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大人なマドレーヌ

 暫くの間、こんな姿では出歩けないとめそめそしていたのだけれど、三人の必死の励ましによって何とか持ち直す事が出来た。とはいえ、恥ずかしい事には変わり無いので、仗助の後ろに隠れるようにしてこそこそと歩く事にさせて貰っている。
 向かう先は、杜王グランドホテルだ。ホテルの中には多少ハロウィンの装飾が施されているけれど、流石に仮装している人は居ない。何が言いたいかと言うと、私の浮いている感が半端ないのである。

「……ううう、やっぱり恥ずかしい…めっちゃ見られてるよう……」
「そ、そんな事ないですよ!大丈夫ですってナマエさん!ねッ!」
「お、おう!そうだぜナマエさん!」
「と、とりあえずよぉ、早いとこ承太郎さんのとこに行こうぜェ〜ッ!」

 やはり三人に励まされながら、私達はエレベーターに飛び乗って三階へと向かった。『324号室』の前までやって来て、仗助が部屋のチャイムを鳴らす。数十秒の後、部屋のドアが音を立ててゆっくりと開いた。
 中から顔を覗かせた承太郎さんは、「どうした」と短く声を上げる。ちら、と視線が私の頭の辺りに止まったのを感じ、思わず仗助の後ろに隠れたけれど、承太郎さんは特に何も言って来なかった。一人だけやたら気合の入った仮装をしているだとか思われていたらどうしよう。

「こんにちはっス承太郎さん。あの、今って忙しいっスか?」
「特に忙しくはないが…何か用事か?」

 忙しくはない、という言葉にきらんと目を光らせた仗助と億泰は、すっと両手を差し出し、お決まりの台詞を言う。「トリック・オア・トリートっス!」と仲良く声を揃えた二人と、その後ろで様子を窺う康一くんと私とを交互に見遣り、今日が何の日であるかを思い出したのか、承太郎さんは「…なるほどな」と納得したように呟いた。

「お菓子がないなら悪戯させて貰うっスよ、承太郎さん!」
「やれやれ…俺が菓子なんざ用意してねーと分かっていて来たな」

 呆れたように息を吐いた承太郎さんに、仗助はニッと悪戯っ子のような笑みを浮かべて返した。ぐう可愛い。承太郎さんはドアを大きく開けると、「好きなルームサービスを頼んで良いってのはどうだ?」と話し、私達を中へ招き入れてくれた。


***


 承太郎さんの横に私が座り、テーブルを挟んだ向かい側には仗助、康一くん、億泰が座る。仗助と億泰に挟まれている所為もあるけれど、康一くんが何だかいつもよりも小さく見えてしまう。頼んで貰ったルームサービスのデザートを前に、目を輝かせている三人を微笑ましく見ていると、承太郎さんが「ところで」と声を上げた。

「…ナマエくんがこういうイベント事に参加するのは意外だな」
「えッ、そ、そうですか…?」
「その猫の仮装も良く出来ている。まるで本物のようだ」
「……………こ、これはまあ、良く出来ているというか、本物なので…」
「………何?」

 恥ずかしくなって顔を両手で覆うと、頭の上の耳も同調するようにへたりと下がったのが分かる。康一くんが慌てたように「ろ、露伴先生のイタズラなんです!」と説明してくれて、承太郎さんは「イタズラ…?」と私の頭を観察するようにじっと見つめた。
 論より証拠、と思い、私は「触って貰えればわかると思います…」と声を上げた。一拍置いて、承太郎さんがそっと手を伸ばして私の頭に生えている耳に触れる。擽ったさにぴこぴこと揺れた耳を見て、承太郎さんは一瞬だけではあるけれど、僅かに目を丸くした。

「…なるほど。確かに本物らしいな」
「……そうなんです…今日一日だけではありますけど、こんな姿、公開処刑というかお目汚しというか……」

 何度も言うけれど、どうせなら仗助や承太郎さんに耳が生えたところを見たかった。しょんぼりする私を見てか、承太郎さんが引っ込めた手を再び伸ばして来て、私の頭を撫でる。
 耳の後ろを指先で擦るように撫でられ、思わず目を細めてしまう。承太郎さんには何度か頭を撫でられた事があったけれど、今は猫の方に気が寄っているのか、いつにも増して気持ちが良い。これじゃあまるで猫だ。…いや、猫なんだけど!

「そう卑屈にならなくても良いだろう。なかなか似合っていると思うがな」
「に、似合っ……そ、そんな、私に猫耳が生えたって……」
「承太郎さんの言う通りっスよ!言ってるじゃあないっスか、ナマエさん似合ってるし可愛いって!」
「え、あ、うええ…」

 承太郎さんと仗助の言葉だけでなく、追い打ちを掛けるように康一くんと億泰までうんうんと頷くものだから、思わず顔が熱くなる。ただのフォローだと分かっていても流石に照れてしまう。
 どうしたものかと視線を彷徨わせていると、「…ナマエさん、尻尾が喜んでます」と笑いを堪えるように仗助に言われてしまい、そこで漸く自分の尻尾がゆらゆらとゆっくり揺れているのに気が付いた。慌てて尻尾を掴み、隠すように抱き締める。ひええ、恥ずかしい…!!

