×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
18

"パール・ジャム"U

▼ ▲ ▼


 前菜――モッツァレッラチーズとトマトのサラダ。脂肪抜きされた柔らかくて新鮮なチーズと、瑞々しく鮮やかなトマトがスライスされ、交互にお皿に並んでいる。三角形のトーストとレタスが添えられた一皿は、見た目にもとても綺麗で美味しそうだ。
 トニオさんに勧められ、億泰くんは端にあるモッツァレッラチーズをナイフで切り分け、口に運ぶ。無言で咀嚼した後に飲み込んだ彼は、何とも言えない表情でトニオさんをちらりと見遣り、再び料理に視線を落として「味があんまりしねーよ…このチーズ!」と口を尖らせた。

 その様子に、トニオさんは「チガウ!チガウ!」と声を上げる。どうやら食べ方が違うらしい。チーズ単体では味が無いので、トマトと一緒に食べるのが正解のようだ。半信半疑ながらトマトと一緒にチーズを口に運んだ億泰くんは、ぎょっと目を見開いた。

「ゥンまああ〜いっ!」
「えッ!?」
「サッパリとしたチーズにトマトのジューシー部分がからみつくうまさだ!!チーズがトマトを!トマトがチーズをひき立てるッ!『ハーモニー』っつーんですかあ〜 『味の調和』っつーんですかあ〜っ 」

 やはりグルメリポーター顔負けのリポートには呆気に取られてしまう。それでも、このサラダがとてつもなく美味しいらしいという事だけは億泰くんの興奮のしようから伝わって来た。トニオさんも嬉しそうにニコニコとしている。
 流石に気になってしまったのか、仗助くんが「お…おい億泰 ちょいとおれにも食わしてくれよ」と億泰くんにずいと寄る。しかし億泰くんはお皿ごと抱えると、「ぜったいやだもんねェ〜」と、まるで玩具を取られまいとする子供のように逃げた。何というか、仗助くんも億泰くんも可愛いなあ…。

「くっそお〜ケチくせえ野郎とは思っていたがこれほどだったとは!しょうがない おれも一皿注文するよ」
「かしこまりました …しかし『肩こり』が治るのは『肩こり』を持つそちらのお客様だけですので…」

 トニオさんの言葉に、思わず目を丸くする。『肩こり』だって?きょとんとしていると、億泰くんが首元を触りながら、「そ…そういやあ…なんか首のつけ根が熱いな!」と不思議そうに言った。
 億泰くんの様子を見たトニオさんは、表情から笑みを消すと、「上着をぬぐことをおすすめシマス」と声を掛ける。上着を脱いだのと同時、億泰くんは首の付け根から肩に掛けてを指先で掻き始めた。

「なっ!なんか!かゆくなって来たゼ!か…肩がものすごくかゆくって熱いぞ!」

 その時だ。億泰くんの指先に、何かが剥がれるようにべっとり張り付いた。肩の皮膚が剥げて、指先に引っ付いたらしい。ぎょっとして立ち上がると、トニオさんが「それは…『垢』です」と口火を切る。

「アカぁ〜っ!?」
「そう!皮膚にたまるヨゴレのこと…『垢』デス… 肩部分の新陳代謝がよくなって血行が進んでイル証拠デス…」

 曰く、モッツァレッラチーズのカルシウム、トマトのビタミン、ドレッシングの栄養素が喉の辺りにある『甲状腺』という部分を特別に活発にしたのだという。そして、肩の悪い細胞が『垢』となって外に出て来ているのだと彼は続けた。
 それにしたって異常だ。数分前のミネラル・ウォーターと萎んだ目が脳裏に過ぎって、思わず息を呑む。やはりこのお店は何かが変だ。そう考えている内にも、億泰くんは肩を掻き毟っている。

 掻き毟れば掻き毟るほど、『垢』はどんどん出て来る。出た『垢』は既に握り拳ほどの大きさになるほど溜まっているし、もはや皮膚どころではなく、肩の肉が抉れるほどの勢いだ。

「億泰!こするのをやめろッ!ソフトボールぐれぇーたまってるぞッ!肩の肉がえぐれて来ているッ!」
「いっ いや!ちがう仗助ッ!」

 慌てて止める仗助くんに、億泰くんは何かに気が付いたように動きを止める。そのまま両手を後ろ手に組むと、何を思ったか、準備運動でもするようにぐいんと両腕を上げてみせた。

