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東方仗助という男

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 承太郎さんから電話があってから、数日後。アメリカを発って此方に向かっているというので、学校が終わった後、私は承太郎さんと杜王町の駅前で待ち合わせをする事となった。件の東方くんとは同じクラスだから、事情を説明して一緒に承太郎くんの所まで来て貰おうかと考えたのだけれど、こういう時に限ってタイミング悪く先生の手伝いを頼まれてしまう。終わった頃には、既に東方くんは居なくなってしまっていた。待ち合わせにも少し遅れそうだし、本当に運が悪いというか何というか。
 慌てて学校を出て、駆け足で駅へと向かう。駅前のロータリーに着いてキョロキョロとしていると、バス停の辺りに見覚えのある姿を見付けた。真っ白なコートに、真っ白な帽子。私よりも随分と高い背丈に、横顔からでも分かる日本人離れした整った顔立ち。いつ見ても、やっぱり格好良い。

「じょ、承太郎さん!お久しぶりです!お待たせしてすみません…!」
「久しぶりだなヒナ。俺も今来たところだから心配しなくて良い」

 ぱたぱたと駆け寄れば、承太郎さんは「そう急いで来なくても良かったんだぜ」なんて言って頭を撫でてくれる。ぼ、と顔が熱くなるのを感じながら、「い、いえっ…!」と返して俯いた。東方くんが先に帰ってしまった事を話せば、東方くんの家までの案内を頼まれる。幸い承太郎さんから教えて貰った住所は知っている、というか、割と近所だったので密かに安心した。私もまだそこまでこの杜王町の地理に明るい訳では無いのだ。
 「この時間だとバスで行くのが早いです」と言いながらバス停まで先導して行こうとした時、「うわっ!」という声が聞こえる。振り向くと、ぶどうヶ丘高校の生徒と承太郎さんが丁度ぶつかったところだった。男子生徒の方には見覚えがある。同じクラスの広瀬…広瀬康一くん、だった筈だ。体格の差で尻もちをついたのは広瀬くんの方で、鞄を取り落とし、地面に中身が散らばる。慌てて拾おうと体の向きを変えたのとほぼ同時、私は目を疑った。

 承太郎さんの目の前に半透明の腕が現れたかと思うと、目にも留まらぬ速さで散らばった物を拾い、鞄の中にしまい込み、更には広瀬くんを立たせてその手に鞄を持たせたのだ。それはまさに一瞬の出来事で、広瀬くんはぎょっとして「え!?」と声を上げる。

「あれェ〜…?おかしいな…今ぶつかってころんだと思ったのに…? !? カバンの中身もブチまけたと思ったのに…???」
「よそ見しててすまなかったな」

 明らかにおかしな事が起こったというのに、承太郎さんは何事もなかったかのようにしれっとしている。あの半透明の腕は一体何だったんだろう、と首を傾げていると、承太郎さんに「…どうかしたか?」と尋ねられた。咄嗟に首を横に振ったところで、広瀬くんの肩越しに、学校で見た事のある先輩の不良達がぞろぞろと歩いて来たのが見え、思わずぴゃっと飛び上がる。

「こらっ一年坊ッ!あいさつせんかいッ!」
「さっ…さよならですッ!先輩ッ!」
「さ、さようならです…!」
「よしッ!いい声だッ!」

 通りすがりに軽く頭を下げれば、不良達は承太郎さんをじろりと見てから、そのまま歩いて行った。偉そうにしている点は正直気に食わないけれど、いちゃもんを付けられる方が嫌なので、仕方が無い。広瀬くんも同じような考えなのか、目が合うと苦笑された。
 気を取り直してバス停へ向かおうとしたのだけれど、背後から「何しとんじゃッ!」と声が聞こえ、再びぴゃっと飛び上がってしまった。先程の不良達の声だ。慌てて振り返ると、少し離れた所にある池の前で、不良達が一人の男子生徒を囲んでいた。

