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甘いクッキー

 10月31日――ハロウィン。古代では秋の収穫を祝い、悪霊を追い払う為の儀式であった訳だけれど、日本では専ら仮装を楽しんだりお菓子を貰ったりする行事となっている。毎年この季節になると町はハロウィン一色で、カボチャを使った料理やスイーツに舌鼓を打つ人もいれば、仮装して町を練り歩いて楽しむ人もいる。
 私はどちらかと言うと前者の人間だ。仮装して町を出歩くのも楽しそうではあるけれど、友人とお菓子を交換したり、カボチャ料理を楽しんだり、細々とイベントを満喫しているタイプである。トリップして新しい環境を迎えたとはいえ、今年もそれは変わらない――と思っていたのだけれど。

「……お菓子…これで良かったかなあ……」

 いつもの人懐こい笑みと共に、「お菓子貰いに行くんで、用意しといて下さいね!」なんて仗助に言われたのは、二日ほど前に偶然顔を合わせた時の事だった筈だ。「あ、悪戯でもいいなら何も用意しないでいいっスよ」と悪戯っぽく付け加えられて、思わず変な声を漏らしそうになったのも覚えている。
 朝から少し張り切ってカボチャを使ったクッキーを作ってみたものの、ラッピングを終えた頃にふと手作りのお菓子を渡しても良いものか、と悩んでしまった。そうして、結果的に近所のお店に走る事になったのである。手作りだと口に合うか分からないし、やはり無難なのは出来合いの物だ。

 オレンジ色の包装紙に紫色のリボン、それからお化けのシールが貼られた袋は、いかにもハロウィンチックで可愛らしい。中身はこれまた無難にマフィンとチョコレートが入っているのだけれど、これで良かっただろうか。決められなかったので他にも幾つか買ってはみたものの、中身はどれも似通った物だ。
 うんうん唸ってみるけれど、仗助が来るであろう時間が迫って来ている。大丈夫だろう、と自分に言い聞かせていると、玄関のチャイムが鳴って思わず背筋が伸びた。

「こ、こんにちは、仗助くん」
「こんにちはナマエさん!…んで、トリック・オア・トリートっス!」

 ウッ可愛い。にっこり笑って両手を差し出して来た仗助に密かに悶えながらも、用意していたお菓子を手の上に置く。「どういうのが好きか分からなくて…」と少しだけ言い訳してみたけれど、仗助は「ナマエさんが選んでくれたなら十分っスよ!」と答えてくれた。ウウッ可愛い。
 にやけそうになっている表情を隠すようにゆるゆると俯く。「…でも」と声が聞こえ、反射的に顔を上げた。何処かしょんぼりとした表情に、やはりマフィンでなくクッキーの方が良かったのだろうか、なんてドキッとしてしまう。

「…やっぱ事前に言わなきゃあよかったぜ〜ッ…」
「………う、えッ?」
「俺、ナマエさんに悪戯出来るの、ちょっとだけ期待してたんスよ」

 ニッ、と悪戯っぽく目を細められ、私はぎょっとして一歩後ずさる。なにその表情ずるい!!顔が熱くなって行くのを感じ、「お、お菓子用意しておいてよかったなあ…!」と慌てて返した。
 仗助の言う『悪戯』とは何だろうか。されてみたいような、されてみたくないような、何とも複雑な気分である。

 ドッドッと短く脈打つ心臓を宥めていると、仗助が「俺、このあと億泰達と一緒に、露伴とか承太郎さんのところ行くんスよ!」なんて言っていつもの無邪気な笑顔に戻した。曰く、ハロウィンなのでお菓子を集りに――ではなくて、貰いに行くらしい。
 露伴先生や承太郎さんがお菓子を用意して待っているとは思えないけれど、悪戯する口実にもなるので、仗助達はどっちにしろ楽しいのだろう。高校生組可愛いなあ、なんて思っていると、仗助が私の名前を呼んだ。

「…もし、ナマエさんがこの後時間あればなんスけど、良かったら一緒に行きませんか?」
「えッ!?あ、ええと、今日は何もない、けど……でも、あの、私も行って良いの…?」
「大丈夫っスよ〜!ナマエさんなら億泰達も大歓迎っスから!」

