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仗助side

 10月31日――ハロウィン。起源は収穫祭だったらしいこのハロウィンも、日本じゃあ仮装を楽しんだりお菓子を貰ったりと、すっかり娯楽に振り切った恒例行事となっている。毎年この季節になると町はハロウィン一色で、この杜王町も例外では無かった。店にはハロウィンに因んだ商品が並び、装飾が施される。
 俺は特に仮装をしたいだとかは思わなかったが、億泰の「貰えるものは貰っとこうぜェ〜!」という言葉により、当日は康一も誘って露伴や承太郎さんにお菓子をせびりに行く事となった。あの二人がお菓子を用意しているとは思えないので、俺は悪戯の方が楽しみだと密かに思う。

 下校中に偶然顔を合わせて、「お菓子貰いに行くんで、用意しといて下さいね!」とナマエさんに伝えたのは、ハロウィンの二日ほど前の事だったろうか。ナマエさんがこういう類のイベントに参加している姿は見た事は無かったので、若干迷った部分もあったが、いざ伝えてみればいつものように分かり易くぱっと表情を明るくしたので、密かにほっとしたのを覚えている。
 少し調子に乗って「あ、悪戯でもいいなら何も用意しないでいいっスよ」と悪戯っぽく付け加えてみれば、あからさまに動揺していたのが可愛らしかった。本人は上手く取り繕っているつもりなのかもしれないが、ナマエさんは本当に分かり易い。

「……ナマエさん、何くれんだろうなァ…」

 ハロウィン当日、下校途中に億泰達と分かれ、俺は一人でナマエさんのアパートに向かっていた。ナマエさんは何を用意してくれているのだろう。あの人の事だからかなり悩んでいそうだ。何なら悩み過ぎて用意できませんでした、とかでも良い。そうしたら悪戯しても良い訳だしな。
 色々と考えながら歩いている内に、ナマエさんの部屋の前まで辿り着いていた。チャイムを鳴らすと、数秒後、ドアが開いてナマエさんがひょこりと顔を出す。ふわりと中から漂って来た良い香りに一瞬気を取られたが、すぐにナマエさんに笑みを向けた。

「こ、こんにちは、仗助くん」
「こんにちはナマエさん!…んで、トリック・オア・トリートっス!」

 お決まりの台詞と共に両手を差し出す。ナマエさんはへらと口元を緩め、用意していたらしい物を俺の手の上に乗せた。オレンジ色の包装紙に紫色のリボン、それからお化けのシール。ハロウィン仕様のラッピングが施されたそれは、おそらくこの近くにある店の物だろう。

「どういうのが好きか分からなくて…」
「ナマエさんが選んでくれたなら十分っスよ!」

 俺の反応を気にしているのか、何処か不安そうに言うナマエさんににっこりと笑みを向ければ、ナマエさんは僅かに目を見開いた後、ゆるゆると俯いてしまった。口元がもごもごしていたから、おそらく照れているのだろう。
 ナマエさんが選んだ物なら何でも嬉しい、というのは本音だが、悪戯する機会を得られなかったのは少しだけ残念だ。「…でも」とぽつりと声が漏れ、ナマエさんが顔を上げる。

「…やっぱ事前に言わなきゃあよかったぜ〜ッ…」
「………う、えッ?」
「俺、ナマエさんに悪戯出来るの、ちょっとだけ期待してたんスよ」

 ニッ、と悪戯っぽく目を細めてみれば、ナマエさんはまた一層分かり易くぎょっとして一歩後ずさる。「お、お菓子用意しておいてよかったなあ…!」と返すナマエさんは、耳まで真っ赤だった。
 うろうろと視線を彷徨わせるナマエさんは、おそらく、俺の悪戯がどんなものかちょっと気になる、とか何とか考えているのだろう。本当に分かり易い。

 思わず噴き出しそうになるのを堪えながら、「俺、このあと億泰達と一緒に、露伴とか承太郎さんのところ行くんスよ!」と話す。せっかくなら、ナマエさんも参加しないだろうか。どうせアポなんか取っていないから一人増えたって問題は無い訳だし、億泰達もナマエさんなら歓迎してくれるだろう。

「…もし、ナマエさんがこの後時間あればなんスけど、良かったら一緒に行きませんか?」
「えッ!?あ、ええと、今日は何もない、けど……でも、あの、私も行って良いの…?」
「大丈夫っスよ〜!ナマエさんなら億泰達も大歓迎っスから!」

 「ね、行きましょ!」と一押しすれば、ナマエさんは嬉しくて仕方がないといったように、こくこくと頷いて応えてくれた。ナマエさんは少しだけ時間をくれと言って部屋の奥へと引っ込んで行く。そう急がなくてもいいのに、ぱたぱたと足音が聞こえた。
 一人になってぼんやりとしていると、部屋に入った時から気になっていた香りに再び意識が向く。ほんのり甘くて、少し香ばしい香り。クッキー、だろうか。すんすんと鼻を鳴らしながら、俺はナマエさんに呼びかけるように声を上げた。

