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 目が覚めると、栗色のふわふわとしたテディベアに、じいっと見下されていた。幾ら寝起きと言えども、流石に驚く。しかし人間というのはあまりに驚いた時は一切の動きを止めてしまうのか、私は指一本動かせないまま、目の前の真ん丸い黒いビーズの瞳を見ているしかなかった。
 金縛りにでもあったかのように固まって暫くして、私は漸く手を伸ばし、恐る恐るテディベアの体を掴み、ベッドの脇へと押しやった。私の部屋にこんなテディベアは無かった筈なのだけれど、家族の誰かが置いたのだろうか。置くにしても、もっと置き方があるだろうに…。

 未だ煩く鼓動している心臓を宥めつつ、ベッドの上に座り、改めてテディベアに視線を遣る。ちょこんと座っているテディベアは可愛らしい表情で此方を見つめている。ふわふわとして手触りの良い質感や、大きくてくりくりな目、首元にリボンが結んであるところなんかは女子うけが良さそうで、とても可愛い。
 確かに可愛いけれど、もうテディベアをプレゼントされるような歳じゃあないんだけどなあ。頬を掻きながら困っていると、枕元にクローバーの入った小さなカゴがあるのに気が付いた。手に取って覗いてみると、カゴの中には青々とした四葉のクローバーが沢山並んでいる。あのテディベアの付属品か何かだろうか。それにしても、こんなに四葉のクローバーを見たのは始めてだ。

「……最近のテディベアって凝ってるんだなあ…」

 しみじみと呟いていた時だった。部屋のドアがノックされ、思わずびくりと肩を震わせる。開いたドアからひょっこり顔を覗かせたのはお母さんだった。どうやら私が寝坊したと思って起こしに来てくれたらしい。

「あら、起きてたの。のんびりしていると遅刻するわよ」
「う、うん。…それより、このテディベア置いたのはお母さん?私もうぬいぐるみを貰って喜ぶ歳じゃあないんだけど…」

 ベッドの脇に置いたテディベアを指差しながら言うと、お母さんはきょとんと目を丸くした。少しの間の後に、「…このって、どのテディベア?」と尋ねられ、今度は私がきょとんとしてしまう。「こ、このテディベアだってば!」と慌てて指差すけれど、お母さんは小さく笑い、「寝ぼけてるなら顔洗って来なさい」なんて言って部屋を出て行ってしまった。
 おかしい。おかしいぞこれは。私にははっきりと認識出来ているテディベアは、何故だかお母さんには見えていないらしい。からかっているのだろうか。首を捻ったところで、視界の端に栗色が映る。ギギギと鈍い音が付きそうなくらいにぎこちなく顔を動かして視線を遣れば、いつの間にやら私の隣に座っていたテディベアが、私を見上げて首を傾げていて――私は思わず絶叫した。


***


「じょッ、じょう、仗助〜〜〜ッ!!!」
「おわぁッ!!?」

 全速力で駆け寄り、勢いを殺さないままで仗助に飛びついたというのに、仗助は驚きながらもしっかりと私をキャッチしてくれた。私よりも高い位置にある仗助の胸に顔を埋めてぐずぐずと泣いていると、仗助は「な、何だよ!何で泣いてんだよ〜ッ!?」と焦ったように私の頭を撫でる。
 朝から大絶叫した私は、制服と鞄を引っ掴んでリビングへ向かい、驚いている家族を他所に過去最速のスピードで支度を済ませ、朝食も取らないまま勢い良く家を飛び出した。あれは何だったのか、なんて考えても分からない。混乱したままで走っていたところに、前を歩く仗助達の姿を見付け、彼らに助けを求めようとしたのである。

「お、おい、大丈夫かよぉ〜?なんか嫌なことでもあったのか?」
「と、とにかく落ち着いてなまえさん。ね?」

 一緒に登校中だったらしい億泰くんと康一くんが、おろおろしながらも慰めてくれる。仗助は慣れたように私の背中をぽんぽんと撫でながら、「ゆっくりで良いから話してみな」と言った。私は頷いて、涙を拭いつつ口を開く。

「て、テディベアの幽霊に祟られる……」
「なんて?」

 頭上にハテナを浮かべる三人に、私は朝の出来事を最初からきちんと話した。「私テディベアに祟られるような事何もしてないよ〜ッ…!」とめそめそ泣いている私を他所に、三人は何か言いたげに顔を見合わせると、大きく頷いてみせる。何だって言うんだ。
 お祓いに行くべきなのだろうか、なんて考えていると、仗助に両肩を掴まれる。それから、「…なまえ、良いか。落ち着いて聞けよ」と至極真面目な表情で言われ、私はごくりと息を呑んだ。

「…そのテディベアよぉ〜、お前の『スタンド』だと思うぜ…」
「……………エッ」

 思わず涙が引っ込んだ。ぱちぱちと目を瞬いている私を見て、億泰くんも康一くんも仗助に同調するようにうんうんと頷いている。『スタンド』って、あの『スタンド』?