「かるいッ!肩がバカ軽だよ仗助ェ〜 肩に風船つけたみてーに軽いよぉ〜っ 『肩こり』がなくなったッ!」

 驚いて視線を遣れば、肩は抉れているどころか何とも無かった。どうやら本当に『肩こり』が綺麗さっぱり治ったらしいのだけれど、どうも納得がいかない。涙といい垢といい、どう考えたって普通じゃあないだろう。
 次皿のパスタの様子を見て来るからと再び奥へ引っ込んで行くトニオさんに、億泰くんは「あいつは天才だぜっ!トニオって料理人はよおーっ」と称賛の声を上げた。ちらと仗助くんの方を見ると、彼はトニオさんを訝しんでいるようで、険しい表情を浮かべている。

 料理の途中だけれど、お店を出た方が良いのでは無いだろうか。そう思うけれど、次の料理が運ばれて来てしまった。第一の皿――『娼婦風スパゲティー』。イタリア料理で古くからあるパスタソースの一つで、トニオさんの生まれ故郷であるナポリが発祥らしい。
 だからこそ、これはトニオさんのおすすめ料理の一つらしい。しかし、億泰くんはスパゲティーを一掬いし、残念そうな表情を浮かべた。『娼婦風スパゲティー』には赤トウガラシが入っているのだけれど、億泰くんは辛いものが苦手だったのだ。舌先でちょんとスパゲティーのソースを舐めた彼は、慌てて水に口を付けた。

「あ!ダメッ!『辛い』っ!これ辛いっスッ!激辛っす!」
「辛いのがダメならよぉ〜億泰 食うのやめろよ」

 仗助くんが頬杖をついたまま、そう言い放つ。トニオさんは一瞬仗助くんを見た後で、にこりと表情を緩め、「ダメならダメでお気にナサらずニ…」と言い残し、奥へ引っ込んで行った。辛いものが苦手な人でも食べられるよう作っている、とも言っていたけれど、億泰くんの様子を見るに、食べられるとは思えない。
 それでも食べたいらしい億泰くんは何度かトライするも、やはり辛いようで、ソースをちょろっと舐めるのが精一杯のようだ。そんな様子を見た仗助くんは、「おめー辛いのが苦手で食えなかったのはラッキーだったかもな!」と声を掛ける。

「おめーはさっきからこの料理や水が異常すぎるとは思わねーのかよッ!怪しいぜッ!」
「そ、そうだよ…!やっぱりあの涙も肩の垢も、尋常じゃあないよ!」
「いいか…おれは あの間田敏和が言ったこと思い出してんのよ……『スタンド使いはスタンド使いにひかれ合う!』」

 仗助くんの言う通り、トニオさんがスタンド使いで、水や料理がスタンド能力と関係があるとすれば、この異常な状況も説明がつく。どんなスタンドなのかは分からないけれど、怪しいのは間違いないのだ。
 話の最中にも懲りずにパスタソースを舐めていた億泰くんは、突然、スパゲティーを口の中へ入れた。あれほど辛い辛いと言っていたのに、食べてしまうなんて。仗助くんと共に驚いている内にも、億泰くんは吸い込むようにスパゲティーを食べて行く。

「クセになるっつーか いったん味わうとひきずり込まれるカラさっつーか……たとえると『豆まきの節分』の時に年齢の数だけ豆を食おうとして 大して好きでもねぇ豆をフト気づいてみたら一袋食ってたっつーカンジかよぉ〜っ!」
「おい!食うのやめろって言ってんだよッ!」
「はっ 腹が空いていくよぉ〜っ!!食えば食うほどもっと食いたくなるぞッ!こりゃあよおーッ!!!ンまぁーいっ!!」

 またも謎のグルメリポートに目を丸くしていた時だった。億泰くんの口の中から、なにかが飛び出してテーブルへと突き刺さる。一部が欠けているものの、それが歯だという事は直ぐに分かった。
 億泰くん曰く、それは虫歯らしい。それから直ぐ、億泰くんの顎がおかしな動きをし始めたかと思うと、今度は二本目の虫歯が天井に向かって抜け飛んだ。吃驚して椅子から転げ落ちそうになったところを仗助くんに支えられていると、今度は虫歯が抜けた部分から、驚異的なスピードで歯が生えて来た。

