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弟は岸辺露伴

 『岸辺』の表札横にあるインターホンを鳴らすが、応答がない。やれやれ、と息を吐きながら、暫く前に作っておいた合鍵でドアを開けて中に入った。お邪魔します、と小さく呟きつつ二階に上がると、少しだけ開いたドアの隙間から、シャッシャッとペンが紙を滑る音が微かに聞こえる。
 そうっとドアを開け、中を覗き込む。デスクに向かって漫画を描いているのは、岸辺露伴――私の弟だ。気配に鋭い弟の事だから、私が部屋を覗き込んでいるのは分かっているのだろうけれど、どうも今日はいつにも増して集中しているようだ。締め切りが近いのだろうか。

 こういう時は、邪魔をしないのが一番だ。下手に声をかけると後で何を言われるか分かったものじゃあない。いつまで掛かるか分からないけれど、とりあえず掃除でもしておくか。そう考えた私は、鞄を近くのソファーに置いて部屋を出た。


***


「ナマエ」

 一階の掃除が終わり、階段の掃除をしていたところで背後から声を掛けられる。「おわッ」と思わず声を上げてしまったけれど、驚いて転がり落ちたらどうするつもりなのか。振り返ってみると、露伴は部屋の中から顔だけひょっこりと出し、私を呼んでいた。

「どうもお邪魔してます」
「今更か。…掃除は良いから、こっちに来い」

 「えー、まだ階段の掃除が途中なんだけど…」とぼやくも、露伴は「良いから来い」と言うだけ言って部屋に引っ込んでしまった。全く傍若無人だ。仕方なしに持っていたモップを壁に立てかけ、足早に階段を上がる。
 部屋に入ると、露伴はソファーに腰掛けていた。まだ二時間ほどしか経っていないはずだけれど、どうも漫画はもう描き終わったらしい。露伴は自分の横をぽんと手で叩き、私に座るよう促した。もてなしてくれる…訳ないよなあ。

「なあに?」

 よいしょ、と小さく声を上げながら露伴の横へ腰掛ける。部屋に入る前にお茶でも淹れてくれば良かったかな、と考えていると、視界の端で緑色が動いた。ぽすん、と膝に重み。目を丸くする私に構わず、露伴は位置を調整するように私の膝上に頭を乗せてもぞもぞと動いた。

「お、おーい、露伴さん?何してるの…?」
「昼寝だ」
「ええ…人の足を枕にする為にわざわざ呼んだんかい…」

 そうだが何か、と言わんばかりに涼しい顔で見上げて来る露伴は、我が弟ながら腹立たしい。寝返りを打ちながら「思ったより良い枕だな」と呟かれたのだけれども、それは肉が付いてると言いたいのか。刈り上げられた後頭部をデコピンしたい衝動に駆られたけれど、後が怖いので止めておいた。
 もぞ、と動いた露伴に視線を落とすと、服の裾から見えた包帯に目が行った。ついこの間まで全身に大怪我を負って――何をしたんだか知らないけれど――入院していたというのに、退院したその日から漫画を描き続けているらしいと担当さんに聞いて来た訳だけれど、本当だったようだ。

 髪の間からちらと見えた顔色もあまり良くはない。やはり体に堪えていたのだろう。退院したてなら一層体を休めて安静にしていないといけないというのに、本当にこの子は良い意味でも悪い意味でも漫画バカというか何と言うか…。

「…あのね、露伴。ついこの間まで入院してたんだから、体を休めないと駄目でしょ。漫画を描くのも大事だけど、体も大事なんだからね」
「……分かってる」

 露伴のヘアバンドをそっと外し、顔に掛かった髪を指先で払う。そのままゆったりした手つきで髪を撫でていると、くあ、と露伴が欠伸を零したのが見えた。

「ベッドの方が体も休まるんじゃあない?」
「……ここで良い」
「………そ。動きたくなったら言ってね」

 ふん、と鼻を鳴らした露伴が何だか可愛くて、思わず小さく笑ってしまった。いつもは憎たらしく思える事も多々あるけれど、ごくたまにこうして甘えて来る時があるので狡い。…まあ、私も私でたまにしか会いに来られないので、どうしても甘やかしたくなってしまうのだけれど。

「おやすみ、露伴」
「……ああ」

 声が返って来てから数分、規則正しい寝息が聞こえて来る。心地いい空間に、私もそっと目を閉じたのだった。