郷でもトリオンの才能を買われていた彼のことです。それは当然のことでした。
彼はその誘いを受けた時、一瞬だけ迷いました。近界民であった自分が近界民と戦う組織に入るのかと。
しかし彼はあの人のことを思い出しました。あの人は自分の国の人間と戦っていた。あの人はボーダーと関係があるのではないだろうか。じゃあこの組織にいればあの人に会えるのかもしれない。
玄界で他に目的なんてあるはずがありません。彼は頷いて組織の手を取りました。

組織から提供された武器はトリオンを弾にして打ち出すという単純なトリガーでした。
自分の故郷でも同じような武器を使っていた彼は、あっという間にその組織の武器を使いこなし正隊員に昇格しました。
彼の強さを知ってランク戦、というものを挑んでくる人も増えました。たまに負けたりはするものの、彼は殆どの相手には勝ち続けていました。彼はもう戦いには興味が無くなっていましたが、ここで戦って強くなっていればきっとあの人に会える気がしていました。だってあの人はあんなに強かったのだから。

そこでとうとう、その日がやってきました。
いつものようにランク戦に興じていると、ふと背中から声をかけられました。
おまえ最近入った奴らしいけどすげー強いんだってな。ちょっと俺とも戦ってみようぜ。聞いたことのない声。
驚いて振り向くとそこにはずっと探し求めていたあの人がいて、彼はまた驚きました。
見間違えるはずもありません、あの黒い外套、腰に携えた二本の刀、そしてあの双眸。
あの時ぎらぎらと光っていた瞳は今、彼を見つめて同じように光っていました。間違いなくあの人だと分かりました。
胸がばくばくと鳴りました。ずっと、ずっと探し続けていたあの人が今目の前にいる。けれどあの人は自分のことを知らない。ああなんて声をかければいいんだろう。
酷く驚いた様子の彼を見て、その人は首を傾げましたが、ランク戦だよ、やるよな?と彼の背中を押しました。彼はこくこくと頷いて、ただブースに入るしかありませんでした。

その人は、やっぱり圧倒的な強さでした。
緊張していたとはいえ故郷でもボーダーでもそれなりの強さを誇っていた彼を、その人はあっという間に斬り伏せて、結果はその人の圧勝でした。
戦いながらもその人のぎらぎらした瞳と目が合うたび、体がぞくぞくと震えるような感じがしました。

ランク戦が終わって、さて再びどう声をかけたものかと悩んでいると、彼のいるブースへとその人は目を輝かせてやってきました。
まだ心の準備ができていないのに、と戸惑っていると、おまえ俺の隊に来いよ、とその人は彼の手を引きました。
初めて触れるその人の手はとても温かいものでした。心臓がばくばくと音を立てました。
入隊には準備がいるから、とかなんとか言いながらその人は手を引いてどんどん歩いていきます。けれどそんなことどうでもよくて、今手を繋いで歩いているこの瞬間が幸せでした。
おまえ名前は?歩きながら振り返りその人が尋ねました。
彼は玄界での名前をその人に伝えると、その人は笑いながら彼の名前を呼びました。
えと…、あんたの、名前は?今度は彼が尋ねました。
太刀川慶、おまえの入る隊は太刀川隊だ、覚えとけ。と再びその人は笑って言いました。
初めて知ったその人の名前、太刀川さん、と噛みしめるように呼ぶと、なんだよ、と言ってまた彼の名前を呼びました。
出水、という新しい玄界での名前は少し慣れないものでしたが、その人に名前を呼ばれる度に胸がきゅうと疼くような幸せを感じました。

