ヘッポコ丸とビュティ





すー、すー、と規則正しい呼吸音。



睡眠中のそれは、俺のでは、ない。



そう、断じて俺のではない。


ベッドに横たわる俺の、すぐ背後の女の子のものだ。



どうして、


どうして…こんな状況になってるんだぁあああっ!!!!


俺の叫びは心中で木霊した。




それは、約五時間前のこと。


俺は鼻毛道場の修行を終え、ボーボボの一行に加わった。


「よし今日は奮発して、宿に泊まるぞー!!!」
「やったぁ!!久しぶりだね!」

ボーボボの提案に、ビュティが飛び跳ねた。

「最近野宿ばっかでたりーんだよねー」

携帯片手にギャル語で通話するパチ美。
果たして、通話相手はいるのか。


そしてボーボボといえば、アフロから何やら馬車やら戦車やら出している。
移動準備…?理解不能だ…。


これが日常茶飯事なのかと思うと、ビュティに同情したくなる。
が、俺の思案とは裏腹に、彼女は満面の笑顔で戦車に乗り込んでいた。


「強い子、だな…」
「誰のこと?」
「ビュティのことだよ…ってぅわあぁあっ!!!」

突然返答が返ってきたことに、大声を上げてしまった。
回想の中心にいた彼女はすぐ隣。


「どうしたの?突然大声出して」
「あ、いや…わ、忘れてくれ」

「変なへっくん…あ、宿が見えてきた!」


「よっしゃああぁ!!!とうちゃぁああ―――く!!!」

高らかな雄叫びが聞こえた直後、戦車が激しく傾いて俺達を前へすっ飛ばした。
「きゃあっ!!!」
「うわぁっ!!」
「どんぱっち★」

俺とビュティの絶叫と謎の奇声が耳に入ってきた。


飛んでいく体は、宿に突っ込み壁を突き破った。

一足先に着地した後、何とかビュティの体を受け止める。
オレンジの物体は未だに近くを跳ね回っていた。

「ありがと、へっくん」

彼女は、優しく笑みを浮かべる。
急にくすぐったい気持ちが湧いてきて、支えていた手をすぐさま離した。

「別に…」

出来るだけ、素っ気ない態度を心がけた。
そうでもしないと、気恥ずかしさが表に出そうになったから。


「おい、部屋とったぞ」

いつの間にやらチェックインしていたらしく、ボーボボが鍵を持って背後に立っていた。
はるかに大きい手に握っている鍵は、二つ。

「…二つ?」

思わず声が出てしまう。

「ああ、ダブル二部屋だ。
何か不都合でもあるか?」

「いや、俺は無いけど…その……ビュティは?」


ビュティは俺達とは違い、女の子だ。
男と同室はまずいだろう。


「私は別にいいよ?
今までボーボボたちと部屋一緒だったし」

「そ、そうなのか……」


……心配した俺がおかしかったのか?
じゃあ、ビュティはボーボボさんと一緒だろうな



「ビュティ、お前はヘッポコ丸と同室だな。
年が近い奴の方が気楽だろ」

「うん、わかったよ」



そうか、俺がビュティと同室………

ってええええぇえーッ!!?
本日三度目の絶叫は何とか喉の奥へと押し込んだ。


お、俺が一緒!!!!?
嘘だろ……





ビュティに引っ張られて、部屋に入っていたことに気づいたのは寝る間際だった。


それくらい、俺の頭は緊張と混乱でいっぱいだった。

「へっくん!!」

突然名前を呼ばれたと思ったら、彼女の顔が目の前にあった。


「わっ、な、何?」
「何じゃないよ、さっきから呼んでも返事しないんだから…」

少しだけ頬を膨らませる表情も可愛いと思ってしまう。
こんな状況じゃ、そんな小さな思いさえ邪なんじゃないかと疑いたくなる。


「もう10時になるから、明かり消すよー」

「あ、うん」

明かりが消えて、おやすみを交わした後も、俺の緊張は治らなかった。
むしろ、どんどん大きくなってるような気がする。


背中を向けているのに、ベッドの間の距離が妙に近く感じられる。


この距離がこれ以上縮んだら俺、どうなるんだろう


ありもしないことを考えてもしょうがない。
とりあえず寝ようと決め込んだ。



が、


後ろで、布が擦れて落ちる音がした。


どこかに行くのか…、


小さな足音は、徐々に近づいた後、通りすぎ……なかった。


収まりかけていた鼓動か、再び暴れだす。


俺のベッドにい…る!!!?


肩に細い指が触れたその時、俺の鼓動は絶頂を迎えた。


「……へっくん……」

か細い声で、この後彼女はとんでもない事を言った。

「一緒に、寝てくれないかな……?」


俺の鼓動は、暴走を通り越して止まってしまった。





そして現在に至る。



彼女を視界に入れないように背中を向けている。
それでも同じベッドに寝ている、その事実だけで俺の心臓は破裂寸前。



必死に目を瞑っていると、声がした。

さっき掛けられた声よりも震えていて、小さい。

聞き取れなくて後ろを向こうと思えば、背中に小さなぬくもり。

寝間着に細い指が絡むのを感じて、俺の身体は再びフリーズした。



「……お兄…、ちゃ…ん…」




小さな、小さな声で紡がれた言葉に、一瞬だけ鼓動が静まる。


もう何年も会っていない、幼い顔が過って消えた。



少しだけ身体を捩って、彼女のブランケットを掛け直した。


これが、俺の精一杯の気遣い。



今日は、眠れなさそうだ。


深く息を吸って、吐いた。


2012/03/26




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