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チョコレートのかわりに

 ――今年もこの季節がやって来た。つい数日前までは節分だの何だのと言っていたのに、町はいつの間にやらバレンタイン一色に染まっている。毎年の事ではあるけれど、全く忙しないものだ、と思わずため息が漏れてしまう。
 人によってバレンタインの捉え方には多少違いがあるとは思うけれど、私の中では、好きな人に想いを伝える甘酸っぱいイベント――というよりは、製菓企業に見事に踊らされてお菓子を食べる日と決まっている。告白だ何だと浮かれるのはあまり好きじゃあないけれど、お菓子は好きだ。チョコレート美味しい。

 去年は友人とお菓子や飲み物を持ち寄って、プチお菓子パーティーをした覚えがある。少なくとも、私達の間ではその程度のイベントなのだ。手作りのお菓子や告白の話題で盛り上がっていたのは、悲しいかな、とうの昔の話である。
 しかし、今年は更に悲しい事に、何の予定も無かった。大学は冬休みだし、誰かと出掛ける約束も無い。自分の為にお菓子を作るだなんてそんな面倒な事をする気はさらさら無いし、残念な事に、今年は本当に何も予定が無かった。

 ――とはいえ、正直、仗助にチョコレートか何か渡したいなと、思わない事も無かった。ただし、思っただけだ。実行しようとは思っていない。なにせ、あの仗助だ。学校ではそりゃあもう沢山のチョコレートを貰うに違いない。
 高校生といえばイベント事には敏感で、更に言えば、女子は割と本気を出して来るものだ。渡す相手が仗助ともなれば、本命じゃあなかったとしても、かなり気合を入れる筈だろう。私だってそうする。

 そして、現役女子高生の気合の入ったバレンタインのチョコレートに混じって渡す勇気は私には無い。手作りしようと思っていない時点で既に負けている。中途半端に市販品を渡すくらいなら、渡さない方が良いだろうと思うのだ。
 まあ、そういう訳で、今年のバレンタインは特に何も無い普通の日として過ごす事に決めた。とはいえ、ちょっとだけ虚しいので、チョコレートの一つくらいは買いに行くかと、散歩がてら外へ出る。トリュフ、ガトーショコラ、生チョコ――何を買おうかな、なんて思いながら、のんびり歩いていた時だった。

「あ!ナマエさんじゃあないっスか!」
「ヒョエッ……」

 背後から掛けられた声に、思い切り変な声が漏れる。ギギギ、と音が付きそうなくらいにぎこちない動きで振り返った先には、一段と眩しい笑顔で駆け寄って来る仗助の姿があった。――仗助に限ってはどんな時でも基本的には会いたいと思っているのだけれど、正直に言おう、今日だけはちょっと会いたくなかった。
 バレンタインデー云々の葛藤があったのでなるべく早くトンズラをこきたいところではあるけれど、ハイさようなら、では流石に不自然だろうから、「が、学校帰り?」と尋ねてみる。仗助は軽く首を横に振ると、一度家に帰ったと話してから、「今は…まあ、散歩みたいなモンっスかね」と頬を掻いた。一度家に帰ったのは、きっと、大量のチョコレートを置く為なのだろうな、と勝手に予想しておく。

「ナマエさんは?散歩っスか?」
「エッ!?…え、えーと、うん、まあ、お散歩…かな…」
「一緒っスね!」
「う…うん…一緒だね……」

 にっこりと笑われて、私の単純な作りをしている心臓はキュンと反応する。つい数秒前までは違う意味で心臓がドキドキしていたというのに、自分の事ながら全く忙しいものだ。
 とりあえず、バレンタインの話題が出る前にさり気なくこの場を離れたいところだ。やましい事は無いけれど、仗助に何か渡したいと僅かでも考えていた手前、何となく居た堪れない。

 それに、チョコレートいっぱい貰ったんです、なんて笑顔で報告でもされたら、ちょこーっとだけ複雑な気分になりそうな気もするのだ。…いや、別に私は仗助の恋人でもあるまいし、仗助が誰から何をどれくらい貰おうと関係の無い事なのだけれど、やっぱり何となく気になってしまう。
 密かに考えながら、話を切り上げて立ち去るタイミングを図っていた時だ。仗助が「…ところで」と話を切り出す。

