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"ラブ・デラックス"

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 山岸さんから何とも恐ろしい釘を刺された翌日の事だ。昼休み、私と仗助くん、億泰くんは、康一くんに相談があると呼び出された。誰も居ないプールサイドに集まった私達に、康一くんは「じ、実は…」と話し始める。何となく予想はしていたけれど、やはり、山岸さんに関する相談だった。
 山岸さんから告白を受けたのだけれど、彼女は突然激昂して帰ってしまったらしい。そして後日――つまり今日、山岸さんは昨日の件を謝って来たのだという。そこまでは良かったのだけれど、そのお詫びというものが、一晩で編んだ手編みのセーターに分厚いお守り、それから豪華なお弁当だったのだと、康一くんは青醒めた表情のままで言った。

 しかも、仗助くん曰く、康一くんのクラスメイトである女子生徒が山岸さんのスタンドによって襲われたのだという。その場に仗助くん達が居たから良かったものの、一歩間違えれば大惨事になっていたというのだから、恐ろしい。因みに、彼女のスタンドは『ラブ・デラックス』――髪の毛を操るものらしい。
 仗助くん達が話している横で、私は昨日の山岸さんの言葉を思い出して、一人で青くなる。あの時、彼女は「ただじゃあおきませんからね…」と言っていた。確かに冗談とは思えない気迫ではあったけれど、あの言葉はただの脅しでは無かったらしい。

「……ヒナ?なんか顔色悪くねーか?」
「……あ、…じ、実は私も…昨日、山岸さんから釘を刺されたというか…」
「えッ!だ、大丈夫だったの!?」
「う、うん。…山岸さんから話を聞いて分かったんだけど、彼女、本気っていうか…多分、山岸さんが自分から康一くんを諦める事は無いんじゃあないかな…」

 私の言葉に、康一くんが「そ、そんなあ〜ッ!」と更に顔を青褪めさせた。山岸さんの事は良く知らないけれど、猪突猛進タイプで直情型だという事は話を聞いていて分かる。『恋は盲目』なんて良く言ったものだ。

「ぼく…彼女にハッキリと勇気を出して言おうと思うんだッ!『スキでもなんでもないから ぼくにかまうのはやめてくれ』って!」
「えッ!?そ、それはやめた方がいいよッ…!」
「ヒナの言う通りだ、そいつはやばいぜ康一!相手は『一晩で手編みのセーター』だぜ〜っ ンな事言うのは由花子の『情熱』という炎に油を注ぐよーなもんだぜ」

 仗助くんは「今考えなきゃあなんねーことはよおー彼女の恨みを買わねー方法だよ…」と続けたけれど、その通りだと思う。下手に刺激すると何をされるか分からない。それに、学校生活は今後も続いて行くのだから、慎重に解決する必要があるだろう。
 さて、どういう方法を取るべきか。考えていると、仗助くんが良い案を思い付いたようだ。彼曰く、山岸さんが康一くんに幻滅して、向こうから離れて行くように仕向ければ良い、という事だった。確かにそうかもしれない。

「な…なにをすれば由花子さん…ぼくのこと『最低!』って思うかな?」
「まあ女っつーのはたいてーはよ 『マザコン』だとか『不潔な男』だとかが嫌いだよな… なあ、ヒナ?」
「えッ、…う、うーん、まあ、確かにそれが好きって人は居ない、かなあ…」
「マ…マザコンはだめだよッ!ぼくの母さんが恨まれて危険におちいる可能性があるッ!」
「じゃあー『不潔な男』だなーッ 徹底的にやりゃあー絶対に おめーのこと幻滅するぜーッ 今日からおめー風呂に入るな!それから歯もみがかねーでパンツもとり替えねーんだ」

 …それは『男』というか、『人』としてどうなのだろうか。更には頭にシラミとかノミとか飼え、だなんて真面目に言い出す億泰くんには、思わず苦笑するしかない。まあ、山岸さんも本気なのだから、此方も本気で向かうしかないとは思うけれども…。

「あとよー彼女…康一の将来性とかが気に入ったっていってたよなあー 『男らしくない男』になんのもいいかもなあー」
「…お、『男らしくない男』……?」
「自分は『ホモです』って告白するとかよーっ どっかでセコイもん『万引き』すんのはどーだ?」
「おおー そりゃあ嫌われるぜッ!」
「仗助くんまでーッ!」

 何だかおかしな方向に話が進んで行っているような気がしてならない。「あ、あくまで提案だからッ…!」と半泣きの康一くんを宥めると、彼は「みてよこれー」と涙を拭いながら、ポケットから折り畳まれた紙を取り出した。
 仗助くんが紙を開いたのでそれを覗き込んでみると、英語試験の解答用紙だった。右端に赤ペンででかでかと書かれている点数は、16点。彼曰く、山岸さんとの事が気になってしまって何も手に付かないらしい。既に、日常生活に支障が出始めているようだ。

「でもよ康一 今…言ったこと全てそのままやれとはいわねー けど…やるしかねーんじゃあねーのかあ〜 ブン殴ってやめさせるわけにもいかねーしな!」
「…こ、康一くん、あの…わ、私達も協力するから…!頑張ろう、…ね?」
「……うん」

