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意地悪なマフィン

 仗助と歩いていると、前方に見知った姿を見付けた。先に待ち合わせ場所に着いていた億泰と康一くんが、仗助の横に居る私を見て一瞬きょとんとしたものの、直ぐに表情を明るくして手を振ってくれる。二人とも可愛すぎでは?
 「もし良かったらご一緒させて貰ってもいいかな?」と話してみると、二人はにっこり笑って「勿論!」と返してくれた。へらりと笑ってから、鞄の中に入れていたお菓子を二人に差し出す。

「えっと、ハッピーハロウィン、で良いのかな?お菓子、良かったら食べてね」
「ありがとうございます!」
「仗助、なにニヤニヤしてんだよぉ〜?」
「ん?…いや、別になんでもねーけどよぉ〜」

 「ね、ナマエさん」と仗助に急に話を振られ、「えッ?あ、うん…?」と戸惑いながらも頷く。何だか良く分からんが可愛いので良しとしよう。不思議そうに首を傾げる億泰と康一くんを他所に、仗助は何処か機嫌良さげに「じゃあ行こうぜ〜」と前を歩き出したのだった。


***


「なァナマエさん、露伴先生よぉ〜、お菓子用意してっかなァ〜?」
「…う、うーん、どうかなあ…用意してなさそうだけど……」
「そん時は悪戯すりゃあ良いじゃあねーかよォ〜、な、康一!」
「露伴先生、絶対怒ると思うけど…」

 四人で話しながら歩いている内に、目的の露伴先生の家へ辿り着いた。嬉々としてインターホンを押しに行った億泰と仗助を後ろから見つつ、私は康一くんと目を合わせて苦笑する。露伴先生が留守であればお互いに平穏無事に済むような気がしたものの、そう上手く行かないのが現実だった。
 インターホンを鳴らして数秒後、ガチャリと音を立ててドアが開く。中から顔を覗かせた露伴先生は、私達を見るなり、至極嫌そうな顔をして「…何の用だ」と低い声を上げた。既に機嫌が悪そうである。

「やだなあ露伴先生、今日何の日か知らねーんスかァ?10月31日っスよ!ハロウィンじゃあないっスかァ〜!」
「………あのなァ、君達と違って僕は忙しいんだよ。君達の幼稚なイベントごっこに付き合っている暇は無いんだが」
「お菓子がねーならイタズラだぜ露伴先生よぉ〜!」
「っつー事で、トリック・オア・トリートっス!」

 どんどん機嫌が悪くなる露伴先生にも臆する事無く例の台詞を言い切った二人に、思わず拍手を送りたくなる。私ならドアを開けた時のあの不機嫌そうな顔を見たら脱兎の如く逃げ出していただろう。ひやひやとしている私の横で、康一くんは「もう、二人ったら…」と額を押さえている。

「…逆に聞くがね、この僕がお菓子を用意していると思うのかい?君達の為に?」
「分かってないっスねェ〜、別にお菓子を貰えなくても良いんスよ。その代わり、悪戯させて貰いますから」

 あからさまな不機嫌顔の露伴先生と、対照的ににんまりと笑顔を浮かべる二人が顔を見合わせたまま数秒。はあ、と大きく深い溜め息をついた露伴先生は、「本当に気に食わない奴らだな…」とぶつくさ言いながら家の中に引っ込んだ。
 それから、露伴先生が何かの紙袋を手に再びドアを開けるまで、そう時間は掛からなかった。やはり眉間に皺を寄せて機嫌の悪そうな表情のまま、露伴先生はその紙袋を億泰に押し付ける。

「ついこの前、編集部から送られて来た物だ。開けていないから中身は知らんが、クッキーとかその類いだろう」
「えっ!」
「それをくれてやるから、さっさと帰れ」

 億泰はお菓子を貰って嬉しそうにしているけれど、横に居る仗助は悪戯し損ねて若干不服そうである。二人とも対照的だけれど、可愛い点は共通している。露伴先生は何度目かの深い溜め息を吐いて、しっしっと追い払うように手を動かした。
 何だかんだ言って露伴先生も優しいなあ、なんて密かに思っていると、ドアを閉めようとしていた彼は「…いや、待てよ」と声を上げる。家を後にしようとしていた仗助と億泰が露伴先生の方へ振り向くと、露伴先生は口を開いた。

「トリック・オア・トリート」
「……は?」
「何だ、今日が何の日か知らないのか?10月31日、ハロウィンだぜ?…なら、僕も言わせて貰うよ。『トリック・オア・トリート』、だ」

 まさかのトリック・オア・トリート返しに、表情が引き攣るのを感じた。つい数分前の仗助の言葉を引用して勝ち誇ったような表情を浮かべる露伴先生に、仗助と億泰は顔を見合わせる。
 ギギギ、と錆びついたブリキ人形のようにぎこちない動きで此方を見た二人に、私も康一くんもぎくりと肩を揺らした。どうやら二人とも、人に渡す為のお菓子は持っていないらしい。

 何となく察したのか、露伴先生は「おやおや…まさか君達、お菓子を持っていないのかい?」とニヤニヤと笑みを浮かべて一歩外へ踏み出して来た。これはまずい展開である。

「…お菓子が無いなら悪戯しても文句は言えないよなあ?君達には色々と世話になってるからなあ…さて、何をしてやろうか」
「お、おい露伴、…いや露伴先生ッ!か、カオ怖いっスよォ〜…」
「ナマエさんッ!康一ッ!た、助けてくれよぉ〜ッ!!」
「え、ええッ!?」
「僕達に無茶ぶりしないでよ〜ッ!」

