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"バッド・カンパニー"T

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 男が用があったのは広瀬くん――というか、広瀬くんに刺さったままの矢だったようで、私は屋敷に入るや否や、ぽいとぞんざいに玄関口に放られた。強かに打ち付けたお尻を擦っていたところで、虹村億泰との戦闘に一段落着いたのか、仗助くんが駆け込んで来る。仗助くんは男から視線を外さないまま、私の腕を引いて立たせてくれた。

「この矢は大切なもので一本しかない…おれの大切な目的だ 回収しないとな」
「!や、矢を抜く気…!?」
「矢をぬくんじゃあねーぞッ!出血がはげしくなる!」

 仗助くんの言葉に、男は一拍置いて「弟がマヌケだから きさまをこのおれが殺さなきゃあならなくなった…」と返す。男はどうも几帳面な性格なようで、仗助くんと戦う前に、矢を抜いて安全な所に保管しておきたいのだという。男の目的が何なのか不明だが、この弓矢が重要な役割を果たしている事は確からしい。

「おまえは一枚のCDを聞き終わったら キチッとケースにしまってから次のCDを聞くだろう?誰だってそーする おれもそーする」

 男はそう言うと、広瀬くんの胸に刺さった矢を躊躇する事無く引き抜いた。広瀬くんの口から再び血が吐き出されたのを見た瞬間、仗助くんの顔色が変わる。仗助くんは私に「ヒナはこっから動くんじゃあねーぜ!」と言ってから、屋敷の中に足を踏み入れた。それと同時、屋敷の入り口に顔から血を流した虹村億泰が現れる。

「兄貴!俺はまだ負けてはいねーっ!そいつへの攻撃は待ってくれっ!!おれと仗助との勝負はまだ!」
「『攻撃』!?」
「ついちゃあねえんだぜ!」

 男に向かって駆けて行く仗助くんを追うように、虹村億泰も飛び出す。しかし、天井上に何かを見付けたらしい仗助くんが横に身体を滑らせたのと同時、突然、虹村億泰の顔面に無数の細かい穴が空いた。彼はそのまま地面に倒れ込む。慌てて駆け寄れば、見た事も無いような傷跡から血を流している。一体どんな攻撃をされたのかこそ分からないものの、あの男の口から漏れ聞こえた、『バッド・カンパニー』というスタンド能力である事は確かだろう。
 男は虹村億泰に向かって謝罪の言葉を掛けるどころか、実の弟に向ける言葉とは思えないほど冷たい言葉を掛ける。男の「そのままくたばって当然と思っているよ!」という言葉と共に、天井の暗闇に何かが煌めく。次の瞬間、仗助くんの背後にあった壺に、無数の細かい穴が空いた。虹村億泰が受けたものと同じ跡である。

 割れた壺を見て、仗助くんは後ろに飛び退く。屋敷の中の構造も分からないし、何よりこの暗闇の中、相手のスタンド能力も分からないまま戦うのは危険だ。仗助くんもそう考えたようで、私に目配せをし、『クレイジー・ダイヤモンド』の拳で横の壁を殴って破壊した。それとほぼ同時、再び暗闇の中に何かが煌めく。

「ま、またッ…!?」
「てっ てめーの弟ごと攻撃するつもりかッ…!!」

 仗助くんは私を破壊した壁の向こうに押しやった後、腕を伸ばして虹村億泰の襟首を掴んだ。その手に攻撃を受けながらも、何とか虹村億泰を引っ張り、外へと連れ出した。その直後、破壊された壁は元の通りにぴたりと修復される。スタンド攻撃の届かない場所で少し安心して、はあっと息を吐いた。

「大丈夫か、ヒナ…」
「う、うん…私は大丈夫… そ、それより、仗助くん、手が…」
「これくらいなら大したことねーよ さて…と…億泰」

 虹村億泰は怪我の所為で弱っているものの、気を失ってはいない。仗助くんは怪我の治療と引き換えに男のスタンドについて聞き出そうとしたが、攻撃をされた上に冷たい言葉を掛けられたにも関わらず、彼は決して口を割る事はしなかった。どうやら仗助くんはそれを見越していたようで、「やっぱりな…」と呟いた後で、『クレイジー・ダイヤモンド』を出した。
 『クレイジー・ダイヤモンド』の腕が振り下ろされたが、それは攻撃の為ではなくて、虹村億泰の怪我を治す為だった。 翳された『クレイジー・ダイヤモンド』の手が虹村億泰の顔の上から退けられた時には、もう、彼の顔の傷は綺麗さっぱり無くなっていた。

