ただの口実/チハアカ | ナノ




自分の牧場で取れたいい素材を使って、教えてもらった通りに作って、美味しいって言ってくれると少しだけ期待していた。それだけ。


「まっず…」


なのに第一声がそれですか。
お世辞でも美味しいね、とか言ってくれるのが優しさ…と思ったが彼にはそんなもの持ち合わせていなかった。


「どうしたらこんなに不味く作れるわけ?」
「チハヤから教えて貰った通りに作ったはずな」
「は?嘘でしょ」


そんな言葉を遮るようなドス声を出さなくても。
チハヤは黒いオーラを醸しつつ距離を詰めてくる。


「君そんなに料理下手くそだったっけ?」
「人並みにはできるとは思っているんですが」
「ふうん…」


毎日自炊をしているのだからそこまで下手くそなわけがない…とは思っている。
そりゃあチハヤは見習いとはいえ一応プロ。自分の作った料理を店で出してるんだから味に厳しいのは当たり前かもしれない。だからといって素人にもこんな厳しい採点をしなくてもいいじゃないか。
そんなことを思っているとチハヤがブツブツと言い始めた。


「師匠が…」
「え?」
「師匠がアカリの料理は特別美味しいわけじゃないけど、僕にはないものをもってるって言ってた」


そういえば以前チハヤはユバさんにダメ出しされていた気がする。まさかそこに私の名前が出てることまでは知らなかった。
でもユバさん…それは褒めてるんですか…?


「だから、僕は君の料理をたくさん食べてみたい」


急に真面目な顔になるものだからどきりとする。
まじまじとチハヤの顔を見るのは初めてかもしれない。女の子みたいに綺麗な顔。あ、睫毛長い。羨ましい。



「だ、か、ら!」
「え」
「まずオレンジケーキをうまく作れないなんて許さないから」
「なんでそうなるの!?」
「ほら行くよ」
「どこに!」
「僕の家に決まってるでしょ」


そんなにケーキ不味かったかな。もうこれはみっちりしごかれるかもしれない。
そんなことを思いながら腕を引っ張りグイグイと歩き出すチハヤについて行くことしか出来なかった。



「(…ほんと全然不味くなかったんだけどね)」





ただの口実





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