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 『スタンド』は『スタンド使い』でなければ見ないけれど、中には例外もある。例えば、同じ学校の間田敏和先輩の『スタンド』である『サーフィス』などがそうらしい。『サーフィス』は他人の姿形を鏡写しのようにそっくりにコピーする能力を有しているらしいのだけれど、コピーする前は大きなデッサン人形の姿を取っていて、『スタンド使い』でなくても見えるし触れるらしいのだ。
 その情報を仕入れた私は、仗助達に内緒で――言えばおそらく止められるからだ――、間田先輩の元を訪れていた。因みに、間田先輩とは委員会の関係で面識がある。放課後だったので会えるかどうか心配だったのだけれど、まだ帰っていなかったようで、間田先輩に会う事が出来た。

 実際に『スタンド』を見てみたいので、どうにか協力して貰えないかと間田先輩にお願いすると、先輩は少し驚いたようだったけれど、快く了承してくれた。間田先輩に着いてロッカールームへ向かい、先輩のロッカーを開けると、中には人間ほどの大きさをしたデッサン人形が入っている。

「す、凄いッ…!これが間田先輩の『スタンド』なんですね…!?」
「ま、まあね…これはまだ普通の人形だけど…」

 「さ、触ってみてもいいですか…!?」と聞くと、間田先輩は少し考えた後、「…コピーされても良いなら良いけど…」と言ってくれた。私は頷いて、恐る恐る人形の腕に触る。ひんやりとした、木の感触。しかし次の瞬間、木の手から指のようなものが生えたかと思うと、みるみる内に形を変え、瞬き一つした頃にはもうすっかり人の姿を取って私の目の前に立っていた。
 鏡写しかと思うくらいに精巧にコピーされてしまうと聞いてはいたけれど、頭の天辺から足の先まで、本当にそっくりに形作られている。額に付いている小さなネジを除けば、肌の色や質感まで、まるで区別が付かないのでは無いかと思うくらいにだ。

「…どう?そっくりでしょ、驚いた?」
「わッ…!?こ、声や喋り方まで一緒だ…!」

 思わず後退りする私を見て、『私』がへらりと笑う。鏡で何度も自分の姿を見た事はあるけれど、勿論、意志に反して喋って動く自分を実物として見るのは初めてな訳で、何だか不思議な気分だ。

「…スタンドって凄い…」
「…俺も最初は驚いたよ。でも、慣れれば便利なものさ」

 独り言のように呟けば、間田先輩もうんうんと頷いて返してくれた。…やっぱり、『スタンド』って良いなあ。流石に羨ましくなってしまう。周りの皆には『スタンド』が居るのに、私だけ居ないというのは何だか寂しい。まあ、こればかりは自分でどうにも出来ない事なので、仗助達に言った事はないけれど。
 目の前に居る自分の――いや、『サーフィス』の手をにぎにぎと握っていた時だった。ロッカールームから見える先の廊下に、見慣れた人物が歩いているのを捉え、私は「あっ!」と声を上げる。仗助だ。

「……良い事思い付いた…!あの、間田先輩、もう少しだけ協力して貰っても良いですか?」
「えっ!?あ、ああ、構わないけど…」

 間田先輩に「ありがとうございます!」とお礼を述べ、私は自分の鞄に手を突っ込んで二枚の絆創膏を取り出す。それから横に視線を遣ると、『サーフィス』も何となく私の思い付いた事が分かったのか、にんまりと笑った。


***


 前を歩く背中に「仗助〜ッ!」と声を掛ければ、仗助がぴたりと足を止め、此方を振り向く。私達の姿を捉えた仗助は、気だるそうな表情を一転させ、「どわぁッ!?」とぎょっとしてみせた。うんうん、良い反応だ!
 同じ速度、同じモーションで駆け寄った私と『サーフィス』に忙しなく視線を行き来させ、仗助は困惑しきったように「な、何なんだよ〜ッ…!?」と声を上げる。私と『サーフィス』はにやりと笑み、口を開いた。