 じりじりと距離を詰めて来る露伴先生に、仗助と億泰が堪らず逃げ帰って来る。困ったのは私と康一くんだ。目の前まで迫った来た露伴先生にごくりと息を呑み、私は鞄の中に慌てて手を突っ込んだ。確かお菓子はまだ残っていた筈だ!
 袋の端を掴み、「お、お納め下さいッ!!」という言葉と共に、鞄から出したお菓子を露伴先生に勢い良く差し出す。言葉のチョイスを間違えたお陰でハロウィンというよりは取り立てのような図になっている気がしなくもないけれど、今はそれどころではない。

 「…何だ、持っていたのか」と、今度は露伴先生が不服そうな表情を浮かべた。私の手からお菓子を奪った露伴先生は、ラッピングを解いて中を覗き込む。中身は確かマフィンの詰め合わせだった筈だ。私達が固唾を呑んで見守っていると、露伴先生は袋の中からマフィンを一つ取り出し、「ふむ」と小さく唸った。

「……残念だが、一つ足りないな」
「た、足りない、とは…?」
「マフィンの数だよ。君はこれで僕の悪戯をやり過ごそうとしているのだろうが、マフィンは全部で三つしか入っていない。しかし君達は四人、…そう、一人分足りないって訳だ」

 やっぱりハロウィンじゃあなくて取り立てだった。サッとカオを青褪めさせた私達に、露伴先生は薄っすらと目を細め、意地の悪い笑みを浮かべてみせる。「つまり僕は君達の内の一人には悪戯が出来るって事なんだぜ」と話す露伴先生は、実に悪どく、楽しそうな表情をしていた。
 露伴先生の事だから、おそらく康一くんには悪戯をしないだろう。残るは私と仗助と億泰。しかしこの三人の中で、露伴先生が一番『世話になっている』のは仗助に違いない。という事は、悪戯される確率が高いのは、やはり仗助ではなかろうか。

 どうやら仗助も同じ事を考えていたようで、ちらと視線を遣れば一番に表情を引き攣らせていた。露伴先生が一歩此方に踏み出して来て、私達がびくりと肩を揺らした――その直後。

「『ヘブンズ・ドアー』ッ!」
「ううッ!?」
「なにッ!ナマエさんッ!?」

 露伴先生の指先が此方に向いたかと思うと、一瞬で意識が飛ぶ。それからハッと気が付いた時には、大きく傾いた上体を仗助に受け止められているところだった。「ひえッ!!?」と情けない声を上げて慌てて仗助から離れると、仗助達が一様に目を丸くして私を見ている事に気が付く。

「え、な、なに…!?」
「鏡を見れば早いんじゃあないか?」
「か、鏡…?」

 『ヘブンズ・ドアー』で何かを書き込んだらしい露伴先生に言われ、私は慌てて鞄の中に入れていた鏡を取り出す。そうして自分の姿を確認し、思わず目を見開いた。何と、頭に本来ある筈のない物――猫の耳が生えていたのである。
 まさかと思いお尻に触れてみれば、ご丁寧に尻尾まで生えていた。触れれば感覚もあり、自分の意志で動くそれは、正しく本物の耳と尻尾だ。はくはくと口を動かす私に、露伴先生はじろじろと無遠慮に私を上から下まで見回した。

「ふむ…まあ、なかなか良いんじゃあないか。せっかくだからスケッチして良いかい?」
「す、す、スケッチとかそういう問題じゃあないですよッ!!な、なんですかこれ、何でこんな事に…ッ!!?」
「言ったじゃあないか、僕は君達の内の一人には悪戯出来るって。仗助でも良かったんだが…悪戯されると分かっている奴に悪戯しても面白くないからな。目の前に居た君に悪戯させて貰ったって訳さ」
「て、てめーッ!露伴!ナマエさんは元に戻るんだろうなッ!?」
「心配しなくても明日には消えるさ。あくまでもハロウィンの悪戯だからな」

 仗助の言葉に、露伴先生はしれっと答えた。明日には消えると分かって少し安心したけれど、大事なのはそこじゃあない。猫耳と尻尾が生えるというのはファンタジー展開ではお約束のような物だけれど、自分がその立場になっても面白くも何とも無い。寧ろ恥ずかしくてどうにかなりそうだ。どうせなら仗助に猫耳が生えたところを見たかったッ…!!!
 羞恥やら落胆やらでプチパニックを起こし、両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ私に、仗助達があわあわとし出したのが分かる。元凶である露伴先生はいつの間に取って来たのかカメラを構えていた。こんな恥ずかしい姿を写真に残されるのは勘弁して欲しい。

「だ、大丈夫かよぉ〜ッ、ナマエさん!」
「げ、元気出して下さいッ…!大丈夫ですよ、今日ならハロウィンの仮装だって思われますから!」
「そ、そうだぜナマエさん!それに、すげー似合ってるし、可愛いっスよ!」
「う、うう…こんなの恥ずかしすぎるよ……」

 私の感情に応えるように、へにょ、と耳が垂れたのが分かった。尻尾の先も力なくぺしぺしと地面を叩いている。これじゃあまるで猫だ。…いや、まあ、猫だけれども。
 ぐすん、と鼻を鳴らしてゆるゆると顔を上げると、パシャ、とシャッター音が聞こえてぎょっとした。本当に写真を撮っている…だと…!?

「次の読み切りは猫人間を題材にしても良いかもな…動物と人間の融合…まあ悪くない題材だな……」
「こ、公開処刑はやめて下さい〜ッ!!!」
「あッ!?ちょっ、ナマエさん待って下さいよ〜ッ!!」

 尚もシャッターを切り続ける露伴先生に、ふるふると体が震え出す。堪らずに駆け出したのは、それから直ぐの事だった。

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