「これからもう一度屋敷ん中に入るが邪魔だけはすンなよな億泰……おめーとやり合ってるヒマはないっスからなあ!康一にはもう時間がないからだ」

 そう言った仗助くんに、虹村億泰は驚いたような顔をして起き上がった。彼を他所に屋敷の入り口に駆け寄った仗助くんを見て、私もその背中を追う。屋敷の中に入るのは怖いし、私が何かを出来るとも思えないけれど、それでも、このまま仗助くんだけを行かせて自分は外で待つなんて事は出来なかった。
 隣に来た私を見て驚いたような顔をした仗助くんに、「わ、私も行く…!」と声を上げる。それから、何かを言われる前に、スカートのポケットから取り出したハンカチで、仗助くんの左手をぐるぐると巻いて止血した。何か言いたそうにしていた仗助くんだったけれど、私が引き下がらない事を察したらしい。「離れるんじゃあねーぜ」とだけ言って再び前を向いてくれた。

「お…おい!待て!なんでだ?仗助!?」
「!! あ?」
「なんでだ?なぜおれの傷を治した?」

 虹村億泰は、スタンド能力について喋っていないにも関わらず怪我を治した仗助くんを、不思議に思っているらしい。更に彼は、自分を引っ張り出した際に負った仗助くんの左手の傷を指し、怪我をしてまで助けたその理由を尋ねた。仗助くんは虹村億泰の方をちらと見ると、静かに口を開く。

「深い理由なんかねえよ 『なにも死ぬこたあねー』さっきはそー思っただけだよ」

 仗助くんはそれだけ言うと、素早い動きで入り口から屋敷内へと入り込んだ。それに続いて私も中に入ると、前方にある階段に、血が道のようになって上階へ続いているのが見える。おそらく、広瀬くんは二階へ引き摺って行かれたのだろう。仗助くんと視線を合わせ、階段を上り始めた時だった。

「まだきくこと あんだよ仗助〜〜っ」
「ヒエッ!!?」
「な…なんだよてめー たのむから康一を助けさせてくれ」

 背後から声を掛けられ、思わず階段を滑り落ちそうになる。しかし、何故か後ろに居た虹村億泰が手を伸ばして背を支えてくれたので、落ちる事はなかった。ふ、普通に助けて貰ってしまった…。落ちなかったのは彼のお陰だけれど、原因を作ったのも彼である。なんてタイミングで話し掛けて来るんだ、と涙目になっていると、虹村億泰が「なんで おまえその手の傷を自分のスタンドで治さねえ?」と質問をぶつけて来た。
 仗助くんは神妙な顔つきのまま、『クレイジー・ダイヤモンド』は物や怪我を治す事が出来るスタンドだが、自分の怪我は治せないし、死んでしまった人間はどうしようもないと話した。おそらく、彼の脳裏には祖父の事が過ぎっているのだろう。だからこそ、仗助くんは必死になって広瀬くんを助けに行こうとしているのだ。

 最後に「外に出てろよ」と念を押して、仗助くんは虹村億泰を置いて階段を上った。階段を上り切って目の前にあった部屋の扉を開けると、部屋の中央には広瀬くんが倒れている。依然として出血は酷いものの、まだ息はしているようだ。直ぐにでも駆け込みたいところだけれど、部屋の中に誘い込む為の罠である事は明らかであって、迂闊に足を踏み入れる事は出来ない。それでも、部屋の外でまごついている時間は惜しかった。

「じょ…仗助くん…」
「ああ ワナだと知ってても行くしかねーかなこいつは…康一には もう一秒たりとも時間が!…ないッ!」

 二人で中へ駆け込もうとした、その時だ。背後に気配を感じて振り向くと、虹村億泰が『ザ・ハンド』を出し、此方に迫っていた。『ザ・ハンド』の左手は仗助くんを掴み、右手は振り上げられている。まさか攻撃する気じゃあ、と背筋に嫌な汗が伝うが、予想に反して、その右手が削り取ったのは前方の空間だった。空間が削り取られ、切断面が閉じた時。部屋の中央に居た筈の広瀬くんが、私達の目の前に瞬間移動して来ていた。

「一回だけだ!一回だけ借りを返すッ!あとは何にもしねえ!兄貴も手伝わねえ!おめーにも何もしねえ これで おわりだ」
「………グレートだぜ…億泰!」

 仗助くんが小さく微笑み、『クレイジー・ダイヤモンド』で広瀬くんの傷を治す。幸いにも、広瀬くんは直ぐに意識を取り戻した。虹村億泰――彼は根は悪い人じゃあないのかもしれない。階段で支えて貰った事を思い出してそう密かに思いながら、周囲を警戒する仗助くんの代わりに、広瀬くんに簡潔に説明をしたのだった。