「……ナマエさーん、さっきから気になってたんスけど……何かすっげえいい匂いしませんか?」
「えッ?…あ、…あー、そ、そう、かなあ…?」

 ナマエさんの姿こそ見えないものの、動揺している事はすぐに分かった。これはもしかすると、もしかするかもしれない。期待を込めて「クッキーとか焼きました?」と尋ねてみれば、部屋の奥からは返事に戸惑うようにもごもごと聞こえて来た。
 「ちょっとお邪魔します!」と一言掛けてから、靴を脱いで部屋に上がらせて貰った。リビングに入ると、より一層美味しそうな香りが増す。あわあわとしているナマエさんの横のテーブルに、それはあった。

 片付ける時間が無かったのか、テーブルの上には、ラッピング用の袋やクッキーが置かれたままだ。皿の上にはオレンジ色や茶色のクッキーが幾つも並んでいるし、ラッピング用の袋もあるのに、ラッピングされているのは一つだけだ。
 俺は一つだけあるその袋を手に取ると、ナマエさんに視線を遣った。ナマエさんはぎくりと肩を跳ねさせ、あからさまに俺から視線を逸らす。――間違いない。この手作りのクッキーは、やはり。

「……ナマエさん、これ…もしかして、俺の分だったりします?」
「え、あ、…ち、違うよ!…そ、それはその、じ、自分で食べようと思って焼いたやつで…!」
「…でも、ラッピングしてあるコレと、皿に乗せてある分があるじゃあないっスか。普通、自分で食べる物にラッピングなんかしねーっスよね?」
「うッ!?…ら、ラッピングはその、…気分と、いいますか……」

 じいっと見詰めながら言えば、ナマエさんは分かり易くしどろもどろになる。自分でも苦しいと感じたのか、視線は泳ぎっぱなしだ。もう一押し。ナマエさんの名前を呼べば、ナマエさんは一拍置いて、観念したように口を開いた。

「…た、確かにそれは仗助くんにと思って焼いたけど…口に合うか分からないし、市販のお菓子の方が良いかなって思って……」

 おずおずとそう話したナマエさんに、思わず両手で顔を覆いたくなる。ナマエさんが心配性だとは知っていたが、心配し過ぎじゃあないだろうか。これだけいい匂いがするのだから不味い訳が無いだろうし、例え不味かったとしても、ナマエさんが作った物ならそれだけで嬉しい。
 俺は静かに皿の上のクッキーに手を伸ばし、口に運ぶ。市販の物とはまた違った味だ。手作り特有の優しい味がする。

「心配しなくても、めちゃくちゃ美味いっスよ!」
「ええッ!?た、食べてるッ!?」

 俺の言葉に顔を上げたナマエさんは、ぎょっとしたように目を見開く。あわあわと慌てながら「だ、大丈夫!?お腹壊さない!?」と尋ねて来るナマエさんに、思わず笑ってしまう。本当に心配性というか何というか。
 二枚目、三枚目と手を伸ばしながら、「すげー美味いっス!」とナマエさんに伝えれば、ナマエさんは目を丸くした後、ふにゃりと嬉しそうに笑みを浮かべた。年上と分かっていても、可愛い人だと思ってしまう。

 お菓子は既に貰ってしまったが、このクッキーを前にしてそのまま引き下がる訳にもいかない。ラッピングされた袋を持ち上げ、ナマエさんに「これ、ありがたく頂くっスよ」と声を掛ける。ナマエさんがこくこくと頷いてくれたので、クッキーをそっと鞄の中へしまった。
 ナマエさんはクッキーの横にあるラッピング袋を手に取り、クッキーに視線を落とす。何か考えるように黙り込んだナマエさんに声を掛けようとしたが、それより早くナマエさんが口を開く。

「…それじゃあ、こっちラッピングして持って行っても大丈夫かなあ…」
「えッ!?駄目っスよ!!」
「えッ!?なんで!?」

 声に出してから、しまったと思う。ナマエさんは億泰達にクッキーを持って行こうとしているが、俺としてはそれは避けたい。お菓子を渡す事自体に文句は無いのだが、それがナマエさんの手作りクッキーとなると話は別だ。
 端的に言えば、ナマエさんのクッキーは独り占めしたい。我ながら子供じみた発想だとは思うのだが、元々このクッキーはナマエさんが俺に渡す為に焼いたもの。それなら、渡すのも俺だけにして欲しいと思ってしまったのだ。

 ――とはいえ、こんな事をナマエさんに言える訳もない。さすがに恥ずかしいっつーか、カッコ悪いっつーか……。

「え、あ、…いや、その、…お、俺が全部食うからっス!」
「ぜ、ぜんぶ食べるの!?…ま、まあ、お菓子は余分に買ってあるから、持って行くのはそっちでも構わないんだけど…」
「じゃあそうしましょう!ねッ!」
「う、うん……?」

 どうにかナマエさんを説得し、密かに息を吐く。ナマエさんは不思議そうにしていたが、深く聞いて来る事は無かった。
 ナマエさんが鞄にお菓子を入れているのを横目に、額に滲んでいた冷や汗を拭う。自分で誘っておいてなんだが、今日に限っては億泰達と引き合せるのは止めた方が良かったのかもしれない。…まあ、今更遅いが。

 ナマエさんの準備が出来たので、二人で家を出る。何やらほくほくと満足そうな表情で俺の横をちょこちょこ歩くナマエさんが可愛くて、口元が緩むのを隠すように、俺は少しだけ前を行くのだった。

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