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狡いのはどちらか

 今日は何だか朝から承太郎くんがピリピリしている。その矛先が此方に向く事は決して無いのだけれど、機嫌が良い訳では無さそうだという事は分かるのだ。その理由は明らかで、今日が2月14日――つまり、バレンタインデーだから。
 去年、承太郎くんと親しかった訳でもない私でさえ、彼がどれだけのチョコレートを渡されていたかは噂で知っている。何処に居ても大抵は女子に群がられている彼だから、まあ、想像に難くないだろう。そして、今年も大変な事になるだろうという事は、明白である。

 普段の承太郎くんを見ていれば分かるのだけれど、彼は鬱陶しいのを嫌がるタチだ。バレンタインデーに自分に群がって来る女子はその最たるものだろう。だからこそ、承太郎くんは朝からピリピリしているのだ。
 しかし、そんな承太郎くんに怯む事無くチョコレートを渡しに来る女子のメンタルの強さと言ったら。承太郎くんに睨むような視線を向けられても、顔を赤らめて満足そうに帰って行くのだから凄い。女子って…強いなあ…。

「……ナマエ。帰るぞ」
「あ、うん…」

 放課後、私の背を押した承太郎くんの手には、チョコの入った紙袋が提げられている。朝よりも疲れたような表情に、密かに苦笑してしまった。一応、承太郎くんとは恋人関係なだけあって、正直もやもやとした気分にならない訳でもない。とはいえ、承太郎くんにチョコを渡したい女子達の気持ちも分からないでもないので、複雑な心境である。
 因みに、私はまだ承太郎くんには何も渡していない。実は、沢山のチョコレートを貰うだろうから、逆に迷惑になるのではないかと思って作らない気でいたのだ。しかし、数日前、それを見越したらしい承太郎くんに、「バレンタインデーは楽しみにしてるぜ」なんて先に言われてしまった。そう言われれば、そりゃあ作るしかない訳で。

「…えっと、じゃあ、あの、後で承太郎くんの家に行くので…」
「ああ。気を付けて来い」

 「待ってるぜ」と付け加えられ、思わず口元が緩んでしまった私はやはり単純なのだろうか。大きく頷いて、承太郎くんと別れ、歩き始める。今日は一度自分の家に帰り、承太郎くんに渡すつもりのケーキを持って、彼の家に向かう事になっていたのだ。
 家の冷蔵庫の奥にあるケーキを頭に思い浮かべ、ふっと息を吐く。何回か試作してみて、自分ではなかなか上手に作れた方だとは、思う。それでも心配になってしまうのは、渡す相手が他でもない承太郎くんだからだ。既にドキドキと鼓動している胸を宥めながら、私は家に急いだのだった。


***


 数十分後、約束していたように承太郎くんの家を訪ねると、ホリィさんはお買い物に出ているようで、承太郎くんが出迎えてくれた。当たり前だけれど、承太郎くんの手にはあの紙袋は無くて、密かに息を吐く。自分で思っているよりも気にしていたのかもしれないな、とこっそり思った。
 承太郎くんの部屋に向かう前に、台所に寄って、お皿とフォークを借りる。試行錯誤しながら作ったのはフルーツタルトで、生地に乗っているフルーツが落ちないように、慎重に箱から出して盛り付けた。二つある内の一つは承太郎くんの分だけれど、もう一つはホリィさんに渡して貰うつもりなので、残りは冷蔵庫へと入れさせて貰っておく。

 一緒に部屋に行くつもりらしく、承太郎くんは私の背後で待っている間、手元を覗き込んで「美味そうだな」なんて言ってくれていて、少し照れ臭かった。ケーキと飲み物を持って、漸く承太郎くんの部屋へと向かう。腰を下ろしたところで、承太郎くんにフルーツタルトの乗ったお皿を差し出した。

「…チョコレートとか甘ったるいものは嫌かなって思ったから、フルーツタルトにしてみたの。えっと、甘さは控えめに作ったつもり、です…」

 指先を膝の上で擦り合わせながら、フォローを入れるつもりで言う。何を作ろうか物凄い迷ったのだけれど、口に合うかどうか。承太郎くんがフルーツタルトを口に運んで行くのを、ドキドキしながら見守る。一口食べた後で、承太郎くんはふっと口元を緩めてくれた。