それからの日々は本当に幸せなものでした。
彼はたくさんの時間をその人と過ごしました。一緒に戦って、一緒に星々を巡って、たまに怒られたり褒められたりもして。
怒られたときは、その人が真剣に彼のことを思ってくれているのが伝わってくるのが彼はとても好きでした。
褒められたときは、笑いながら頭をくしゃくしゃと撫でられるのもとても好きでした。
戦場に立つその人はとても凛々しく格好良いけれど、普段のその人はちょっと抜けていて可愛い一面があることも知りました。そんなところも好きだと思いました。
一緒に過ごすうちにどんどん好きだという気持ちが募っていきました。
その人も自分を一番に想ってくれればいいのに、好きになってくれればいいのに、そう思うようになりました。

けれど彼は、その人の一番にはなれませんでした。
その人は彼ではないひとを愛していたのです。
愛するひとと一緒にいる時のその人は、彼と一緒にいるときよりも幸せそうに笑っていました。
愛するひとと戦う時のその人は、彼と戦うときよりもとても楽しそうに戦っていました。
その人は愛するひとのことを一言も彼に話したりはしませんでしたが、ずっとその人のことを好きだったからずっと見ていたから、気づいてしまったのです。
ああ、あの人はおれじゃないひとを愛しているのだ、と。
どれだけ長い時間をその人と一緒に過ごしても、きっとその人が愛するひとと過ごす一瞬には勝てないのだ、と。

そう気づいてしまったときから、彼の存在は少しずつ消滅に向かっていきました。自分の中の砂時計がさらさらと流れ落ちていくような感覚が彼に芽生えました。
選ばれなかったこの体は、愛されなかったこの命は、もうじきに消えてなくなってしまう。だってそれが代償だから。
それでも構わないと思いました。おれがいなくてもあの人は愛するひとと幸せに生きていける。もうそれだけで十分だと思いました。
けれど頭ではそう考えても感情だけは納得してくれなくて、ただじくじくと彼の胸を締め付けました。

そしてこの星での自分の誕生日、彼は17歳を迎えました。
既に彼の中の砂時計は残りわずかなのを感じていました。
もう自分の時間が尽きてしまうのは分かっている、その前にせめて一言あの人に想いを伝えたい。
けれど好きだと伝えてしまったらきっとあの人は困るのではないか、そんな思いで酷く彼の心は揺れ、ひとり作戦室でぼんやりしていました。
真夜中、静かな作戦室にやってきたのはその人でした。きっと隊長会議でもあったのでしょう。その人は彼の姿を見つけると誕生日おめでとう、と笑いました。
ありがとうございます、と彼も笑おうとしたのに、胸が苦しくて上手く笑えませんでした。
誕生日だというのにそんな顔をしている彼に気づいたのでしょうか、その人は彼の頭をくしゃくしゃと撫でると、なんか欲しいもんあるか、と尋ねました。
その人の優しさが嬉しくて悲しくてまたじくりと胸が痛みましたが、彼はふと思いついたことを口に出していました。
海に行ってみたい、と。
自分の星では存在しなかった海というものを見てみたかったのです。その人と、ふたりで。
するとその人はそんなんでいいのか、と笑ったあと、彼を自分の車まで引っ張っていってその助手席に乗せました。

彼のいる街から海は遠かったらしく、真夜中のドライブは数時間ほどかかりました。
その間彼はその人にせがんで、その人の昔話をずっと聞いていました。
その中には自分のいた星を攻めてきたときの話もありました。
あの時誰かに助けてもらった気がするんだよなぁ、と呟くその人に、自分が助けたのだと言いたい気持ちをぐっと飲み込んで、なんだか泣きそうな気持ちになりました。
そうしてやっと海に着いた頃には、もうすぐ夜が明けそうな時間になっていました。

