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「#エロ」のBL小説を読む
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- ナノ -

 みょうじなまえという人間は、僕から見ても、不思議な人間だ。僕の『ピンクダークの少年』に次いで看板作品と言われる連載を任されている彼女は、僕に負けず劣らず、リアリティを大切にする漫画家だった。
 僕は実際に体験した物事に関してのリアリティを重視するが、なまえは少し異なる。なまえは、読者からのリアルな声を重視するタイプだ。このキャラが好きだ、このストーリーが良い、この展開はつまらない、この台詞はどうだ――勿論一つ一つを参考にしていては漫画など成り立たないが、なまえは様々な方法で読者の声全てを見聞きし、漫画の糧としている。そんな彼女には、厄介な『癖』があった。

 家を訪ねてみたが、チャイムを鳴らしても反応が無い。まあ、いつもの事だ。いつかに強引に作らせた合鍵でドアを開け、家の中へと入る。家の中はしんと静まり返っていて、人が居る気配すら感じられない。いつも履いている靴は玄関先に揃えられていたし、留守という事は無い筈だ。
 部屋に篭って原稿をしているか、『スタンド』能力の使い過ぎで倒れているか、あるいは。隠す事無くため息を吐いて、ずんずんと無遠慮に家の中を進んで行く。作業部屋に姿は無かったので、どうやら自室に篭っているらしい。

 「なまえ、居るのか。入るぞ」と声を掛けてから、部屋のドアを開ける。結論から言うと、なまえは部屋の中に居た。

「………なまえ」

 僕の呼びかけにも反応する事無く、なまえはベッドの上に座ったまま、まるで置物のようにぼんやりと手元を見つめている。彼女の膝上や周りには葉書や手紙が何通も散らばっていて、僕はすぐに状況を理解した。――これが、彼女の悪い『癖』である。
 なまえは普段こそ飄々としていて掴みどころが無いように見られるが、その実、とても繊細な心を持っていた。繊細な心、などと言えば聞こえは良いが、悪く言えばメンタルが弱い。その癖、自分に対しての評価にはとても敏感で、良い評価も悪い評価も全て嘘偽り無く聞きたがる。それでショックを受けているのだから、全く仕様のない奴だ。

 それこそ便利な『スタンド』を使って、感情の一切を遮断してしまえば良いのに、なまえは決してそれをしない。聞けば、悪い評価もきちんと受け止めたいからだと言う。殊勝な事だが、馬鹿真面目とも言える。

「なまえ。こっちを向け」

 なまえの頬に手を添え、僕と目が合うように顔を上げさせる。そのまま根気強く何度か呼び掛けていると、漸くなまえの焦点が僕を捉えた。

「……露伴くん。来てたの」
「僕はさっきから呼んでたぞ。…やめろと言ったろう」
「何?…ああ、これね。いつもの事だし、良いのに」

 へら、と口元だけで笑ってみせたなまえは、周りに散らばる葉書や手紙をかき集め、箱の中へと入れた。それから、蓋を閉めて部屋の端へ押しやる。部屋の中に同じような箱が幾つもあるが、なまえはその中に入っている全てに目を通していた。
 息を吐いたなまえに視線を戻すと、目元が僅かに濡れているのが分かった。また一人で泣いていたらしい。一日もすれば元の調子に戻るのだが、それまでは大抵一人で呆然としているか泣いているかのどちらかだ。

 今も、そう。僕が声を掛けるのを少し止めただけで、なまえはまた自分の手元に視線を落とし、ぼんやりとしている。放っておけば一日中このざまだ。なまえの目から、ぼろ、と涙が零れ落ちたのを見て、僕は深くため息を吐いた。

「………お前は本当に馬鹿な奴だな」

 掴んだ肩を引き寄せれば、なまえは抵抗なく僕の腕の中に収まった。いつにも増して小さく、弱々しく感じるその身体に腕を回し、ぐっと抱き締めてやる。宥めるように背中を撫でてやれば、肩口に額を押し付けられた。

「……ろはん、くん」
「何だ」
「………露伴くん、…露伴くん」
「ああ。此処に居る。一緒に居てやるから」

 声を掛けながら、くしゃりと頭を撫でてやった。縋るように僕の名前を呼ぶなまえに、何となく庇護欲が掻き立てられる。それから暫くの間、僕はなまえを抱き締めたままで居たのだった。