「これで決まりだな…どう考えても異常な料理だ!このレストラン何をたくらんでるのかわからんが…『このスパゲティー』なにか入ってるなッ!」

 仗助くんは『クレイジー・ダイヤモンド』を出すと、その拳でスパゲティーごとお皿を叩き割った。「その『スパゲティー』を!なおして材料別のところまでもどすッ!」と仗助くんが言った直後、パスタやトマトソースがぐんぐん形を変えて行く。
 やがてソースがトマトや赤トウガラシそのものの形に戻ったところで、『何か』がパスタにしがみ付くようにしているのが見えた。ミニトマトのようにも見えるけれど、顔も腕も付いている。明らかに『スタンド』だ。その『スタンド』は鳴き声のようなものを上げると、物凄い勢いで厨房の方へと消えて行った。

「『スタンド』だ やはり『トニオ・トラサルディー』…スタンド使いだったかッ!」

 疑惑が確信に変わった、その直後。億泰くんが「は…腹が い…いてええ〜〜!!腹がおもいっきり痛くなってきたあ〜っ!!」と声を上げると、お腹を抱え、その場に膝をついてしまった。今度は一体何が起こるのか分からない。慌てて億泰くんの横にしゃがみ込み、声をかける。

「お、億泰くん大丈夫ッ!?」
「あのトニオっつー料理人の野郎ォォ〜ッ いったい何をたくらんでやがるッ!ヒナ、億泰を頼んだぜッ!」
「う、うんッ…!気をつけて…!」

 仗助くんは私と億泰くんを残し、調理場の方へ入って行った。仗助くんなら大丈夫だとは思うけれど、トニオさんの目的が分からない以上、どうなるか少し心配でもある。おろおろとしていると、億泰くんが突然立ち上がったので、横にしゃがんでいた私は驚いて後ろに転びそうになった。
 腹痛が収まったのかとも思ったけれど、億泰くんの顔にはまだ脂汗が滲んでいるし、眉間にも大きな皺が寄っている。治った訳では無さそうだ。「お、億泰くん、どうしたの…」と恐る恐る声を掛けると、億泰くんは「わかんねーんだけどよぉ…なんかいーニオイがすんだよなぁ〜ッ…」と話し、ふらふらと奥へ向かった。

 慌ててそれを追い掛け、調理場の中へ入る。中に入ってすぐの所には、料理が一皿置かれていた。どうやらそれがメインディッシュらしく、出来たてなのか湯気と共にソースの甘酸っぱい良い香りが漂っている。
 億泰くんはこの香りに吸い寄せられるようにしてふらふらと料理の方へ歩んで行くと、お皿に手を伸ばす。ハッとした私は億泰くんの腰に抱き着くようにし、後ろへ引こうとしたのだけれど、体格と力の差で彼はビクともしなかった。

「だッ、ダメ!ま、待って億泰くん、食べちゃあダメだってば〜ッ!」
「わ、分かってんだけどよぉ〜、体が勝手に…!」

 私の制止も虚しく、億泰くんは骨付き肉に手を伸ばすと、そのまま手掴みで口に入れてしまった。一口、二口と進む内に、勢いがどんどん増して行く。ガツガツと勢い良く料理を口に運ぶ億泰くんを必死に止めようとしていると、奥に居たらしい仗助くんが此方に気が付いた。

「億泰ッ!おめー何食ってんだァーッ!」
「ガマンできねえッ ハラがイテーけど食わずにはいられねーっ リンゴソースの甘ズッパさと子羊の肉汁がのどを通るタビに幸せを感じるッ!幸せだァーッ 幸せのくり返しだよぉぉぉぉぉ〜っ」

 仗助くんが此方に向かって駆け寄ろうとしたのとほぼ同時、億泰くんが仰け反った瞬間に、彼のお腹から何かが飛び出した。血飛沫と、内臓だ。まるでスプラッタ映画のような光景に、思わずヒッと喉の奥から引き攣った悲鳴が漏れる。
 ぐらりと大きく傾いた体を見て慌てて手を伸ばし、億泰くんの背を支える。その間にも億泰くんは口から大量の血を吐き出し、恐ろしい事になっていた。仗助くんなら治せるのだろうかと視線を遣ったところで、彼の背後に四角い何かを振りかぶっているトニオさんの姿を見付け、サッと血の気が引く。