初めて見る夜の海は真っ暗でした。
テレビや本で見た海の姿は綺麗な青色だったのに、とちょっと残念な気持ちになりましたが初めて見る海に興味は尽きず、思わず靴を脱ぎ捨てて、寄せては返すさざ波にちゃぷんと足を浸しました。
波がゆっくりと足を撫でていくのが心地よくて、ちゃぷちゃぷと足を踏み鳴らしていたら、まだまだ子どもだな、とその人が小さく笑っていました。
ああ、その笑顔が見られるのももう最後なんだろうか。
自分に残されている時間はあと少し。消えてしまうのは怖くは無かったけれど、その人に想いを伝えないままもう二度と会えなくなってしまうのだけは嫌だと、強く思いました。
困らせてしまうかもしれない、けれど、自分はこの想いを伝えるためだけに何もかも捨ててここにいるのだ。
彼は遊ばせていた足先を静かに止めると、覚悟を決めたようにその人に向き直りました。

「太刀川さん、おれはあなたがずっと好きでした。出会ったときから、ずっと」

その人が思っているよりずっと前から。
自分の星を捨てるその前からずっと。
自分がどれだけ強く深くその人を思っているか、なんて到底言葉では伝えられないと思ったので、ただ自分の気持ちだけを声に乗せました。
ただその想いだけを分かってくれればいいと思いました。
じっとその人を見つめていると、その人は困ったように眉を下げて、ごめんな、と言いました。そしてありがとう、と彼の頭を撫でてくれました。
こういう結末になることは分かっていました。でもその人がちゃんと想いを受けとめてくれたということだけで彼はとても幸せでした。
おれの気持ち分かってもらえた。ずっとずっと伝えたかったこと。傍にいてもっと膨れ上がった感情。もうそれだけで十分でした。

そして、彼の中の砂時計はとうとう終わりを迎えました。
でももう思い残すことは何もありませんでした。

「聞いてくれてありがと、…さよなら、太刀川さん」

彼は涙をひとしずくだけぽろりと流しながら微笑みました。
その時東の空から朝日が顔を出して、海面をきらきらと照らしました。
眩しさに一瞬その人が目を瞑って、そして再び目を開けたときには。

もう、彼の姿はそこにはありませんでした。



07/18(Mon):(太刀出)いたずらはお好き?

セックスしたあとの次の朝は、大抵太刀川さんがおれより早く起きて朝ごはんを作って待っていてくれる。
太刀川さんが特別早起きってわけでもなく、おれが寝すぎってわけでもなく、まあ単純に突っ込まれて喘がされるおれの方がぐったりして起きられないからそういう順序になるのだけど。
太刀川さんは割と朝ごはんはしっかり食べる方なので、味噌汁やら仕込んでいる匂いに包まれながら太刀川さんの声で起こされるのはなんとなく幸せだなあって思ったりする。

でも時々、ほんとに時々だけどおれの方が早く目が覚める時がある。
しんと静まった部屋、朝食の匂いも漂わない無乾燥な部屋で目を覚ますのはちょっと寂しかったりする。自分の部屋で一人で起きる時には何も感じないのに、二人の時の一人は寂しいなんて不思議だなって思う。太刀川さんとこうなるまでは知らなかった感覚。
そういう寂しい感じを味わいたくないから太刀川さんに起こされるまでは二度寝したりするんだけど、体が活動モードになっちゃって眠れないときってどうしてもある。今がまさにそれだ。
体はまだ昨日の疲れが残ってるのにそのくせ目だけはしっかり覚めてしまって、仕方なく体を起こした。