 私の心臓が持つか心配ではあるけれど、これは願ってもないお誘いだ。感激のあまり声が出ず、代わりにこくこくと頷いて応えれば、仗助は「決まりっスね!」と楽しそうに笑ってくれた。
 仗助には玄関で少しだけ待っていて貰い、慌ててリビングの方へ向かう。仗助に会うからと身嗜みは整えていたので、鞄に物を詰めるだけで支度は済んだ。忘れものは無いかな、とキョロキョロしていると、玄関の方から名前を呼ばれた。

「……ナマエさーん、さっきから気になってたんスけど……何かすっげえいい匂いしませんか?」
「えッ?…あ、…あー、そ、そう、かなあ…?」

 ぎく、と肩を揺らしたけれど、リビングに居るお陰で仗助には見えていないだろう。数十分前にクッキーを焼いていたから、その香りが残っているようだ。バタバタしていて、換気するのをすっかり忘れていた。
 「クッキーとか焼きました?」なんて鋭い問いが飛んで来て、どう返すかともごもごと口籠っていると、「ちょっとお邪魔します!」と仗助の言葉が聞こえた。ぎょっとしている内に、仗助がリビングへとやって来る。

 片付ける時間が無かったので、テーブルの上には、ラッピング用の袋やクッキーが置かれたままだ。わたわたとする私を他所に、仗助は一つだけラッピングされたクッキーを手に取ると、此方に視線を遣った。

「……ナマエさん、これ…もしかして、俺の分だったりします?」
「え、あ、…ち、違うよ!…そ、それはその、じ、自分で食べようと思って焼いたやつで…!」
「…でも、ラッピングしてあるコレと、皿に乗せてある分があるじゃあないっスか。普通、自分で食べる物にラッピングなんかしねーっスよね?」
「うッ!?…ら、ラッピングはその、…気分と、いいますか……」

 じいっと仗助に見詰められ、思わずしどろもどろになる。ラッピングが気分だなんて、自分でも苦しい言い訳だ。変な汗をかき始めた頃、仗助が静かに「……ナマエさん」と私を呼ぶ。どうやらもう言い逃れは出来ないらしい。

「…た、確かにそれは仗助くんにと思って焼いたけど…口に合うか分からないし、市販のお菓子の方が良いかなって思って……」
「心配しなくても、めちゃくちゃ美味いっスよ!」
「ええッ!?た、食べてるッ!?」

 仗助の言葉にぎょっとして顔を上げると、彼は既にお皿に並んでいたクッキーを頬張っていた。食べてる姿も可愛い――じゃあなくて!!「だ、大丈夫!?お腹壊さない!?」と焦る私を他所に、仗助は笑いながら「すげー美味いっス!」とひょいひょいクッキーに手を伸ばしている。
 あの仗助が私の作ったお菓子を食べて、しかも美味しいと言ってくれている。思わずじーんと感動している私に、仗助は「これ、ありがたく頂くっスよ」とにんまり笑ってクッキーの袋を鞄の中にしまった。

 私はクッキーの横にあるラッピング袋を手にとって、クッキーに視線を落とす。仗助が美味しいと言ってくれたなら、このクッキーをラッピングして持って行っても大丈夫なのかもしれない。

「…それじゃあ、こっちラッピングして持って行っても大丈夫かなあ…」
「えッ!?駄目っスよ!!」
「えッ!?なんで!?」
「え、あ、…いや、その、…お、俺が全部食うからっス!」
「ぜ、ぜんぶ食べるの!?…ま、まあ、お菓子は余分に買ってあるから、持って行くのはそっちでも構わないんだけど…」
「じゃあそうしましょう!ねッ!」
「う、うん……?」

 やたら焦っている仗助に首を傾げつつも、私は鞄にお菓子を忍ばせ、そのまま仗助と共に家を出る。迷ったけれど、クッキーを焼いておいて良かった。そう密かに思いながら、私は仗助の横を歩くのだった。

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