「突然ですが問題です!」
「どちらが本物でしょうか!」
「は、はあッ!?いきなり何なんだよおめーらはよぉ〜ッ!?」

 何だか双子にでもなった気分だ。二人でにまにまとしていると、仗助が何かに気が付いたように、「間田の『サーフィス』だな!?」と私と『サーフィス』を指差す。ご名答だ。因みに、射程距離というものがあるので、間田先輩には近くに隠れて様子を窺って貰っている。

「ほら、早く答えて答えて!」
「幼馴染みならどっちが本物か分かるよね?」

 ずい、と二人で迫ると、仗助がひくりと表情を引き攣らせる。視線が私達の額に向いたのが分かったけれど、そこにはネジを隠す為の絆創膏が貼ってあるだけだ。絆創膏は私にも『サーフィス』にも貼ってあるので、ネジで見分けようとする事は出来ない。
 さて、どう見破るのだろう。ドキドキしながら仗助の動向を見守っていると、仗助が何かに気が付いたように僅かに目を見開く。それから、少しだけ口角を上げ、「ツメが甘いぜなまえ」と言ってみせた。仗助は自分の額を指すと、言葉を付け加える。

「…『サーフィス』。バンソーコーよぉ〜、ちょっと剥がれてネジが見えてるぜ」
「えっ!」
「うそ!」

 しっかり貼った筈なのに!慌てて横の『サーフィス』を見遣る。『サーフィス』も慌てたように額の絆創膏に触れていたけれど、ネジが見えるどころか、端すら剥がれてはいない。ハッタリだったのだと理解した頃には、仗助が私の方を向き、手を伸ばしているところだった。

「なまえ〜ッ!いきなり変なクイズかましやがって、何考えてんだコラァ〜ッ!」
「わわッ!?」

 がし、と首根っこを掴まれ、逆の手で頭をわしゃわしゃと掻き撫ぜられる。『サーフィス』は「あーあ」と呑気にへらへらと笑っていた。そんなところまでコピーしなくてもいいのに!
 漸く気が済んだらしい仗助から離れ、わたわたと手ぐしで髪を直していると、「ったくよぉ〜、驚かせんじゃあねーっつーの!」と口を尖らせられてしまう。苦笑しながら「いや、ほんの出来心で…」と返せば、今度は呆れたようなため息が返って来た。

 ちらりと仗助を見上げると、仗助も此方を見下ろしていて、その綺麗な瞳と目が合う。何だか見透かされているような気がして、心臓が跳ねた。さり気なく視線を外したのと同時、仗助が口を開く。

「…で、何でいきなりこんな事したんだよ?」
「……だ、だって、私も『スタンド』を実際に見たかったんだもん…」
「…『スタンド』ってなァ…確かにこいつは『スタンド』だけどよぉ、殆どお前自身じゃあねーか」
「そ、そうだけど…!でも、『スタンド』は『スタンド』だし…私の姿でも構わないから、『スタンド』は居るんだって実感したくて…」

 ぼそぼそと呟くように話したのだけれど、仗助には聞こえたらしい。別に怒られてはいないのに、何だかお母さんに叱られている子供のような、バツの悪い気分だ。それから、「『スタンド』を信じてないって訳じゃあなくてね」と付け加え、私はそのまま言葉を続ける。

「でも、その、何ていうのかな……居るのは分かってるのに見えないっていうのもそうだし、皆には『スタンド』が居るのに、私だけ居ないっていうのがちょっと寂しくて……」
「……なまえ…」
「……なーんてね!私にも『スタンド』が居れば、皆の『スタンド』とも遊べるのになあってちょっと思っただけ!それに、悪戯も出来るかもしれないし!」

 へら、といつものように笑うと、仗助は少しだけ目を見開いた後、少し眉を下げて困ったように笑った。幼馴染みだから、無理やり取り繕ったという事も、きっと見透かしているのだろう。それでもあえて深く突っ込んでこないのは、仗助の優しさに違いない。
 近くに隠れていた間田先輩に、「ありがとうございました〜ッ!」と手を振り、お礼を述べる。今度何かお菓子でも持って行こうかな。そんな事を思いながら、間田先輩と『サーフィス』と別れ、仗助と共に学校を後にしたのだった。