 男子生徒がしゃがんでいるのと、不良達が取り囲んでいる所為で、いちゃもんをつけられている男子生徒の姿が良く見えない。会話を聞くに、男子生徒は苦手な亀を克服する為、池に居た亀を見ていただけのようだ。とんだ災難だなあ、なんて密かに思っていると、不良の一人が「立てッ!ボケッ!」と声を荒げる。男子生徒がゆっくりと立ち上がったところで漸くその姿が見え、私は「あっ!」と声を漏らした。
 同じ学年でも飛び抜けて高い身長に、女子から人気の高い整った顔立ちに、改造された学ラン。そして何より、特徴的なリーゼント頭。彼こそ、承太郎さんが会おうとしている東方仗助くんその人だ。

「……ヒナ、どうかしたか」
「え、ええと……あの絡まれてる人が…東方仗助くんです…」
「なにィ…東方仗助…!」

 驚いたように承太郎さんが振り返り、広瀬くんもそれにつられたように振り返った。それと同じ頃、不良の一人が亀を掴み、近くの柱に叩きつける。「ひ、酷い…!」と思わず口に出せば、承太郎さんも眉間に皺を寄せていた。不良達は東方くんからカツアゲする事にしたようで、「ガクランとボンタンをぬいでおいて行きな」と脅している。
 そして、先程亀を柱に叩きつけた不良の一人が、「チンタラしてっとそのアトムみてーな頭もカリあげっど!」と言った瞬間だった。学ランのボタンに手を掛けていた東方くんが、ピタリとその動きを止める。

「おい…先輩 あんた…今 おれのこの頭のことなんつった!」

 怒気を孕んだ低い声。東方くんの纏う雰囲気が変わったのが分かって、思わず目を見張る。先程までの柔和な雰囲気とは打って変わって、震え上がりそうなほどの迫力だ。東方くんは髪型を貶されると激怒する――なんて噂をいつぞやに聞いた事があるが、どうやらそれは本当だったらしい。
 東方くんがゆらりと上体を揺らして不良に近付くと、次の瞬間、彼の背後から半透明の腕が現れる。――承太郎さんの時と同じだ!そう思っている内に、目の前の不良が顔面を殴られ、吹き飛んだのが見えた。どうやら鼻の骨が折れたようで、鼻血を流しながら地面に倒れ込む。

「おれの頭にケチつけてムカつかせたヤツぁ何モンだろーとゆるさねえ!このヘアースタイルがサザエさんみてェーだとォ?」
「え!そ…そんなこと誰も言って…」
「たしかに聞いたぞコラーッ!」

 どうやら相当頭にキているようで、東方くんは倒れ込んでいる不良の頭を容赦なく踏み付けた。思わず「ヒッ…!?」と悲鳴を漏らすと、承太郎さんが険しい表情のまま、私の背にぽんと手を置く。東方くんは先程柱に叩き付けられた亀の元に向かうと、その亀を両手でそっと持ち上げた。苦手だというのに触れているが、大丈夫なのだろうか。
 東方くんが亀を池に戻す頃には、不思議な事に、亀の甲羅はすっかり元通りに治っていて、のろのろと動いていた。しかも、それだけでは無い。殴られてひん曲がっていた不良の鼻が、一人でにグググと動き、治ってしまったのである。これは、やはりどう考えてもおかしい。魔法のような不思議な力――自分にも思い当たる節があって、私は密かに息を呑んだ。

「てめーのおかげでさわりたくもねーのに…カメにさわっちまったぜ…そっちの方はどーしてくれるんだ?ア?」

 東方くんがそう凄めば、不良達はすっかり震え上がってしまったようで、一目散に逃げて行ってしまった。その様子を見て、承太郎さんは「やれやれ…」と息を吐く。

「こいつがおれの探していた…じじいの身内だとは!」

 承太郎さんの声が聞こえたのか、東方くんが此方に視線を遣る。その眼光はまだ鋭いままで、視線は私に向いているものでは無いというのに、思わずびくっと肩が震えた。正直逃げ出したいくらい怖いのだけれど、承太郎さんと東方くんから何故だか目が離せない。それは広瀬くんも同じようで、私は彼と共に、二人の様子を固唾を呑んで見守っているのだった。