 そして、その放課後。生徒達が校舎からぞろぞろと出て来る中、仗助くんと億泰くんは山岸さんの姿を見付けると、彼女に聞こえるようにわざと大声で話し始めた。因みに、私は山岸さんに釘を差されているからという理由で、少し離れた場所でこっそりと様子を見守っている。
 仗助くんと億泰くんの会話の内容は、勿論康一くんについてだ。昼休みに話していた通り、山岸さんが康一くんに対して幻滅するように、色々なホラを吹きまくっているのである。万引きしただの約束を守らないだの将来性がないだの、散々な言われようではあるけれど、康一くんを守る為には仕方がない。

 山岸さんは二人の方こそ見ていなかったけれど、彼らの近くを通り過ぎる時、僅かに歩く速度を落としていた。おそらく、会話の内容は聞いていたのだろう。山岸さんが去って行ったのを見て、私は二人の元へ駆け寄った。

「二人とも、お疲れ様…」
「おう。…で、どーだった?俺達の方を見てたか?」
「う、ううん…見てはいなかったけど、二人の横を通り過ぎる時だけゆっくり歩いてたから…多分、聞いてはいたと思うよ」
「なら、バッチシだなあ〜 しっかし、すげー圧迫感のある女よのぉー もっとひでえーこと言えばよかったか?」
「十分すぎるぜー あとは明日にでも康一のやつが今のことをうまいこと由花子に全部みとめりゃあ 彼女幻滅して恋もさめるだろーよ」

 何にせよ、お膳立てはしたので、後は仗助くんの言う通り、康一くんに任せるしかない。山岸さんも今は『恋は盲目』な状態になっているだけで、根は悪い人じゃあないはずだ。このまま無事に解決すれば良いのだけれど。
 そんな事を思いながら、私達はそのまま帰路に着いた。――しかし、その夜。私達の知らないところで、事態は急変していたのである。


***


 翌日、康一くんが登校しておらず、山岸さんと共に行方不明になっている事を知った私達は慌てた。康一くんの『エコーズ』は射程距離が50メートルあるけれど、『エコーズ』で助けを求めて来ない辺り、気を失っているか、此処から50メートル以上離れて人気のない場所に連れて行かれた可能性が高いと仗助くんは言う。

「ど、どうしよう…承太郎さんにも連絡した方がいいかな…!?」
「…そうだな。一旦家に戻って、連絡した方が良いかもしんねーな…」

 承太郎さんに連絡する為、仗助くんの家に向かう。家に入って行った仗助くんが慌てて飛び出して来たのは、それから数分後の事だった。曰く、康一くんが仗助くんの家に連絡をして来たらしい。
 それは公衆電話からで、何らかの邪魔があったのか話こそ出来なかったけれど、受話器の向こうからは海の音が微かに聞こえたのだという。海のそばで、周囲に人気の少ない場所――私達は地図で目星をつけ、タクシーを捕まえて飛び乗った。

 それから数十分後、着いたのは杜王港近くの別荘地だ。海の近くであり、空き家も多いので可能性は高いけれど、家が何十軒と建っていて、どの家に康一くんが居るのかは分からない。

「どっから捜しゃあいいんだよ仗助〜ッ」
「康一は公衆電話からかけてきたんだぜ…まず電話ボックスのそばから捜していくぜーッ」
「じゃ、じゃあまずあの家からだねッ…!」

 とにかく、公衆電話付近の家を片っ端から捜して行く他ない。まず目についた家を調べようとした時、何処からか大きな破壊音が聞こえた。キョロキョロと辺りを見回すと、少し離れた高台の家が不自然な事に気が付く。

「おい あの家じゃあねーか!」
「なんかの冗談かあ〜 あそこの家がなんかに巻きつかれてまっ黒になってるぞ!」

 黒い糸のようなものが家にぐるぐると巻き付いている。山岸さんの『ラブ・デラックス』は髪の毛――もしかするとあの黒いものは、彼女の髪の毛かもしれない。そう考えて、彼女の精神力の強さに思わず身震いした。
 家から崖の方に向かって何かが勢い良く吹き飛んで行ったのと同時、家に巻き付いていた黒いものも消える。事態が動いたらしい。三人で慌てて駆け出して家の方へ向かうと、康一くんが歩いて来ているのが見えた。髪がバッサリ切られていたり、服がボロボロだったりしているものの、大きな怪我もなく無事なようだ。

「おーいッ康一!おまえ無事か!」
「大丈夫か!?康一!」
「康一くん!無事でよかった…!」
「あっ!仗助くん!億泰くんッ!ヒナさんも!」

 ぱあっと表情を明るくさせた康一くんは、「おそいんだよ来んのが もお〜っ」と言葉を付け足す。何があったのか詳しくは分からないけれど、何だかいつもとは顔つきが変わったというか、何かをやり遂げたような表情にも見える。
 色々と話を聞こうとしたのだけれど、億泰くんが崖の方を見て、何かに気が付いたように声を上げる。視線を遣ると、崖の方には山岸さんの姿があった。座り込んでいる彼女は攻撃して来る様子は無いけれど、あの美しかった黒髪はすっかり白く染まっている。しかし、それよりも驚くべきなのは、彼女が此方を――いや、康一くんを見て何だか幸せそうに笑みを浮かべていた事だった。

「…な、何だか幸せそうな表情してるね…山岸さん……」
「え!?」
「ほ…ほんとだぜ〜 ありゃ不気味だあ〜」
「ヒ…ヒェェ!は…早く逃げようッ!」

 一件落着、と言っても良いのだろうか。一応攻撃して来る意志はないようだけれど、何だか、山岸さんの恋慕はより一層募ったようにも思える。冷や汗を流しながら、私達は慌ててこの場を去ったのだった。