太刀川さんはすうすうと小さく寝息を立てている。普段見れない寝顔を見れるのは少し幸せだけど、やっぱりちょっと寂しい。
枕元に置いてある目覚まし時計を見やると、針は9時をちょっと回ったくらいだ。いつも太刀川さんこのくらいの時間には起きてるのに珍しいな、って思ったけど、そういや教授からの宿題(大学生にもなって宿題って言い方はどうかと思うけど宿題って言ってた)を昨日必死で終わらせたって言ってたっけ。慣れないことしたから疲れたのかな。
早く起きて欲しいなって思うけど揺さぶって無理に起こすのはなんだか忍びない。疲れてるのならなおさら。
おれが代わりに朝食でも作ろうかなって思ったけど、体が怠くて一瞬で諦めた。それにおれが作れる朝食なんてたかが知れてるし。
だからこうしてぼんやりと太刀川さんの寝顔を見つめ続けてるわけだけど、やっぱり寂しい。
はやく起きてよ、ねえ。寝ている太刀川さんの手をきゅうと握る。はやくこの手で頭を撫でて、はやく太刀川さんの声で出水って呼んでほしいのに。
餌を待つペットみたいにただこうして待っているだけなのがなんだか焦れったくてもどかしくて、ふと脳裏に邪な考えがよぎる。思えば太刀川さんを自由に出来る機会なんて滅多にないのだ。
安眠を妨害するのはさすがに気が引けるけど、ちょっとくらい。ちょっとくらいならいいよね、なんて思って、太刀川さんの耳元に唇を寄せた。

「あ、あ、んんっ、た、ちかわさん…」

自分の出来うる限りのやらしい声で囁く。首筋をそっと撫でて、掠れた声で吐息を混ぜながら。昨日の情事を思い出しながら。
夢って記憶とか環境とか色んなものから構成されてるって言うけど、例えばおれがこういう風にやらしい声を聞かせたりしたらどうなるのかな。太刀川さんの見てる夢がえっちになったりするのかな。
ちらりと太刀川さんの顔を見やると、瞼が少し震えたものの、まだ起きる気配はない。いたずらは失敗に終わったかな、なんて思ってちょっとがっかりしたところで、「…いずみ」と小さく名前を呼ばれて胸が鳴った。
夢、見てる。おれの。たぶん、えっちな夢。なんだかくすぐったいような嬉しいような気分になって、おれは再び太刀川さんの耳元で囁く。

「は、あっ、もっと、おく…ねえ、もっと…」

囁く度に太刀川さんの瞼とか繋いでる手とかがぴくぴくと震えて面白い。太刀川さんの夢の中のおれは今どんな風に乱れてるのかな。ちょっと覗いてみたい。
太刀川さんの喉仏がごくんと動くのがなんだかえっちでこっちまでむらむらしてくる。
なんだか楽しくなってきて、調子に乗ってもう一度。

「あ、あ…、すごいっ、や、ぁ」
「…なにが、すごいっ、だ。このばか」

あ、と思った瞬間には腕を引かれてベッドの上に押し倒されていた。目の前にはまだちょっと眠そうな太刀川さんの顔。でもさっきまで閉じていた瞼はちゃんと開いていておれのことを見つめている。
バレるの覚悟でやってたから恥ずかしいとかはあんまりない。ただ案外早く起きちゃったな、なんて思いつつ、おれは太刀川さんの首に腕を回した。

「太刀川さんおはよー、いい夢見れました?」
「あーすっげーえろい夢見た」

なんかこうおまえがぐちゃぐちゃどろどろですごかった、とか小学生みたいな語彙でよく分からないことを口にする太刀川さんがおかしくて小さく吹き出すと、頬をむにっとつままれた。
まあとにかく作戦は大成功。寂しい気持ちはどこへやら、すっかり満たされた気分。

「よかったじゃん」
「よくねー、責任取れ」

言うと太刀川さんはおれの足を広げさせて、おれの股に自らの股間をぐりぐりと押し付けてきた。服越しでも分かるくらい太刀川さんのそこは固くなっていて、ひゃあ、と変な声が出る。体がびくんと跳ねる。
責任取れ、なんて言われなくとももちろんそのつもりだ。拒むつもりなんて毛頭ない。
頷く代わりにおれの方からキスをして、太刀川さんの夢の続きをねだった。




05/10(Tue):(嵐迅)風切羽

!嵐山さんが狂ってます
!迅さん生身欠損

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03/17(Thu):(太刀出)たりない、もっと、たくさんちょうだい

えろわんくっしょん自慰出水くん。

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