「美味いぜ。甘さも控えめで丁度いい」
「ほ、ほんと?良かったあ…!」

 ほっと胸を撫で下ろした私は、そのままパクパクと食べ進めている承太郎くんを見ながら、「承太郎くん、朝からあまり機嫌良くなさそうだったから正直ちょっと心配で…」と苦笑した。承太郎くんは一瞬目を丸くした後で、静かに口を開く。

「…お前だって朝からそわそわしてたぜ」
「エッ!?…わ、私、そわそわしてた…!?」
「俺の所に女が来る度にチラチラ見てたじゃあねーか。…それに、さっき家に上がる時も、俺が紙袋持ってねーのを確認して安心したような顔してただろう」

 言われてみれば心当たりがあって、思わず口を噤む。自分では密かにやっているつもりだったのだけれど、承太郎くんにはバレバレだったらしい。あまり気にしていない振りをしていただけに、何だか恥ずかしくて堪らなくて、視線を泳がせる。
 その様子を見てか、承太郎くんが小さく笑ったのが聞こえ、思わず顔を手で覆う。気付いていたならもっと早くに言ってくれれば良かったのに、意地悪だ。心の中で密かに文句を言っていると、承太郎くんが私の名前を呼ぶ。指の間からちらと盗み見ると、承太郎くんはいつになく嬉しそうで、私は反射的に口を尖らせた。

「………な、何でそんな嬉しそうなの…!」
「…嫉妬してくれてたんだろう?好きな女に嫉妬されりゃあ、嬉しいに決まってるぜ」
「すッ……」
「こっちに来な、ナマエ」

 さらっと爆弾を落とされて、思わず固まる。最後の一口を食べ終えた承太郎くんは、お皿をテーブルに置き、自分の横をぽんと叩いた。顔が熱いのを誤魔化すように、じとっとした視線を遣れば、急かすようにもう一度床を叩かれてしまい、私は渋々腰を上げる。
 承太郎くんの方を見ないまま、ちょこんと彼の隣に座る。心臓が煩くて堪らない。私はまたそわそわと落ち着きが無かったのか、承太郎くんはフッと笑った。伸びて来た手にそっと頭を撫でられて、一瞬息が詰まる。

「心配しなくても、俺はお前にしか興味はねーぜ」
「そッ……、…そういう事、い、言わなくていいから…」
「事実を言っただけじゃあねーか」
「……も、もーッ、だから、そういうのズルいんだってばあ……!」

 堪らなくなって、やけくそのように言いながら、立てた膝の上に埋めるように顔を押し付ける。「…承太郎くんのバカ…」とぼそぼそ毒づけば、一拍置いて、小さく笑い声が降って来た。こっちは笑い事じゃあないのに!
 口をとがらせていると、肩を叩かれる。まだ顔の熱が収まっていなくて、「…な、なあに」と声だけ返すと、「顔上げてみな」と言葉が降って来る。自分を宥めるように、ふうっと息を吐いてから、おずおずと顔を上げた。

「ほら」
「……エッ?」

 差し出されたのは、手の平より少し大きいくらいの箱だ。戸惑いながらもそれを受け取ると、「開けて良いぜ」と顎でしゃくられる。小さく頷いて、箱を開けてみると、中には美味しそうなチョコレートが幾つか並んで収まっていた。

「これ…チョコレート?な、何で…」
「…そもそも、バレンタインは女から男に物を贈る日じゃあねーからな。好きな相手に何か贈る日なら、俺からナマエに渡したって良いだろう」

 じわじわと顔が熱くなって行くのを理解して、慌てて視線をチョコレートの方へ移す。今日はやけに好きというワードを混ぜ込んで来ているけれど、きっと分かっていてやっているのだろう。そう考えると、何だか恥ずかしくて堪らなくなってしまった。

「……今日は一段とズルいよ、承太郎くん…」
「…お前だって嫉妬なんて随分可愛い事してくれてたじゃあねーか。お互い様だぜ」

 少しだけ口端を吊り上げた承太郎くんに、心臓が大きく跳ねる。表情一つ一つにさえドキドキさせられるのだから、全く仕様がない。誤魔化すように承太郎くんの膝を叩けば、私の照れ隠しでさえお見通しなのか、承太郎くんは小さく笑ったのだった。
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