クラウドとユフィ




空を蹴るように跳躍し、右手に握った手裏剣を標的めがけて振り降ろす。
標的とした鳥の姿をしたモンスターは巨大な翼を振り回した。
勢いよく急所に滑り込むはずだった手裏剣は、ユフィの体ごと軌道から外れる。

「ぅわっ!!」

振り回された翼から風が起こり、思わず声が上がった。

「ユフィ!!」

渦巻く風の向こうから自分を呼ぶ声がする。
高低の差が大きい。
クラウドとティファだろうか。
そう考えた瞬間に、両目を焼けるような痛みが襲った。
そして、痛みに意識が沈む直前、自分の体をたくましい腕が捉えていた。



「……フィ……ユフィ!」


すぐそこに聞こえる自分の名。
なんとか意識を手繰り寄せる。

少しだけ荒い息が、自分の記憶はまだ新しい事を理解させた。
背中が何だか温かい。

「ユフィ!」

自分を呼んだ声が、あいつだと気づく。
いつも目の前で、自分の背丈ほどもある大剣を振るう、あいつ。
あいつの腕は、鳥に吹っ飛ばされた自分の身体を受け止めてくれた。

今あいつの顔と吐息がすぐそこにあるのを感じる。
あいつの姿が見たくて、瞼を持ち上げた。
すると再び、激痛が目を焼いた。




「っつあッ…!」
「ユフィ!」

突然顔を手で伏せたユフィに、思わず声を荒げる。
顔に傷を負ったのかと、自分より小さなそれを顔から退ける。

閉じられた瞼の間から、大粒の雫石が滴り落ちていた。


思わぬ事態に、つい思考が停止する。
痛々しげに涙を流す彼女が、一瞬―――、


「ユフィ!?どこか痛いの!?」

ティファの困惑した声で、はっと現実に引き戻される。

らしくもなく嗚咽を上げるユフィ。
手は顔ではなく瞼を押さえている。
その手を出来る限りの柔らかさで避けると、案の定赤く染まった瞳があった。

「目を、やられたな?」

小さく揺れた漆黒の髪が、それを肯定した。

「ティファ、目薬あるか?」
「さっき切らしちゃったわ…」
内心舌打ちしたい気持ちを抑え、至って平静を装う。
「仕方ない、今日はここで野宿だ」





沈む太陽が空を燃やしている。


「ユフィ!?危ないわよ!」
「へーきへーき!晩飯ぐらい運べるって!」


訪れかけていた静寂を破ったのは、夕食を両手にふらふらと此方へ歩いてくるユフィだった。
勿論、暗闇に侵された目が治っている訳でもなく。

「ユフィ!!」
「大丈夫だって…わゎっ!」

ティファの注意も虚しく、ユフィは足を絡ませ前倒しになった。

夕食とユフィが焚き火の炭になる寸前に、右手と左腕で受け止める。
今日の夕食はパンとスープか、と何となしに考えた。
「見えてない目で無茶をするな」
「んだとぉ!?」
見えない、という単語に過剰なまでの反応を見せた。

ユフィは受け止められたまま体制のままで暴れだす。
しばらくもしないうちに目に痛みを覚えたらしく、大人しくなっていた。
今日何度目かの涙が溢れる。
それが、痛みに対する本能的なものだとしても、動揺は隠せない。

そっと、痛みに刺激を与えないように地面に降ろすと、

「……ほら」

痛みに歪んでいた口に、パンの欠片を突っ込む。
もが、と色気もない声とともに欠片は細い喉を滑り降りていった。
それを確認したのち、パンを全てユフィの手に載せる。
「やるよ。そんな状態じゃスープで火傷するだけだからな」
「う……あ…、ありがと」
ユフィは顔を伏せて、黙って食し始めた。
全くもってらしくない彼女は不思議に思える。

焚き火を挟んで向かい側からの視線が痛いのも、不思議でならなかった。




今夜は星が綺麗だった。
それすらも今は彼女の目に映す事ができない。
燃え盛る焚き火を見つめながら、夜の静寂に耳を澄ませる。


「クラ……ウド」


微かな声が耳に届く。


振り返ると、不安そうに眉を下げる彼女がいて。

「ユフィ?」

名を呼ぶと、何故か肩をびくりと震わせている。

「寝れないのか?」
「…うん…」

小さく首を振る彼女が少しだけ、年相応に見える。

「こっちだ」
出来るだけ優しい声で、呼び寄せる。
少しずつ、地面を踏みしめながら近づいてくる。
ある程度近づいてきたところで、細い手を引く。

「わっ、」

少し力が強すぎたのか、ユフィの身体はクラウドの腕の中に落ちた。
しっかりそれを受け止め、無事を確める。

「悪い、大丈…っ」


ドンッ、という形容が正しかったかもしれない。
自分よりも幾分小さな身体がぶつかってきた。
細い指はかたかたと震えながら、セーターに強く指を絡ませている。


「ユ、フィ?」
少しの戸惑いを含ませつつ、彼女の名を唇にのせる。
小さく、彼女は言った。


「今、ここにいるのは…クラウド…だよね?」

「…ユフィ?」


不思議に思わざるを得ない自分に構わず、ユフィは続ける。


「本当は、クラウドはここにいなくて、あたしの幻聴なんじゃないかって……」

その一言が、彼女の震えとらしくない態度の意味を示した。


奪われた視界。
それによって、彼女は突如覆ってきた闇に怯えている。
仲間の姿も見る事が出来ない不安が、今にもユフィを押し潰そうとしているのだ。


「お願い…だから……どこにも、行か…な…い、で……」


ふ、とセーターを掴む力が抜けた。
それと同時にユフィの身体は後方へ傾く。
背中を支え、地面への激突を避けた。


草を踏みしめる音が、焚き火の音を掻い潜って聞こえてくる。



「クラウド」

「……ティファ」


振り返れば、よく見知った幼なじみ。

「ユフィがテントからいなくて…」
「……ああ」

微笑んでいるはずなのに、どこか冷えきっているのは何故だろう。

「ユフィ、寝ちゃったのね…」
ユフィは、クラウドの腕の中で規則正しい呼吸音を立てている。

「……もう、テントに戻してあげたほうが…ほら、外は寒いし……」
「ああ、そうだな……?」
腕の中が、少しだけ動いたような気がして、目を向けると。
緩んでいたはずの細い指が、再びセーターを強く握っている。


「……クラウド?」
「ティファ、先に寝ててくれないか」


先ほどとは打って変わった言葉に、ティファが目を丸くした。

「でも……」
「あしたもこいつがこういう状態だったら、頼れるのはティファしかいないんだ」

こっちを呆然と見つめてくる、ルビーの瞳。
しばらくすると、ふい、と逸らされる。

「………わかったわ」

おやすみの言葉を交わした後に、ティファはテントへ戻っていった。



規則正しかった呼吸が、少しだけ乱れる。
腕の中を見下ろすと、閉じられたままの瞼が震えている。


「…行かない…で……」


小さな言葉とともに溢れる、雫石。

そんな脆く儚い姿が、とても愛しく思えてならなかった。
焚き火で光を反射する黒髪。
それに指を絡め、小さな耳に唇を寄せ、囁いた。




大丈夫、ここにいるから



2012/03/26




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