 気を紛らわせるように目の前の紅茶に手を伸ばし、口を付ける。紅茶を淹れてから少し経っている筈なのに、全く冷めていないように感じるのは、やはり私が猫の方に寄っているからなのだろうか。
 そう考えている内にも、ぱたぱたと尻尾の先がソファーを叩いているのに気が付いて、ハッとする。恐る恐る仗助達の方を見れば、じいっと観察するように此方を見ていた。何だか色々と見透かされているような気分になる。な、何か話題を逸らさなければ…!

「…あ、そ、そうだ!…あの、承太郎さん、もし良かったらこれ…」
「……何だ?」

 思い出したように鞄から取り出したのは、例によってハロウィン仕様のラッピングを施されたお菓子だ。最後の一個であるこの中身は、確かマドレーヌだった筈。「ハロウィンなので」と小さく笑いながら差し出すと、承太郎さんは「ありがたく頂こう」と受け取ってくれた。
 予定外ではあったけれど、全てのお菓子を渡し終えて満足したところで、漸くデザートに手を付けた。デザートも美味しくて幸せだけれど、それ以上に、大好きな人達に囲まれてお茶をしているという事が幸せで堪らない。何というか、もう死んでも後悔ないかもしれない…。

 幸せな時間ほど過ぎるのは早いもの。デザートを平らげた私達は、長居をするのも申し訳ないからと、お暇する事にした。承太郎さんに丁重にお礼を述べ、仗助達と共に部屋を出る。
 三人の後ろについて廊下を歩いていたのだけれど、どうしても言いたい事があった私は、近くに居た康一くんに「ごめんね、先に行ってて…!」と伝え、エレベーターの前で別れる。ぱたぱたと来た道を戻ると、承太郎さんがドアを閉めようとしたところで私に気が付き、廊下の方へ出て来てくれた。

「あ、あの、承太郎さん!」
「………忘れ物か?」
「い、いえッ、…ど、どうしても言いたい事があって、その……」

 承太郎さんが不思議そうな視線を此方に寄越す。自分から言いだした事だけれど、今になって少し恥ずかしくなって来てしまった。「ええと…その…」ともごもご口籠ってから、私は覚悟を決め、そっと顔を上げて承太郎さんの顔を見る。

「…やっぱりまだ夢みたいで、私が皆の輪の中に居ても良いのかなって思う事もありますけど、それでも嬉しくて……皆とこうしてイベントを楽しめるなんて思ってもみなかったから、その…私、本当に幸せで」

 考えてみればたった数ヶ月前の事だけれど――あの時は、まさか自分が大好きな物語の中で、大好きな人に囲まれて過ごす事になるなんて思いもしなかった。ましてや、こんな風に皆とイベントを満喫出来るなんて。まだ夢心地だし、緊張もしてしまうけれど、嬉しくて堪らないし、幸せだと心の底から思うのだ。

「…私が今こうして楽しめているのも、承太郎さんが色々と面倒を見て下さっているお陰です。本当に、ありがとうございます…!」

 がばっと頭を下げて、「そ、それだけ言いたくて…」ともごもご言いながらゆっくり顔を上げる。承太郎さんは「…そうか」と言って、私の頭を撫でてくれた。少しだけ口元を緩めてくれたように見えて、それがまた嬉しくて仕方なくなる。一人でニヤニヤとしていると、承太郎さんが私の名前を呼ぶ。

「ナマエくん、君は色々と考え過ぎる癖があるから言っておくが…」
「は、はい…!」
「『輪の中に居ても良いのか』なんて、そんな事を考える必要はない。…仗助達を見れば分かる事だ」

 承太郎さんが指差す方に視線を遣ると、仗助達が廊下の先で立ち止まって此方を見ていた。「ナマエさん、置いてっちゃいますよ〜ッ!」なんて言っているのが聞こえるけれど、三人共、私の事を待ってくれている。ぽん、と背中を押され、私は驚いたように承太郎さんを見上げた。

「…また来ると良い、ナマエくん。話し相手くらいにはなる」
「……ッ、は、はい…!ありがとうございます…!」

 ふ、と口元を緩めてくれた承太郎さんはやはりどうしようもなく格好良くて、私も口角が上がってしまった。また来ても良いという言葉が、何だかじんわりと胸に染み渡るようで、とても嬉しくなる。
 頭を下げてから、私は仗助達の元に駆けて行く。――今回のハロウィンが、今まで生きて来た中で、一番思い出に残るものだったのは言うまでもなかった。

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