「…今日、バレンタインデーっスけど」
「………ハイ」
「……ナマエさんは、その、チョコとか作ったんスか?」
「………え、えあああ……」

 ド直球の話題に、良く分からない声が漏れる。脳内で大パニックを起こしつつ、「いや…うん…まあ……」と明らかに言葉を濁した私に、仗助が「え?作ってないんスか?」と顔をずいずい近付けて来た。食いつき方がおかしくないですか。
 思い切り顔を逸らす私を見て、仗助も悟ったらしい。「ちょ、本当にないんスか!?」と驚いたように言われて、更に視線が泳ぐ。だ、だって、作ったとしても、仗助は絶対いっぱい貰ってるじゃあないか……!!

「ナマエさんのチョコ楽しみにしてたんスよぉ〜ッ…!?」
「えッ、い、いやッ、だって仗助くん、きっと女の子からいっぱいチョコレート貰うだろうなって思って…!!」
「……思って?」
「……い、いや、そう考えると何となく渡しづらくて……それに、中途半端なもの渡すとかえって恥ずかしいかなって…あの……ご、ごめんなさい……」

 何だか居た堪れなくて、俯いたままもごもごと話す。私何で謝ってるんだろう。このままいっそ逃げ出してしまいたいのをぐっと堪えていると、仗助が息を吐いたのが分かった。それからすぐ、「……もー、ナマエさん、バカ……」と声が降って来て、思わず顔を上げる。

「…そりゃあ、まあ、正直幾つか貰いましたけど……でも、絶対欲しいチョコレートってやっぱりあるじゃあないっスか…」
「……う、うん…?」
「…俺は、ナマエさんのチョコ、欲しかったっス」
「………エッ」

 結構楽しみにしてたんスよ、と拗ねるように言われ、思考が停止していた私は漸く我に返る。「え、あ、わ、私のチョコ、を…?」と慌てて問い返せば、仗助は大きく頷いてみせた。
 ぼぼぼ、と顔が熱くなるのが分かって、堪らずに両手で顔を覆う。お世辞だったとしても、今のは効いた。ずるい。ずるすぎる。欲しかった、だなんて。

「……ナマエさん、顔真っ赤っスよ」
「…そ、んなこと、ないです……」
「あーあ、ナマエさんからチョコ貰えると思って楽しみにしてたのになぁ〜ッ」
「ウッ……!?」

 少し身を屈め、私の顔を覗き込むようにして、仗助が言う。指の間からちら、と盗み見ると、仗助は悪戯っ子のような表情を浮かべている。何だか楽しんでいるように見えて仕方がないのですが!
 そのまま、ずい、と迫られて、思わず一歩後ずさる。近い。冷汗が滲むのを感じていると、仗助が何か思い付いたように声をあげた。

「…まあ、でも、別にチョコじゃあなくたって良いんスよね」
「……う、うん…?」
「…ね、ナマエさん。チョコの代わりに、欲しいものがあるんスけど…」
「な、何?」

 先程までの悪戯っ子のような笑みは消え、代わりに何処かそわそわとし出した仗助は、窺うように話す。上機嫌過ぎて、今仗助にねだられたら何でも買ってしまいそうだ。密かにそんな事を思っていると、仗助が口を開いた。

「ちょっとで良いんで、ナマエさんの時間が欲しいっス」

 思わず固まったのは言うまでもない。目を瞬く私に、仗助は「一緒に散歩しましょ」とはにかむように笑った。てっきり何かおごって欲しいのかと思っていたのに、私の時間、だなんて、そんなもので良いのか。いや、私は大歓迎なのだけれども…!!
 うろうろと視線を彷徨わせてから、私は小さく頷く。「…わ、私のでよければ…」と返すと、仗助は嬉しそうに笑ってくれた。ひい、可愛い。また一段と自分の熱が上がったのを感じながら、私は仗助の横を歩き始めたのだった。
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