「そのテディベア、お前にしか見えねーんだろ?」
「そ、そうだけど、…えっ、でも、そんな、私『スタンド使い』じゃあないよ…!?」
「けどよぉ〜、元々『スタンド使い』の素質があって、『スタンド』が発現するのが遅かっただけかもしれねーぜ。康一みてーに『矢』で『スタンド』を発現する場合もあれば、俺みてーにある日突然『スタンド』が発現する場合もあるからな」

 仗助の言葉に、再びごくりと息を呑む。確かに『スタンド』が居ればなあと思う事は多々あったけれど、自分が『スタンド使い』になったという実感が無い。本当にあのテディベアが私の『スタンド』なのだろうか。私は、『スタンド使い』になったのだろうか。
 「わ、私、本当に…?」と恐る恐る尋ねれば、康一くんに「そのテディベアって今呼び出せないの?」と声を掛けられる。呼び出す、って一体どうやって。眉間に皺を寄せて首を傾げたところで、仗助が私の名前を呼んだ。

「なまえ。もっと簡単に『スタンド使い』かどうか見分ける方法があるぜ」
「そうだよなまえさん!ほら、『スタンド』は『スタンド使い』同士でないと見えない!」
「そ、そっか…!もしも私に仗助達の『スタンド』が見えたら…!」
「なまえも『スタンド使い』になったってことだよなぁ〜!おい、試してみようぜぇ〜ッ!」

 三人が私に向かい合うように前に並ぶ。緊張の一瞬、とはこの事だ。朝から道端で不思議な光景を繰り広げてしまっているとは思うのだけれど、今は構っている暇が無い。「…じゃあ、行くぜ」と言った仗助に、こくんと頷く。瞬きをした一瞬の後、仗助達の背後で空気がゆらりと揺らめいて、そして――『彼ら』はそこに居た。
 『それ』は想像していたよりもずっと綺麗で、格好良くて、まるで彫刻のように芸術的だと思った。三人の『スタンド』はそれぞれ姿形も異なるけれど、それぞれが魅力的だ。私の視線を受けてか、何処かそわそわとしている『スタンド』達に、思わず自分の口角が上がっていくのを感じる。…やっと、やっと会う事が出来たのだ。

「み、見えた…!見えてるよッ…!!」

 私の言葉に、仗助達がぱっと表情を明るくさせた。私が『スタンド使い』になりたいという事を知っていた仗助が、まるで自分の事のように喜んで、「立派な『スタンド使い』じゃあねーかッ!」と声を掛けてくれる。それから私に駆け寄ろうとしたのだけれど、それよりも先に、三人の『スタンド』が此方に向かって飛び出して来た。
 前からは『クレイジー・ダイヤモンド』、左からは『エコーズ』、右からは『ザ・ハンド』に抱き着かれて、思わずぐえっと潰れた蛙のような声が漏れる。ぎゅうぎゅうと抱き締められている私に、仗助達が慌てて自分の『スタンド』達に離れるように言ってくれた。

「だ、大丈夫かなまえ!」
「す、すごいッ…!触れる、触れるよ仗助!すごい!!」
「……お、おう…喜んでんならいいんだけどよお〜…」

 視線を遣ればそこに居る。手を伸ばせば触れられる。それが、こんなに素晴らしい事だなんて思わなかった。何だか感極まって泣いてしまいそうだ。鼻の奥がツンとしたのを感じ、慌てて息を吸う。――その時だった。
 康一くんが何かに気が付いたように、「あ!なまえさん、う、後ろ…!」と声を上げる。反射的に振り返れば、私の目線よりもずっと下に、あのテディベアが立っていた。とく、と心臓が跳ねる。

 テディベアは、クローバーの入ったカゴを胸の前でぎゅうと抱き締めるようにし、何処か不安げに私を見上げていた。おそらく、私が逃げ出したのを覚えているからだろう。仗助達が後ろで固唾を呑んで見守っているのが分かる。

「…さっきは怖がって逃げたりしてごめんね。その…君が『スタンド』だなんて思わなくて…」

 テディベアは立ち上がっても高さが膝の辺りほどしかないので、目線を合わせるようにしゃがみ込んで言えば、テディベアはこくこく頷いて、その場でくるりとターンしてみせた。カゴの中のクローバーがふさりと揺れる。その表情こそ変わらないけれど、嬉しそうな様子は見ていて存分に伝わって来た。我がスタンドながら、随分と可愛い事だ。
 腕を伸ばして、目の前でぴょんぴょん跳ねているテディベアの手を握る。そのまま引き寄せて、ぎゅう、と抱き締めれば、ふわふわの毛が頬を擽った。待ち望んでいた、私の『スタンド』。こんなに嬉しく思ったのは久々だ。

 テディベアを抱き締めたまま、ゆっくりと振り返る。仗助達の後ろには、彼らの『スタンド』達も並んで此方を見ていた。きっと今日から、私の生活は一変するに違いない。

「…えっと、これからよろしくね」

 言いながら、へらりと笑う。腕の中のテディベアがぎゅうと抱き着いて来たのと、仗助達が何か感じ取ったのかハッとしたように自分達の『スタンド』の方を振り返るのと、『スタンド』達が感極まったように私の方に飛び出して来るのは、ほぼ同時の事だった。