「じょ、仗助くんッ!後ろッ!!」
「タダじゃあおきマセンッ!」
「ハッ!てめえェーッ」
「ここでは!『石ケン』で手を洗いなサイッ!」
「えっ!?」
「んッ!?」

 振り下ろされた物――それは仗助くんに当たる事は無く、彼の目の前に何かを差し出す形で止まった。よくよく見れば、それは四角い『石鹸』だ。ど、鈍器じゃあ、なかったのね…。呆気にとられる仗助くんに、トニオさんは目を吊り上げて「ユルせないッ!断りなく調理場に入ってきたのはユルせないッ!」と怒った。
 どうやら、トニオさんは仗助くんが手を洗わずに調理場に入って来た事に腹を立てているらしい。怒るトニオさんと戸惑う仗助くんの様子を呆然と見守っていると、床に座り込んでいた億泰くんが急に立ち上がった。今度は脂汗も滲んでいないし、表情もスッキリしていて、驚くべき事にあの凄惨な状態になっていたお腹も何事も無かったように治っている。

「おい!仗助、ヒナ!『腸』の具合がスッキリ!してよぉ〜っ 急に満プク感で満たされて来たぜェーっ」
「えっ!?エッ!?」
「ゲリ気味だったハラが治ったァーっ」
「………も、もう…なにこれ……」
「それはよかったデスネェ〜 ワタシはお客様に料理を楽シンデいただいて そして快適にナッテイタダくことが最高の喜びで最大の幸せデス」

 仗助くんが慌てたように「あんたの目的は本当に億泰にいい料理を食わせようと…ただそれだけなのか…?」と尋ねれば、トニオさんは料理人にとって他に何があるのかと答え、更に「ソレがワタシの生きガイでス ワタシの望ム全てデス」と不思議そうに付け加えた。そんな彼を見て、何だかどっと力が抜けてしまう。

「………あんた……『スタンド使い』だろ?おれたちもなんだよ……」
「!おおっ!信じられないッ!は…初めて出会った!!」

 仗助くんと億泰くんがスタンドを背後に出したのを見て、トニオさんが目を丸くする。彼は世界中を旅していた時にスタンドを発現したらしい。その『能力』を活かした料理は故郷では認められず、自分のお店を持つ為に日本にやって来たのだという。
 なるほどな、と一人納得していると、杜王町が素晴らしいと語っていたトニオさんがくるりと仗助くんの方を向き、「でもね!アナタッ!アナタは非常識デス!」と再び怒り出した。やはりまだ仗助くんが手を洗わずに調理場に入った事に腹を立てているらしい。

 トニオさんはブラシや洗剤等が入ったバケツを仗助くんに押し付け、「これで調理場をきれイにフキ直してもらいマスッ!」と迫った。何だか違った意味で大変な事になってしまったようだ。

「す…スンマセン!わ…悪かったっスッ!で…でも おれひとりでやるんスかあ〜?」
「あたり前でしょお〜っ 早くデス!ワタシはこちらの方のデザートの『プリン』をお出ししなくてはいけまセン これで『水虫』が治って快適になって帰ってイタダくのです」

 すっかりしょげてしまった仗助くんを他所に、トニオさんは「さっ!料理を続けましょうか…」とにっこりと笑みを浮かべると、億泰くんの背を押して調理場から出て行った。どうやら私と億泰くんは調理場に入って直ぐのところまでしか入っていなかったので、掃除はしなくても良いらしい。
 とはいえ、このまま仗助くん一人に掃除を押し付けるのも忍びない。口を尖らせてエプロンと三角巾を付ける仗助くんの背中に、「あ、あの…」と声を掛ける。てっきり私も外に出ていたと思っていたらしく、仗助くんは目を丸くした。

「ヒナ?お前、なんで…」
「あ、えっと、私も手を洗わないで調理場に入ってるし…掃除も一人じゃあなくて二人の方が早く終わると思うから、その、手伝わせて欲しいなって……」
「えっ!…いや、だけどよォ〜…」

 何か言いたげな仗助くんに「だ、だめかな…?」とおずおずと問いかければ、彼はぐっと押し黙った。それから、調理場に戻って来たトニオさんに声を掛けて、私もエプロンや道具を借りる。「…ありがとよ、ヒナ」と笑みを向けられて、何だか照れ臭くなりつつ、私もへらりと笑い返したのだった。